第399話~獣人の国の封印の遺跡 第一階層 ヴィクトリアとお父さんの親子のふれ合い そして、気がつくと……~

 遺跡への下り階段を降りると大きな扉が見えた。

 扉は桜の花の装飾がされた立派なもので、この遺跡の入り口にふさわしいものだった。

 ただ一つ惜しい点があるとすれば……。


「ホルスト君、あの扉の桜きれいだけど、隅っこの方にちょっとした傷があるね」

「本当だ。確かにナイフで切られた跡のようなものがあるな」


 リネットの言うように扉の一部にちょっとした傷があるという点だった。

 あれさえなければ、完璧な芸術品ともいえる扉なのに。

 とは思ったが、何せここは古い遺跡だ。

 扉に傷が一つあるくらいは仕方がないのかもしれない。


 それに今の俺たちにそんなものを気にしている暇はない。

 さっさと奥へ行って遺跡を封印させなければならなかった。


「じゃあ、行くぞ」


 ということで、俺たちは扉を開けるとさっさと奥へ入って行くのだった。


★★★


 遺跡の一階層は迷宮エリアだった。

 迷宮エリアといえば、ヴィクトリアの嫌いなスライムが出てくる可能性が高いエリアだ。


「ホルストさん、ちょっとだけ後ろに隠れさせてください」


 ということで、ヴィクトリアが俺の後ろに隠れてこそこそしている。

 お前、前にでかいスライムを倒させて、スライム嫌いを克服させてやらなかったか?

 そう思ったが、その程度ではスライム嫌いは直らなかったらしい。

 ただ、以前よりは怯え具合が多少マシになった気がするので、多分前よりは怖くなくなったのではないかと思う。


 そんなヴィクトリアを見て、お父さんが文句を言っている。


「おい、お前たちはダンジョンに来るといつもそんなにイチャイチャしているのか!」


 どうやらヴィクトリアが俺の背中にくっついているのが気に入らないらしかった。

 俺は慌てて言い訳する。


「これはイチャイチャしているのではなくて、ヴィクトリア、前に他のダンジョンの迷宮エリアでスライムに怖い目に遭わされたので、それ以来迷宮エリアではいつもこんな感じなんですよ」

「なに?そうなのか?それはかわいそうに。というか、お前がついていながらうちの娘がそんな怖い目に遭うとかどういう事なのだ!責任を取れ!」

「いや、娘さんがこんなにスライム嫌いになったのは申し訳ないと思うのですが、気がついた時にはすでになっていたんです」

「そうです。別にホルストさんは悪くないです。いつの間にか、ワタクシがスライム嫌いになっていただけの話で、ホルストさんは別に悪くないです」

「気がついたらなっていました、だ?ふざけるな!人の娘をこんな風にしやがって!ここはどうやっても責任を取ってもらおうか」

「責任ですか……具体的には何をお望みでしょうか?」

「そうだな……」


 お父さんが俺に是が非でも責任を取らせようと何か考え始めた。

 それを見て、俺は何を言われるんだろうと戦々恐々としたが、ここで先手を取って、ヴィクトリアがお父さんに向かってこんなことを言い始めた。


「お父様!」

「何だい?ヴィクトリア」

「お父様はさっきからホルストさんに責任を取れとかおっしゃってますが、ホルストさんはとっくにワタクシに対して責任を果たしてくれていますよ」

「責任をすでにとっているだと?どういう風に?」


 そう言いながら、お父さんが俺のことをじろっと見てくる。

 結構きつめの視線だったので、俺はちょっとビビってしまったが、我慢して様子を見守ることにする。


「ワタクシのスライム嫌いを直すために、でかいスライムを氷漬けにしてワタクシにとどめを刺させてくれたり、ダンジョンでもスライムが出てくると、ワタクシの前に立ってワタクシを守ろうとしてくれましたよ」

「ほう、そうなのか?それは中々立派な心掛けだとは思うが、それでお前のスライム嫌いは直らなかったのだろう?だったら……」

「だったら、どうするのですか!」


 いくらヴィクトリアが思いを話しても決して納得しようとしないお父さんに対して、イラっとしたのか、ヴィクトリアは目じりを釣り上げながら、お父さんのことを睨みつける。


「それで十分ではないですか!こういうのは、成果よりも何かをしてくれたという行為自体が重要なのです。その点、ホルストさんはワタクシのケアを十分にしてくれたと思います!そして、それに対してワタクシは十分に満足しています!だから、これ以上お父様に口を出してほしくないです!」

「しかし、なあ」

「うるさいです!これ以上ホルストさんに何か言ったりしたら、お父様の事、本当に嫌いになっちゃいますよ」


 お父様のことを嫌いになる。


 そのヴィクトリアの言葉を聞いて、お父さんが顔面蒼白になる。

 慌てて言い訳を始める。


「いや、ヴィクトリア、違うんだよ。お父様は、お前のことを心配してだな……」

「余計なお世話です!ワタクシはワタクシで自分で判断して行動していますので。だから、ワタクシのスライム嫌いの責任もワタクシにあるのです。だから、ホルストさんに責任追及するなど、お父様といえども許せないです」

「うう……」


 お父さんがヴィクトリアに言われて言葉に詰まる。

 こういう時のヴィクトリアはとても強気で、絶対にお父さんに干渉させないという強い意志を持っている。

 普段のどちらかというとのほほんとしたヴィクトリアとは大違いだ。


 それだけヴィクトリアは俺のことを大切に思ってくれていて、二人の仲に文句をつけてくるお父さんが気に入らないのだと思うが、このままではいけない。

 俺のことで二人がケンカをしてほしくない。


 ということで、慌てて止めに入る。


「まあまあ、ヴィクトリアそんなに怒鳴るなよ。お父さんもお前のことが心配で言ってくれているんだから。それはありがたいと思わないといけないぞ」

「でも、ホルストさん。ワタクシはお父様がホルストさんに責任を押し付けようとしているのが気に入らないです」

「俺はお父さんの言い分もわからないでもないんだ。あの時、ヴィクトリアのことをもうちょっと気遣ってやれていれば今スライムが苦手じゃなかったかもしれない。そう考えると、俺も責任を感じるんだよ。ごめんな、ヴィクトリア。あの時、ちゃんとしてやれなくて」

「いや、ホルストさんは別に悪くないです。ワタクシが悪いのです。ですから、そんなに謝らないでください」


 そう言うと、ヴィクトリアは俺にピッタリと抱き着いてくる。

 そして、しばらく俺に抱き着いた後で、今度はお父さんの方を向いてビシッとこう言うのだった。


「お父様、ホルストさんもこうしてちゃんとしてくれているのですから、もうホルストさんを責めるのは止めてください。いいですね?」

「う、うむ。わかった。まあ、一応そいつも責任を感じているようだし、私からはもう何も言うまい」

「ありがとうございます。それともう一つ言わせてください」

「何だ?」

「ワタクシのことを心配してくれて、ありがとうございます。そういう優しいお父様は大好きですよ」


 お父様大好きですよ。


 そう言われたお父さんは照れくさそうに笑い、嬉しそうな顔をするのであった。

 それを見て、俺のせいでお父さんとヴィクトリアの関係が壊れなくてよかったと思うのであった。


★★★


 そんな感じで俺たちは遺跡の中をすすんでいたのだが、途中で俺はあることに気がついてしまった。


「あれ?あそこの扉の傷、それに桜の花の紋様。さっきも見たような気がするな」


 ここまで進んでくる間に扉をいくつか通って来たのだが、その扉が何だか同じような物のように思えてならなかったのだ。

 もしかして、俺たちさっきから同じ場所を回っている?

 そう思った俺は、その扉をじっくりと観察してみることにしたのだった。

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