第273話~頼むから俺を巻き込まないでくれ! ……お母さんの黒歴史をばらそうとしたヴィクトリア、お仕置きされる~

「ホッルスットさ~ん」


 俺がエルフの古代図書館でエルフの禁足地の遺跡に関する本を探していると、ヴィクトリアがそうやって声をかけてきた。


 何かいいことでもあったのだろうか。

 妙にうれしそうな顔をしていた。

 もしかして目的の本でも見つけたのかと思い、聞いてみる。


「どうした。例の本を見つけたのか?」

「ちょっと違うんですけど、いい本を見つけました」


 そう言いながらヴィクトリアが見せてきたのは、題名のついていない本だった。

 本の表装には花とかがあしらわれており、妙に乙女チックな感じがした。


 俺はヴィクトリアからその本を受け取ると、ページをめくってみる。

 すると、本の内表紙には読めない文字で何やら書かれていた。

 ただ、読めない文字だったがその文字には見覚えがあった。


「あれ?これってもしかして神代文字?」

「そうですよ」


 ヴィクトリアが俺の質問を肯定するのを聞いて、何か嫌な予感がした俺はもう一度聞いてみる。


「なんて書いてあるんだ?」

「『ソルセルリ愛の日記』って書いてありますね」


 『ソルセルリ愛の日記』?それってもしかして……。


「お前、それってお母さんが言っていた例の日記じゃないのか?」

「そうですが、何か?」


 こいつ……、『そうですが、何か?』じゃねえよ。


「それって、お母さんが見つけたら返してくれって言っていたやつだろ。だったら、早く返しに行けよ」

「ワタクシもできるならそうしたいところですが、あの口うるさくて傲岸不遜で偉そうなお母様が、昔お父様に対してどれだけ乙女なことをしていたか、ワタクシすごく興味があるんです」

「興味があるんです……じゃねえよ。あんまり人のプライベートを覗くのは良くないと思うぞ」

「それに、これはお母様の弱みを握るチャンスなのです。ここで弱みを握っておけば、この先お母様に対して主導権を握れると思うのです」


 そう言うヴィクトリアの目はキラキラと輝いていた。

 なるほど、確かにヴィクトリアにとってはいい機会なのかもしれない。

 だが、そうならば。


「そういうのは一人でやれ!俺まで巻き込むな!」

「ふふふ、ここまで聞いてしまった以上逃がしませんよ」


 そう宣言すると、ヴィクトリアは俺の上にのしかかってきて、俺を床に押し倒し不敵に笑うのだった。


「それじゃあ、読みますね。え~と『4月3日 今日は愛しのマールス様にお茶に誘ってもらいました。前から約束していたのですが、マールス様のお仕事がお忙しかったので今日になりました』」


 俺を押し倒したまま、ヴィクトリアは順調に日記を読み進めていく。

 俺も抵抗を試みるが、ヴィクトリアにけがをさせるわけにはいかないので全力を出せずに中々拘束を振りほどけないでいる。


 その間にもヴィクトリアの朗読は続く。


「『久しぶりにお会いしたマールス様はとってもカッコよかったです。その厚い胸板。筋骨隆々とした腕。精悍なお顔。どれをとっても私の理想とする男性です。私の夢はそんなマールス様と夫婦になることです。ライバルも多いですが、絶対に私のものにしてやります。ああ、マールス様、どうかわたしをいつでも抱いてください』……ぶはははは、お母様ったら、昔はこんなに純情だったのですね。今とは大違いです」


 お母さんの日記を読んだヴィクトリアが大笑いしている。


 確かにお母さんの日記は人に読ませるには恥ずかしい日記だった。

 俺でも、これを書いてしまったら黒歴史として処分したくなるような内容だ。


 人の過去のことをこれ以上詮索するなよと思ったが、ヴィクトリアは読み続ける。


「え~と。次は。『今日マールス様と手を繋いじゃいました……』……うがっ?」


 ドスッ。

 と、ここで物凄く鈍い音がしてヴィクトリアが日記を持ったまま俺の顔目掛けて倒れ込んで来る。


「危ない!」


 倒れ込んできたヴィクトリアを両手で受け止めてやる。すると。


「イタタタ……」


 倒れ込んできたヴィクトリアはそう言いつつ後頭部を抑えて悶絶の表情を浮かべる。

 どうやら後頭部に一撃を受けて俺の方に倒れてきたらしかった。


 嫌な予感がした俺はヴィクトリアの後ろを見る。


「ヴィ・ク・ト・リ・ア~」


 案の定、そこには鬼の形相と化したヴィクトリアのお母さんがいた。


★★★


「お母様、もう二度とこんなことはしないので許してください」


 それから30分後。


 ヴィクトリアは反省の為図書館の廊下の床に正座させられていた。

 首には『私は人の日記を読んで、バカにして大笑いする悪い子です』と書かれた看板が掛けられてとても悲惨な姿をしていた。


 うん。俺だったらこんな姿を人前でさらすことになったら死にたくなるね。


 だが、自分の人生の黒歴史である日記を勝手に読まれてしまったお母さんの怒りは中々おさまらなかった。


「うるさい!あれだけ読むなと言っていたお母さんの日記を勝手に読んで!しかも、前は見つけたらすぐに引き渡すとか言っていたのに!信じられない!本当にこのバカ娘は!」

「いや、その……これはつい出来心で」

「出来心で言い訳がついたら裁判所はいらないのよ!本当にこの子は!」

「……ご、ごめんなさい」

「いくら謝ってもすぐには許さないわよ。少なくとも今日帰るまではずっとそこで反省していなさい」

「今日帰るまでですか?お昼ご飯はどうするんですか?」

「もちろん抜きに決まっているでしょう」

「トイレとか行きたくなったらどうするんですか?」

「そこで漏らしとけ!」

「そんなあ……そんなことになったら、ワタクシ、もうお嫁に行けません」

「うるさい!あんたはもうホルスト君とくっついてるじゃないの。大丈夫。ホルスト君優しいから、そんなあんたでもちゃんと受け入れてくれるわよ」


 お母さんにそこまで言われたヴィクトリアは完全に涙目だ。


 まあ、悪いことを先にしたのはヴィクトリアなので仕方ないと言えば仕方ないが、そこで漏らせとか言い過ぎだと思う。

 世の中には女性のそういう姿を見て喜ぶ奴らもいるらしいが、俺にそんな趣味は無いし。


 仕方ないので助け船を出してやることにする。


「お母さん。さすがに漏らせは言い過ぎですよ」

「あら、そうかしら?」

「ええ、そうです。俺でもそんなの見たらさすがに引きます。ですから、トイレくらいは」

「ダメね。それ許したら、この子トイレに行くふりをして逃げだしちゃうわ」


 いや、さすがにこのバカでもこの状況でそんなことはしないと思うが……。

 うん、めっちゃ信用無いね、ヴィクトリア。


 仕方ないので、次の手を提示して妥協案を探ってみることにする。


「それでは、野外で使用する簡易トイレを持っているのでそれの使用を認めてもらえませんか」

「簡易トイレ?そんなの持っているの?」

「ええ、いつでもトイレがあるとは限りませんからね。衛生上の観点から、軍だとそういうのを使うことも多いですよ」

「まあ、いいわ。それなら許してあげるわ」

「そうですか。ありがとうございます。ほら、ヴィクトリア、お母さんが許してくれたから今のうちに出しておけ」

「ラジャーです」


 俺に促されたヴィクトリアは収納リングから簡易トイレを取り出す。

 ポンと何もない所から簡易トイレが現れ、床の上に鎮座する。


「よかったな、ヴィクトリア。これでトイレの心配はなくなったな」

「でも、これでも恥ずかしいです。確かに漏らしたりするよりはましですが、こんな廊下でトイレするとか人前でするみたいで何か嫌です」

「もう、それはあきらめろ。どうせ俺たち以外には誰もいないし、トイレに行きたいときは大声で声をかければ誰も近寄らないようにするからさ」

「……そうですね。それで何とか我慢してみます」


 ということで、それで行くことになった。

 床に正座するヴィクトリアを残し、残りのみんなで本を捜索する。


 結局この日は本を見つけることができず、帰ることになったのだが、その帰り際、ヴィクトリアを回収に寄ると、ヴィクトリアは顔を真っ赤にしていた。


 どうしたのかと思い、


「今から帰るけど、顔赤いけど何かあったのか?」


と尋ねると。


 バタバタとすごい勢いでトイレへ駈け込んで行った。

 どうやら簡易トイレでするのが恥ずかしくて、結局トイレを我慢したようだった。

 かわいそうだが、自業自得なのでどうしようもなかった。


 と、こんな感じで図書館での初日は過ぎて行った。

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