第251話~月旅行 月の森 イタズラ好きな半精霊たちの世界 ……ってイタズラされてるのってヴィクトリアだけじゃん!~

 月のクレーター海を抜けるのに4日かかった。


 海の旅は割とのんびりできた。

 十分休養ととることができたので、仕切り直して気合を入れ直していこうと思う。


「パトリック、また頼むぞ」

「ブヒヒヒン」


 船旅でゆっくりできたであろうパトリックも元気が戻ってきたようで、態勢は万全だ。

 俺は御者台に座り手綱を握る。


「さあ!出発だ!」


 そして、馬車を発進させる。


★★★


 海岸から馬車を走らせて二時間ぐらいすると、次の目的地である月の森へと到着した。

 俺的にはこの前までエルフの森を冒険していたのでまた森か、と思ったが、月の森は一味違った。


「何か、声が聞こえてくるな」


 月の森に一歩入ると、よくわからないが声が聞こえてきた。

 俺の幻聴かも、と思ったが嫁たちもキョロキョロ周囲を眺めているのでどうやら気のせいではないらしかった。


 ヴィクトリアのおばあちゃんに聞いてみると。


「それは月の森に棲む半精霊たちね」

「半精霊?ですか?」

「そうよ。あ、半精霊というのは正式な精霊になる前の精霊のことね。月の森には多くいるのだけど、たまにイタズラを仕掛けてくることがあるのよね。けれども、それ以外は基本危害を加えてきたりしないわ」

「そうなんですね。それなら大丈夫そうですね」

「ただし、闇の半精霊にだけは注意しなさい」


 闇の半精霊?

 何だその恐ろしげなものは、と思った。


 俺のその思考を察したらしいおばあさんが説明してくれる。


「闇の半精霊とはね。罪を犯して精霊になる資格を失ってしまった子たちのことよ。この子たちは自分の罪を棚に上げて、他人のせいで自分がこうなったと思い込んでいてね。他者に危害を加えてくるの。だから、こういう子たちには気をつけなければならないわ」

「へえ、そうなんですね。……わかりました気を付けます」


 俺がそう答えると、おばあさんは納得したように頷くのだった。

 これで、事前の説明も終わったことだし俺たちは月の森の中へと入って行くのだった。


★★★


「あたたた」


 頭にドングリの実が当たったヴィクトリアが、痛そうにしながらそう声を出す。

 この森に入ってこれで5回目だ。


 なお、俺や横に座っているヴィクトリアのお母さん、パトリックや馬車にドングリは落ちてきていない。

 だから、ヴィクトリアにドングリが落ちてきているのは偶然ではない。


「森の半精霊たちがヴィクトリアにイタズラしているわね」


 ヴィクトリアのお母さんがそう言うので、森の半精霊の仕業で間違いなかった。

 しかも、お母さんはトドメとばかりにこんなことを言う。


「森の半精霊って、その場で一番弱そうな相手にイタズラするのよね」


 つまり、ヴィクトリアは森の半精霊たちに俺たちの中で一番弱そうだと思われているということだ。

 この場には、子供のホルスターや銀、馬のパトリックまでいるのにもかかわらずだ。


 それを聞いたヴィクトリアが怒る。


「お母様!それはちょっとワタクシに対して言い過ぎではないですか!」

「そうかしら?」


 しかし、ヴィクトリアの怒りを受けても、ヴィクトリアのお母さんはのほほんとしたものだ。


「だって、あんたがこの中で一番弱いって判断しているのはお母さんじゃないもの。森の半精霊だもん!だから文句は森の半精霊に言ってね」

「ぐぬぬ……」


 お母さんの至極もっともな反論にヴィクトリアが言い返せないでいる。

 しばらくの間は黙り込んでいたが、やがてフラストレーションが限界に達したのだろう。


「ホルストさん、助けてください!お母様がいじめてきます!」


 何かわんわん泣きながら俺に抱き着いてきた。


 しょうがないので頭を撫でてやる。

 俺に撫でられて落ち着いたのか、しばらくするとヴィクトリアは泣き止んだ。


「気は済んだか?」

「はい」

「それは良かった。でも、ちょっと悪口言われたくらいであまり泣くなよ。お前もいい大人なんだし、ホルスターたちだってすぐ側にいるんだぞ。泣かれたら俺まで恥ずかしいだろうが」

「そうでしたね。ごめんなさいでした」

「まあ、反省しているようならそれでいいよ。それとお母さん」


 ヴィクトリアも一応反省しているようなので、次はヴィクトリアのお母さんに言う。


「お母さんも、あまりヴィクトリアのことをいじらないでください。一応、こいつはこいつで頑張っているので」

「そうねえ、ちょっと言い過ぎちゃったかもね。ごめんね。でも、あんたたちラブラブねえ。いいわあ。お母さんも、たまにはあんたのお父さんとラブラブしたいわあ」


 お母さんは謝りつつも、何かそんな風に俺たちのことを羨ましがってきた。

 本当に反省しているかどうかよくわからなかったが、一応謝っているので良しとすることにする。


 と、こんな感じで俺たちは月の森を進んで行くのだった。


★★★


 異変が起こったのは森に入って3日目、月の森を半分以上通過した頃だった。


 それまでは大した事態は起こらなかった。

 多少魔物が出たくらいだ。

 それに魔物といっても、『ムーンベア』とか『ムーンボア』とか地上の森にもいた奴の亜種が何回か襲ってきた程度で、苦戦することはなかった。


 むしろ、これらの魔物の素材は地上の魔物と違った味の肉やより頑丈な皮、特別な薬の素材となるので、俺としては儲けになるから都合がいいくらいのものだ。


 それで、問題の異常なのだが、それは突然やってきた。

 普通に馬車を走らせていると、エリカがこんなことを言い始めたのだった。


「旦那様、何か邪悪な気配を感じます」


 『極大化』されたエリカの探知魔法が俺たちに対する悪意を捕らえたのだった。

 これはもしかして……。


「ヴィクトリア!」


 俺の直感が何かを訴えてきたので、俺は馬車の中に声をかけ、ヴィクトリアを呼び出す。


「何ですか?」

「何か良くないものがこっちを狙っているようだ。すぐに魔法で防御しろ!」

「ラジャーです!」


 俺の言葉に何かただならぬ雰囲気を感じたのだろう。

 ヴィクトリアが気合を込めて返事する。


「『極大化 防御結界』」


 俺の言葉を受けてすぐさまヴィクトリアが馬車全体を覆うように防御魔法を展開する。

 すると。


 ビシュッ。

 何か黒い液体が飛んできた。


 黒い液体はヴィクトリアの防御魔法に接触すると、プシューと蒸発する。

 防御魔法に接触して蒸発するということは、この液体は俺たちにとって良くないものだということだ。


「『神強化』」


 俺は『神眼』を起動し、黒い液体が飛んできた方を見る。


「何だ、あれは?」


 そこには黒い霧の塊のようなものがあった。


★★★


「あれが闇の半精霊ね。気をつけなさい」


 俺の隣に座っていたヴィクトリアのばあちゃんがそうやって忠告してくれる。


「みんな出てこい!『世界の知識』」


 馬車の中に呼びかけながら、俺は魔法を使って『闇の半精霊』について調べてみる。


 『黒の半精霊』

 精霊になる資格を喪失した小精霊のうち闇落ちしたもの。

 精神を乱す攻撃や闇属性の攻撃が得意。

 闇属性で受けた攻撃のダメージは自然治癒しにくいので注意が必要。

 聖属性の攻撃が弱点だが、一定以下の聖属性攻撃を無効化してしまうこともできるので中途半端な攻撃は無意味である。


 ……以上が俺の魔法で得られた情報である。


 要するに、敵の闇属性の攻撃には気をつけろ!

 攻撃するのなら強力な聖属性攻撃で攻撃しろ!

 ということだ。


 さて、情報収集はバッチリなので、攻撃開始だ。


「エリカにヴィクトリア。どうやら奴を倒すのには強力な聖属性攻撃が必要らしい。ということで、俺たち3人で一斉に聖属性攻撃を当てていくぞ!」

「「はい」」

「後、ホルスターは敵の攻撃が来たら『光の矢』の魔法で迎撃しろ。一応ヴィクトリアの防御魔法が有効だから、攻撃自体はここまでは届かないはずだから、練習のつもりで気楽にやればいいよ」

「うん、わかったよ、パパ」

「リネットと銀は待機だ」

「「はい」」


 皆に指示を出した俺はエリカとヴィクトリアとともに『闇の半精霊』に挑む。


★★★


「『極大化 天罰』」

「『極大化 光の矢』」

「『極大化 聖光』」


 魔法を『極大化』して待機状態にした俺たちは『闇の半精霊』と向かい合う。


「……」


 そのことを認識した『闇の精霊』は俺たちに攻撃してくる。

 まだ俺たちはヴィクトリアの防御魔法の中にいるので攻撃は届かないはずだ。

 だから、攻撃を眺めていたのだが。


「「『光の矢』」


 ホルスターが『闇の半精霊』の攻撃を全部迎撃してしまった。

 うん、月に来てから本当にホルスターの成長はものすごいな。

 この分ならもう普通の大人の魔法使いでは勝てないと思う。


 ただ、ヴィクトリアのお母さんによるとまだまだ成長中ということなので親としては本当に将来が楽しみだ。


 ということで、防御魔法の外に出ても大丈夫そうなので、3人で一斉に防御魔法の外に出る。


「『極大化 天罰』」

「『極大化 光の矢』」

「『極大化 聖光』」


 そして、待機させていた魔法を一斉に解き放つ。

 ピカーというまばゆい輝きが周囲を包み、魔法が次々に『闇の半精霊』に命中していく。

 次の瞬間。


「旦那様、邪悪な気配が消えました」


 エリカがそう報告してきた。

 どうやら『闇の半精霊』は跡形もなく消滅したようだ。


 一時はどうなることかと思ったが、割と簡単に倒せてよかったと思う。


「さて、それじゃあ旅を再開するぞ!」


 こうして『闇の半精霊』を倒した俺たちは、馬車を発車させ、再び月の森の中を先へと進むのであった。


★★★


 闇の半精霊という強敵も倒したことだし、この分だと月の森もあと少しで抜けられそうだ。

 ここを抜けたら、次はどんな冒険が俺たちを待っているのだろうか?

 本当に楽しみである。

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