第333話~亀の甲羅は薄毛の薬の材料になります~

「それはそうとして、ホルスト君。あの亀の甲羅をどうやって回収するつもりなの?一応甲羅は巣に残っているようだけど、亀を傷つけずに甲羅だけを回収するのは難しいと思うよ」


 俺が作戦を考えていると、リネットがそんな質問をしてきた。

 実は今回の依頼で一番難しいのはそこだ。


 というのも赤色カミツキガメは保護対象になっている。

 まあ、赤色カミツキガメは数が少なく貴重だからな。

 その上、その甲羅は有益な薬の原料になる。

 保護されて当然の魔物だった。


 ただ、俺たちはSランク冒険者。

 この程度の制約でくじけてなどいられない。


「大丈夫だ、リネット。ちゃんと作戦はある」


 俺はリネットにそう力強く言うと考えていた作戦を実行するのだった。


★★★


「『神獣召喚 白狐 幻惑の戦士 発動』」


 まず白狐を呼び出し、自分の分身を作り出す。

 一瞬白狐のシルエットが浮かび上がったかと思うと、すぐさま俺の分身体が出現する。


 この分身体は俺の実力の大体7割の力をもっている。

 その上、この分身体がどれだけ傷ついても本体の俺には影響が出ない。


 つまり俺が何をしたいかというと、俺の分身体をおとりに使って赤色カミツキガメの注意をひきつけ、その間に卵の殻をいただこうという算段なのだ。


 それともう一つ保険をかけておく。


「『神獣召喚 ケリュネイアの鹿 黄金の角の導き 発動』」


 俺がもう一度魔法を使うと、今度はケリュネイアの鹿のシルエットが一瞬浮かび魔法が発動する。

 魔法の光はエリカとヴィクトリアの二人を包み、これで二人の魔法の能力がアップする。

 これで何かあったときに二人の魔法の援護が期待できる。


 さて、準備も整ったことだし、後は甲羅をいただくだけだ。

 と、思ったのだがここで思わぬハプニングが俺たちを襲った。


★★★


「キシャー」


 森の中に突如けたたましい雄たけびがこだまする。


「旦那様、あれを見てください!」


 エリカの指さす方を見ると一匹の大蛇が赤色カミツキガメの親子を襲おうとしていた。


「カァー」


 亀の方も大蛇に対抗しようと大きく雄たけびをあげ、威嚇している。


「あれはキラースネークか!」


 キラースネーク。

 全長五メートルほどの蛇の魔物である。

 とても悪食で知られていて、自分より大きい獲物でも一飲みにしてしまうほど食欲旺盛な魔物だ。


 もちろん赤色カミツキガメも例外ではなく、大人の赤色カミツキガメでもその大きな口で一飲みにしてしまうことができた。


 今回は、目の前の赤色カミツキガメたちを親子ともども食ってやろうとして出てきたのだと思う。


「ホルスト君、このままだと亀の親子が危ないよ」

「そうです。ホルストさん、助けましょう」

「そうだな。貴重な保護魔物だからな。そうするか。お前ら、キラースネークをやるぞ!」

「「「はい」」」


 ということで、赤色カミツキガメに加勢してキラースネークを倒すことにする。


「幻惑の戦士よ、行け!」


 俺は自分の分身体をキラースネークに向かわせて、キラースネークの注意を亀の親子から逸らそうとする。


「シャー」


 俺の分身体に気が付いたキラースネークは、案の定分身体に攻撃してきた。

 分身体は無言でキラースネークに攻撃し、キラースネークを徐々に亀から引きはがしていく。


「『極大化 風刃』」

「『極大化 精霊召喚 風の精霊』」


 十分に亀とキラースネークの距離が離れた所で、エリカとヴィクトリアが魔法攻撃を敢行する。

 一応二人には手加減するように言ってある。

 キラースネークの皮は防具や衣類、カバンなどの材料として高く売れるからな。

 だから、なるべく皮はきれいに残しておきたい。


「ウガー」


 エリカたちに傷つけられたキラースネークは今度はエリカたちの方へ向かって行く。

 もちろん、これも狙い通りだ。


「うりゃあああ」


 向かってくるキラースネークの前にミスリルの槍を持ったリネットが立ち塞がる。


「『フルバースト 閃光雷撃突き』」


 そして、近づいてくるキラースネークの心臓めがけて必殺技を突き入れる。


「グオオオオ」


 心臓をリネットの一撃で破壊されたキラースネークは断末魔を叫びながら地面に倒れ伏す。

 これでキラースネークを倒せたので俺たちはホッとしたのだったが、ここで俺ははっと気が付いた。


 隠密でやるつもりだったのに派手にキラースネークと戦ったせいで赤色カミツキガメに気が付かれてしまった。

 ああ、どうやって甲羅を回収しようか。

 俺は頭を抱えるのだった。


★★★


「よーし、良い子だからそのまま大人しくしていてくれよ」


 キラースネークを倒した後、俺たちは甲羅の回収を始めた。


「『神強化』」


 一応魔法をかけて、赤色カミツキガメが襲ってきたら大急ぎで甲羅を奪取して逃げようと思っての措置だったが。


「あれ?何もしてこないな」


 赤色カミツキガメは俺に襲い掛かってこなかった。

 もしかして、この亀の親子は俺たちに助けてもらったことを理解していて黙認してくれているのかもしれなかった。


「まるで『浦島太郎』に出てくる亀のように義理堅い亀ですね」


 その光景を見てヴィクトリアがまた何か言っている。


 というか、『浦島太郎』って何よ。

 後で聞いた話によると、浦島太郎は浜辺でいじめられていた亀を助けた人物で助けた亀にお礼に竜宮城とかいう天国のような場所に連れて行ってもらったという話だ。

 確かに目の前の亀のように義理堅い亀だった。


「よし、これで甲羅を回収できたな。達者でやれよ」


 そうこうしているうちに俺は甲羅の回収を終えた。

 そして、最後は亀たちに手を振りながら森を離れるのだった。


★★★


「あっ、お兄ちゃん」

「何だ、レイラか」


 ノースフォートレスの町に帰って冒険者ギルドに亀の甲羅を納品しに行くと、妹のパーティーと遭遇した。


「「「どうも、こんにちは」」」


 すかさず妹のパーティーの子たちが挨拶してくれたので。


「「「「こんにちは」」」」


 俺たちも挨拶し返す。


「それで、お兄ちゃん、ここで何しているのよ」

「何って、依頼を達成したから納品に来たんだよ。そう言うお前らこそ何しているんだよ」

「私たちも納品に来たのよ」

「そうか。ちゃんと依頼はこなせたんだな」

「当たり前じゃない!私たちだって、やる時はやるんだからね」

「まあ、ちゃんとやれているのなら、それでいい」


 俺と妹のやつでそんな会話をしていると。


「ホルスト様、査定が終わりましたよ」

「レイラ様、査定が終わりましたよ」


 ちょうど俺たちの査定が終わった。

 呼ばれた俺たちはそれぞれの受付に行き報酬を受け取る。

 そして、それぞれのパーティーメンバーと合流しようとしたときに妹のやつがもう一度声をかけてきた。


「ねえねえ、お兄ちゃん。いくらもらったの?」

「何だよ。他人に報酬の金額を聞くとか、マナーが悪いぞ」

「いいじゃない。教えてくれたって」

「まあ、別に構わんが。今回の報酬は金貨12枚だな」

「金貨12枚?!そんなにもらったの?少しちょうだい」

「ふざけるな!金が欲しいんだったら自分で稼げ!それがここのルールだ」

「ケチ!」


 自分の要求があっさり拒否されたことに不満を持ったのか、妹のやつが悪態を突いてきやがった。

 本当、口の悪いやつだ。


 でも、俺は気にしないことにした。何せ大金を稼いで今は気分がいいからな。

 この程度の悪口、聞き流して妹のやつに余裕を見せてやろうと思う。


「それにしても、何をしたらそんなに稼げるのよ」

「今回は赤色カミツキガメの甲羅の回収の仕事だからな。こいつの甲羅は、とある薬の材料になるんで高く売れるんだよ」

「とある薬って?」

「薄毛の薬だな」

「薄毛の薬?そんなものが高く売れるの?」


 俺はコクリと頷く。


「高貴な人の中にも薄毛で悩む人は多いからな。そういう人たちが、若かりし頃の自分を取り戻そうとして大金をはたいて買っていくんだよ」

「ふーん、そうなんだ。毛が薄い人って大変ねえ。そう言えば、うちのお父様もずっと毛が薄いのに悩んでいたから、もしかしてお兄ちゃんも将来……」


 ブチッ。と俺の中で血管がブチ切れる音がした。

 さっきの悪口はまだよかったが、俺自身ちょっと気にしていたことを指摘されて我慢できなくなった。


「てめえ!いい加減にしろよ!」


 そう言いながら妹のほっぺたをつまんで、とんでもないことを言う口をグリグリしてやる。


「ごめんなさい。もう言わないから許してください」


 結構痛かったのか、妹のやつが謝ってきたので手を放してやる。


「わかりゃあいいんだ。でも、次言ったらもっと強い制裁を加えるからな」


 反省したのかしてないのか、コクコクと妹は頷くのみであった。


★★★


 その帰り、俺は少し不機嫌だった。


 レイラのやつ、俺が将来オヤジに似て禿げるとかぬかしやがって。

 そんなわけがあるかよ!

 そう怒りつつも、内心そうなるかもという気持ちもあって、心の中は複雑な感情でモヤモヤしていた。


 それを見かねて嫁たちが声をかけてくる。


「大丈夫です。ホルストさんは別に将来禿げたりしませんから。ワタクシが保証してあげます」

「そうですよ、旦那様」

「その通りだよ、ホルスト君」

「みんなあ」

「それに例え髪の毛が薄くなったとしても、ワタクシはホルストさんのことを愛し続けますので」

「私もです」

「アタシもだよ」

「みんな、ありがとう」


 俺は嫁たちの優しさに感動し、一生嫁たちのことを大事にしようと思うのだった。

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