第265話~ジャスティス再び~

 訓練の翌日。


 俺とリネットは二人でヒッグスタウンの冒険者ギルドに朝早くから来ていた。

 無論、ライラたちとの訓練を行うに際して、何か手ごろな魔物退治の依頼がないかと思って来たのである。


「たくさんの人だね」


 ギルドの掲示板の前でリネットがそんなことを呟く。


 ギルドの新規依頼は朝に張り出す。

 世界中のギルドで共通している慣習だ。

 それはここヒッグスタウンでも変わらないらしく、仕事を求めてたくさんの冒険者が集まっていた。


「それでは、今から依頼を張り出します」


 時間が来て職員さんが依頼書を張り出すと、待機していた冒険者たちが一斉に掲示板へ群がっていく。


 俺たちはそれを高みの見物としゃれこんで見ている。

 というのも、他の冒険者たちが割のいい仕事を求めて右往左往しているのに対して俺たちは報酬がどうあれ訓練にふさわしい仕事があれば問題ないからだ。

 難しくて報酬の悪い仕事ほど売れ残るのだが、俺たちはそれでも構わないのでこうやってじっくり待っているわけだ。


「ホルスト君、そろそろ行こうか」


 大分人が減ったところでリネットが声をかけてきたので、俺たちも掲示板へと近づいて行き、依頼を探し始める。しばらくして。


「これなんかいいんじゃないかな」


 リネットが一枚の依頼書を手に取る。


「どれ、どれ」


 俺はリネットにその依頼書を見せてもらう。すると、その依頼書にはこう書かれていた。


『オーク・ゴブリン村討伐依頼(Bランク依頼)……ヒッグス領と隣の領地の境付近にオークとゴブリンが村を作りました。村を作ったオークたちはそこを拠点に周囲の村に対して略奪を繰り返しています。何とかしてください』


★★★


「お帰りなのである」

「え?ヴィクトリアのお兄さん?」


 ギルドの依頼を受けて屋敷に帰ってくると、なぜかヴィクトリアの兄貴のジャスティスがいた。

 しかも。


「ホル坊、おじさんが相手してやるから剣術ごっこをしようか。さあ、その木剣でかかってきなさい」

「うん、おじさん、行くよ!」


 何かうちの息子と剣術ごっこして遊んでいるし。


「ほほう。ホル坊は中々筋がいいな」

「本当?おじさんに褒めてもらえてうれしいな」


 その上、遊びを通して指導を受けただけなのに、うちの息子結構剣筋がいいし。

 もう訳が分からなかった。


「ちょっと、失礼します」


 そう言ってジャスティスの下を離れた俺はヴィクトリアのお母さんの所に向かう。

 もちろん、俺たちに黙ってジャスティスを呼んだことに文句を言うためだ。


 絶対にジャスティスを呼んだのはお母さんだからな。ヴィクトリアにはできないし、そもそも連絡つけられないし。

 絶対自分から兄貴のことを呼ばないだろうし。


 最近、ヴィクトリアのお母さんは日中屋敷のテラスでのんびりしていることが多いのでそこに行ってみる。


「いた!」


 案の定お母さんはそこにいた。おばあさんと一緒にのんびりとお茶を飲んでいる。

 そして、二人の横にはブーたれた顔のヴィクトリアもいた。


 俺は3人に声をかける。


「お母さん!今そこでヴィクトリアのお兄さんに会ったのですが、もしかしてここへ呼んだのはお母さんだったりしませんか?」

「ええ、そうよ」

「どういうことなのでしょうか。急に呼ばれて俺たちも驚いたのですが」

「あら、簡単なことよ」


 俺の多少怒気のこもった質問にお母さんはなんてことはないという感じで答える。


「だって、今回騎士団の新人の子を訓練に連れて行くんでしょう?だったら、うちの息子を呼んで武術の指南をしてあげた方がその子たちのためになるかな、と思ったの」

「ぐっ」


 ジャスティスを呼んだことに不満のあった俺だが、お母さんの解答はこの上ない模範解答だったので俺はそれ以上何も言えなかった。


 横にいるヴィクトリアも文句を言ったに違いないが、やはり模範解答を返されて文句を言えず、ブーたれて黙っているのだと思う。


 こうなってはどうしようもないので、俺は不機嫌なヴィクトリアを連れてテラスを離れる。

 そして、こそこそと二人で物置小屋に隠れて大いに文句を言い合う。


「本当、お母様ったら勝手なことばかりして!」

「俺もお前のお兄さんとはあまりかかわりたくないんだが。もうちょっとで斬られそうになったし」


 そんな風にお互いに文句を言って吐き出した結果。


「こうなったら仕方がありませんね。邪魔者が去るまでおとなしくしておきましょうか」

「そうだな」


 俺たちも多少は気が静まり、事態の推移を見守ることにしたのだった。


★★★


 その日の昼食の後は、ライラやアメリアたち白薔薇魔法団の子たちと騎士団の子らと一緒に買い出しに行った。

 無論、明日行く予定の魔物討伐のための買い出しだ。


「買い物に行くの、久しぶりだから楽しみです」

「こら、ヴィクトリアさん。今回は魔物討伐の買い出しですよ。あまりお菓子とか買っちゃダメですよ」

「アタシは武器を手入れするための油が切れそうだから、それを買おうかな」


 久しぶりに買い物をするとあって、うちの嫁たちが非常に喜んでいる。

 この買い出しには新人の子の他にうちの家族とライトニング先生も参加するのだ。

 久しぶりに買い物できるとあって、うちの嫁たちは喜んでいた。


 そして。


「下界での買い物は久しぶりなので楽しみなのである」

「お母さん、甘いものが食べたいから甘い物を買うわ」

「おばあちゃんは、塩辛いお菓子が食べたいからそれを買うわ」


 当然のようにヴィクトリア一家もついてきた。

 しかも魔物退治の買い出しだというのに、遊ぶ気満々であった。


 まあ、いい。


 買い出しは実際に戦うであろう新人の子たちに自分でやらせるつもりだからな。

 それだったら、ヴィクトリアの家族には大人しく遊んでいてもらった方がトラブルが無さそうでいいと思う。


 と、こんな感じで俺たちは買い出しに出掛けたのであった。


★★★


「ポーションは一人3本は買っておけよ」

「作戦の予定期間は5日ほどですけど、食料は余裕をもって10日分ほどは用意しておくのですよ」

「はい、先輩方」


 町に買い出しに行くと、俺のパーティーが中心になって新人たちに買い出しのアドバイスを出していく。

 主に俺とエリカが中心となって指導しているが、ヴィクトリアとリネットも手伝ってくれているので買い出しはスムーズに進んでいる。


 ただアドバイスは出すものの最終的には自分で選ばせるようにしている。

 そうしておかないと、俺たちがいなくなった時に自分では何もできなくなってしまうからな。

 彼ら彼女たちには今回の訓練でそういうものを身に着けてほしいと思う。


 その一方で。


「おばあちゃんはストロベリーとチーズのアイスがいいわ」

「お母さんはミルクとお芋のアイスがいいなあ」


 ヴィクトリア一家は買い食いを楽しんでいた。

 のんきにアイスを食べている。


 こっちは予定通りといえば予定通りだ。

 変に首を突っ込まれるよりは、のんびり見学でもしてもらっておいた方が俺たちも面倒くさくないからな。


「ほら、ホル坊に銀よ。よく見ておくのだ。ちゃんと二人のためにお菓子を取ってやるからな」

「「うん、頑張ってね」」


 ヴィクトリアのお母さんとおばあさんが飲み食いしている傍らで、ジャスティスのやつは屋台で弓による的当てをしていた。

 どうやら的当ての景品のお菓子をホルスターと銀に取ってやるつもりのようだ。


「それでは始めますよ」


 店主がそう言いながら的になっているルーレットを回転させる。

 店主がものすごい速さでルーレットを回すためのハンドルを回しているので、的であるルーレットもすごい速さで回る。


 この的へ矢を当てて景品をゲットするわけだが、もちろん当たりの賞品の割合は少ない。

 大体全体の9割がハズレかゴミ景品で、当たりは1割という程度だ。


 しかも、当たりの枠は的の各所に分散して配置されていて、その1個1個の枠も大変狭いので的のどこかを集中的に狙えば当たる可能性が高くなるというものでもなかった。

 正直狙って目当ての景品をゲットするのは難しい。


 少なくとも俺には当てる自信がない。


 しかし、ジャスティスのやつは武神。武の神だ。


「はっ!」


 気合を込めて一撃を放つと。


「大当たり~」


 的に命中した矢を見て店主が大声で叫ぶ。

 見事お目当てのお菓子をゲットしやがった。


 正直言ってこれはすごいと思う。

 一回も使ったことがない弓矢を使って一発で目標に当てる。

 とても俺にはできなかった。


「ほら、仲良く食べるのだぞ」

「「わーい、ありがとう」」


 ジャスティスにお菓子をもらって二人が喜んでいる。

 とても微笑ましい光景だと思うが、ジャスティスが的に矢を当てているのを見てもう一人驚いている人物がいた。


「まさか……」


 それは、誰あろうライトニング先生だった。


★★★


 一通り買い物が終わったので帰ることにした。

 現地で解散して、明日の朝エリカの実家に集合という手筈になっている。


「それでは、また明日。解散!」


 そうやって一旦解散して、帰ろうとしているとライトニング先生が俺たちの方へやって来た。

 正確に言うと俺たちというよりはジャスティスか。


 先生はジャスティスの前に来ると立ち止まって、軽く会釈をしながら挨拶をする。


「えーと。確かディケオスィニ様でしたね。お初にお目にかかります。ホルスト君に剣を教えていたライトニングと申します。よろしくお願いします」

「うむ。私はヴィクトリアの兄のディケオスィニである、こちらこそよろしく頼むのである」


 ライトニング先生の挨拶に応えてジャスティスも挨拶を返し、二人で固く握手をする。


 なおディケオスィニとはジャスティスの偽名だ。

 さすがに本名を名乗るのはまずいからな。こっちにいる時は偽名を名乗ってもらっている。


「聞くところによるとディケオスィニ殿はホルスト君に剣術を教えたとか。それに先程の弓の腕もすさまじい。まさか子供用のおもちゃのような弓矢で一発で的を射抜くとか。いや、素晴らしいです」

「いや、それほどでもないぞ。ちょっと練習すればあの程度誰でもできるようになるだろう」

「いやいや、ご謙遜なさるな。あなたほどの武芸の達人は滅多におられまい。いやあ、素晴らしい」


 謙遜してみせるジャスティスに対して先生はべた褒め一辺倒だ。

 先生はおべっかを使うような人ではないので、ここまで褒めるということは本心からそう思っているのだと思う。


 そして、先生は一通りそうやって褒めた後、核心を突くような質問をジャスティスにする。


「ところで、ディケオスィニ殿。我々は以前にどこかでお会いしたことはありませんかな」


 その先生の発言を聞き、やはり先生もジャスティスのことに疑いを持ったかと思った。


 ネイアさんの時もそうだったが、先生も毎日稽古の前にはジャスティスの神像にお祈りをかかさない人だからな。

 ジャスティスを見て既視感を覚えるのも無理はなかった。


 それはともかく、この先生の問いかけに対してジャスティスのやつはどう答えるのだろうと思って見ていると。


「貴殿と直接に会ったことはないな」

「やはり、そうですか」


 それを聞いて先生は一瞬落胆した顔になるが、その点はちゃんとジャスティスがフォローする。

 こういう点、同じ兄妹でもヴィクトリアと違って、やはりジャスティスは仕事ができるやつだった。


「ただ、貴殿を見ているとよくわかる。貴殿が今まで剣術と真剣に向き合ってきたことが」


 そう言うジャスティスの目は真剣で真摯なものだった。


「毎朝、神への祈りをかかさず真面目に稽古をしてきたようだしな。そういう所、神はきちんと見ていて評価していると思うぞ。これからも励むと良い」


 それを聞いた先生の顔がパッと明るくなる。

 まるで学校の先生に褒められた子供のような反応だ。

 多分、先生もジャスティスの正体に対して確信を持てたのだと思う。


 ただ、賢明な先生はそれを口に出すことはなく、ただひたすらジャスティスに対して、


「ありがとうございます。ありがとうございます」


と、言うのみだった。


 それを見て、先生良かったですね、と俺も心底嬉しくなるのだった。

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