第311話~レイラさん、こうなったら徹底的にやるので覚悟なさい!~

「何?レイラのやつがここにいたのか」


 昼飯の時間、俺はエリカから妹がここの訓練に参加しているという報告を受けた。


「はい、仲間の子と一緒に魔法の講習を受けていましたよ」

「それで、どうなんだ」

「それが実力不足で、あれでは仲間の方にも迷惑をかけるでしょうね」

「そうか。まあ、あいつは魔法の練習とかよくサボっていたからな。俺の妹だけあって魔力だけはまあまあるから、それでこれまでは何とかなって来ていたみたいだが、ここに来て実力不足が露呈したか」


 本当あいつは昔からよく練習をさぼっていたからな。

 今こうして苦労しているのも自業自得だということか。


「それで、エリカはどうするんだ?」

「はい、今日は個別の指導もあるのでその時に何がダメなのかをきっちり指導しようと思います」

「そうか。じゃあ頼むよ」


 これで話は終わりだった。


 今日はまだ訓練が残っている。

 早く飯を食って訓練場へ行かなければならない。

 妹の事だけにかかわっているわけにはいかなかったからだ。


 ということで、俺たちは飯を食い終わると再び訓練場へと向かった。


★★★


 レイラです。

 今日は訓練で滅茶苦茶兄嫁に怒られた。


「レイラさん、あなた基礎が全然できていないですね。小さい頃から修行しているはずなのにこの体たらく。もっと真面目にやらないと、この先魔物と戦ったりしたらケガでは済まないですよ」


 個別指導の時間、そんな風に半ば脅すような感じで怒られたのだった。

 さらにそれだけではすまず。


「レイラさんちょっといいですか」


 午後の小休止で休憩している時にも乗り込まれてしまった。


「フレデリカさん。私はちょっとこの子と話がありますので席を外してもらってもいいですか」

「はい」


 何やら大事な話らしくフレデリカに席を外してもらってから話し始める。


「レイラさん、聞きましたよ。あなた冒険者ギルドに入ってからというものの色々とやらかし続けているようですね」

「えーと、何の話でしょうか」


 やらかしていると指摘されて心当たりのあり過ぎる私だったが、とりあえずとぼけてみることにした。

 だが、当然のように兄嫁はそんなことで許してくれるはずがなかった。


「ごまかしてもダメですよ。私、ギルドの職員さんに聞いてきたんですからね。あなた、下水道の中で火の魔法を使って腐敗ガスに引火させて下水壊したり、ワイルドボアを倒したまでは良かったけど丸焦げにしたボアをギルドへもちこんでみたり、この前はオークを倒したけど森を火事にしそうになったと聞きましたよ」

「そ、それは……」

「おまけにやらかしたことに対して弁償もきちんとできておらず、ギルドに借金まであるとか!本当に何をしているんですか!」

「うぐ」


 兄嫁の言うことは全部本当の事なので私は何も言い返せなかった。

 だが、そんな私に兄嫁はさらに追い込みをかけてくる。


「このまま冒険者を続けていたら、あなた、破滅しますよ。その自覚はありますか?」

「一応は自分でもダメかなとは思っています」

「そうですか。自覚はあるのですね。だったら、もっとしゃんとしなさい」

「はい」


 兄嫁に詰められた私は仕方なくそう返事をした。

 けれども、兄嫁はその気の入っていない返事が気に入らなかったようでこんなことを言い始めた。


「自覚はあるようですけど、覚悟はあまりないようですね。でしたら、こうしましょうか」

「どうするんでしょうか」

「私、これから毎日ここへ通ってあなたが少しはまともになるように鍛えてあげます」

「え?マジ?」

「ええ、マジですよ。私が一から鍛え直してあげます。これ以上他人に……いや取り繕うのはよしましょう。旦那様に迷惑が掛からないようにね」


 そう言いながら兄嫁は私の肩を掴んで来るとクスっと笑うのだった。


 それを見た私は心底恐怖した。

 この兄嫁のことは昔からよく知っている。

 何せハトコで年も近かったから接触する機会は多かったのだ。

 だからこそ私は理解していた。


 兄嫁は普段は温厚なのだが、怒らすととても怖い人だということを。


 そして目の前の兄嫁は多分怒っている。

 私が兄貴に迷惑をかけているのに、のこのこと目の前に現れたことを。


 そのことに気が付いた私は体の芯から震えるしかないのだった。


★★★


「え?エリカ、これからしばらくここへ通うつもりなのか?」


 訓練が終わって帰宅しようとすると、エリカがそんなことを言って来た。


「ええ。聞く話によるとレイラさん、周囲に迷惑をかけまくっているそうで。このまま放置しておくと、レイラさんのせいで旦那様の名前に傷がついてしまいます。ですから、私が鍛え直して差し上げます」

「そ、そうか」


 そう言うエリカの目は真剣そのものでちょっと怖かった。

 ヴィクトリアが最初うちに来た時もこんな目をしてヴィクトリアを鍛え直していたので、今回も本気なのだと思う。


 レイラ、ご愁傷様。


 妹のやつが目の前にいたら思わずそう言っていたと思う。

 エリカに徹底指導されるということはそういうことなのだ。


 ただそうなるとエリカだけに負担がかかってしまって申し訳ない気がする。

 ということで、こんな提案をしてみる。


「エリカがここで指導するっていうのなら、俺もここへしばらく通い詰めて指導することにするよ」

「まあ、旦那様。そんなことは」

「いや、いいんだ。エルフの国では結構消耗したから暑いうちはゆっくりするつもりだったし、それなら新人たちを鍛えて過ごすのも悪くないと思うんだ」


 俺がそうやって俺も訓練に参加すると宣言すると。


「そういうことならアタシも手伝うよ」

「もちろんワタクシもです」


 リネットとヴィクトリアも話に乗って来た。


「アタシも家にいるだけだったら体がなまっちゃうからね。それだったら訓練場で体を動かす方がいいと思うんだ」

「ワタクシも家にいるのも飽きてきましたし、こうして外へ出るのも悪くないです」


 二人とも気恥ずかしいのかそんな言い訳じみたことを言っているが、その顔を見れば俺たちのために役立ちたいと思っていることは一目瞭然だっただった。

 それを見てエリカも感激したのか、


「みんな、ありがとうございます」


と、非常にうれしそうな顔でそうお礼を言ってくるのだった。

 家族なんだからそんなに遠慮することはないの荷とも思うが、そこは礼儀正しいエリカのことだ。

 きっちりとけじめをつけなければ気が済まないのだと思う。


「さて、じゃあみんなの意見もまとまったことだし、教官室に行ってその旨を申し出てこようか」

「「「はい」」」


 ということで、明日からの訓練での指導の件を教官たちに言いに行くのだった。


★★★


「ねえ、お兄ちゃん。ちょっとお話があるの」


 教官室に訓練の件で話をしに行った帰り、俺たちは妹に声をかけられた。

 ちなみに教官たちとはうまく話がついた。


「是非お願いします」


 と、いい返事をもらえた。

 まあ教官といっても半ば俺たちの弟子のような存在だからな。


「お前たちの指導方法の点検や、新しく身に着けた技を伝授してあげるよ」


 そう言えばあっさりと了承してくれたのだった。


 それはそうと妹の話だった。

 こいつが目の前に現れた瞬間、俺はあまりよい予感はしなかった。


 というのも、こいつは今俺との接触をなるべく避けている節がある。

 それなのにしおらしい顔して近づいてきたということは、良いか悪いかは別にして、何か魂胆があるということだ。

 ここは警戒しておくべきだろう。


「それで、何の用だ」


 とはいえ、実の妹を公共の場で無視して変な噂が立つのも困るので一応話は聞いてやることにする。


 すると、がバッと妹のやつはいきなり土下座してきた。

 いきなり何事かと俺たち全員が面食らっていると、妹のやつはこう切り出してきた。


「何かうちのチームに仕事を紹介してください」

「お前、一応ギルドに所属しているんだろ?だったらギルドで仕事探せよ」

「それが競争が激しくていい仕事がないの。だから、ここしばらくいい仕事がありつけなくて食費もかつかつなの。だから仕事を紹介してください」

「……まあ、詳しく話してみろ」


 さっきエリカにやられたと聞いたばかりだというに、また厚かましくも仕事の斡旋をたのんでくるとか。

 こいつも随分と図太くなったものだ。

 短い期間だがよほど苦労したのだと思う。


 まあ、こうなったら仕方ない。それに外聞もあるのでので話だけは聞いてやることにする。


★★★


「「「「本当におごってくれるんですか?」」」」

「ああ、好きに食え」

「「「「ありがとうございます。いただきます」」」」


 妹から事情聴取をしようと思ったが、その前に腹が空いてたまらないということだったので飯を食わしてやることにした。

 ちょっとだけ事情を聞いたところパーティーの子たちも同様の状態らしかったので呼びに行かせて一緒に飯を食わすことにした。


 まあ妹のパーティーの子って絶対妹に迷惑かけられているに違いないからな。

 折角の機会だから飯くらい食べさせてあげないと申し訳ない気がする。


 というか、妹のパーティーメンバーって会ったことがある子ばかりだな。

 このフレデリカって子は前に王都で会ったし、マーガレットとベラはさっき訓練場で熱心に訓練していたので感心した子たちだ。

 本当うちの愚妹にはもったいないいい子たちが揃っている。

 こいつ、割と仲間には恵まれているんだな。そう思った。


 それはそれとして、この四人はよく食う。


「「「「おかわり!!」」」」


 全員が揃っておかわりをしている。


 というか、お前ら全員何杯食う気だ?

 うちのヴィクトリアより食っているじゃないか。


 それを見ると、よほど飢えていたのだと思う。


「おいしそうですね。ワタクシも食べたいです」


 ヴィクトリア、お前も羨ましそうに指をくわえて見ているんじゃない。


「というか、俺たちはこの後ご飯を食べて帰る予定じゃないか。今食うとその時食えなくなるから我慢しろ」

「それじゃあ、デザートだけならいいですか?」

「一緒だろうが!」

「いや甘いものは別腹と言いますし、問題ないです」


 こいつの胃袋はどうなっているんだと思ったが、まあこいつも余程食べたいらしいので妥協してやることにする。


「一個だけだぞ」

「ありがとうございます。それではこのイチゴケーキください」


 俺が許可したらこうしてヴィクトリアのやつは早速ケーキを食うのだった。

 こんな感じで食事の時間は過ぎていく。


★★★


「それじゃあ事情を話せ」

「実は……」


 食事が終わったところで妹から事情を聞く。

 話が長かったのでまとめると次のようになる。


 訓練場が休みの時に生活費を稼ぐためにギルドで簡単な仕事を受けている。

 ただ他の訓練生たちも同じことを考えるようで、競争が激しくてあまり稼げていない。

 だから俺に仕事を紹介してくれ。


 以上である。


 さてどうしようか、と俺は考える。


 以前こいつが頼って来ても助けないと決めてはいる。

 ただここで見捨てると、こいつは自暴自棄になって何をやらかすかわからない。

 それにこいつが俺の妹だということは今日一日でなんやかんやと知られてしまった。


 全然他に知られていない状況なら、自分の尻は自分で拭け!と放っておくのだが、知られてしまった以上見捨てると俺が薄情だと噂されてしまう。

 Sランク冒険者にとってそんな噂は致命傷になりかねない。


 それに俺の妹だと知られた以上、妹が自暴自棄になってやらかした場合、その矛先が俺に向いてきてしまう。

 万が一、泥棒とか刑事事件でも起こされると、俺どころか家族や関係者にまで迷惑が掛かってしまう。

 そんなことにでもなれば、管理不行き届きということで、少なくとも俺とエリカの二人は責任を取らないといけない。

 俺はまだしもエリカにそんなことをさせるのは嫌だった。


 後、ここまで助けを求めてくるこいつを見捨てて本当に野垂れ死にでもされたら、犬でも追い払うかのように俺を追い出したオヤジと同じになってしまうと思った。

 俺はオヤジと同じことをするのは嫌だった。

 あの絶望的な思いを、大嫌いとはいえ、妹に味合わせるのも俺的にはしたくない。


 ということで、最低限、世間に言い訳が立つくらいには助けることにする。


 ただそこでギルドの仕事を紹介するのは良くないと思う。

 確かに俺がダンパさんに頼めば妹に仕事を紹介するくらいは簡単だろう。

 だがそれだと他の真面目な子たちの仕事を奪ってしまうことになり、それはそれで外聞が悪い。


 ということで、色々考えた末に俺が出した結論は。


「いいだろう。仕事を紹介してやる」

「本当?」

「ああ。毎日訓練が終わった後俺の家に来てパトリックの世話をしろ。そうすれば一回につき銀貨2枚やる」

「パトリック?」

「うちの馬の名前だ」

「馬?つまり馬の世話が仕事ってこと?」

「そうだ。夕方の餌やり、水やりから始まって馬房の掃除、排せつ物の始末、ブラッシング掛け、寝ワラの交換、パトリックの運動まで全部やってもらうぞ。4人でやれば大体1、2時間くらいの作業になるな」

「それって結構きついわりに給料安くない?」


 その妹の問いかけに対して俺は首を横に振る。


「そんなことはない。大体この町だと一日中町の清掃の仕事をしても銅貨70枚くらいが相場だからな。それがたった1、2時間働くだけで銀貨2枚、一人頭銅貨50枚ももらえるんだからいい仕事だと思うぞ。前に同じ仕事を頼んだ冒険者の子たちも大喜びでやっていたしな。それでどうする?やるのかやらないのか?」

「うーん」


 それでも妹のやつは考えていたが、ここで横槍が入る。


「とてもいい仕事じゃない、やろうよ」

「そうだよ。迷うことはないよ。こんないい仕事、ギルドのどこを探してもないよ」

「私も二人に賛成。これでしばらくご飯に困ることはないし、少しは貯金もできる」


 これを逃すとチャンスがないと思ったのだろう。

 仲間の子たちが盛大にプッシュし始めた。


 どうせ妙にプライドの高い妹のことだ。

 何で自分が馬の世話なんかとでも思っていたのだろうが、仲間が盛大に押してくるものだから抵抗しきれなかったのだろう。

 渋々こう言う。


「みんな、それでいいの?」

「「「うん」」」

「お兄ちゃん、それではお願いします」

「わかった。それじゃあ明日からうちに来い。給料は仕事が終わったらその場でやるからな。サボらずやれよ」

「「「「はい」」」」


 俺から仕事をもらえた妹たちは嬉しそうに返事をする。

 それを見て、妹以外の子に関しては仕事をあっせんしてあげてよいことをしたな、と思った。


 だが、妹のやつに関しては、人に迷惑をかけまくっているくせに能天気にうれしそうにしやがって、と逆に腹立たしく思えたので、最後にくぎを刺して締めておくことにする。


「それと、レイラ、一つ言っておくけど、俺はお前のことを許したわけじゃないからな。仕方がないから仕事をやるが、もし仕事をサボったりしたら、容赦なく制裁を加えるからな」

「制裁って?」


 制裁と聞いて、それまでどちらかというとお気楽な感じだった妹の顔が蒼くなる。

 こいつは俺の妹だけに俺を怒らすとどうなるかよくわかっているようだ。


「そうだな。実家に座敷牢でも作って、一生そこにいてもらおうか」

「一生?それはちょっとひどいんじゃない?」

「やかましいわ!お前がちゃんと働けばいいだけの話だ!わかったか!」

「はい!」


 最後はドスのきいた声でそう言ったので、妹のやつもビビったのか素直に返事するのだった。

 まあ、これだけ脅しておけば妹のやつもちゃんと働くだろうし、俺の方も溜飲が下がる思いがしたので、これでよいと思う。


 と、このようにして俺は妹たちをパトリックの世話係として雇うことにしたのだった。

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