第320話~思い出作り~

「「私たちそろそろ天界へ帰ろうと思うの」」


 ダンジョン演習から帰って2、3日経った頃、ヴィクトリアのお母さんとおばあさんがそんなことを言い始めた。


「まあ、お母様たち帰られるのですか?」


 それを聞いたヴィクトリアがきょとんとした顔で二人に尋ねる。


 それはどちらかというと、驚いた顔だった。

 まあ、二人は結構長い間俺たちと一緒に過ごしてきたから、二人がいるのが結構当たり前になっていて、だからこそ急に帰るとか言い出したものだから驚いたものと思う。


 それにヴィクトリアの話によると、彼女の人生の中で親とこんなに長く一緒にいたのは初めてらしく、その点でも珍しい体験だったらしい。


 ほんの数か月で大げさなとも思ったが、ヴィクトリアの家族は大変に忙しいらしいのでヴィクトリアはあまり構ってもらえなかったらしいから、本人が言うのならそうなのかもと思う。


 まあ、ヴィクトリアもそうだが俺たちも残念に思った。

 二人には色々お世話してもらったし、俺たち的には家族として接してきたつもりだ。

 だが、帰るというものを無理に引き留めるというのもダメだと思うので、ここは最後に送別会でも開いてあげようかな。


 俺がそんなことを考えていると、二人がこんなことを言い始めた。


「「私たち、最後に思い出が欲しいの」」


★★★


「ここで、いいんですか?」

「「ええ、ホルスト君。ありがとう」」


 思い出が欲しいというヴィクトリアのお母さんとおばあさんをお望みの場所に連れて行ってあげた。


 ここはノースフォートレスの町の劇場。

 今ここではとある劇が上映されている。

 全三部作のシリーズものだそうで、王子様と身分低き女性との恋愛ものらしい。


 それで今やっているのはその三部作の最終章だそうだ。

 ヴィクトリアのお母さんとおばあさんは第一部と第二部はすでに見ているらしく、最終章もぜひ見たかったのだそうだが、割と人気でチケットが取れなかったらしい。

 それで俺が骨を折ってチケットを確保したのだった。


 入手ルートは冒険者ギルドからである。

 というのも、冒険者ギルドはこの劇のスポンサーをやっているらしくスポンサー枠のチケットを持っていたというわけだ。


「ダンパさん、そのチケット分けてもらえないですか?」

「ホルスト殿にはいつもお世話になっているから、好きにしていいよ」


 ダンパさんにそう頼んだらチケットを快く譲ってくれたので、俺たちは家族ぐるみでこうして劇を見に来たというわけである。


「ジュースとお菓子を8人分下さい」


 劇場の売店でジュースとおやつを買ってから中へ入って行く。

 チケットが中々取れないくらい評判の劇とあって、劇場の中は混雑していた。


 というか混んではいるが、男女のカップルが多いようだ。

 まあ、恋愛ものだしな。カップルで来ていちゃいちゃしたいのだと思う。


 カップルの次に多いのはおばちゃんたちのグループだ。


「まあ、奥様今日は楽しみですわね」

「本当にねえ」


 そんな会話が聞こえてくるから、ヴィクトリアのお母さんとおばあさんのように恋愛劇を純粋に楽しみたいのだと思う。


 家族連れで来ているのはうちくらいのものだ。

 ちょっと場違いな所に来た感があるが、二人の希望だし、折角来たのだから見て帰ることにする。


 俺たちが席に着いて間もなく劇が始まる。

 ヒロインが王子様と密会するシーンからのスタートのようで、そのシーンを見た観衆からは歓声ともため息ともつかない声が聞こえてきて、盛り上がっているのはわかる。


 ただ、俺はあまり楽しめなかった。

 だってそうだろう?

 事情がよく分からない恋愛話をいきなり見せられても普通の人間なら困惑するだけだと思う。


 だが、話を知っているヴィクトリアのお母さんとおばあさん、後話を知らないはずなのにうちの嫁たちも劇を食い入るように見ていた。


「女の子けなげですね」

「憧れます~」

「最高だね」


 と、三人ともべた褒めだ。

 この三人を見ていると、やはり女の子って身分違いの恋の話とか好きなのかなと思ってしまう。


「ああ、素敵ですね」


 というか、銀まで感動したのか嬉しそうにしているし。

 それに、キスとかそういうシーンになると。


「ホルスターちゃんにはまだ早いです!めっ!」


 とか言って横にいるホルスターに目隠しなんかしているしぐさもかわいらしい。


 まあ、キスのシーンとかは迫真の演技過ぎて、妙にリアルで俺でもすごいなと感じるくらいだから、ホルスターには早いと俺も思うからそれでいいと思う。


 と、こんな感じで俺たちは劇を楽しんだのであった。


★★★


「さあ、色々買って帰るわよ」

「そうね。最後だから思い切り買って帰りましょう」


 ノースフォートレスの町のとある雑貨屋さんで、ヴィクトリアのお母さんとおばあさんが張り切っていた。


 劇場で劇を堪能した後は、こうやってみんなで雑貨屋さんに買い物に来た。

 ヴィクトリアのお母さんとおばあさんはここで買い物がしたいらしい。

 どうも天界へ帰る前に下界で気に入ったものを買い込んでいきたいようで、こうして意気込んでいるようだった。


「この香水の香り、良かったわあ。この香りなら旦那様もメロメロにできるわあ」


 お母さんはお気に入りの香水が目当てのようだ。


「この香水、10個くらい下さい」

「畏まりました」


 店員に言って結構な数の香水を買おうとしていた。

 まあ、10個もあれば当分は持つだろうから、本人も納得なのだろうと思う。


「おばあちゃんはこの石鹼が気に入ったの。たくさん買うわよ」


 おばあさんの方はここの石鹸が気に入ったようだ。


「この石鹸50個くらい下さい」

「ありがとうございます」


 こっちも大盤振る舞いで大人買いをしていた。

 よほど気に入ったのだと思う。


 まあ、石鹸とかそんなに長持ちしないから、腐る物でもないし、この位一気に買っておけばいいと思う。


「後、お母さんはあれも欲しいなあ」

「おばあちゃんもこれが欲しいなあ」


 その後も二人の買い物は続き、気が付いたころにはうちの客用の部屋が一つ埋まるくらいの物を買っていた。


 こんなに買ってどうやって持って帰るんだろうと思ったが、二人にはヴィクトリアのものと同じ収納リングがあるのでこの程度のものを持って帰るのに不自由はないようだった。


「全部で銀貨85枚になります」

「はい、それじゃあ、これ代金ね」

「ありがとうございます」


 最後は俺が会計を済ませてから店を出た。

 そして、皆でそのまま商業街を歩き回り、商業街中の屋台を巡っていく。


「クレープください」

「シュークリームください」

「パフェください」


 そして二人で買い食いを始めた。


 付き合いで俺たちもいくつかの店でおやつを買ったが、二人で合計10店舗ほどを巡り歩いたので食いきれそうになかったので、数店舗で食べた後はお腹がいっぱいになって見ているだけだった。


 唯一の例外はヴィクトリアで。


「お母様におばあ様。いつの間にこんなにおいしいお店を開拓していたのですか」


 と、二人について食いまくっていた。

 この辺のヴィクトリアの行動を見ると、血のつながりの濃さというものを感じてしまう。


 というか、俺とヴィクトリアの間に娘が生まれたとして、こうはならないよな?

 いかん。まだ生まれてもいない子供なのに今から不安になって来たぞ。

 うん、注意しておくことにしよう。


 それはともかく、屋台巡りをして最後の思い出作りができたのか、お母さんたちは俺たちに近寄ってくるとこう言うのだった。


「「ホルスト君たち、今日は私たちの思い出作りに付き合ってくれて、ありがとうね」」

「「「いえ、いえ、どういたしまして。こちらこそお世話になりましてありがとうございます」」」


 お母さんたちがそうお礼を言ってきたので、俺たちもお世話になったお礼を言うのであった。

 これでお母さんたちの思い出作りも終わったので後は二人が天界に帰るだけかな、と思ったが、この話にはまだ続きがあるのだった。

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