第260話~地下遺跡の魔人 その3 異次元空間 ヴィクトリア、注意深く行動しろっていつも言ってんだろ!~

 封印の扉を抜けた先も今までと同じような迷宮が続いていた。

 少なくとも表面上はそう見えた。


 しかし、一歩扉の先へ進んだ途端、俺たちは違和感を覚えた。


「なんか壁や床が歪んでいるように見えるな」


 扉の先は様子が変だった。

 さっきまで真っすぐに伸びていた壁や床が、所々歪んでいるように見えたのだ。

 気のせいかと思い、目をこすってからもう一度見てみるが結果は変わらなかった。

 嫁たちの方を見ると、嫁たちも俺と同じ感覚を持ったようで、やはり目を何度もこすって何度も壁や床を見ていた。


 このままでは訳が分からないので、思い切ってヴィクトリアのお母さんに聞いてみる。


「お母さん、ちょっと聞いてもいいですか?」

「な~に?」

「ここって何か変じゃないですか。壁や床が歪んでいるように見えるのですが」

「別に変じゃないわよ。だってここは異次元空間で、とても不安定な場所だもの。壁くらい歪んで見えて当然ね」


 俺の問いかけにしれっとヴィクトリアのお母さんはそう答えるのだった。


 というか、異次元空間て何?

 よくわからないが、感覚的にやばい場所だというのは理解できた。

 そんな場所を進んで行かなければならないとか……俺は先が思いやられるのだった。


★★★


「みんな、私について来てね。そうすれば安全だからね」

「「「「はい」」」」


 このエリアも再びヴィクトリアのお母さんが案内してくれるらしい。


 俺たちはそれに必死について行く。

 何せ、ここは空間が安定していないという話なので、お母さんについて行くだけでも大変だ。


 というのも視覚も不安定なので、距離感がうまくつかめないからだ。

 結構離れているから少し早く歩かなきゃと思って早足になると一瞬で追いついてしまったり、逆に近すぎるなと思って速度を落とすとあっという間に間が空いたりする。

 本当、捉えどころのない不思議な場所に来たものだと思う。


 しかし、こうなってしまった以上は慣れるしかない。


「軍隊だと、至急品の軍服のサイズが合っていなくて文句を言ったら、上官に『軍服に体を合わせろ!』とか、言われるらしいですよ。まあ、要はここも軍隊みたいな場所ということですかね」


 歩いている途中で、ヴィクトリアがそんなわかりそうでわからないことを言ってきた。


 というか、そんな無茶苦茶なことをする軍隊があるのかと思った。

 俺でさえ学生時代に軍の訓練に参加したときには、体のサイズに会った武具を貸してくれたというのに……。

 第一、そんなことを本当にしていたら戦力の低下につながりそうだ。

 俺に言わせれば、無能ここに極まれりという感じだ。

 きっとその軍の上層部は無能者の集まりに違いないと思った。


 それはともかく、ヴィクトリアが言いたかったのはここがそれくらい無茶苦茶で理不尽な場所であるということだと思う。


 その意見には俺も賛成だ。

 こんな変な所とっととおさらばしたい。

 そのためにもさっさと魔人を討伐しなきゃな。


 そんなことを思いながら俺たちは先へ進む。


★★★


 その異変が起きたのはそれからしばらく後だった。


「あ、これなんですかね」


 ヴィクトリアのお母さんについて前へと進んでいると、ヴィクトリアが何か見つけたようだ。


「ここの壁、何か出っ張りのようなものがあります。何でしょうかねえ。えい」


 どうやら壁のある部分に出っ張りを見つけたようだった。

 それで、このバカはその出っ張りを早速触ろうとしている。


「このバカ!触るんじゃない!」


 俺は急いでヴィクトリアを止めたが遅かった。


「きゃっ」


 出っ張りに触ったヴィクトリアの姿が一瞬で掻き消える。


「ヴィクトリア!」

「ヴィクトリアさん!」

「ヴィクトリアちゃん!」


 ヴィクトリアが消えたのを見て俺たちは慌ててヴィクトリアを探すが、ヴィクトリアの姿はどこにも見えなかった。

 その様子を見て、ヴィクトリアのお母さんがこっちへ近づいてくる。


「お母さん!ヴィクトリアが……ヴィクトリアが……」


 俺がヴィクトリアが消えたことをそう嘆いてみても、お母さんはどこ吹く風で、やれやれという顔をしていた。


「本当に仕方がないバカ娘ねえ。何度も同じことをやらかすとか、本当にダメな子ねえ。ひっぱたいてやりたいところだけど、それは呼び戻してからね」


 そう言うと、お母さんは俺たちに渡した宝玉と同じものを取り出すと、なにやら念じ始める。

 すると。


「びえーん」


 突然ヴィクトリアが目の前に現れる。


 しかしその風貌は酷かった。

 全身ずぶ濡れで、鼻水を垂らしながら泣いていた。

 その上。


「水が……水があ!このままだとおぼれ死んじゃいます」


 よっぽど酷い目に遭ったのだろう。そうやって喚き散らしていた。


 このままだと収拾がつかないので、俺はヴィクトリアに近づくと、そっと抱きしめてやる。

 俺に抱かれたヴィクトリアは少し落ち着いたのか、喚くのを止める。

 俺はさらにヴィクトリアを正気に戻すため、ヴィクトリアの耳元に口を寄せ、囁くように言う。


「ヴィクトリア、安心しろ。ここは元の場所だ。もう水とかないから安心しろ」

「わああああん。ホルストさん」


 俺に慰められたヴィクトリアは俺に抱き着いてきた。

 抱き着かれた俺は優しく頭を撫でてやる。

 そして、本当仕方がないなあと思うのだった。


★★★


「このバカ娘!あれほど考えなしに行動するなって言っているのに、懲りもせず何度もやらかして!」


 ひとしきり俺に甘えて気分が落ち着いた後、ヴィクトリアはお母さんにこっぴどく怒られていた。


「でも、お母様……」

「でもじゃないでしょ。言い訳していないで、もっと反省しなさい」


 ヴィクトリアはなんとか言い訳しようとするが、そんなものがお母さんに通用するはずもなく一方的に怒られるだけだ。

 ちょっとかわいそうな気もするが、とても口を出して助けることができる雰囲気ではないので、しばらく怒られてもらうとしよう。


 なお、びしょ濡れになった服は先に着替えさせてある。

 一通りタオルで拭いてから着替えさせたのだ。

 それで、今はエリカが濡れた髪を乾かしてやっている。


「これを使いなさい」


 そう言ってドライヤーとかいう道具をお母さんが貸してくれたのでそれを使って乾かしている。

 これはとても便利な物で、口の所から暖かい風が噴き出てそれで髪を乾かすという優れモノだ。


「これはすごいですね」

「アタシもこんなのほしいな」


 エリカもリネットもドライヤーを一目見てとても欲しそうにしている。

 まあ、二人とも髪が長くて洗髪した後なんかは髪を乾かすのに苦労するみたいだから欲しくなったのだと思う。


 俺も手に入れてやりたいが、目の前のものはお母さんのだしなあ。

 もう一度借りてヒッグス家の魔道具職人に見せたりしたら、同じ物を作れたりしないかなあ。

 うん、要検討だな。


 ちなみに、どうしてヴィクトリアがずぶ濡れになっていたかというと、どうも転移先が水の中だったらしい。

 それで、いきなり水の中へ飛ばされたものだから完全にパニックになってしまって溺れかけたらしかった。

 だからこそ、帰ってきた時にあれだけ発狂していたというわけだ。


「さて、これで髪の毛は乾きましたよ」

「エリカさん、ありがとうございます」


 そうこうしているうちにヴィクトリアの髪の毛は乾いたようで、エリカにお礼を言っている。

 それにお母さんの説教も終わったようで、場の雰囲気も落ち着いたようだった。

 ということで、移動を再開する。


★★★


 それから一時間ほどで目的地に着いた。


「ここよ」


 そう言いながらヴィクトリアのお母さんが指し示す先には厳重な封印を施された扉があった。

 俺はそれを一目見て、この先に魔人アヴィディタがいることを確信した。


 なぜかって?


 それは厳重な封印が施されているにもかかわらず、扉の向こうから邪悪な気配がひしひしと伝わってくるからだ。

 それを肌で感じた俺は、決戦に備えて気を引き締めるのだった。


 さて、それでは早速ボス戦……と行きたいところだが、その前に準備だ。


「ヴィクトリア」

「は~い」


 俺はヴィクトリアを呼ぶ。


「いつものを頼むよ」

「ラジャーです」


 俺が頼むとヴィクトリアが俺に抱き着いてくる。

 そして、俺の唇にキスをしてくる。


 ……うん?何かいつもより濃厚なキスのような気がする。


 なぜだろうと思って考えてみると、これ、お母さんへの意趣返しだな、と感じた。

 さっきお母さんにこっぴどく怒られたから、お母さんに見せつけてやろうとこうしているのだと思う。


 子供じみた発想だが効果は十分なようだ。実際。


「まあ、この子ったら……羨ましい」


 とか、お母さん言っちゃってるしね。


 と、そうこうしているうちに俺の体が光り出す。

 そして、いつもの声が頭の中に響いてくる。


『シンショウカンプログラムヲキドウシマス』


 用意ができたので俺はヴィクトリアから体を離す。

 ヴィクトリアが名残惜しそうな顔で見て来るので、


「続きは今度ベッドの上でな」


と言ってやると、たちまち真っ赤な顔になる。


 うん、かわいい奴だ。

 それを見て、こいつは俺のことをちゃんと愛してくれているのだなと思えて、うれしかった。


 さて、これで準備は整った。


「では、行くぞ!」


 俺は封印の扉に手をかけて、ゆっくりと押し、扉を開くのだった。

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