第250話~月旅行 月の海 月面カジキマグロを釣れ!~

 砂漠エリアは五日ほどで抜けた。

 砂漠エリアは結構きつかった。


「ああ!もういい加減にしてほしいです!」


 ヴィクトリアがそうやって不機嫌になるくらいにはきつかった。

 何せ暑さがひどい上に、敵の襲撃も結構あったからな。

 あの『ムーンウォーム』ともあの後、2回くらい戦ったし。


 とにかくきつい日々だった。


 それで、そのきつい砂漠エリアを抜けた先は。


「海だな」

「海ですね」


 海だった。一応水の色は青だ。

 ただ、地上の海と異なるのは波があまりたっていないことと、海鳥がいないことであろうか。


「月って。海鳥がいないのよ。それに、ここはクレーター海といって、隕石が衝突してできたクレーターに海水がたまって海になった場所だから、比較的波が穏やかなの」


 そうヴィクトリアのばあちゃんが教えてくれたのでそんなものかと思った。


 それはともかく、俺たちは海を渡らなければならなかった。

 俺はヴィクトリアに指示を出す。


「ヴィクトリア、船を出せ」

「ラジャーです」


 了承したヴィクトリアがすぐさま船を出す。


「じゃじゃーん。『エリュシオン号』です」


 俺たちの船の名はエリュシオン号という。

 これは中古で買った中型のクルーザーにドワーフ王国で鹵獲した神聖同盟の奴らの船についていたエンジンを改良・大型化した物を取り付けた船だ。


 ちなみに、エンジンの改良はヒッグス家の工房の人に頼んだ。


「これは素晴らしい!」


 そう言いながら、工房の職員さんは大喜びで改良してくれた。

 将来的には、これを量産して売り出すことまで考えているようだった。

 そんな経緯を得て入手したエリュシオン号に俺たちは乗り込む。


「さあ、出港だ!」


 そして、船は出港する。


★★★


 船旅は快適だった。


「う~ん、快適ですね」


 潮風に当たりながら、ヴィクトリアが気持ちよさそうにテーブルにうつぶせになっている。

 砂漠にいた時の不機嫌さが嘘のような態度だ。

 まあ、それだけ砂漠がきつかったのだと思う。


 ふと、船の船尾の方を見ると、馬小屋の中でパトリックがのんびりと餌を食っていた。

 餌を食いながらも眠いのか、半分目を閉じている。

 多分疲れているのだと思う。


 パトリックにはここ数日頑張ってもらったからな。

 特に暑い砂漠で大汗をかきながら俺たちを引っ張っていってくれたので、さぞや疲労が溜まっていることと思う。


 一応飼い葉には疲れを取るための薬草なども混ぜてやっているが、1日や2日で疲れがとれるというものでもないだろう。

 幸いなことに船が目的地に着くまでには4,5日かかるという話だ。

 パトリックにはその間に英気を養ってもらうことにしよう。


 というか、俺も砂漠の横断では余計な体力を使って疲れた。


 うまい具合にこの海には大した敵は出てこない。

 『ムーンフィッシュ』とかいう空を飛ぶ魚の魔物であるフライフィッシュの月バージョンの魔物や、『ムーンゲイター』とかいうワニの魔物が出てくるくらいだ。


 この船には魔物の接近を知らせる魔道具が設置されているので、ふいに襲撃されるという心配もないことだし俺もしばらくはゆっくり休ませてもらうとする。


 ということで、俺はリラックスチェアに横たわり、のんびりと目を閉じ熟睡するのだった。


★★★


「ホルスター君、そろそろ出番よ」


 のんびりしていた俺をそうやって起こしたのはヴィクトリアのばあちゃんだった。


「出番?何の出番ですか?」


 半覚醒した意識のまま、目をこすりながらおばあさんに何のことかと尋ねる。

 するとおばあさんはこう言うのだった。


「もちろん、魚釣りよ」

「魚釣り?ですか?」

「そうよ。実は、ね。私数十年前にここに魚を放流したの。それが大分大きくなって、今では『クレーター海のヌシ』と呼ばれるくらいには成長しているの。だから、そろそろ食べごろで、釣っちゃおうかなと思ったの」

「そうなんですか」


 ……なんか色々とツッコミどころがある話だが、一つ一つ行こうか。


 魚を放流って何?いつからあなたは養殖業者になったのですか。

 そもそも海一個をいけす扱いしないでください!


 それから『クレーター海のヌシ』って何ですか?

 名前からして凶暴な魚の予感しかしないのですが。

 それを俺に身の危険を冒してまで釣れというのですか?

 まあ、所詮は魚なのでそこまで危険ではないのかもしれませんが、他力本願で物事を進めるのは勘弁してください。


 ……と、心の中でツッコんですっきりしたところで、会話に戻ることにする。


「それで、その魚ってどこにいるのですか?」

「もうすぐ近くにいるわね。だからホルスト君を起こしたの」

「それで、その魚ってどのくらいの大きさなのですか?」

「詳しくはわからいけど、大分時間も立っているし、人間の数倍くらいの大きさはあるわね」

「そんなにでかい魚を釣るんだったら、普通の竿では無理だと思いますが、道具はあるのですか」

「大丈夫よ。今、ソルセルリが大きなモリとリールを魔法で作って船の最後尾に設置しているから」

「……そうですか。それで、その魚の名前は?」

「『月面カジキマグロ』ね」


 どうやら本日の獲物は『月面カジキマグロ』という魚らしかった。


★★★


 それから30分後。


 俺たちは全員船の最後尾に集結して、太い釣り糸につけた生餌の魚に獲物が食いつくのを待っていた。


 え?全員が最後尾にいて誰が船を動かしているのかって?

 もちろん、船は自動操縦中だ。


 え?この船には自動操縦装置何て便利な物が付いているのかって?

 無論、そんな物は付いてない。

 ヴィクトリアのお母さんが船の精霊とやらを召喚して、そいつが操縦しているだけの話だ。


「万事、お任せください」


 この精霊はヴィクトリアの呼び出す精霊と違って、ちゃんと俺たちとも会話ができた。

 さすが魔法を司る女神様が呼び出した精霊だ。ヴィクトリアとはレベルが違った。


「旦那様、来たようですよ」


 エリカが言葉を発すると同時に生餌をつけていた釣り糸がピンと張る。

 どうやら獲物が食いついたようだ。

 海面を見ると、水中から獲物の頭部が少し飛び出しているのが見える。


「リネット!」


 俺はすかさずリネットに命令する。


「任せて!『必殺必中 瞬速の槍』」


 俺の命令を受け、リネットが頑丈なロープ付きのモリを『月面カジキマグロ』めがけて投げつける。

 グサッという大きな音とともに、モリが『月面カジキマグロ』に突き刺さる。


「今だ!『神強化』」


 モリが刺さったのを確認すると同時に、俺はロープを巻き上げ始める。

 すごい力で巻き上げていくが無理はしない。

 獲物の抵抗が激しいと思ったら、少し緩めたりしてロープが切れないように配慮しながら徐々に船に獲物を近づけていく。


「旦那様、ファイトです!」

「フレー、フレー、ホ・ル・ス・ト!」

「ホルスト君、あと一息だよ!」


 俺の背後では嫁たちが黄色い声で声援を送ってくれる。


「パパ、頑張って!」

「頑張ってください!」


 無論、ホルスターと銀も応援してくれる。

 ちなみに、ヴィクトリアのお母さんとおばあさんは。


「あら、ホルスト君。モテモテでいいわね」

「本当、うらやましいわ」


 と、何か俺が応援される姿をほほえましそうに見ていた。

 そんな皆の声援と期待を受けて、俺は頑張る。


 30分ほど月面カジキマグロとの死闘を繰り広げたあげく。


「やったぞ!」


 とうとう獲物を釣り上げることに成功する。


 だが、月面カジキマグロも命がかかっているので必死だ。

 船の甲板の上で体中の筋肉を総動員して跳ね回っている。


「『電撃』」


 そこへすかさずエリカが魔法を放つ。

 月面カジキマグロは見事に感電して、ピクピクと震えるのみで動けなくなった。


「とどめ!」


 そこへリネットが短剣を持って襲い掛かり、月面カジキマグロをしめて、息の根を止めてしまった。

 これにて釣りは完了である。


 後は獲物を食べるだけだ。


★★★


「さあ、マグロパーティーの時間です!」


 ヴィクトリアの言う通りその日の夕食の献立は月面カジキマグロ一色だった。

 カジキマグロのステーキや、トマト煮込み、唐揚げなど色々出てきた。


「うん、確かにどれもうまいな」


 ワインを飲みながら食す月面カジキマグロは確かにうまかった。

 肉がたんぱくな味なので調味料がよく染みてとてもおいしい。

 俺も頑張った甲斐があるというものだった。


 ただ、一回で食すにしては量が多かったし、そもそもこればかりでは飽きてしまうので、今回は全体の3分の1くらいを食べて、残りはヴィクトリアの収納リングへ入れてそのうち食うことにする。

 本当、ヴィクトリアの収納リングって物が腐らないから便利だと思う。


「さあ、デザートはワタクシが焼いたパンケーキですよ」


 デザートにはヴィクトリア特性のパンケーキが出てきた。

 ヴィクトリアのパンケーキはフワフワとしていておいしい。

 しばらく作っていなかったので、久しぶりに見た気がする。


「あら、これおいしいわね」

「ヴィクトリアちゃん、料理の腕が上がったわね。昔は目玉焼きすら焦がしていたのに」

「おばあ様、それは言わないでください!」


 過去の黒歴史をつつかれそうになったヴィクトリアが怒るが、ヴィクトリアのお母さんたちにもパンケーキはおおむね好評なようだった。

 俺はそんな風に楽しくやっている皆を笑顔で見つめ、思う。


 さて、この船旅が終わったら次はどんな場所なのだろうか。

 そんな風に思いながら俺は今は船旅を楽しむことにする。


 と、まあこんな感じで船での夜は過ぎていくのだった。

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