第二十三話 束の間の別れ

 


 今日初めて会った時とは全く違う温和な様子で、里葉を見送る。話が終わったので一度解散しようと考えた俺たちは、今うちの玄関先にいた。


「私は別の宿泊先があるので失礼します」


 靴を履き直しつま先をトントンと床につける彼女が、横顔を見せる。


「C級のダンジョンに潜ることがあれば私を呼んでください。その他のダンジョンは、ヒロ一人でも十分攻略できるでしょう。本当は同行したいけれど、私も暇なわけではないから」


「分かった。何か他に仕事でもあるのか?」


「……あのPKが持っていた水晶についての調査があります。だから、連絡を取れない時もあるかもしれない」


 引き戸を開けて里葉が外へ出ようとするその瞬間。何か忘れごとをしていることに気づいた彼女が立ち止まって、服の裾から何かを取り出す。


「ヒロ。実は貴方がPKと交戦する前から、魔剣持ちのプレイヤー、ということで私は貴方に接触する予定でした。その時に渡そうと思っていたものを、今渡します」


 彼女が俺に手渡してきたのは、スマホのポータブル充電器のようなもの。コードを差し込む穴のある、黒一色のそれを何故渡してきたのか分からない。困惑する。


「ヒロ。これは『ボックスデバイス』と呼ばれるものです。端的に説明するならば、スマホで収容した重世界産のアイテムを保管することに特化した機器になります」


「今貴方のスマホは、きっと先ほどのダンジョンで得たアイテムで満杯でしょう。運営に売却するアイテムを除いてこちらに移してから、この『ボックスデバイス』自体をスマホに収容させてください」


「それと……もし武装や防具といったアイテムを手に入れたら、まずは保管しておくといいかも。性能にかかわらず、重世界でそれらを発見することは非常に困難ですから。つまり、需要に対して供給が圧倒的に少ない」


 一度向き直った彼女が、俺に語り続ける。


「後から売る機会があるってことか?」


「そうです。今は運営の種別により定められただけの最低価格でしか売却できませんが、マーケット機能が実装されればプレイヤー間での取引が可能になります。その時の方が、多くのDCを得られるかと」


 DC。今の所1ポイントあたり150円で取引されているもの。


「……俺の竜喰。本来ならいくらになるんだ?」


「魔剣は兵器として扱われます。その最低価格が提示されているので……あなたのそれは本来ならもっと評価が高いと思います。運営側が購入できるかどうかはさておき、下手したら軍艦一隻分くらいになるかも」


「……売るつもりはないぞ」


「うん。そう言うと思った」


 彼女の性格なのだろう。ずっと丁寧な語り口だった彼女は、砕けた口調で言う。


 くす、とこの家に来て初めて笑った彼女の笑みに、釘付けになった。


「では今日はありがとうございました。また、今度」


 沈み始めた陽の光に、彼女の後ろ姿が映える。久々の来客だった彼女は、この家から去る。


 ちょうど、子供たちが家に帰るような時間だった。







 今日は何だか濃い一日だった。新しく知ったことがあまりにも多いし、彼女のした話は全て、そんなことあるわけないだろうと切って捨てられるようなものだ。


 しかし俺は『ダンジョンシーカーズ』を使っているし、彼女は確かに『妖異殺し』で無茶苦茶強い。


 多分、あの話はマジだ。まだ『ダンジョンシーカーズ』自体の仕組みとか分からないことが多いけど、目的と存在理由は分かったと思う。


 しかし話を聞いてみたところで、何かやることが変わったわけではない。俺はプレイヤーの少ない仙台のダンジョンを全て制圧し、力をつけるだけだ。


 彼女が去ったので、これから一度も確認出来ていなかったダンジョン攻略後のステータスやアイテムの詳細を見たい。そう思って自室に戻った後。『ダンジョンシーカーズ』を開いた。


 まずはステータス。




 プレイヤー:倉瀬広龍

 性別:男 年齢:18 身長:174cm 体重:62.3kg


 Lv.41


 習得パッシブスキル

『白兵戦の心得』『直感』『被覆障壁』『飜る叛旗』『魔剣術:壱』『魔戦術:壱』


 習得アクティブスキル

『秘剣 竜喰』


 称号

『命知らず』『下剋上』『天賦の戦才いくさびと』『秘剣使い』『魔剣使い』『一騎当千』


 SP 60pt




 持っているスキルや称号が、随分と増えたなと感慨深い気持ちになる。上がったレベルは……6か。あまり上がっていないようにも感じるが、ダンジョンの中で確認した分を含めると15も上がったことになる。しかし明らかに、必要経験値が多くなってきている気がした。


 ……ここから、だんだんと詰まっていくのだろう。SPの使い方を考えてより慎重にならなければいけない。


 新たに獲得した称号『一騎当千』を確認する。



 称号『一騎当千』


 一人で敵の軍勢に対し”完璧”な勝利を収め、力を手にしたものに与えられる。軍勢と相対した際身体能力を強化し、経験値取得量を上昇。



 何だか『下克上』の亜種のようなスキルだなと思った。あれは格上の敵に対して発動するものだが、これは軍勢である。完膚なきまでにアリの軍勢をボコボコにしたからだろう。


 スキル画面へ飛んでみると『下克上』が『飜る叛旗』を解放したように、『一騎駆いっきがけ』とかいうスキルが取得可能になっていた。


 スキル欄のポップアップを確認する。ダンジョンの中で行なった『最適化』が可能だという表示が出ていた。とりあえず、確認してみよう。



『白兵戦の心得』+『下克上』+『一騎当千』=『???』



 ……称号も統合可能とは書いてあったが、そういうことか。しかし割とマジで、この三つを足したら何が出てくるのか想像つかん。前のはまだ、なんとなく分かりやすかったような気がするんだけどな。


 初めてのダンジョンで俺を助けてくれた『白兵戦の心得』も素材としてカウントされている。色々思うところはあるが、やらない、という手はない。


 『最適化』のボタンを押すと、ダンジョンの中で見たものと同じ演出が流れた。『大成功!』と表示された後に、NEWという表示付きでスキルが出てくる。




 パッシブスキル

『武士の本懐』


 戦場の中苦境に挑むことを名誉とし、ただ一人名を揚げることを望む高潔なる美学。基礎的な白兵戦の技術に加え、刀や鎧を装備した状態での戦闘に高い適性を持つ。




「おお……」


 刀持って戦っていたが、本当に武士呼ばわりされる日が来るとは思わなかった。適性を持つ、ということは才能が芽生えるとかいった感じなのだろうか。今までとは少し趣の違うセンテンスなので、ちょっと気になる。


 しかし、弱いということはなさそうで安心した。多分、今後も可能なものがあればガンガンやっていった方がいいな。


 溜まったポイントでスキルを取るか悩むところだが、その前に今回の攻略で手にしたアイテムたちを見よう。俺があの『報酬部屋』で収容することができたのは、謎のお面のような防具たち。


 彼女から貰った『ボックスデバイス』を手に取りながら、アイテムリストを開いた。



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