第247話~月旅行 旅立ちの草原 月のウサギは可愛い餅つきウサギ?……いや、凶暴なウサギです~

 今日も相変わらず、俺たちは魔法の練習に明け暮れていた。


「『極大化 天火』」

「『極大化 火矢』

「『極大化 初級治癒』」


 大分修行も進んで、みんな次第に『極大化』の技術を身に着け始めていた。


 それを見て、ヴィクトリアのお母さんがうんうん頷く。

 頷きながら手招きして俺たちを集合させる。


「みんな、大分『極大化』ができるようになったわね。この2週間ばかりよく頑張ったと思うわ」

「「「ありがとうございます」」」


「それでは、大分成果も上がって来たことだし、そろそろ前にも言っていた月へ修行に行きましょうか。そこで『極大化』の仕上げをしましょう」


 俺たちを集合させたヴィクトリアのお母さんは、俺たちを褒めた後、そう話を切り出してきた。

 それに対して、ヴィクトリアが恐る恐る聞く。


「月って……お母様本気なのですか」

「ええ、本気だけど、何か問題でもあるのかしら」

「だって月って空気無いじゃないですか。行っても息ができませんよ」


 え?月って空気無いの?

 そう思っていると、フンとソルセルリがヴィクトリアのことを鼻で笑った。


「全く、この子はどこの世界のことを言っているのかしら。月に空気が無い世界もあるけど、この世界の月にはちゃんと空気がありますよ」

「え?そうなのですか?」

「そうなのよ!それに神様ってね、例え空気が無くても死なないのよ。……まあ、神の力を使えないあんたがどうなるか知らないけど」


 しれっとお母さんにディスられたヴィクトリアは涙目だ。


「お母様、ちょっとワタクシの扱いがひどくありませんか?」

「うるさい!もっと大事に扱ってほしいなら、ちゃんとしなさい。この前だって、あんた、毒キノコの件でホルスター君に注意されていたでしょ!子供に注意されるとか、お母さん、本当に情けなかったわよ!」

「うう、それは……」


 どうやらお母さんは、この前の毒キノコの件をまだ怒っているようだ。

 お母さんに怒られたヴィクトリアはそのまま黙り込んでしまうのであった。


 と、まあこんな感じで月に行くことが決まったのであった。


★★★


 翌日。


 朝ごはんを食べた後、商館の前に集合した。

 皆旅装もばっちりで、準備万端だ。


「パトリック、頼むぞ」

「ブヒヒヒヒヒン」


 俺が声をかけると、パトリックがいなないて応えてくれる。


 それを合図に、皆が馬車に乗り込んでいく。

 全員が乗り込んだのを確認すると、俺も御者台に乗り込む。


「さあ、出発だ!」


 俺は馬車を出発させる。

 30分後。


「そろそろかな?」


 ファウンテンオブエルフの町を出て、街道をしばらく歩き人影がなくなったところで馬車を停める。


「それでは、ヴィクトリアのお母さん、お願いします」

「オッケー。……『空間操作』」


 ヴィクトリアのお母さんが魔法を使い転移門を開く。


「行くぞ!」


 そして、俺たちは転移門を通り、いざ月へと向かう。


★★★


「旦那様」

「ホルストさん」

「ホルスト君」

「「「とても素敵ですね!!!」」」


 月に着いた途端、嫁たちが空を見上げながら顔を上気させて、俺に抱き着いてきた。

 側を見ると、


「ホルスターちゃん、きれいですね」


と、銀が呆けたような夢見心地な顔でホルスターを抱きしめている。


「銀姉ちゃん~」


 抱き着かれたホルスターが慌てているのが何ともかわいらしい。


 それで、嫁たちや銀が何に感動しているのかというと、空に浮かんでいる青い月である。


「あそこがね、あなたたちが今までいた星よ」


 ヴィクトリアのばあちゃんがそう説明してくれる。

 俺たちは現在月の大地に立っているわけだが、ここから空を見上げると青い月、つまり今まで俺たちがいた場所を見ることができるというわけだ。


 俺たちがいた場所は青くてとてもきれいだった。

 かなりの部分を海の青が占めるが、陸地部分を見ると大地の茶色や森の緑なども見えてとてもきれいだと思う。特に、海の青色に雲らしい白色がうっすらとかかっているのなんか、最高だと思う。


 この景色を見ただけでも月にまで来た甲斐があるというものだ。


 しばらくはそうやって青い月を見ながら感動に打ち震えていたが、やがて……。


「はい、はい、そこまでよ。そろそろ修行の旅に行くわよ」


 ヴィクトリアのお母さんがそう声をかけてきたので、俺たちは青い月を見るのを止め、目的地に向かった。


★★★


 再び『空間操作』の魔法で転移した先は、背の低い草が生い茂る草原だった。


 正直どこだろうと思った。

 俺たちから見える月というのは岩だらけの何もない大地である。

 それなのにここには草がある。


 どういうことだろうかと思い聞いてみる。


「ヴィクトリアのお母さん、ここってどこですか?」

「ここは、ね。月の裏側よ」

「月の裏側?」

「そうよ。ここは君たちが普段見ている月の裏側。君たちのいる星からは決して見えない場所ね」


 なるほど、月の裏側か。

 俺はヴィクトリアのお母さんの説明に納得がいった。

 そういえば、普段俺たちが見ている月は表側だけで、裏側は決して見ることができない、と聞いたことがあるような気がする。


 それにしても、と思う。


「月の裏側ってこんな感じなんですね。なんか不思議な感じですね。太陽の光がさしているのに空は黒色だったり、地面の石も元居た場所と違うような気がしたりと、とにかく不思議ですね」

「ふふふ、そうでしょ」


 と、ここでヴィクトリアのばあちゃんが口を挟んできた。


「何せ、この月の裏側は私が特別に仕立て上げた特別な場所なのよ。だから、私の趣味で幻想的な感じが出るように作っちゃった」


 てへ、とかかわいらしく笑いながらそんなことを言う。


 ふ~ん、幻想的にねえ。

 言われてみればそんな感じがする。


「それはそれとして、俺たちをここに連れてきたのはなぜですか?まさか観光目的というわけではないでしょう?」

「そうねえ、君たちをここへ連れてきたのはねえ。ここが地上よりも魔力が薄い場所だからよ」


 俺の問いかけにヴィクトリアのお母さんはそう答えるのだった。


「ここって魔力が薄いのですか?」

「ええ、そうよ。だから、ここって魔法の修業にぴったりなのよ。魔力の消費も激しくなるし、魔力の回復も遅くなるの。だから、一発一発気合いを入れて魔法を使わないと魔力切れを起こしちゃうから、気を付けてね」


 ヴィクトリアのお母さんは普段と変わらないのほほんとした感じでそう言ったが、俺はそれってえらいことなのでは?と思った。

 実際にまだ魔法を使っていないので何とも言えないが。


「さて、説明はこのくらいでいいかしらね。それでは行きましょうか」


 どうやらお母さんの説明はこれで終わりらしい。

 ということで、俺たちは旅立つのだった。


★★★


 月の草原は地上とは違った。


 どう違うのか具体的に説明しろ、といわれても困るのだが、とにかく違う気がする。

 多分、空が黒色なのでそんな気がするだけなのかもしれない。


 そんな俺の気分とは別に、馬車は草原の中を突っ切るように進んでいく。


 草原には道らしい道はない。

 だから、ヴィクトリアのお母さんかおばあさんが横に座って、その指示通りに進んでいる。


 目的地はどこかわからない。聞いても、


「いいから、指示通りに進んで」


としか言ってくれない。

 仕方がないので言われた通りに進んでいくと。


「ホルストさん、あれを見てください」


 御者台で俺の隣に座っていたヴィクトリアが何かを発見した。


 というか、ドーナツを食いながら話すな!口からドーナツがこぼれているだろうが!

 ちなみに、今回の旅では御者台に御者、見張り、案内役のヴィクトリアのお母さんかおばあさんという配置で進んでいる。


「それで、何を見つけたんだ」

「ほら、見てください。ウサギさんですよ、ウサギさん。かわいいです」


 ウサギ?

 ヴィクトリアの指さす方を見ると確かに白いウサギがいた。

 何かのんびりと草を食べている。


「月にいるウサギさんだから、やっぱり餅つきでもするのでしょうか」

「ウサギが餅つき?何だそれは?」

「他の世界だと、月にいるウサギは餅つきをするっていう伝承があるんですよ」

「へえ、そうなんだ」

「ああ、もうたまりません!ちょっと行ってこのドーナツをあげてきます」


 そう言うと、ヴィクトリアのやつは馬車を降りてウサギの方へ向かって行った。


「あ、このおバカ!待ちなさい!」


 そうやってヴィクトリアを止めようとするお母さんの声を無視して。

 その声を聞いた俺は、いやな予感がしたので、一応魔法の準備をしておく。


「さあ、ドーナツをあげるから、おいで」


 そう言いながらヴィクトリアがウサギに近づいて行くと、それまでのほほんと草を食んでいたウサギが豹変する。


「うがああああ」


 それまでのかわいらしい顔を脱ぎ捨て、牙むき出しの凶暴そうな顔に豹変する。

 体つきもそれまでのなよなよした感じから、筋肉ムキムキのそれに変化した。


「ひっ」


 ウサギのあまりの変貌ぶりに驚いたヴィクトリアが、その場に尻もちをつく。


「きしゃあああ」


 そのヴィクトリアを襲おうと、ウサギがヴィクトリアに迫っていく。


「『天火』」


 俺はすかさずウサギへ向かって魔法を放つ。


「ピー」


 ソルセルリに鍛えられた俺の魔法を食らったウサギは一瞬で黒焦げになる。

 ウサギは凶暴そうな外見の割には弱かった。

 まあ、所詮ウサギだしな、こんなものだろう。


 俺はウサギを倒すと、地面に座って泣きじゃくっているヴィクトリアを回収し、馬車に乗せるのだった。


★★★


「ここのウサギは『ムーンラビット』っていうの。雑食性でね、ときには他の動物を襲うこともあるの。


だから、かわいく見えても不用意に近づいちゃダメよ」


 事が終わった後、お母さんがヴィクトリアにそう注意する。

 一応ヴィクトリアはうんうん頷いてはいるが、多分聞いちゃいないと思う。


 なぜなら俺にしがみついてしくしく泣き続けているからだ。

 よほど怖かったのだと思う。


 ちなみにほかのメンバーはこの様子を馬車の中から覗き見ている。

 みんな、ヴィクトリア同様、うんうん頷いているが、エリカとリネットの心にはあまり響いていないように見える。


 なぜなら二人とも堂々と俺にしがみついているヴィクトリアを羨ましそうに見ているからだ。

 ……本当にしょうがない嫁たちだが、そこがかわいい所でもあるのでよしとしよう。


 それよりも気になったことがあるので、お母さんに聞いてみる。


「それよりもお母さん。気になることがあるのですが」

「な~に?」

「実はさっき魔法を使ったじゃないですが、その時の魔力の使用量がおかしい気がするのです。何というか、魔法を一発しか使っていないのに2,3発使ったような気がするのです。俺の感覚がおかしいのでしょうか

「いいえ。それで合っているわよ。最初にここは魔力が薄いって言ったでしょ。薄いってことは、魔法を使用する時に待機中の魔力の力を借りれないの。だから、余計に体内の魔力を使う。そういうことなの」


 その説明を聞いて、俺は何て場所に来たのだろうと思った。

 ここまで魔力の消耗が激しい場所だとは思っていなかったからだ。


 しかし、来てしまった以上はやり遂げるしかない。


 俺は修行の過酷さを悟りつつも、更なる飛躍を誓うのだった。

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