第321話~ヴィクトリアのお母さんとおばあさん、天界へ帰る~

「ヴィクトリア先生のお母さん、帰っちゃうんですか」


 ヴィクトリアのお母さんたちが思い出作りをした次の日。


 大規模訓練場の魔法使いコースの子たちがお別れの挨拶をしに来てくれた。

 急にどうしたんだろうと俺は思ったが、彼女たちの中に妹とそのパーティーの子がいるのを見て全てを悟った。


 どうやら妹たちが昨日パトリックの世話に来た時に、ヴィクトリアのお母さんたちが帰るのを聞いてそれを魔法使いコースの子たちにも話したようだ。


 今回の訓練では、エリカの手が足りない時にヴィクトリアのお母さんが手伝ってくれたこともあったので、そのお礼も兼ねてお別れのあいさつに来たということのようだ。


 しかも彼女たちはお礼を言いに来てくれたにとどまらず。


「これ、先生たちのためにみんなでお金を出し合って買ったんです」


 そう言いながら二人に大きな花束をくれたのだった。

 花束をもらった二人はすっかり感激したようで。


「みんな、ありがとうねえ」

「おばあちゃん、とっても嬉しいわ」


 うっすらと涙を流しながら口々にお礼を言うのだった。

 それを見た俺はこのままお別れを言いに来てくれた訓練生のことを帰すわけにはいかないと思った。


 だから、こう提案した。


「折角こうしてわざわざ来てくれたことだし、俺がおごるからみんなで送別会ということでご飯を食べに行かないか?」

「はい、是非参加させてください」


 すると、皆賛成してくれたので急遽送別会を開催することになったのだった。


★★★


 送別会は俺たちの行きつけの商業街にある結構有名な店を貸し切りにして行われた。


「マスター、急に無理を言って申し訳ありません」

「いいえ、お気になさらず。ホルストさんたちにはよく食べに来てもらっていますから。気合いを入れて作らせてもらいますよ」


 急な頼みごとを引き受けてくれた店のマスターにお礼を言うと、マスターは快く請け負ってくれたので料理とかはすべてお任せにして、人数分出してもらうことにした。


 なお、うちの家族と妹のパーティー以外で今回の送別会に参加してくれた訓練生の子たちは30人程だ。女の子が20人、男が10人と言ったところだ。

 折角ヴィクトリアのお母さんたちのために集まってくれたのだから、できる限りのことをしてあげたいと思った俺はこう言う。


「みんな、お酒でもジュースでも好きなだけ頼んで飲んでくれて構わないぞ。それと料理は俺がマスターにお任せで頼んでいるけど、足りなければ適当に好きに頼んでいいからな」

「ありがとうございます」

「それじゃあ、最初に乾杯するから、まずは飲み物を頼んでくれ」

「はい」

「じゃあ、私エール」

「俺、サワー」

「私は水割りのウィスキーかな」


 俺に言われて皆が思い思いに飲み物を注文する。

 それでみんなに飲み物が行きわたったのを見た俺は、ヴィクトリアのお母さんに音頭を取るように促す。


「みなさん。今日は私と母の送別会に集まってくれてありがとうね。それじゃあ、かんぱい!」

「かんぱ~い」


 お母さんの音頭で皆が一斉に飲み始める。

 まだ残暑が厳しい季節なので、皆喉が渇いていたのか次々にグラスが空になっていく。


「マスター、おかわりください」

「私も!」

「俺も!」


 そして次々におかわりを注文して行く。


「お待たせしました」


 そのうちに料理もできてきて、どんどんテーブルの上に置かれて行く。


「いただきま~す」


 そして、それらの料理は訓練生たちの胃袋の中へと次々に収まっていくのだった。

 妹のパーティーとかもそうなのだが、本当訓練生たちっていつも腹ペコなんだなと思う。

 うん、これはダンパさんにも一応報告して改善を促した方がいいかなと思った。


 もちろん大量に食っているのは訓練生たちだけではない。


「銀ちゃん、今日はごちそうがいっぱいですね。これは張り切って食べないと」

「はい、ヴィクトリア様」

「みんな。すごい勢いで食べるわね。お母様、これは私たちも負けていられませんね」

「そうね。最後だから思い切り食べましょうね」


 ヴィクトリアやお母さんたちも訓練生たちが食べているのを見て胃袋を刺激されたのか、ここぞとばかりに食べるのだった。

 それを見て俺も最後にみんなが楽しめる送別会ができて良かったと思ったのであった。


 と、こんな感じで送別会は楽しく進んで行くのであった。


★★★


「ごちそうさまでした~」


 送別会が終わると、そう口々にお礼を言いながら訓練生たちが帰って行った。

 皆膨らんだ腹をさすりながら帰っているから、十分満足してくれているのだと思う。


「おい、ちょっと話があるんだけど」


 そんな中俺は妹のパーティーを呼び止めた。


「なあに?お兄ちゃん」

「今日、皆をに呼びかけてくれたのはお前らだろ?ありがとうな」


 俺にそうお礼を言われた妹たちは照れくさいのか顔を赤くしながらこう言うのだった。


「まあね。ヴィクトリア義姉さんのお母さんたちにはよくお菓子とかもらったからね。それに魔法を教えてもらったりもしたかったから、お礼がしたかったのよね。それを魔法使いコースの子たちに言ったら、皆もお礼がしたいって言うからみんなで花束を買って渡したのよ」


 妹の照れ隠しの言い訳じみたセリフを聞きながら、俺はエリカに鍛え直されてちょっとはまともになったのかと思った。


「そうか。そいつは気を使ってもらってありがとうな。おかげでヴィクトリアのやつも良い親孝行になったって喜んでいたし、助かったよ」

「いえ、どういたしまして」

「いや、そんなに謙遜しなくていい。ヴィクトリアのお母さんたちは俺にとっても親だからな。だから俺も非常に感謝しているんだ」


 これは俺の本心だ。

 嫁さんたちの親も俺にとっては親だ。

 だからその親たちによくしてくれた妹たちには非常に感謝しているのだ。

 ゆえに何かお礼をしようと思った。


「そういえば、お前たちは訓練所を卒業した後もこの町で同じチームで冒険者をやっていくつもりなのか?」

「うん。そのつもりだよ」

「それで、住む所とかは決めたのか?」

「まだだね。探してはいるけど余人で住めるところとなると家賃が高くなって中々ないの」

「そうか。そういうことなら俺が紹介してやろうか?」

「本当?」

「「「本当ですか?」」」


 俺が住む場所を紹介してやろうかと持ち掛けると、妹たちはすぐさま食いついてきた。

 よほど住居探しに苦労しているものと見える。


「本当さ。実はな。リネットのお父さん、この町の不動産屋たちとかなり親しいんだよ。自分で不動産を所有したりもしているしな。だから、頼めば格安の物件を紹介してくれると思う。それでいいんだったら紹介してやるが、どうだ?」

「「「「是非お願いします」」」」


 俺の提案に対して妹たちはぺこりと頭を下げてお願いしてくるのだった。

 さて、妹たちにお礼もしたことだし、これで話は終わりだ。


「気を付けて帰れよ」


 そう言って妹たちを見送ると、俺も嫁たちと合流して家に帰るのだった。


★★★


 翌日の朝早く。


「それじゃあ、またね」

「みんな、元気でね」


 ヴィクトリアのお母さんとおばあさんは天界へと帰って行った。


「お母様とおばあ様も元気でいてくださいね」


 ヴィクトリアも親と離れるのが寂しかったのか、悲しそうな顔をしていた。

 まあ彼女の人生でこれほど長く親といたのは初めてだったらしいから、結構センチメンタルな気分になったのだと思う。


「「お姉ちゃんたち、これ僕たちが描いたの」」


 別れ際にホルスターと銀が描いたという二人の似顔絵を渡していた。


「「あら、私たちにそっくりね」」


 それを見てお母さんたちは非常に喜んだようで、二人の頭をなでなでしていた。


「それと、俺たちからもお世話になったお礼があります」


 もちろん、俺たちもホルスターたちに負けじとお世話になったお礼をあげておいた。


「「これは、アンティークな感じのグラスね」」


 二人にあげたのはアンティークな感じの高級グラスだった。

 二人は良くいい所にお酒を飲んでいたから、これを使って二人でお酒を楽しんでほしいと思ってあげたのだった。


「「みんな、ありがとう。みんなとここで過ごした日々は忘れないわ」」


 最後にそう言うと二人は天界へと帰って行った。

 ただ、去り際ヴィクトリアにこう言うのだけは忘れなかった。


「また来るからね。その時には私たちが孫の顔を見られるようにしておきなさい」


 そしてそのセリフを言うと同時に、二人の姿は空気に溶けるかのように消えたのだった。


「まあ、お母様たちったら」


 最後に余計なことを言われたヴィクトリアが慌てふためいていた。

 ヴィクトリアらしくてとてもかわいらしい仕草だった。


 それを見て、俺はヴィクトリアやリネット、エリカたちと早く子供をつくれるようになりたいなと思った。


 そのためにも神聖同盟の奴らを早くどうにかしなければな。

 俺はそう考え、改めて邪神の復活阻止に対して意欲を燃やすのだった。


 大分朝も涼しくなり、秋らしくなったある日の出来事であった。

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