第385話~ネイアさんとの初デート? ネイアさんの武道着を作ろう~

 さて、無事盗賊団も壊滅させたことだし、すぐにでもロッキード山脈にある封印の遺跡に乗り込んで行こうとしたのだが、ここでヴィクトリアのお父さんに止められた。

 お父さん、曰く。


「春になるまで待て!」


 とのことだった。


 なぜ、春?

 そう思った俺が聞こうと思ったが、お父さんはいつも俺に対して愛想が悪いので、代わりにヴィクトリアを使って聞くことにする。


 ヴィクトリアがおやつに手製のチーズケーキを差し出しながら。


「お父様、なぜ春なのですか」


 と、質問すると、お父さんはニコニコ顔でこう答えるのだった。


「それは『森の中の一本桜』の場所が毎年変わるからだよ」

「『森の中の一本桜』?それは何ですか?」


 娘の質問を受け、お父さんはさらに笑顔になり、したり顔で語り出すのだった。


「よくぞ聞いてくれた。我が娘よ。『森の中の一本桜』。そここそが封印の遺跡の入り口なのだよ」

「そうなのですか」

「ただ、一つ問題なのは、その一本桜の場所は常に移動しているということなのだ。だから春になって桜の花が咲かないと遺跡の入り口が分からない。そういうことなのさ」


 なるほど、つまり春になって桜が咲かないと遺跡に辿り着けないということか。


 そういう事なら仕方がないな。

 桜が咲くまで待つしかない。

 その間は少しのんびりとして、遺跡への突入に備えようと思う。


★★★


「ネイア君、こっちの帳簿の作成をお願いできないか?」

「はい、わかりました」


 俺がネイアさんに用事があって商館の事務所に行くと、ネイアさんがコッセルさんに言われて何かの書類の作成をしていた。

 ネイアさんは仕事を頼まれると自分の机に座るなりテキパキと書類を作成している。


「え~と、こっちが売上伝票の束で、こちらが仕入伝票の束ね。そんなに大した量ではないから、パパッとやってしまいましょう」


 机の上に積まれた大量の書類を見て、「大したことない」と余裕を見せつつ、ソロバンを使いながら書類の束をさばいていく。


 俺は邪魔をしては悪いと思い、その様子をただ眺めているだけだったが、ネイアさんの仕事の処理能力は素人の俺から見ても速かった。

 何せ目にとまらない速度で大量の書類が処理済みの書類の箱に放り込まれて行くのだから。

 とても俺には真似できないことであった。


 結局三十分ほどで書類の作成は終わった。


「とても早かったね」


 と、コッセルさんがネイアさんのことを褒めていたので、ネイアさんの仕事ぶりの凄さが俺にもよく伝わって来たのだった。

 さすがはネイアさん。わざわざ本社からここへ派遣されてきただけのことはあると思った。


 おっと、そういえば俺はネイアさんに用事があるのだった。

 仕事もひと段落着いたようだし、そっちの用事を済ませるか。


★★★


「ネイアさん、今日の晩、嫁たちと外に食事に行くのだけれど、良かったら一緒に行きませんか?」


 俺は仕事が終わって一息ついているネイアさんにそう声をかけた。


「お食事のお誘いですか?それは嬉しいのですけど、奥様方とのお食事会なのでしょう?私なんかを誘ってもらってもよろしいのでしょうか?」

「それがうちの嫁たちが誘って来いって言うんですよ。それで俺が来たんですよ」

「あら、そうなのですか?そういうことでしたら、是非行かせてもらいます」

「そうですか。それは良かった。これで嫁たちに良い報告ができます。それともう一つ話があるんですけど」

「何でしょうか?」


 もう一つ話があると聞いて、ネイアさんが俺の顔をじっと見てきたので、俺はなんだか緊張した。


「食事のついでに嫁たちが買い物に行くというので、その時に前に言っていたブルードラゴンの革の武道着。あれを作ってもらいに行きませんか」

「まあ、それは素敵ですね。私もずっとそれは気になっていたのです。是非行きましょう」


 と、こんな感じで話はまとまり、今晩俺は家族やネイアさんたちと食事に行くことになったのだった。


★★★


 夜になって俺たちは出かけた。


「パトリック、頼んだぞ」

「ブルルル」


 パトリックに馬車を引かせて全員で商業区の方へ向かう。

 主な目的はレストランでの食事なのだが、その前に。


「さあ、買い物のお時間ですよ」


 と、ヴィクトリアが嬉しそうな顔でそう言うように買い物に出かける。


「獣人の国の服のデザインって独特なのが多いね」

「そうですね。こういう服なら、ちょっと雰囲気を変えたい時に良い感じですね」


 三人の嫁さんたちはそう言いながら、買うべき服を品定めすべく動き始める。


「「「店員さん、この服を試着したいんですけど」」」

「はい、畏まりました」


 気に入った服を見つけては店員に言って試着している。


「ホルスターちゃん、この服、銀姉ちゃんに似合っているかな?」

「うん、すごくいいと思うよ」


 銀も嫁さんたちを見習って、ホルスターを連れて色々と服を着ては評価を聞いている。

 その銀の笑顔はとてもまぶしくて、見ていてとてもかわいらしかった。


 そんな中、俺とネイアさんはネイアさんの武道着を仕立ててもらうために服の仕立て屋さんに行った。


「「「私たちは買い物で忙しいので、ネイアさんをちゃんとエスコートしてあげるのですよ」」」


 二人きりで服屋に入るのはちょっと恥ずかしかったが、嫁たちにそう厳命されていたので、何とか恥ずかしさをこらえて服屋へ入ったのだった。


★★★


「ほほう、このブルードラゴンの革で武道着を作られるのですか。それは豪儀なことですね。わかりました。これだけの素材を使わせてもらうのです。私どもも全力で作らせてもらいます」


 仕立て屋さんに行き、そこで店主にネイアさんの武道着の作成を頼むと、店主は力強くそう請け負ってくれた。

 ここは冒険者ギルドに紹介してもらった技術力が高く信頼できる仕立て屋さんなのだが、俺たちが高級な素材を託して服の仕立てを頼んだことにすごく感動してくれて、前述のような発言になったようだ。

 俺もその店主さんの態度を見てこの人なら任せても大丈夫だろうと思い、後は任せることにした。


 ということで、早速作成にかかることにする。


 助手の女性店員さんが来て、ネイアさんの体の採寸を始める。

 と、ここで俺は店員さんに注意される。


「女性の体のサイズを測るので、殿方はご遠慮ください」


 そうだった。ついネイアさんの体に見とれて、そんな基本的なことにも気づかないでいた。


「すぐに向こうへ行きます」


 俺は慌ててその場を離れる。その様子を見てネイアさんがくすっと笑う。


「あら、ホルストさんって、意外におっちょこちょいなんですね」

「すみません」

「いや、別に怒っていないですよ。むしろ普段あれだけ強くてしっかりしているのに、そういう所がかわいいなって思いましたよ」


 その言葉を聞いた俺は、ネイアさんに許された気がして、ホッとしたのだった。


★★★


 その後ネイアさんの採寸が終わると、店主と武道着の細かい意匠の打ち合わせをした。


「この竜の刺繡を入れたほうがきれいだと思いますよ」

「後、裏地はこちらのでいかがでしょうか」

「ええ、刺繍の方はそれでいいと思いますよ。ただ裏地に関しては……」


 武道着の細かい仕様に対する店主の提案にネイアさんが自分の意見を添えて最終的な武道着のデザインを決めて行く。


「それではこのデザインで作成したいと思います。二、三週間ほどで完成しますのでしばらくお待ちください」


 デザインが決まった後は店主がそう言ってくれたので後は待つだけである。


「それで、費用はどのくらいかかりますか?」

「金貨一枚ですね」

「それじゃあ、これで」

「はい、ありがとうございます。では、出来上がったらお屋敷の方へ連絡させてもらいます」


 それで、俺がそうやってお金を払ったらネイアさんが慌てて声をかけてきた。


「え?仕立て代って金貨一枚もするのですか?」

「まあ、ブルードラゴンの革を扱うんだからそれくらいはするだろうね。でも、心配しないで。ここは俺が出しておくから」

「いけません。そんな大金をホルスト様に出させるわけには。これは私の服なのですから私がお金を出します。今はお金がないので無理ですけれど、分割で何とか払います!」


 そうやって自分が払うと言うネイアさんに対して俺は首を横に振る。


「別にそんな必要はないよ。うちのチームでは仲間内の装備の費用は皆で共通のお金から出すことになっているんだ。だから、うちのチームの一員であるネイアさんはお金なんか払う必要はないよ」


 その俺の言葉を聞いて、ネイアさんが目を細めながらこう言う。


「ホルストさんはワタクシのことを仲間だと認めてくれるのですか?」


 その質問に対して俺はこう答えるのだった。


「今更何を言っているの。とっくに仲間じゃないか。俺にとってネイアさんは家族にも劣らない大切な仲間だよ」

「大切な仲間。そう言ってもらえると、とてもうれしいです」


 大切な仲間。その言葉がネイアさんの琴線に触れたのか、ネイアさんは俺の手を取り、力強くギュッと握って来た。

 ネイアさんの手の暖かさが感じられてとても気持ち良かった。


「わかりました。そういうことなら、ブルードラゴンの武道着、ありがたく頂戴します」


 そして、最後にニコッと笑うと、俺の手を引っ張って仕立て屋の外へと出るのだった。


★★★


 その後の食事会でもネイアさんはずっと笑顔だった。

 嫁たちもそんなネイアさんを見ていると楽しくなったのか、


「「「「今日は楽しいですね」」」」


と、終始楽しそうに会話をしながら食事をするのだった。


 そんな皆を見ていると、今日ネイアさんを誘ったのは正解だと思った。

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