幕間 DS運営の観測者

 


 大きな講堂のような高低差のある部屋一面に、埋め尽くされたモニター群。プレイヤーたちの動きを把握し、習得されたスキルの傾向、取得されたアイテム、およびその取引を映したそれらは、目まぐるしく動いていた。


 モニターを照明代わりにした、この職場。


 画面の動きに負けないぐらい、部下たちがキーボードと画面に向かってカタカタ作業をしている。見る人が見たらこれ、スーパーハイテクな制御室か何かに見えるんじゃないだろうか。なんか、超巨大な工場の中とかにある。


 雑居ビルの中に隠された、超巨大な私たちの仕事場。『ダンジョンシーカーズ』を運営、管理する私たちは、リリースからずっとここに寝泊りしっぱなしだ。


 部下の一人が資料をタブレット端末に表示させながら、私のところに来る。報告ついでに、雑談をしにきたようだ。


「室長。やはりプレイヤー間での情報共有が進んだ影響もあるのでしょうか、死亡率も下がりましたね。習得スキルの傾向を見ても、予想通りアクティブスキルの習得が多いようです。反面、パッシブは地雷認定されて、あまり習得されてないようですが」


「そうだねー。相変わらず、東京担当の人たちはクソ忙しそうだけど、あっちは色々プレイヤーに動きがあるみたいで面白そうだよ。なんとか、有名プレイヤーがギルド作り出したり、小地域制圧したりとかしたらしくて」


「ああ。『新宿のくすのき』のことですか」


「そう。人口集中してるし、プレイヤーもその分多いから色々激動よ。だ、だけどねぇ……」


 私は部下に見せつけるように、手元にあるPCを起動させ、ある線グラフを画面に表示させた。そして、部下の男に話し始める。


「私たち……東北地方担当なわけだけど……仙台、動きなさすぎじゃない?」


 東北地方最大の都市じゃないんかい、と内心ツッコミを入れる。なんでも、初心者プレイヤーのリタイア率が高いとか、そもそもプレイヤー全体の死亡率が異常に高いとか、全くダンジョンが攻略されていないとか。


 やばい上に怒られる、と考えたタイミングで、この空間に誰かが突入してきた音がする。まさか。


「東北地方担当。責任者の雨宮あまみやはここですね」


「は、はいッ!」


 メガネをかけて薄笑いを顔に貼り付ける男が、私の横に突如として現れた。この人は、私たちの上司。間違いなく、東北地方の動きに関することでここに来たのだろう。ゲロ吐く。


「仙台で全くダンジョンが攻略されてないことに関してですが……原因は分かりましたか?」


「は、あ、あの、いえ、現在、調査中です……」


「はて? それは三日前も聞いたはずなのですが……」


 首をこてんと傾げたうちの上司。勘弁してくれ。怖いよ。


「あの、私の実家から、調査員直接出すので許してください」


「……いいでしょう。まあ、調査が難航する理由もわかりますしね。数値上では、何が起きているのか全く分からない」


 薄笑いを再び浮かべこちらに背を向けた彼は、この空間から去ろうとする。


「では、失礼します。お仕事、頑張ってください」


 ワープ音とともに、彼が消えた。大きくため息をついた私に、お疲れ様です、と横にいた部下が声をかけてくる。


 部下達はまだ、色々作業をしているようだ。その時、超激レアアイテムが出たとか何とか、大騒ぎする声が聞こえた。みんな、楽しそうだな。ちなみに、私は楽しくないよ。中間管理職の苦しみ、ってやつだね。はあ。この仕事やめたい。


 私の実家から、仙台市に派遣するための調査員を決めようと、頭の中で行く子を選抜する。明らかに、活動的なプレイヤーの数が仙台では少ない。一刻も早く、状況を確認せねば。







 静謐なる霊地。歴史ある名家が代々受け継ぐ、立派な屋敷の中。広い広い、襖のある和室の中で、誰からも触れられることなく一人残されている少女が、電話を受け取る。


 艶やかなショートカットの黒髪。後から染めたようには見えない金青こんじょうの後ろ髪の毛先が、少し開いた障子から差し込む光に照らされている。


 凛とした顔つきにあどけなさが残る彼女は、美少女と形容するにふさわしい。


 憂うように動く、きめ細やかな長いまつ毛が目立つ。大きな水色の瞳が、ぱちぱちと動いていた。


 和装を身に纏い正座する彼女の体つきは、まだ大人のものではない。その膨らみかけの体は若い学生のものであり、所々鍛えた後があるように見えるそれは、立派な戦士のものでもあった。


「はい。お姉様。では私が、仙台に向かえと言うのですね」


「そうよ。今もまだ調査中なんだけど……状況次第では、目的が調査からになるかもしれない」


 息を呑む、電話の向こう側の彼女。受話器を手に取った、瞳を閉じる彼女に向けて。


「だから貴方を選んだわ。里葉さとは。貴方だったら、完璧にやってくれるって」


「……私を、本家から遠ざけるためですか?」


「……それもあるけど、実際貴方が適任なのよ。若いし、戦闘力もある」


 困った様子の彼女を思って、電話をちらりと、里葉という少女が見た。そんな気遣いをしたってもうどうしようもないのに、と、彼女の瞳が諦観に染まる。


雨宮里葉あまみやさとは。雨宮家当主代行である、雨宮怜あまみやれいが命じます。宮城県仙台市へ向かい、『ダンジョンシーカーズ』に起きている異変を調査しなさい。加えて、対妖異武装の使用を許可します」


「……本気ですか?」


「本気です。じゃ、頼んだよ。里葉」


 電話が切れる音に続いて、受話器を置く音が何もない部屋に響いた。立ち上がった里葉は調査へ向かう準備をしようと、襖を開け部屋を出る。


 彼女と彼の出会いは近い。



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