第297話~王都の中古品オークションに出掛ける~

「ほうら、ホルスター、パトリックにブラシをかける時はこうやって毛の流れに沿って優しくかけてあげるんだぞ。わかったか?」

「うん、パパ」

「こら、銀。馬の耳にブラシをかける時は気をつけろよ。耳は馬にとって敏感な部分だからな。もしパトリックが嫌がったらそれ以上触るんじゃないぞ」

「はい、ホルスト様」


 その日俺は午前中からホルスターと銀に二人に、パトリックにブラシをかける作業をやらせていた。

 二人とも小さな脚立の上に立ってパトリックに一生懸命ブラシをかけている。

 小さな子供がこうやって一生懸命仕事をする様は見ていてかわいらしい。


 ホルスターも銀も将来は馬に乗れるようになりたいと言うから、その第一歩として二人には今日のようにパトリックの世話を時々やらせている。


 馬にちゃんと乗れるようになるためには馬のことをきちんと知って、馬と心を通わせられるようにならないといけない。

 馬の世話をするのは馬のことを知る良い勉強になる。

 だからこうやって二人にやらせているというわけだ。


 二人にブラシをかけられているパトリックの方も気持ちが良いのか、呆けたような顔で悦に浸っている。

 これらの光景を見ていると、何だか俺まで幸せな気分になってくるのだから不思議だ。


 できるならずっとこの光景を見ていたいと思ったが。


「旦那様、支度ができましたよ」


 家の中からエリカが出てきて、準備ができたと告げてきた。

 もう支度ができたのか。思ったより早かったな。


「ホルスターに銀。ブラシ掛けはそこまでだ。出かけるぞ」

「「はい」」


 エリカの言葉を受けた俺は、ブラシ掛けを止め、出かけるためパトリックを馬車の方へ連れて行くのだった。


★★★


「ここへ来るのも久しぶりですね」


 目的地へ着くとヴィクトリアがそんなことを呟く。


 俺たちが向かったのはエリカの実家の王都屋敷だ。

 なぜここへ来たのかって?

 前に言っていた中古品や質流れ品のオークションがここで開かれるのでそれに参加するために来たのだった。


 ここに寝泊まりしながら、オークションに参加するつもりなのだ。

 嫁たちはずっとこれに参加したくてうずうずしていたので、連れてきたというわけだ。


「私はいい食器が見つかるといいですね」

「ワタクシは品物は何でもいいので、オークションに参加してみたいですね」

「アタシはやっぱりコレクションに加えるような武器が欲しいかな」


 と、全員これからのことを想像して楽しそうにしている。

 もちろん、楽しみにしているのは嫁たちだけではない。


「オークションですって。私参加するの初めてだから、何買おうかしら」

「おばあちゃんは、アクセサリーのオークションに参加したいわ」


 ヴィクトリアのお母さんとおばあさんも楽しそうに二人で会話をしている。

 この二人もよっぽど楽しみにしていたのか満面の笑顔である。


 というか、俺も楽しみだ。

 何て言うか、オークションという言葉ってワクワクするじゃないか。

 言葉の響きだけで楽しめる。


 ちなみに俺の狙いも武器だ。

 中古品や質流れ品なのでそこまでの物はないと思うが、掘り出し物があったらぜひ手に入れたいと思っている。


 ただ、オークションの開催まではまだ数日ある。

 そんなわけでまずはエリカの実家の屋敷を拠点にしてオークションの情報を集めるとするか。


★★★


「ホルスト様、リットンハイム家の若奥様がおめでただそうでございます」


 エリカの実家の王都屋敷へ到着後。居間でのんびりしていると、屋敷の執事が俺にそんなことを報告して来た。

 その報告を聞いた俺は驚いた。


「リットンハイム家?ワイトさんの所に子供ができるのか?」

「左様でございます」

「そうか。それならお祝いに行かないとな」


 ワイトさんはかつて同じ戦場で一緒に戦ったことのある戦友だ。

 今も付き合いがあるし、奥さんのヘラさんのことも知っている。


 奥さんが妊娠したというのなら是非お祝いに行かなければならなかった。

 何かお祝いの品も考えなければならないし、誰かお使いにやって訪問に都合の良い日も調べなければならなかった。


「わかった。そういうことならワイトさんの所へ行かなければ、な。明日にでも使いに行って予定を聞いて来てくれ」

「畏まりました」


 俺は執事にそう言って下がらすと、自分はワイトさんたちに何をあげようかと考えるのだった。


★★★


 その二日後。


「それでは行ってくるぞ」

「行ってらっしゃいませ」


 俺とエリカは屋敷の執事さんに見送られてワイトさんの屋敷へと向かった。

 執事さんには昨日ワイトさんの屋敷へ行ってもらって面会の約束を取り付けてもらっているので、今日こうして向かっているというわけだ。


 ちなみに行くのは俺とエリカだけで、残りのメンバーはお留守番だ。


 ワイトさんの家は公爵家だからな。

 みんなでぞろぞろ行くというわけにもいかず、俺とエリカの二人で行くことになったというわけだ。


「帰りにケーキ屋さんでお土産にケーキを買ってきてください」


 留守番する代わりというわけではないが、そうヴィクトリアに頼まれたので、帰りにケーキ屋さんに寄ることにしている。

 とはいっても、ワイトさんの家は近くなのでケーキを買うには遠回りしなければならないけどね。


 まあ、こういう経緯で俺とエリカの二人はワイトさんの家へ向かうのだった。


★★★


「やあ、よく来てくれたね」

「よくいらしてくれました」


 ワイトさんの屋敷へ向かうと、そう言いながらワイトさん夫婦は俺たちを歓迎してくれた。

 折角歓迎してくれているので、それに合わせて俺たちも挨拶する。


「何でもこの度は奥様がご懐妊されたようで、おめでとうございます」

「おめでとうございます。これで願いが一つ叶いましたね」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます。これで一安心です」


 そうやってお互いに一通り挨拶がすんだ後は、ワイトさん夫婦に案内されてテーブルに着いてお茶を飲みながら雑談する。


「これで私もようやく子宝に恵まれそうです。実家の父に報告したらとても喜んでくれました。これもホルスト様の奥様が神様へお祈りするように勧めてくれたおかげですわ」

「前に私どもが来た後、奥様はそんなにお祈りに行かれたのですか?」

「はい。聖都にある女神アリスタ様の神殿へ何度もお祈りに行きましたわ。奥様にアリスタ様にお祈りするとよいと勧めていただきましたから。そうしたら、この度子供を授かることができましたわ。これも奥様のおかげです」

「いえ、頑張ったのはワイト様と奥様ですよ。私は単にアドバイスしたにすぎません」


 こんな感じで奥さん同士が楽しそうに会話をしているのを旦那二人が見守っているという感じで会話は進んで行く。


 と、ここであることを思い出した俺は、二人の会話に入って行く。


「そうだ、エリカ。折角あれを持ってきたのだから、そろそろ渡さないか」

「ええ、そうですね。奥様との会話が楽しくて忘れそうになる所でした」


 そう言いながら、俺たちは持ってきたものを取り出すとワイトさんたちに渡す。


「ホルスト君、これは?」

「ご懐妊のお祝いの品です。どうぞ開けてみてください」

「ほう、これはありがとうございます。では、早速開けさせてもらいます」


 俺がワイトさんに開けるように促すと、ワイトさんが箱を開けてみる。

 すると、中から出てきたのは。


「これは短剣と、何か魔道具ですか、ね」

「ええ、短剣の方はワイトさんへの贈り物でオリハルコン製の短剣ですね」

「オリハルコン?!」


 オリハルコンと聞いてワイトさんが驚いた顔になる。


「こんな高価な物を……いただいてもよろしいのですか?」

「ワイトさんも今度出世したと聞いております。となると、それなりの武具を身に着けた方がよろしいでしょう。この前もノースフォートレスのオークションでオリハルコンを買っていらしたみたいですし。あれ、ワイトさんが剣にして使うためにご購入されたのでしょう?ですから、この短剣も一緒に使ってやってください」

「確かにあのオリハルコンは私が使うために購入したのですが……オークションのことをご存じだったのですか?」

「ええ、あのオリハルコンの出品者は僕ですからね。出品者席から見ていましたよ」

「そうだったんですか」

「ええ、それで剣の方はできましたか?」

「それがオリハルコンの剣を作れる人物となると中々いなくて……一応ノースフォートレスに一人高名な鍛冶師がいると聞いてその人に頼んでいるのですが、依頼が立て込んでいるらしくてまだできていないのです」


 うん?ノースフォートレスの鍛冶師って……。

 もしかしてと思った俺はワイトさんに聞いてみる。


「もしやその鍛冶師はフィーゴさんという人ではないですか」

「ご存じなのですか?」

「ご存じも何も、うちのリネットのお父さんですよ」

「何と!」

「わかりました。そういうことなら僕の方から優先してくれるように頼んでみましょう」

「本当ですか!ありがとうございます」


 俺がリネットのお父さんに頼んであげると聞いたワイトさんは、大喜びで俺の手を握ってくるのだった。


 手を握られた俺は、少しでもワイトさんの役に立てた気がして、とてもうれしいのだった。


★★★


「それでは、この魔道具の説明をさせていただきますね」


 短剣の件が終わった後は、エリカが魔道具について説明を始める。


「まず、この魔道具は奥様への贈り物です。髪を乾かすための魔道具でドライヤーと言います」

「ドライヤーですか。初めて聞きますね」

「これは私の実家で開発されたものですが、まだ発売していませんからね。発売は量産体制が整ってからにすると父も言っていましたし」

「まあ、まだ売っていないのですか?そんな物をいただけるなんて、とてもうれしいです」


 そう言うと奥さんはペコリと頭を下げてきた。


「それで、使い方なんですが……」

「ふむ、ふむ」


 エリカに使い方を奥さんは真剣に聞いていた。

 ワイトさんの奥さんも長くてきれいな髪の持ち主だから、手入れにはすごく手間がかかっているのだと思う。

 とても興味深そうに聞いていた。


「早速試してみましょうか」


 エリカの説明を聞いた奥さんは、メイドを一人呼ぶと、髪を洗わせてきて、濡れた髪をドライヤーで乾かしてみることにした。


「すごい!すごい!」


 ドライヤーから出る熱風でメイドの髪がすぐさま乾いて行く様子を見て奥さんがはしゃいでいる。


「これはすごいですね。これで髪を乾かす作業が楽になりそうです。ホルスト様の奥様もこれをお使いなのですか?」

「ええ、私と側室たち二人の三人で使っていますね。三人ともとてもお気に入りですよ」

「そうなのですね」


 こんな感じで二人で会話を交わして楽しんでいる。

 奥さんたちが楽しんでいる間、俺とワイトさんは別の話をしていた。


「そういえば、ホルスト君は何で王都に来られたんですか?」

「今度行われる中古品や質流れ品のオークションに参加するためなんですよ」

「オークションですか」

「ええ、嫁たちが一度オークションに参加してみたいというもので」

「そうなんですね。それじゃあ『裏オークション』へも参加するつもりなのですか?」


 裏オークション?何それ?


「いいえ、その予定はないですが……というか『裏オークション』って何ですか?」


 裏オークションに興味が沸いた俺はワイトさんに聞いてみた。

 そして興味の沸いた俺は、それに参加してみることにしたのだった。

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