第315話~ダンジョン演習講座 準備編 レイラ、お前ゴブリンに杖を折られるとか、何やってんだよ!~

「お兄様、お願いがあります!!」


 そう言いながらいきなり妹のやつが土下座してきた。


 今は大規模訓練場の昼休みの時間。

 俺たちのパーティーがみんなで食事をしていると。


「お兄ちゃん、ちょっと付き合ってくれない」


 突然レイラのやつがそう声をかけてきた。

 別に断ってもよかったのだが、今は周囲の目もあり、薄情な兄貴だと思われるのも嫌だったので付き合ってやることにしたのだった。


 それで訓練場の控室を借りてそこへ行ったのだが、そこでレイラがいきなり先述のように土下座してきたのだ。


 どちらかというと俺に偉そうな態度をとるレイラが俺にいきなり土下座をする。

 正直良い予感はしなかった。前に土下座された時も仕事の斡旋を強要されたし。

 だが、折角部屋まで借りたので、仕方なく話を聞いてやることにした。


「お願い?お前は俺に何を願うんだ?」

「今度訓練の一環としてダンジョンでの演習があるでしょう?それで、それ用の武器をめぐんでいただけないでしょうか」

「武器?武器なら既にお前杖とかローブ持っているじゃないか」

「そうなんだけど、私が使っている杖って初心者が練習で使う用のやつなんだよね」


 そう言いながらレイラは俺に杖を見せてきた。


「確かにこれは練習用の安い杖だな」


 見ると確かにそれは練習用の安い杖だった。

 なるほど、これを持ってダンジョンに行くのは危険かもしれない。


 だが、ここで一つの疑問が俺の中に沸き起こる。


「でも、お前って昔オヤジにもっと良い杖を買ってもらっていなかったか?あれはどうしたんだ?」

「ゴブリンのとの戦いの時に壊されちゃった」


 俺が聞くと、妹のアホはテヘッとごまかし笑いをしながらそう言うのだった。

 どうやら魔物との戦いで失ったらしかった。


「というか、ゴブリン?!お前、最弱の魔物に杖を壊されるとか何やっているんだ!」

「だって相手も集団で来て手強かったんだもん!仕方がなかったんだもん!」


 いい年して語尾にもんとかつけるな!お前は子供か!

 と妹の態度を見て俺は呆れるばかりだった。


「まあ、いい。それで武器が欲しいから援助してくれということか」

「はい、お願いします」

「お前はあほか!武器が欲しいんなら自分で稼いでその金で買え!みんなそうしているだろうが!大体お前毎日俺から給料をもらっているだろうが!それを少しは溜めたりしてないのか」

「……」

「どうなんだ!」

「……使っちゃった。ずっとお菓子とか食べてなかったから、ついつい買って食べちゃった」

「マジか!」


 本当このバカは!俺の口から言えることはもうなかった。


「お前に言うことはもうない。杖も自分で何とかしろ」


 そう言い捨てると、俺はその場を離れようとした。


 しかし、ここで妹のやつが食い下がって来た。

 俺のズボンをがっちりと掴み離れようとしない。


「いい加減にしろ!」

「だって、お兄ちゃんに見捨てられたらもう本当にどうしようもないの!」


 こいつが男だったら蹴り飛ばして出て行くのだが、さすがに妹相手にそこまではできない。


「お前、離れろよ!」

「嫌よ!買ってくれると言うまで離さない」


 これだけ見ると子供が親にものをねだる時の様なほほえましい光景に見えるが、実の妹にこれをやられた俺は笑えない。

 あげく自分の要求が中々通らないことに業を煮やした妹がこんなことを言い始めた。


「お兄ちゃんが私を助けてくれないんだったら、皆に「お兄ちゃんとお風呂に入ったことがある」、

「お兄ちゃんと同じ布団で寝たことがある」って言いふらしてやる」

「お前、デマを流すんじゃない!」

「デマじゃないもん!小さい頃そういうことしたことあるもん!だから嘘じゃないもん!」


 妹にそう言われて俺は思い出す。


 確かに幼い頃にはそういう時期もあった。

 幼い頃、母親に連れられ妹と一緒に何度も風呂に入ったし、一緒の布団でお昼寝したこともある。

 だから、こいつの言うことは完全に嘘というわけではない。


 でも、今更それを持ち出すか、こいつ。


 ただ、小さい頃のこととはいえ言いふらされて困るのは俺だ。

 幼い頃という枕詞を抜いてこの話を妹にされては、周囲に誤解をされてしまう。

 近親者と関係を持ったとかいう噂が立つのはごめんこうむりたい。


 それによく考えたら、こいつがみすぼらしい装備でダンジョン演習に出掛けて、その装備の貧弱性で何か失態を犯した場合、「あの子、ホルスト様の妹なのに、あんなみすぼらしい装備でダンジョン行って失敗するなんて。ホルスト様って案外ケチなのかしら?」と俺まで陰口をたたかれかねない。


 それなりの装備を持たせてやっていれば、「あの子、ホルスト様にちゃんとしてもらっているのに失敗するなんてダメな子ね」と、妹のアホが失敗してもすべて妹のせいになり、俺に被害が回ってこなくなる。 そうやって損得を考えた結果、仕方ないので、少し妥協することにする。


「わかった。お前らパトリックの世話を頑張っているから、その頑張ったボーナスということで買ってやる。それでいいか?」

「本当?お兄ちゃん、ありがとう」

「それで、杖一本でよかったんだな?」

「できれば、替えのローブなんかもお願いします」


 こいつは……と思ったが、こうなれば細かい違いに文句を言う気になれなかった。


「わかった。それじゃあ次の休みに買いに行くか」

「うん、ありがとう。それじゃあね」


 自分の要求が通ったことに満足したのか、それだけ言うと妹のやつはさっさと出て行くのだった。

 疲れた。

 今の俺に残されたのはそんな感想だけだった。


★★★


 次の訓練の休みの日。


「ほら、好きなのを買っていいぞ」


 俺は3人の嫁たちと共に妹のパーティーを連れて冒険者ギルドの隣の武器屋に武器を買いに来ていた。

 なお妹の他に妹のパーティーメンバーーの子たちを連れてきたのは、彼女たちにも武器を買ってやるためである。


「「「本当に私たちにも買っていただけるんですか」」」

「ああ、今回はパトリックの世話を頑張ってくれているご褒美だからな。だからお前たちにも買ってやる」


 パトリックの世話のご褒美という形で妹に買ってやるのでその仲間たちにも買ってやらないと変だからだ。

 それに、妹のやつも含めて、パトリックの世話を一生懸命にやってくれているので、それに対してお礼をするのは別に間違った行動ではないと思う。


「「「ありがとうございます」」」


 俺の言葉を受け、3人は元気いっぱい大喜びで武器を選び始めるのだった。

 その一方で妹のやつは。


「さ……て、私も……何か……武器を……探さなきゃ」


 他の3人と違って息も絶え絶え、疲労困憊な様子で武器を選んでいた。

 というのも、俺がこの前の件をエリカにチクったところ。


「そういう腐った根性は叩き直してやらねばいけませんね」


 と、大分ご立腹だったので、エリカに訓練でぐうの音も出ないくらいにしごかれたらしかった。

 何せヴィクトリアのお母さんに頼んで同行してもらって、他の子の指導をお母さんに任せて自分はつきっきりで妹に指導をしていたらしいからな。

 エリカの本気度がよくわかるというものだ。


 その状況が数日続いたおかげが今の有様というわけだ。

 俺的には、ざまあと言いたいところだが、それを口に出すのは大人げないので本人には言わないでおく。


 ただ、言いはしなかったけどボロボロになった妹をニヤニヤ見てやると。


「キイ」


 と悔しそうにしていたので、俺の思いは十分に伝わったと思う。


 ちなみにエリカはダンジョン演習の日までこのやり方で行くらしいので、妹の地獄はしばらく続くと思う。

 代わりに他の訓練生の子たちは魔法を司る女神様に直接魔法を教えてもらえてラッキーだと思う。


 本当に妹のやつ、いい気味だ!


 それはともかく、4人は真剣に武器を選んでいる。

 4人ともここはぜひとも自分に合った武器を手に入れたいと思っているようだから、当然ではあるが。

 そんな4人に俺たちはアドバイスしてやることにする。


「マーガレットにベラ、鎧選びで悩んでいるのかい?」

「はい、リネットさん」

「それだったら、このビッグアリゲーター製の皮鎧がいいよ。これだったら、一般的な皮鎧よりも大分頑丈だし、下手な金属鎧よりも使いやすいからね。というか、二人は体力的に心許ないから、まだ金属鎧を身につけるのは早いと思うから、断然これがベストだと思うよ」

「ほら、マーガレット。この『鋼の剣』はどうだ?これならマーガレットの腕でも十分使いこなせると思うぞ。後、ベラにはこっちの鉄の槍がいいぞ。これは予備武器として俺も持っているやつで、しなり具合がよくて使いやすいんだ」


 という感じで俺とリネットの二人でマーガレットとベラにアドバイスしてやっている。


「「ホルストさんたちが勧めてくれるのならそれにします」」


 二人とも素直で、かつ武器の良し悪しに不案内なようで、俺たちのアドバイスをよく聞き、それに沿って購入していた。

 何でこんな素直な子が妹とパーティーを組んでいるんだと本当に思う。


 一方でエリカたちの方はというと。


「フレデリカさんって、回復呪文も使うけど弓も使うのね。だったらローブよりもこっちの皮の胸当てがいいでしょうね」

「後、弓持ちというのなら杖はこっちのコンパクトなやつが邪魔にならなくていいと思います」

「レイラさんはそっちの樫の杖にしなさい。中級者用なのであなたにちょうどいいはずですよ」

「ローブはこっちのがいいんじゃないですか。レイラさんの黒髪とも似合っていますし」


 こっちはこっちでちゃんと選んでやっているようだ。

 特に妹に対して意趣返しをしようとかする気もないらしく、真剣だった。


 まあ道具選びとか真剣勝負の場面でそんなことをしなくても、エリカ、訓練で妹に対するうっ憤を晴らしているしな。

 ここでは何もしないみたいだった。


 そうやってみんなの買うものが決まると、店主を呼ぶ。


「全部でいくらになる?」

「銀貨52枚ですね」

「それじゃあ、これ料金ね」

「ありがとうございます」

「それと、この子たち用に武具の微調整をしてくれ」

「畏まりました」


 そして、料金を支払い、武具の微調整を頼む。

 それを受け店主が全員の体のサイズを測って微調整をしてくれる。


「それじゃあ、2日後に本人たちが取りに来るからその時までに頼むよ」

「承知しました」


 後日本人たちが取りに来るからその時までに調整することを頼んで店を出る。

 用事も終わったことだしここで解散してもよかったのだが。


「近くにアイスの屋台を見つけたのですが、そこのアイスがおいしそうだったので食べたいです」


 と、ヴィクトリアが言いだしたのでそこに寄って帰ることにする。


「俺バニラがいいな。みんなは?」

「バニラ」「チョコ」「メロン」「ストロベリー」「チョコ」「ストロベリー」「ストロベリー」「メロン」 と全員が注文して、それを受け取ったら解散となった。


「「「「今日はありがとうございました」」」」


 最後に妹たちが元気よくお礼を言ってきたので、




「いや、こっちこそパトリックの世話をしてくれてありがとう」


と、返しておいた。


「「「「さようなら」」」」」

「「「「さようなら」」」」」


 別れ際にそんな挨拶を交わした後、俺たちも家へと帰る。


 さて、これで妹たちにも武器を買い与えてやったことだし、数日後には訓練場のダンジョン演習の授業も始まる。

 まあ、頑張るとしますか。

 それに向けて俺たちも気合を入れ直すのだった。

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