第253話~月旅行 闇のクレーター 後編 VS.漆黒の霧 心の声を聞いて闇を打ち払え!~

「『世界の知識』」


 戦闘開始前に『漆黒の霧』について俺の魔法で調査してみる。


 『漆黒の霧』

 『闇の小精霊』が集合・合体した魔物。

 『闇の小精霊』の力のみならず、その生物を憎む意思まで合体しており、とても攻撃的である。

 体内にイドという合体した『闇の小精霊』の意思の集合体である器官を有する。

 ただし、これは物質的に存在する器官ではなく、人間でいう所の心といったような概念的な器官である。

 『漆黒の霧』を討伐するにはこれを破壊する必要がある。

 弱点は聖属性攻撃であるが、中途半端な聖属性攻撃では逆に吸収されてしまうので、使うのなら究極の一撃を放って、一気にイドを破壊してしまおう。


 ……と、以上が俺の魔法で得た結論である。


 いつも思うんだけど、このテキストって誰が書いているんだろうか。

 たまに適当なのもあるけど、有益なのも多い。


 それで、今回は当たりだと思う。

 この説明文によると、要は敵のイドという部分を聖属性魔法で吹き飛ばせばいい、ということらしかった。

 イドとは、つまり『漆黒の霧』の心ということらしい。


 俺はそこで、しかし、と思う。

 心ってこの闇の中のどこにあるんだ、と。

 そして、それを見つけるにはどうすればよいのだ、と。

 ちょっと考えてみたが、すぐに結論が出る話ではない。


 ということで、嫁たちに相談してみることにする。


★★★


「心の場所を探る?スピリチュアルな話ですか?」

「うーん、そういう話じゃなくて、『漆黒の霧』の弱点は、『闇の小精霊』の意思の集合体であるイド、つまり『漆黒の霧』の心なんだ」


 俺の話を聞いてもいまいち意味が分かっていないらしいヴィクトリアに俺はもう一度説明してやる。

 すると、今度こそ理解したのか、コクリと頷く。


「でも、旦那様、心の場所なんてわかるのでしょうか。人間だと胸にあるという話ですが、人間の体を切り裂いても心という部位は無いという話ですし」

「だよねえ。心という器官はアタシはあると思うけど、目には見えないから、ね。そこを攻撃しろって言われても、実際、困るよね」

「「「「うーん」」」」


 やはり心の場所を探ると言われても、嫁たちにもいいアイデアが思い浮かばないらしかった。

 皆で一生懸命に考える。すると、エリカがこういうことを言い始めた。


「個々人で悩んでいてもいいアイデアは浮かんでこないと思います。ここは、それぞれが心に関するキーワードを言い合ってみて、そこからヒントを得るということでもしてみませんか?」

「そうだな。他にできることもないし、そうしてみるか」


 ということで、全員が心に関する言葉を出し合って、何かヒントがないかやってみることにする。

 ちなみに、後でヴィクトリアのお母さんに聞いた話だと、こういう手法をブレインストーミングというらしかった。


「じゃあ、ワタクシから行きますね。『心の壁』」

「「「壁なんか作られたら、余計場所が分からなくなる」」」

「それじゃあ、次俺ね。『心頭滅却すれば、火もまた涼し』」

「「「確かに、今魔法の修業中なので、その心がけは大事ですけど」」」

「次は私の番ですね。『老婆心』」

「「「いや、今は人の世話を焼いている場合じゃないよ」」」

「じゃあ、アタシね。『心の声』」

「リネットさん!それです!」


 リネットの発言を聞いたところで、ヴィクトリアが何か思いついたようで、そう大声で発言した。


「お、何か。考えたのか?」

「要は心の場所が分かればいいのでしょう?だったら、『漆黒の霧』の心の声を聞いてその発生源を特定すればいいと思うんです」

「心の声を聞く?それはどうすればいいんだ」

「『神耳しんじ』の能力を使えばいいと思います」


 俺の問いかけにヴィクトリアはそう答えた。


★★★


「『神耳』?」

「はい、『神眼』と似たような能力で、神の耳を持つ能力です。今のホルストさんなら『神強化』で使えると思いますよ」

「本当か?じゃあ『神強化』」


 ヴィクトリアに言われた俺は早速『神耳』の能力を使ってみる。

 すると聞こえてきた。『漆黒の霧』の心の声が。


「ニクイ、ニクイ、ニクイ!シアワセソウニイキテイルヤツガニクイ!」

「オレガセイレイニナレナカッタノハ、オマエラノセイダ」

「リアジュウ、バクハツシロ!」


 どれもこれも、生物への恨みが積もった怨念深いものだったが、これで大体の位置はわかった。

 後は、これに強大な聖属性魔法をぶつけて消し飛ばすだけである。


「みんな、行くぞ!」

「「「はい!」」」


 弱点もわかったことだし、後は皆で協力して対応する。


★★★


 ドンドンと激しい音がする。

 『漆黒の霧』がヴィクトリアの防御魔法を攻撃している音だ。

 結構いい音だ。

 段々と魔法が圧迫されて行っているのが分かる。

 あと数分と持たないだろうと思う。


 急がないと、と思うが、不思議と焦りは感じない。

 なぜなら、この程度の窮地、俺たちには慣れっこだからな。

 だから、嫁たちに冷静に指示を出す。


「俺が『漆黒の霧』のイド目掛けて魔法を放つ。ゆっくりと放つから同時に着弾するように調整して攻撃してくれ」

「「「了解です!」」」


 指示が完了したところで、早速攻撃開始だ。


「『魔法合成』、『極大化 天罰』と『極大化 天罰』の合成魔法、『極大化 神の審判』」


 極大化された『天罰』の魔法にぎりぎりまで魔力を注ぎ込み、魔法を合成する。

 そして、『漆黒の霧』のイドに目掛けて、魔法を一気に解き放つ。


「行け!」


 解き放たれた魔法はイドを目標に一気に進んで行く。


「『極大化 光の矢』」

「『極大化 聖光』」

「「『極大化 光の矢』と『極大化 聖光』の合体魔法『極大化 聖撃の矢』」


 エリカとヴィクトリアも俺に続いて合体魔法を放つ。

 二人の魔法は俺との同時着弾を狙って、俺の魔法よりも若干速い速度で進撃していく。


「『戦士の記憶』よ!力を貸して!『神撃の矢』」


 最後に、リネットも負けじと聖属性攻撃を行う。

 神器を使い、矢に強力な聖属性を付与して放つ。


 しかも今回使うのはミスリルの矢だ。

 ミスリルは矢じりとして使用するには少々高価すぎるが、属性付与攻撃には一番向いている。

 だから、ここぞという時のために用意していたのだが、今が使い時と判断したリネットが使用したのだった。


 ということで、俺たちの攻撃が『漆黒の霧』のイドへ向かって進行中だ。

 危険だと感じたのか、『漆黒の霧』も周囲の闇を使って攻撃を阻止しようと迎撃してくる。


 しかし、それらはすべて無意味だ。

 なぜなら俺たちの攻撃が強力過ぎて、触れる側から闇が消し飛ばされているからだ。


 そして、とうとう。

 ドカーン。

 俺たちの攻撃がイドに直撃し、大爆発を起こす。


「ギャー」

「オノレー」

「キエルノハイヤダ~」


 イドを構成する『闇の小精霊』たちの断末魔の叫びが聞こえてくる。

 これは俺のみならず嫁たちにも聞こえてきたようで。


「気持ち悪い声ですね」

「ザ・怨念って感じの声ですね」

「最低だね」


 嫁たちに嫌悪され、悪口を言われるのだった。

 こうして、俺たちは『漆黒の霧』を倒すことに成功したのだった。


★★★


「ふう、これで一休みできたかな」


 『漆黒の霧』のイドが消滅すると同時に、周囲を覆っていた闇も、水が蒸発するような感じで、一気に消え去ってしまった。

 そして、それまで見えなかったクレーターの底が見えるようになると、俺たちは底に降り、魔力切れ寸前まで使った魔力を聖石で回復させながら一休みをしているというわけだ。


「それにしても、意外とあっさり勝てましたね。再生怪人は弱い、というのは物語のセオリーなのですが、『漆黒の霧』も同じでしたね」


 休憩中にヴィクトリアが今回の戦いについてそんな感想を漏らした。

 相変わらずよくわからないことを言っているが、確かに『漆黒の霧』にはあっさり勝てた。

 だからと言って油断しても良いという相手でもなかった。


 俺はヴィクトリアに注意する。


「ヴィクトリア。そういう慢心はダメだぞ。戦いで油断すると、足元をすくわれるなんてことはよくあるからな」

「そうですね。……ワタクシが間違っていました。気を付けます」


 俺に注意されたヴィクトリアが妙にあっさりと謝ってきた。

 まあ、こいつも最近色々やらかしてお母さんに怒られていたからな。

 多分、俺に言われてそのことを思い出したのかもしれない。


 ただ、反省してもヴィクトリアはヴィクトリアなので、またポカをするとは思うけどね。


 さて、休憩もとったことことだし、先に進むことにしよう。

 俺はヴィクトリアのおばあさんに尋ねる。


「それで、ヴィクトリアのおばあさん。俺たちはこれからどこへ行けばいいのですか」

「あら、もう充分休んだの?それでは行きましょうか」


 俺の問いには答えず、おばあさんはそう言うと、テクテクと俺たちを案内し始める。

 俺たちはそれに黙ってついて行く。

 5分ほど歩くと、目的の建物に着く。

 ヴィクトリアのおばあさんが件の建物を指さしながら言う。


「ここが最終目的地の『月の遺跡』よ」


 『月の遺跡』。

 どうやらここが今回の旅の最終目的地の様だった。

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