第二十二話 バトルボーイミーツロンリーガール
『ダンジョンシーカーズ』を開いたスマホを机の上に置く。それをじっと眺めながら、彼女の語ることについて考えこんでいた。
「色々聞きたいことはあるが……そもそもなんで裏世界とやらは軍事拠点だっていうダンジョンなんて置いてきてるんだ?」
良い質問です、と頷いた彼女が説明し始める。
「そこが、アプリが出来た理由にも繋がってくるのですが……ヒロ。私が『ダンジョンシーカーズ』のプレイヤーでないことには、もう気づいていますね?」
「……ああ」
椅子に座る彼女が金青の魔力を発露させる。朧げなその輝きに思わず目を細めた。
「……古来より私たちの一族は、この島を裏世界の侵攻から守ってきた『妖異殺し』と呼ばれるものたちなのです。私は運営側の人間と言いましたが、嘘をつきました。私の一族は運営に関わってはいますが、私自身は運営の人間というわけではないのです。ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げて謝る彼女。では彼女は、妖異殺しと呼ばれる実力者であるということなのか。
「私たち『妖異殺し』は影の歴史を持つ。裏世界からやって来る妖の者共……それを同じく『妖異殺し』である他家とともに討ち取ってきた」
ちなみに私たちの世界で魔物とか妖怪とか呼ばれている生き物は、ほとんどが裏世界の生物を起源としていますよ、と彼女が言う。
「しかしここ数十年。裏世界から重世界へやってきて、この世界に漏れ出てくる妖異が爆発的に増えました」
「一説によれば、それは重世界から裏世界側に流れ込む魔力が少なくなってきているからだ、とも言われています。私たちは生きるのに魔力を必要としませんが……裏世界の住人はそれを何らかの理由で必要とするようです。そこで重世界からダンジョンで私たちの世界に穴を開け、彼らの方に供給しようとしていると」
「……なるほど」
ふうと一息ついた彼女が、もう一度髪の毛を耳にかけ直す。
「他にも説明することは山ほどありますが、『ダンジョンシーカーズ』の目的は主に二つあります」
「まず、抑えきれなくなってきた裏世界側からの侵攻に対抗できる人材を育成すること。この理由から、一気に実力をつけたプレイヤー:倉瀬広龍を、運営はトッププロスペクトとして注目しています」
妖異殺しは実力者揃いですが、数が少ないのです、と彼女が付け加える。
その後、淡々と説明を続けていた彼女が初めて、なぜか顔を背けて小さな声で口にした。
「ベータ版における”素質”ある貴方に……というのには、二つの意味があります。一つは、アプリを通して戦闘能力を得ることができる
「そして……ベータ版の時点で、もし行方不明となってしまっても社会的に影響がないもの、という意味です」
説明責任を果たそうと思ったのか、言わなくても良いはずのことを口にした彼女を見る。彼女の覚悟を無碍にはできない。
「大丈夫だ。里葉。俺は『ダンジョンシーカーズ』に感謝している」
言葉を紡ぐのに、何故か時間がかかる。
「……俺が過ごしたこの一年間は、アプリを入れてからの数日間よりずっと停滞していて、薄っぺらかった。どうでも、いいんだ」
最後に言葉を残すとき、自分が彼女と同じように顔を背けていることに気がついた。何故。
息を呑むようにした彼女が一度間を置いた後続ける。
「……そして二つ目。こちらの方が重要視されているのですが、貴方の持つ魔剣『竜喰』のように、重世界で入手できるものには莫大な価値があります。裏世界の未知の技術により作られた物品などその可能性は計り知れません。これを効率的に回収してくために『ダンジョンシーカーズ』は開発されました」
思考を切り替え、彼女の話と自身の経験を照らし合わせた。
……最初は面食らって唖然としていたが、考えれば考えるほど納得できることが多い気がする。俺の中でずっと疑問になっていたあの『報酬部屋』の存在。
宝箱部屋とかではなく土蔵だったり謎のマスク屋だったりしたのは、裏世界側の施設だからということなのだろうか。
彼女にそのことについて問う。
「その通りです。どうやら裏世界側も軍事拠点であるダンジョンを重世界側に移すのには多大なる労力が必要なようで、
「これは東京の事例ですが、突入したダンジョンの報酬部屋が文献を保管している施設だったプレイヤーがいました。裏世界研究の観点から莫大な価値を持つ本たちの回収に成功したそのプレイヤーは、大金持ちになったという話があります。逆に、ただのゴミの山を引いたプレイヤーもいますよ。というか、殆どがそうです」
机の上で手を組んだ彼女が、こちらをじっと見る。
「……それを考えれば、貴方とその魔剣の出会いは文字通り世界を越えた奇跡です。大切にしてあげてください」
「……ああ」
一度コップを手に取り、麦茶を飲んだ彼女が口を開く。
「他にも話すことはたっくさんありますが……とりあえずはこんなところです。まあ、これ以上話しても頭がパンクしてしまいそうですしね」
よっぽど疲れた顔をしていたのだろうか、俺の姿を見た彼女が少しだけにやりとする。お茶目なコメントを残したものの、彼女の表情の動きはすごく少ない。近寄りがたい美しさを持っている、とも言えるけど。
「以上です。私の同行を認めていただけますか」
「……まあ話はまだ飲み込めていないが分かった。しかし、どうして同行するって言うんだ?」
「きっと私は、貴方を育てることを期待されているのだと思います。だから全てではありませんが、貴方のダンジョン攻略に同行するつもりです」
彼女が金青の魔力を迸らせる。それは決意を示すように。
「そしてあのPKのようなものに限らず、貴方の命を狙うものが現れれば私が排除します」
誇り高きその姿。彼女は滅茶苦茶可愛い綺麗な人である以前に、一人の戦士なのだと理解した。
これが、妖異殺しと呼ばれるものなのか。彼女の魔力から感じ取れる、歴史とともに積み重ねられた高潔なる信念。その在り方にただただ驚嘆する。
正直に、言おう。
これは願っても無い話だ。
彼女は間違いなく歴戦の猛者であるし、彼女とともにダンジョンを攻略すれば技や動きを盗むことができるだろう。それにいつまでソロでやっていけるか分からない。いつか間違いなく集団の力が必要になる時が来る。
集団と言っても二人組だが。彼女ほどの人材は今の『ダンジョンシーカーズ』には絶対いないと思う。
「分かった。里葉。むしろこちらから、お願いする」
「本当ですか?」
顔をバッと上げて嬉しそうな顔をしたように見える彼女。小さな声で、これで帰らなくていいと言っていたような気がした。
「良かったです。期間としては『ダンジョンシーカーズ』の正式リリースまでになると思います。これから、よろしくお願いしますね」
彼女が握手をしようと手を差し出してくる。それを手に取る前に。
「しかし里葉。さっきから君は硬すぎると思う。これから互いに背を託すわけだし、楽にして喋ってほしい。ビックリしたけど……歳だってタメだろ?」
「━━━」
空白。
もしかしたら彼女は、シンプルにコミュニケーションの仕方が敬語の人だったのかもしれない。ちょっと、悪いことをしたかな。
そう考えて、訂正しようと声を出そうとした瞬間。俺の少し引っ込めただけの手を彼女が掴み取る。
「うん。分かった。ヒロ」
一瞬だけ見せたその素顔。その言葉遣いはなんら不思議なものではないのに、何故か心臓が一度強く跳ねた。
握る彼女の手は暖かい。
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