第246話~ソルセルリのとんでも発言 さあ、月旅行へ出かけるわよ!……こういう突拍子もない所はヴィクトリアとそっくりだね~

 極大魔法の修業は結構厳しかった。


「はい、そこ!まだ魔方式のブーストが甘いわよ。もっと頑張りなさい」

「はい、先生。頑張ります!」


 ソルセルリの指導を受けたエリカが良い返事を返す。


 魔法を『極大化』するには魔方式の『ブースト』という工程が必要だ。

 魔法を使用するには魔方式を展開する必要がある。これは詠唱する場合でも無詠唱の場合でも変わらない。

 エリカもヴィクトリアも無詠唱で何もせずに魔法を使用しているように見えるが、ちゃんと魔方式を展開しているのだ。


 それで、『極大化』された魔法を使用するには魔方式を展開する際に『ブースト』という作業が必要というわけだ。


 ただ、これが滅茶苦茶難しい。


 魔方式のブーストには、物凄い集中力と繊細な魔法のコントロールが必要だ。

 これができないと魔方式をうまくブーストできないのだ。

 だからこそ、ヴィクトリアのお母さんは最初に俺たちに集中力と魔力のコントロールの修行を課したのだと思う。


 さて、能書きはこれくらいにして、今は修行だ。


「あ~ん、ワタクシはもうダメです。みなさん、さようなら」


 あまりにも修業がきつすぎるので、とうとうヴィクトリアが音を上げ始めた。

 ここまできつい修行に耐えてきたヴィクトリアだったが、お母さんの修業がきつすぎてとうとう弱音を吐きたくなったようだ。


 この気持ちは俺にもわかる。

 俺も同じ気持ちだからだ。


 大体なんだよ。魔法を発動しながら魔方式をブーストするって。それが『極大化』に必要なのはわかるが、難しすぎだろ。

 幸い俺の『神属性魔法』は魔法の発動は詠唱なしで自動で行われるのでその点は楽だが、それでも魔方式をブーストさせるのは難しい。魔法の詠唱が自動ではないエリカとヴィクトリアなら尚更だ。


 だから、ちょっと甘いかもと思いつつも、ヴィクトリアを励ましてやった。


「そんな弱音を言うなよ。ヴィクトリア」

「ホルストさん」

「うまく言えないけど、みんなで頑張ってこの試練を一緒に突破しような。そして、お前のおばあさんの依頼を早く達成して、家族をたくさん増やして、幸せな家庭を築こう」

「はい、もちろんです」


 俺の言葉でヴィクトリアはやる気を取り戻したようで、


「さあ、行きますよ!」


と、張り切って練習を再開するのだった。


 こうしてソルセルリの無茶な修行に耐えながら、俺たちは日々厳しい修行を行うのであった。


★★★


 ただ、そんな厳しい修業の日々にも安らぎはある。


「今日は山でキノコ狩りね」


 ヴィクトリアのお母さんが楽しそうに出かける準備をしている。


 そう今日は山で狩りをする日だ。

 もうちょっと詳しく話すと、俺とリネットとヴィクトリアのおばあさんはエルフの森で動物を狩り、他の女性陣とホルスターは森でキノコ狩りという塩梅だ。


「それじゃあ、俺たちは狩りへ行ってくるから、エリカたちも気を付けるんだぞ」

「はい、旦那様たちもお気を付けください」


 エルフの森の入り口で二手に分かれた俺たちはそれぞれの目的地に向かうのだった。


★★★


「ワイルドボアね」


 森を奥に進んでいくとヴィクトリアのおばあさんが獲物を発見した。


 ワイルドボア。猪の魔物である。

 ノースフォートレス付近ではあまり見ない魔物だが、エルフの森ではよく見る魔物だ。

 肉はおいしく屋台では人気メニューだ。

 特にこのあたりの居酒屋さんでは、串焼きといえばまずこれを頼む人が多かった。


「リネットちゃん、頑張ってね」

「うし!」


 ヴィクトリアのおばあさんの指示でリネットが一歩前へ出る。

 どうやらリネット一人でワイルドボアを狩る気のようだ。


 茂みに潜んで、弓を構えて待ち伏せする。

 そこへヴィクトリアのおばあさんがリネットの後ろにつく。


 そして、おもむろにワイルドボアに対して石を投げつける。


「ピギ?!」


 石を投げつけられたワイルドボアが驚いてこちらを見る。

 こちらを視認するなり、ワイルドボアはこっちへ突っ込んで来る。


 その目は怒りで燃えていた。


「『超加速矢』」


 そこへリネットが必殺技を込めた矢を放つ。

 矢はまっすぐにワイルドボアへと向かって行き、グサッと大きな音を立てワイルドボアの眉間に深々と突き刺さる。


「ピー」


 脳みそにヘッドショットを食らったワイルドボアは短い悲鳴を残して絶命し、そこから2、3メートル進んだところで派手に転倒し、最終的にはドカーンと木に激突して止まった。


 実に見事な弓の腕だった。俺はリネットを褒めてやった。


「やるじゃないか、リネット。ワイルドボアを弓で一発とか、すごいじゃないか」

「へへ、そうかな」


 褒められたリネットはとてもうれしそうに笑った。

 うん、とてもかわいらしくてとても良い。


 というか、リネットの弓の腕がここまで上がっているとは知らなかった。

 俺だったら、弓でワイルドボアを一撃とかできない。

 俺たちがソルセルリの修業に頑張っている間、リネットも頑張っていたんだと知った。


「さあ、次は私の番ね」


 次はヴィクトリアのおばあちゃんが狩りをする番だ。


 ヴィクトリアのばあちゃんの獲物は、山賊鳥だ。

 こいつは鳥のくせに人間の背丈くらいにでかくて空を飛べない。

 ただ、走るのが速くて獰猛ですぐに人に襲い掛かってくることで知られている。

 人間を襲って持っている食料などを奪っていくのだ。だから山賊という言葉が名前についているのだ。

 ただ、肉はまあまあおいしかった。


「さあ、行くわよ」


 おばあさんはリネット同様に弓を構えると、ピーと口笛を吹く。

 口笛の音に気が付いた山賊鳥がこちらへ顔を向ける。


 瞬間。


 グサッ。矢が山賊鳥の頭に命中し、頭が吹き飛ぶ。同時にぱたりと山賊鳥が地面に倒れ伏す。


 これも見事な攻撃だった。

 山賊鳥は体の割に頭が小さく、おまけに素早いから頭に矢を命中させるのは非常に困難だった。

 それをあっさりとやってのけたのだから、ヴィクトリアのおばあさんも物凄い弓の腕である。


「すごいですね」

「あら、ありがとう。若い子にそんなに褒めてもらえて、うれしいわ」


 俺に褒められたおばあさんはとてもうれしそうにしてくれた。


 それからしばらくの間狩りを続け、十分に獲物をゲットした俺たちは帰ることにするのだった。

 リネットの成長具合も見られて有意義だったと思う。


 え?俺の収穫は。って?

 言わせるなよ。

 俺には二人ほどの弓の腕はない。

 だから、野ウサギを何匹か狩って満足しておいたよ。


 人間、適材適所って大事だと思う。


★★★


 エリカです。


 今日は皆で森にキノコ狩りに来ています。

 エルフの森にはたくさんのキノコが生えていると聞くのでとても楽しみです。


「エリカさん、早速キノコ見つけましたよ」


 どうやらヴィクトリアさんがキノコを見つけたようです。早速走って近寄っていきます。


 私もそのキノコを見ます。

 妙にカラフルで派手な色のキノコでした。

 あれ?疑問に思った私はヴィクトリアさんに声をかけようとします。


「ダメだよ!ヴィクトリアお姉ちゃん」


 と、私より先にホルスターがヴィクトリアさんに声をかけます。


「そのキノコ、毒キノコだよ」

「本当ですか?」

「本当だよ。だって、僕の魔法に引っかかっているんだもの」


 どうやらヴィクトリアさんが見つけたキノコはやはり毒キノコだったようです。


 派手な色の生き物には気をつけろ!

 この前、ダンジョンで毒ガエルに触りそうになったというのに懲りない子です。


 というか、いい大人が幼い子供に注意されるのってどうなのでしょうか?


「このおバカ!いい年して、軽はずみな行動して、子供に注意されているんじゃないわよ!」


 私がどうしようかと思っていると、ソルセルリ様が私の気持ちを代弁してくれました。


「痛いですう」


 ソルセルリ様に軽く頭を小突かれたヴィクトリアさんは涙目です。


 でも、まあこれでいい勉強になったと思います。

 お母さんに怒られたら、ヴィクトリアさんも少しは反省して態度を改めるかもしれませんから。


 と、まあこんな感じで私たちはキノコ狩りをし、夕方ごろに帰りました。


★★★


「さあ、どんどん焼きなさい!」

「はい、お嬢様」


 エリカの指示で社員食堂の職員さんたちがどんどん肉や野菜を焼いて行く。


 今日は、昼間狩ってきた肉やキノコ、買ってきた野菜を使ってのバーベキュー大会だ。

 ただし、俺の家族だけで食べるには量が多すぎるので、ヒッグス商会の従業員さんたちも招待している。


 まあ、ここの人たちにはお世話になっているからな。

 その感謝の意味もあるので、盛大にやる。


 俺が資金を出して酒を大量に買ってきてもらったので、飲み放題食い放題のバーベキューパーティーになった。


「わははは」

「きゃ、きゃ」


 耳をすませば会場中から笑い声が聞こえてくる。

 どうやら皆楽しくやってくれているようだ。


「銀ちゃん、ホルスターちゃん。あのワイルドボアおいしそうですね。たくさん食べましょうね」

「はい、ヴィクトリア様」

「うん、ヴィクトリアお姉ちゃん」


 ヴィクトリアのやつなんか銀とホルスターを連れて食いまわっているし。

 まあ、楽しそうで何よりだが。


 一方、俺とエリカとリネットの3人は、テーブルに座ってワインを飲みながらゆっくりと食べている。


「ワイルドボアの肉って、ワインとよく合うな」

「本当、癖になりそうです」

「この山賊鳥も悪くないね」


 そうやって大人らしく、優雅に食べていた。

 すると。


「このワイルドボア、おいしいわね。今度の旅に持って行きましょう」


 ヴィクトリアのお母さんがそんなことを言いながら、ワイルドボアの肉を弁当箱に詰めているのが目に入った。

 何だろうと、気になった俺たちは、ヴィクトリアのお母さんに近づいて聞いてみる。


「お母さん、旅どうこう言っていますが、どこかに行かれるのですか?」

「そうよ。今度あなたたちと、ちょっと遠くへ魔法修業に行こうと思っているの。だからお弁当箱に料理を詰めているの」

「俺たちと魔法修業の旅ですか?どこへ行くつもりですか?」

「月よ」


 お母さんがあまりにもさりげなく言ったので、俺たちは最初意味が理解できなかった。

 だが、時間が経ち意味が分かると、驚愕のあまり何も言い返せなくなった。


 月?月って。空に浮かぶあの月だよね。マジで?


 俺たちが正気を取り戻すにはもうしばらく時間がかかったのであった。

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