第276話~武道家ネイアの決意 武道家姿のネイアさんもかわいいな~

 ネイアさんをマルティナ王女の護衛にする。

 王様がそんなことを言い始めたので、俺たちは大層驚いた。


「王様、少しそれはどうかと思います。確かにネイアさんは神官長をしていたので回復魔法の心得はあると思いますが、それだけで護衛の任に就けるのはどうかと思います」


 俺のその発言を聞いて、王様がフフフと笑う。


「何だ、ホルストよ。そなたは知らぬのか。『神の踊り子団』に入る前、ネイアが何をしていたのかを」


 『神の踊り子団』とは、祭りのときなどに『月の踊り』を披露するエルフ国営の踊り子のグループのことだ。

 ネイアさんは神官長になる前にそこのトップダンサーだった。


 そこまでは俺も知っていた。

 だが、その前のことまでは知らない。


「いえ、存じません」

「そうか、やはり知らぬのか。ネイアはこう見えても『神の踊り子団』に入る前は武道家だったのだぞ。確か、武術大会とかでも優勝していたしな。『武神昇天流』という流派を学んでいたのだったか」

「はい、その通りでございます」


 王様の問いかけにネイアさんはそう答えた。


「開祖は武神ジャスティス様より武術を伝授されたと言われている流派でして、この世に存在する格闘術では攻撃力最強と言われております」

「おお、そんなことも言っておったな。それで武術をやっていて、その動きのキレの良さに目をつけられて『神の踊り子団』にスカウトされたのだったな」

「はい、スカウトしていただきました」


 え?そうなの?


 そう言われて改めてネイアさんのことを見ると、確かにネイアさんって結構筋肉がついているように見えなくもない。

 というか、体幹は思ったよりしっかりしているように見える。


 そういえば歩くときの姿も背筋がピンと伸びていて、運動神経の良い人の動きをしていた。

 確かに武道家らしいといえば武道家らしい動きだった。


 それにしても『武神昇天流』、ジャスティスのやつに伝授された武術か。

 本当かと思い後でヴィクトリアやヴィクトリアのお母さんに確認してみると。


「さあ?あのバカ兄貴がどんな仕事をしているとか、全然知らないです」

「私も知らないわ。ただ、あの子色々な世界を巡って気に入った子には武術を授けたりすることもあるみたいだから、そういうこともあるかも」


 とのことだった。

 正直はっきりしなかったので、今度本人に会ったら聞いてみようかと思う。

 まあ、その時まで覚えていたらの話だけどな。


 それはともかく。


「ということで、護衛にネイアを加えれば安心だ。強いし、いざという時には回復魔法、防御魔法も使える。それにまだ未熟な王女の踊りの指導もできるだろう。どうだ、ネイア。引き受けてくれるか?」

「はい。王様のご命令とあらば、お引き受けします」

「よし、ならば決まりだな。近衛騎士団長、すぐさま王女護衛の部隊を編成せよ」

「はは!」

「侍従長、王女の世話をする侍女を選抜せよ」

「は、畏まりました」


 王様の命令を受け、近衛騎士団長と侍従長がすぐに席を立ち動き始める。

 それを見た王様は再び俺の方へ話しかける。


「では、ホルストよ。そういうことで王女のこと、よろしく頼むぞ」

「はは。必ずや、王女様のことはお守りしてみせます」


 と、このような感じで、エルフ王の娘マルティナ王女が融和の門まで同行してくれることになったのだった。


★★★


 その晩、俺たちは商館の館で会議を開いた。


 会議とは言っても、要は今後の打ち合わせということだ。

 昼間、王様たちと打ち合わせをして3日後に出発と決まったので、それまでにそろえておく品とかそういうのを話し合う予定だ。


 打ち合わせを行うのはうちのパーティーと、ヴィクトリアのお母さん、おばあさん、それにネイアさんだ。


 打ち合わせは居間で行う予定だ。

 すでにお菓子や飲み物を並べられていて、リラックスした雰囲気で打ち合わせを行う手筈は整っている。


 ただ、メンバーの中でまだネイアさんが帰ってきていない。


「ちょっと、王女様の踊りの稽古のことについて王宮で打ち合わせをします。その後で、私用を済ませてから帰ります」


 とのことだったので、もう少ししたら帰ってくると思う。


「ただいま、戻りました」


 そんなことを考えていると、玄関からネイアさんの声が聞こえてきた。

 どうやら帰ってきたようだ。

 玄関の扉が閉まる音がするとともに、足音がこちらへ迫ってくるのが聞こえてくる。


「やあ、お帰りなさい。やっと帰って来たね。……え?」


 そして、部屋に入って来たネイアさんに声をかけようとして驚いた。


「ネイアさん、その髪と服……」


 何と部屋に入って来たネイアさんは、腰まであった長い髪をショートカットにし、革の胸当てを身に着け服も動きやすそうな服を着た武道家スタイルに変身していたのだった。


★★★


「あの、変ですかね」


 俺たち全員がネイアさんの姿を見て呆然としていると、ネイアさんがそんなことを言ってきた。

 俺たちは慌てて否定する。


「いいや、全然変じゃないよ。ショートヘアのネイアさんもとってもかわいいと思うよ。ただ、ちょっとね」

「そう、ネイアさんの姿がガラリと変わっていたから驚いただけですよ」

「そうです。昼間までロングヘアだった人がいきなり髪を切って現れたら、誰だって驚きます」

「でも、短い髪形もよく似合っていると思うよ」


 俺も嫁たちもしどろもどろになりながら、そんな言い訳めいたことを言う。

 それを見て、ネイアさんがクスリと笑う。


「そうですか。それは良かったです」


 そして、そう言いながら席に着く。


 ただ、席には着いたもののすぐに打ち合わせは始まらなかった。

 というのも、何だかネイアさんに呑まれたような気がして、打ち合わせどころの雰囲気でなかったからだ。


 そんな中、重い口を開いたのはヴィクトリアだった。


「それにしても、ネイアさん、ガラリと変わっちゃいましたね。昼間までは女性らしいエレガントな感じだったのに、今は男装の麗人といった感じでカッコいいですよ」

「そうですか?ありがとうございます」

「でも、本当に髪の毛バッサリ切っちゃいましたね。怖くはなかったですか?」

「いいえ、全然」


 ヴィクトリアの問いかけに対して、ネイアさんは首を横に振りながらそう答えた。


「今回は王女様の護衛のお仕事なので、この格好の方が都合がいいですからね。それに……」

「それに?」

「私、『神の踊り子団』に入る前はこの格好で武道家していましたからね。髪を伸ばしていたのは踊り子や神官長をやっていたからで、辞めた今となってはもう伸ばしておく必要はありませんし、いずれはまた短くしようかなと思っていたのです。ですから、王様に仕事を依頼された時、いい機会だなと思って切ったのです」


 ネイアさんはそうやって明るく何でもない事かのように答えるが、俺は見逃さない。

 喋る時ネイアさんの目がどことなく泳いでいたことを。


 ネイアさんもそこは妙齢の女性。

 折角苦労して伸ばした髪をバッサリと切ることについて思うことがあったのだろう。

 今回の仕事を受けるにあたって、相当な覚悟を決めてきたのだと思う。

 ネイアさんの目の動きからはそれを悟られないようにごまかそうとしているのが感じられた。


 実際、うちの嫁たちも俺と同じことを感じたらしく、無理をするなよという顔をしている。


 と、ここでエリカがこんなことを言い始めた。


「ネイアさん、あなたが仕事に対して真摯で誠実に取り組める人間だということが、今回の件でよくわかりました。確か、ネイアさんはうちの会社の仕事で世界中に行ってみたいとおっしゃっていましたね。今回の件が終わりましたら、そうなるように私の方から父に推薦してあげましょう」


★★★


「本当ですか?」


 エリカの言葉を聞いてネイアさんが驚く。

 当然だ。

 自分の長年の夢が叶いそうなのだから。


「ええ、本当ですよ。正直言うと、あなたがここまで仕事に対して真摯に取り組める人だとは思っていませんでした。ですが、今回のことであなたの人柄を確かめさせてもらいました。だから、父に推薦してあげます。ただし、試験は他の人と同じように受けてもらいますよ。多分、ヒッグスタウンの本社で何年か仕事をしてもらって、適性や能力を見てから合格したら世界中に転勤ということになりますが、それで構いませんか?」

「はい、よろしくお願いします」


 そう言うと、ネイアさんはエリカにぺこりと頭を下げるのだった。

 それを見て、ネイアさん良かったな、と俺は思うのだった。


 さて、これで重い雰囲気もとれたことだし後は打ち合わせだ。


 とはいっても、そんなに打ち合わせることはない。

 旅立つにあたって必要な物のリストアップと、ネイアさんに王宮との打ち合わせをやってもらうための段取りを話し合っただけだ。


「それでは、今日はこれで終わりということで」


 一時間ほどで打ち合わせは終わり、その後はお菓子を食べながら少し雑談をして会議は終わったのだった。


 うん、ちょっとハプニングはあったけど会議も終わったことだし、明日は買い出しに行かねば。

 最後にそう思いながら、俺はその日床に就いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る