第6話 「チーム」

「まず、相手の詳細を教えて?」


「簡単に言うと、巨大なクマだな。 身長は俺とゴルド2人分くらい。 そして、ゴルドが蹴り1発で勝てないと察するほどの実力差だ」


「なるほど…」


シエルは、顎に手を当てて考える。

そして、シエルは周りを見渡し、頷いた。


「…よし、行ける…と思う」


「本当か!?」


「このシエル様を信じなさい。上手く行けば撃退。 もっと上手く行けば、夕飯も手に入っちゃうかも」


シエルは、虎太郎に作戦を話した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


場面は変わり、現在、ゴルドは変わらずクマから逃げていた。


クマの攻撃を全て躱しながら、全力で逃げている。


(ちっ…! 反撃するスキもねぇ…!)


距離も一向に離すことが出来ず、むしろ気を抜いたら一瞬で距離を詰められてしまうだろう。


(幸い他の動物に出くわしてないから逃げれてるが、挟まれたら終わりだな)


「…! やべっ…!」


考え事をしながら走っていると、足元の枝に一瞬だけ足を取られてしまった。


クマがそのスキを見逃す訳もなく、間髪入れずパンチが飛んでくる。


「くっ…!」


なんとか回避はしたが、ゴルドはバランスを崩し、その場に倒れる。

クマはもう目の前まできている。


ゴルドの体力は限界だ。


「ははっ…死ぬ直前ってこんな感じなんだな…くそが」


クマがゴルドに向かって拳を振り下ろす。

ゴルドは、目を閉じた。


「くらえぇ!!!!」


聞き覚えのある声に、ゴルドは目を見開く。

目の前を見ると…


虎太郎が、先端が尖った燃えている木の枝をクマの足に突き刺していた。


クマは、熱さと痛みから数歩後ろへ下がり、悶える。


そして、数歩下がった場所には、シエルがある物を置いていた。

クマはそれを踏むと、足がツルンと滑り、背中から地面に倒れた。


「オルの実。 油を微妙に含んでる木の実で、着火剤に使えるから、いっぱい取ってきておいて良かったわ」


クマの下には、オルの実が大量に置かれていた。


「名付けて、アチアチいたいたヌルヌル作戦! 大成功よ!」


「名前だっせぇ…」


満面の笑みで言うシエルに、虎太郎は苦笑いしながら言う。


オルの実に含まれる油のせいで、クマは滑り、立ち上がる事が出来ずにいる。


「お前ら…なんで…!」


ボロボロのゴルドがなんとか立ち上がり、2人に問う。


「助けに来た!」


「私達はチームでしょう? 」


2人がそう言うと、ゴルドは一瞬目を見開いた後、フッと笑った。


「サバイバル初日からクマ料理か。 幸先がいいな!!」


そう言って、ゴルドは高く飛び上がる。

そして、身動きが取れないクマの頭へ、思い切り踵落としを食らわせた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


クマを3人で川辺まで運び、虎太郎達は再び火を起こしてクマを焼いていた。


クマの解体は尖った石ころを使った。

かなりの力仕事だったが、ゴルドがパパッと終わらせていた。


肉が焼き上がるのを待っている間、ゴルドが口を開いた。


「…あの作戦は誰が考えた」


「シエルだ。 動物は火を怖がるから、まずは俺が尖った木の枝に焚き火の炎を移しながらクマに突き刺して、その後は…」


「私が拾ってきたオルの実を、クマが下がってくる場所に置いておけば、バランス崩すかな?って思ったのよ」


正直、賭けの要素が強かった。

あのままクマが下がらず、怒りに任せて暴れていれば、こうはならなかっただろう。


更に、ゴルドがトドメを刺せるほどの体力が残っていなければ、今頃虎太郎達は飯抜きだった。


「はっ…めちゃくちゃな事考えるな」


そう言ったゴルドの顔は、嬉しそうだった。

そして丁度肉が焼け、ゴルドが皆に肉を配る。


「美味っ…!」


「本当だ美味しい…!」


虎太郎とシエルは、初めて食べるクマの味に感動していた。

3人で食べるにしては多すぎるが、今はサバイバル中。

満腹になっておくに越した事はない。


皆それを分かっているため、限界まで食べ続けた。


「うー…もう食えねぇ…」


「私も…もうむり…」


クマ肉を完食し、虎太郎とシエルは地面に寝転がる。

ゴルドは川の水を飲み、深呼吸をしていた。


「…おいシエル、虎太郎。 明日の作戦会議をするぞ」


虎太郎を余所者ではなく名前呼びした事に対し、虎太郎とシエルは顔を向かい合わせ、フッと笑った。


2人は膨らんだお腹を押さえながら、焚き火を囲むように座った。


「まず、1日目の動きとしては上出来だ。 結果的に食料、水、寝床が確保できたからな」


2人はうんうんと頷く。


「ただ、問題は明日以降だ。 魔獣の森は、中心に行けば行くほど、魔獣が強くなる。 さっきのクマなんか比じゃないくらいにな」


そんなゴルドに向かって、虎太郎が手をあげる。


「ならさ、無理に中心に行かなくても良いんじゃねぇの?

7日目までに狼煙が上がってる入口を通過すりゃあいいんだろ? だったら、6日目までここにいれば安全なんじゃ…」


「馬鹿か。 なんで試験官がわざわざ6日目に狼煙を上げるのかを考えろ。

前提から話すぞ、魔獣の森はかなり広い。

俺達が入って来た入口から、1番遠い向かい側の入口までは、最低でも3日はかかるんだ」


「3日…!?」


「そして、魔獣の森の中心からなら、4方向の入口どれでも、2日はかからない。

つまりだ、俺達がこの試験を突破するには、道中のハプニングを考慮して、最低でも4日目までには魔獣の森の中心に寝床を構え、6日目を待たなきゃいけねぇ」


ゴルドの判断は正しい。


もしギリギリの6日目に中心についたとして、そこから狼煙を見て入口に向かったとする。


ただ、その道中で道に迷ったり、敵わない魔獣にであったら時間切れでアウトだ。


「下見や、中心の魔獣達との戦力差の確認に1日は使いたい。

だから、明日からは大移動になる」


ゴルドの作戦に、虎太郎とシエルは頷いた。


現状、この3人の中で1番力があるのはゴルドだ。

チームである以上、トップの意見に従うのは当然だろう。


「そうと決まれば、少しでも多く寝ておけ。 見張りは俺がしておいてやる」


そう言って場を離れようとするゴルドを、虎太郎が肩を組んで止める。


「何言ってんだゴルドくんよ。 1番疲れてんのはお前なんだから、お前が寝ろ」


「馬鹿かてめぇは、もし魔獣に襲われたらどうする。

てめぇが対処出来るとは思えねぇ」


「その時は大声出すから大丈夫だ。 ここはチームメンバーを信じて休めって」


「私も一緒に見張りをするわ。 2人なら心配ないでしょ?」


シエルが言うと、ゴルドは舌打ちをし、


「…4時間交代だ」


と言って、焚き火から少し離れた場所で横になった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


あれから2時間が経ち、辺りはすっかり暗くなっていた。

虎太郎とシエルは、軽い小話をしながら時間を潰していた。


そして、とうとうシエルがずっと聞きたかったであろう事を聞いて来た。


「…虎太郎はさ、不安じゃないの?」


「何がだ?」


「ほら、急に知らない世界に連れてこられた訳でしょ? あんたがいた世界には魔法もなかったみたいだし…」


「あー…まぁ、不安ではあるよ。 俺がいた世界…っていうか、国はさ、争いなんかない、比較的平和な国だったんだ」


「へー、平和か…いいわね」


「命の危険が伴う戦闘は昔はあったみたいだけどな。 現在は平和だったよ。 子供はちゃんと勉強をして、大人は働いてお金を稼いで、寿命まで生きられるんだ」


「そっか…いいなぁ」


シエルは心底羨ましそうな顔をする。


「…帰りたいとは思わない?」


「そりゃ思うよ。妹が居るんだ。 1歳下なんだけど、俺よりもちゃんとした妹でさ」


「へー、虎太郎はお兄ちゃんなのね」


「兄っぽい事なんか出来てないけどな。 俺は、誰かに誇れるような生き方はしてなかったから」


「誇れるような生き方…?」


シエルは、首を傾げる。


「俺さ、夢っていうか、目標がないんだよ。 自分が何をしたいのかが分からないんだ。

俺の世界ではさ、16歳くらいになると、皆将来どうしたいかって言うのを決めなきゃいけない年頃なんだけど、俺にはずっと決められなかった」


シエルは、黙って話を聞いてくれる。


「妹はさ、将来医者になりたいっていう立派な目標があるんだ。 人に誇れる、立派な夢を持ってる。

対して俺は、夢も目標も無い、空っぽな人間だ。 こんなのが兄だなんて、情けないよな」


そう言って、虎太郎は力無く笑った。


「…私は、夢って探すものじゃなくて、いつのまにか持ってる物だと思うわ」


「いつの間にか持ってる…?」


「うん。 だから、最初から夢を探そうとするんじゃなくて、小さな目標から立ててクリアしていく所から初めてみたらどう?」


「小さな目標って言ってもなぁ…」


「そんな難しく考えなくていいのよ。 …じゃあ、最初の目標は私と一緒の目標にしましょう!」


シエルは、人差し指を立てる。


「3人とも無事に、この試験を突破する事!! まずは、これを目標にしましょ?」


「なるほどな、だったら、頑張れそうだ」


虎太郎は、優しく微笑んだ。


(俺には誰かに誇れるような夢はまだない。 だけど、この世界で生活していれば、いつかは… )

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る