第284話~黄金の角に導かれて~

「ケリュネイアの鹿?神獣か?」


 俺は突然目の前に現れた神獣を名乗る巨大な鹿の名前を呟く。

 そして、前にヒッグス家の商館でトムさんに聞いた話を思い出す。


「そういえば、エルフの伝説に鹿の話があったな」


 それを思い出して、この鹿がそうなのかと思う。


 それはともかく。


「あら、かわいい鹿さんですね。どら焼きが食べたいんですか。鹿が食べるお菓子は、ワタクシは鹿せんべえと相場が決まっていると思っていましたが、どら焼きもいけるのですね。ほら、お食べ」

「黄金の角がカッコいいね」

「そうですね。角もいいですけど、目が澄んできれいな子ですね。気に入りました」


 突然現れた神獣に物おじせず、うちの嫁たちが早速撫でに行っている。

 そんなでかい鹿を触りに行って大丈夫なのかと俺は思ったが、嫁たちは平然としたものだった。


 普通はこんな風に行かないと思う。


 実際、エルフやダークエルフたちはケリュネイアの鹿のことを尊敬と畏怖の眼差しを持って見ていた。


「あれが伝説の鹿様」

「信じられないわ」


 と、王子様と王女様が手を取り合って囁き合っているし、


「まさか、ここで伝説の鹿様にお会いできるとは……。これも神のお導きなのでしょうか」


ネイアさんに至っては感動のあまり涙まで流しているほどだった。


 当のケリュネイアの鹿も嫁たちの態度には驚いているようだ。


「お前たちは私のことが怖かったりはしないのか?今まで会った人間やエルフたちは、私と会うと驚いたり、感動したり、怖がって鳴いてしまったりとしたものだが……。お前たちは平気なのか」


 ケリュネイアの鹿が当然の疑問を言うと、嫁たちはこう答えるのだった。


「だって私たち、あなたよりも大きい神獣たちと出会ってきましたし。海の主もヤマタノオロチもカリュドーンの猪も、あなたよりずっと大きかったですよ」

「そうそう。アタシたち先にもっと大きい神獣たちと会っちゃってるからね。しかもその3体の神獣、会った時は邪悪な魔石に心を支配されて暴走してたから、戦ったこともあるし。だから、君のことそこまで怖いと思えなかったんだ。君からはとても優しそうな雰囲気がするしね」

「ワタクシたちは色々と神獣たちに会ってきたのですよ。今名前を挙げた三体の他にも、白狐ちゃんやネズ吉さん……あ、最近では神猫しんびょうのミーちゃんにも会いましたからね。だから神獣に会ってもそんなに驚かないのですよ」


 嫁たちの発言を聞いてケリュネイアの鹿がさらに驚く。


「あなた方、そんなにたくさんの神獣に会ってきたのですか。それにミーにも会ったのですか?」

「あれ?ミーちゃんを知っているのですか」

「はい。私もミーも月の女神ルーナ様に仕える神獣で、仲が良いのです。しかし、確かあいつは今……」


 そこまで言ったところで、ケリュネイアの鹿もようやく何かに気が付いたのか嫁たちから視線をそらし、俺の後ろにいる人物を見る。


「あなた様は……」


 もちろん、その人物とはヴィクトリアのおばあさんの月の女神ルーナだ。

 まあ、当然の反応かなと思う。

 ケリュネイアの鹿もこんなところに自分のご主人様が現れるとは思ってもいなかっただろう。


 もっとも、ヴィクトリアのおばあさんの方は指を口に当て、内緒よと無言で言っていた。

 それを見て、ケリュネイアの鹿の態度がまた変わる。


「そういうことですか。わかりました。……それで、人間、エルフ、ダークエルフたちよ。お前たちは何用でここへ来たのだ」

「実は俺たちはエルフの遺跡へ行きたくてここへ来たのです」

「ほほう。話を聞こうか」


 ということで、俺はケリュネイアの鹿に事情を話すのだった。


★★★


 俺はケリュネイアの鹿に事情を説明した。


「つまりお前たちは地脈の再封印のために遺跡に行きたい、ということか」


 俺の説明を聞いて、ケリュネイアの鹿はそう聞き返してきた。


「そうなんだ。それでこの暗黒の森を抜けたいんだけど、何とかならないかな」

「そういう話でしたら、私が案内いたしましょう」


 何と俺の頼みをケリュネイアの鹿はあっさりとオーケーした。


「え?いいのか?」

「はい、構いませんよ。本当なら案内するには試練とか受けてもらう必要がありますが、あなたたちには必要ないでしょう。あなたたちこそ神に認められた人間みたいですし。それにあなた方はとても優しいお方のようですし。私のひ孫を助けてくれたのはあなたたちなのでしょう?」


 ひ孫?ケリュネイアの鹿のひ孫?

 何の話だろうと思った。


 しばらく、考えてみて思い当たる節があったので聞いてみることにした。


「もしかして、お前のひ孫ってウィンドの町の近くの森にいたあいつか?」

「はい、その通りですよ」


 それを聞いて俺はやはりかと思った。


 俺たちは以前ヴァレンシュタイン王国からエルフの町に入って1番目の町であるウィンドという町で、鹿が畑を荒らすのでどうにかしてほしいと依頼を受けた。

 普通なら畑を荒らす鹿など駆除してしまう所だが、何か事情がありそうだと悟った俺たちは鹿の群れのリーダーを捕えて事情を聞いてみた。

 すると鹿のリーダーは、禁足地から流れてきたビッグヘルキャットに生息地を占拠されて困っているという話だった。

 そこで、そのビッグヘルキャットを退治してやった所、鹿たちも生息地へ戻って行き、めでたく事件は解決した、ということがあったのだ。


 しかし、まさかあいつがケリュネイアの鹿のひ孫だったとは……本当に世の中は狭いなと思った。


 それと困っている人(この場合は鹿だが)を助けると本当に自分に帰ってくるんだなあと感じた。

 『情けは人の為ならず』とはよく言ったものである。


 それにしてもあの鹿は今も元気なのだろうか。

 その点が気になったので、俺はケリュネイアの鹿に聞いてみた。


「それで、あいつは元気にやっているのか」

「はい、元気にやっていますよ。この前、自分の子供を連れて挨拶に来ましたよ」

「へえ、あいつ子供がいたんですね」


 ふーん、あいつって子持ちだったのか。意外……でもないか。

 あいつは立派な牡鹿だったしな。子供ぐらいいてもおかしくないだろう。

 それでひいじいちゃんに子供の顔を見せに行ったというわけか。


 あいつ結構親ひいじいちゃん孝行なんだなと感じた。


「はい。それで、その時に事件のことを聞いたのですよ。その時に聞いた人間の容姿があなたたちに似ていたので、もしやと思った次第です」


 そこまで言うと、ケリュネイアの鹿は一旦発言を止め、くるりと向きを変える。


「さあ、それではご案内しますのでついて来てください。私のこの黄金の角が遺跡まで導くでしょう」


 ということで、ケリュネイアの鹿に導かれて俺たちは遺跡へと向かうのだった。


★★★


 俺たちはケリュネイアの鹿と共に遺跡へと向かう。


 ピカ、ピカ。

 そうやってケリュネイアの鹿の角が光るたびに暗黒の森の霧が少しずつ晴れて行き、徐々に遺跡への道が現れていく。


 ここの道はここまでの道と異なりとてもきれいな状態で、今までのように一々整備する必要がなかった。

 ヴィクトリアのおばあさんの話によると。


「この辺りの街道は、おじいちゃんが造ったものだからね。数万年は何もしなくても朽ちたりはしないわよ」

「え?おばあ様。ここの道ってリンドブルおじい様が造られたのですか?」

「そうよ」


 どうやらここの道は太陽神リンドブルが整備したらしかった。

 ダークエルフの魔樹へ行く道にもリンドブルが造ったと思われる試練の門があったが、あれも年月が経っている割には古くは見えなかった。

 あれとこの街道を見るに、神の力ってすごいんだな、と改めて思った。


 例外はうちのヴィクトリアくらいかな。

 あいつ本当に神様らしいこと何もできないからな。

 まあ、そんなポンコツな所がかわいい所なので、別に構わないけどね。


 それはともかく、こんな調子で街道を進んで行く。


「もうちょっとで着くわね」


 しばらくすると、ヴィクトリアのばあちゃんがそんなことを言い始めたので、


「そうですか」


と、俺は思わず気を緩めそうになった。

 その時。


「旦那様!前方に大勢の人間の気配がします。もしかして神聖同盟の連中かもしれません!」


 馬車の前方を警戒していたエリカからそんな報告が入った。


「神聖同盟?まさか、こんな所に?」


 俺はそう思いつつも、エリカの警告に従い武器を手に取るのだった。

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