閑話休題36~その頃の妹 ベヒモスオークション編~

「ふん、ふん、ふん」


 3日ぶりのお風呂屋さんから帰って来た私レイラ・エレクトロンは、鏡の前で鼻歌を歌いながら喜んでいた。


 何がそんなにうれしいかって?

 それは髪の毛のことだ。


 修道院にいた時は坊主頭だった私の髪も大分伸びた。

 横の髪は耳にかかるくらいに伸び、前髪も眉毛にかかるくらいになった。

 まだまだ短いが、坊主頭よりははるかにましになった。


 ただ、単純に伸ばしているだけで長さが揃っていないのでちょっとみっともない気がする。

 一応普段はウィッグを被っているのでそんなに目立たないが、襟足の髪なんかはちょっと伸びすぎていて、ウィッグを被る時に邪魔になることもある。


 そろそろ切りそろえに行くべきだろうか。


 私がそう思案していると、


「ただいま~」


 フレデリカが帰ってきた。


 フレデリカも私と一緒にお風呂屋さんに行っていたのだが、「ちょっと寄るところがある」と言うので、私だけ先に帰ってきたのだった。

 帰ってくるなり、フレデリカは私にあるものを見せてきた。


「これ、何だと思う?」

「な~に?何かいい物でも手に入れたの?」

「うん、見て」


 そう言いながらフレデリカが見せてきたのは、


「今度開かれるベヒモスのオークションの一般入場券だよ」


今度開催されるベヒモスのオークションの一般入場チケットだった。


 そのオークションのことは私も知っていた。

 冒険者ギルドはおろか町中でも噂になっているからだ。


 ちなみに一般席は抽選となっている。


「やったぜ!入場チケットゲットだぜ!」

「あ~ん、私外れちゃった」


 今日もギルドで冒険者たちがそんなことを言っているのを見た。

 私も行きたかったが、競争が激しそうなのでやめておいた。


「い~なあ、フレデリカ、チケット当たったんだ」

「そうよ。当たったのよ。しかも、見てこれ。ペアチケットなの」

「ペアチケット?」


 ペアチケットということは……。


「うん、レイラも一緒に行こ」

「うわー、ありがとう」


 私は喜びのあまりフレデリカに抱き着いた。


 こうして私たちはベヒモスオークションの見物に行くことになったのであった。


★★★


「それでは、そちらのオリハルコンは金貨350枚で、メーガン公爵家様がご購入されました」

「フレデリカ~、金貨350枚だって~すごいよね。今の稼ぎだと、それだけ稼ぐのに何年かかるんだろうねえ」

「さあ、一生無理じゃない?」


 オークション当日、オークション会場の見物席で私たちはとてもはしゃいでいた。

 何せ、見たこともない物が見たこともない値段で取引されているのだ。

 見ていて楽しくないはずがなかった。


 他の人たちもそうみたいで、


「すげえ!」

「最高!」


そんな風に商品が売れるたびに歓声をあげていた。


「それにしても、オリハルコンなんて希少金属が剣一本分出て来るとかすごいね。どこの誰が出品したんだろうね。出品した人は大儲けだね」

「うーん。資料によると『ドラゴンを超える者』っていう冒険者パーティーらしいよ」


 私の疑問にフレデリカが配布されている資料を見ながらそう教えてくれる。


「ふ~ん、そうなんだ」

「というか、このパーティー、今日のオークションに多数出品しているようだよ。今日の目玉であるベヒモスの素材もここが出しているようだし」

「へえ、それはすごいパーティーがあったものだね」

「そうだね。こういうパーティーに居たら、朝ごはんの食パン、一人1枚ずつ焼くか、1枚を二人で分けるかなんて悩むこともないんだろうねえ」

「やめて!そんなこと言って現実に引き戻さないで!」


 私はまだいい気分でいたかったのでフレデリカの発言を拒絶した。


 ちなみにその出来事は今朝の話である。

 最近ちょっと家計が苦しいので、一枚の食パンを二人で半分こにして食べたのだった。


「そうねえ。悪かったわ。ごめんね」


 フレデリカも自分で言っていやな思いになったらしく、素直に謝ってくれた。


「それでは、これから昼休憩の時間になります」


 そうこうしているうちに昼休憩の時間になったようだ。


「じゃあ、ご飯食べようか」

「うん」


 ということで私たちをご飯にすることにしたのだった。


★★★


 私が嫌な思いを味わったのは、昼ごはん後、トイレに行った帰りだった。


 昼ご飯は会場で売っていたサンドイッチとジュースを買って食べた。

 割といい値段だったが、サンドイッチは具がたくさんでパンも肉厚でとてもおいしかった。


「サンドイッチ、とても良かったね」

「うん。久しぶりの贅沢だったね」


 私たちは十分に満足した。


 それで、この後私はトイレに行ったわけだが、その帰り道で今の幸せな気分をぶち壊すような話を聞いてしまった。


「しかし、今日のオークションはすごい品物が出て来るね。博物館でもお目にかかれないようなものばかりで目の肥やしになるね」

「全くだ。本当、このオークションを開催してくれた『ドラゴンを超える者』っていうパーティーには感謝だな」


 帰り道で男たちがそんな風に話しているのが目に留まったのだ。

 興味の沸いた私は、話を聞いて行くことにした。


「それで、その『ドラゴンを超える者』って、どんなパーティーなんだ?」

「何でも、世界最強って言われているパーティーらしいぜ」

「へえ、そうなのか」

「ああ。何でもそこのリーダーは史上最速でSランクに登り詰め、数々の凶悪な魔物を退治してきているって話だ」

「それはすげえな」

「それだけじゃない。そのリーダーは剣聖との一騎打ちで剣聖を破ったりとか、国王陛下を強大な悪魔から守り抜いたりとか、数十万の魔物を一瞬で倒しただとか、とにかくとても人間とは思えないような活躍をしているらしい。彼に助けられた人々からは英雄様とまで呼ばれているらしい」

「それは……とても言葉にできない活躍だね。……それでそのリーダーは何て名前なんだい?」

「確か、ホルスト・エレクトロン様というお方らしいよ」


 そこまで話を聞いたところで、私は愕然とした。


 ホルスト・エレクトロン。

 私のくそ兄貴の名前ではないか。


 いや、実は男たちの話の途中から薄々は感じていたのだ。

 特に数十万の魔物を……のくだりを聞いた時だ。

 どこかで聞いたような話だ、と。

 ただ、話に興味があったので最後まで聞いてしまったのだ。


 しかし、『ドラゴンを超える者』が兄貴のパーティーだとは……。

 私は軽くめまいを覚えながら自分の席に帰った。


★★★


 その後、私はあまりオークションを楽しめなかった。


「きゃー、すごい。あの黒龍の角。あの小さいのだけで金貨150枚だって」


 事情を知らないフレデリカはそうやって喜んでいるが、その黒龍の出品者を見ると、兄貴だった。

 いくら高額の商品でも、その代金が兄貴の懐に入ると知ってはあまり面白くなかった。


「それでは、本日最後の品。ベヒモスの素材は、金貨12000枚でヴァレンシュタイン王国王宮様が購入されました」


 最後の品であるベヒモスは金貨12000枚で売れていたが、これも兄貴の出品だ。

 一体、今日だけで兄貴の所にどれだけのお金が入ったのか想像もできなかった。


 私が高々銅貨数枚のパンのことで悩んでいるというのに、兄貴にはじゃぶじゃぶお金が入ってくる。

 とても悔しかった。


 兄貴と自分との間の歴然とした差を考えると、絶望の感情しか浮かんでこず、喉にナイフが突き刺されたような感情を覚えた。


 オークションを見て最高の時間を過ごしていた私は、一転して最悪の一日をおくることになった。


 そんな中、私は誓う。


 くそ兄貴、よくもこの私にこんな屈辱を味合わせてくれたわね。

 今に見ていなさい!絶対に目にもの見せてやるんだから。

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