第12章~魔法の修業には、月旅行と魔人退治が最適です~

第237話~ドラゴンステーキを食べに行こう~

「お義母さん、申し訳ありません」


 ヒッグス家の商館にヴィクトリアのお母さんの魔法を司る女神ソルセルリとヴィクトリアのおばあさんの月の女神ルーナがやって来た。

 それで、俺は今ヴィクトリアのお母さんに必死になって土下座していた。


 なぜそんなことをしているのかって?

 決まっている。

 親御さんに断りもなくヴィクトリアに手を出したのだから、こうやってお母さんに謝るのは当然だろ?


 本当はヴィクトリアのお父さんにも謝りたいところだが、生憎とこの場にはいない。

 だから、こうしてお母さんに土下座して謝っているというわけだ。

 そんな俺を見て、ヴィクトリアのお母さんはクスクスと笑っている。


「ホルスト君、神殿でも言ったけど、そんな風に謝る必要はないのよ。何せ、私は恋愛自由主義者だからね。男女が愛し合って一緒になるのに本人たちの同意以外は必要ないと思っているの。だから、頭を上げてちょうだい」

「いや、しかし」

「本当、まじめな子ね。でも、私気に入っちゃったわ。ご褒美に撫でてあげる」


 そう言うと、ソルセルリは俺の頭を撫でてくるのだった。

 それを見て、ヴィクトリアたちが爆発する。


「ちょっと!お母様!ワタクシたちに断りもなく、ホルストさんに何をしているのですか!」

「そうです!ソルセルリ様といえども、他人の旦那様に勝手に手を出すのはダメだと思います」

「その通りだよ。ヴィクトリアちゃんのお母さんでも、やっていいことと、悪いことがあると思うよ」


 それを見て、ヴィクトリアのお母さんはふふふと不敵に笑う。


「あら、ホルスト君って、みんなに好かれているのね。娘の彼氏がこんなにモテモテだと、私もうれしいわ」


 そう言いながら、ヴィクトリアのお母さんはもう一度俺の頭を撫でる。

 そして、余裕の態度でヴィクトリアたちに言う。


「あなたたち、安心なさい。私は娘の彼氏を盗ったりしないから。ちょっと私の好みの子だったから、触ってみただけよ」

「セルセルり様の好みって……どんな人ですか」

「そうねえ。筋肉質でがっちりした男性が好みかな。だから、旦那様もそういう方を選んだわ」

「ちなみに、おばあちゃんもヴィクトリアちゃんのお母さんと同じ好みなの。だからおじいちゃんを選んじゃった。てへ」


 お母さんだけでなく、おばあさんまでしれっとそう言うのだった。

 というか、てへとか言うヴィクトリアのばあちゃん、何かかわいい。


 それはともかく、ヴィクトリアのお母さんとおばあさんにそう言われたエリカとリネットはヴィクトリアを見る。

 二人に見られたヴィクトリアが何か焦っている。


 そういえば……。

 俺は昔ヴィクトリアが言っていたことを思い出す。


 夜中、布団の中で二人きりの時の話だ。


「ワタクシ、ホルストさんのような筋骨隆々でたくましい人がタイプです」


 あいつは俺の胸板を頬ずりしながら、確かそう言っていた。

 なるほど、この3人は親子3代で同タイプの男を好きになったということか。

 ヴィクトリアが焦るわけだ。


 そんな風にヴィクトリアが焦っているのを見て、エリカとリネットがはあッと息を吐く。


「まあ、ヴィクトリアちゃんのお母さんとおばあさんがそういうのなら、仕方ないね」

「ええ、そうですね。まあ、お二方とも旦那様をどうこうする気はないのでよしとしましょう」


 エリカとリネットはヴィクトリアを気遣って、ヴィクトリアの好みには触れなかったが、自分の好みがお母さんやおばあさんと被っていたことを知ったヴィクトリアは、恥ずかしそうに体をもじもじさせるのであった。


★★★


 一方、その頃。

 某国の某建物。

 神聖同盟の本部にて。


「一体、何がどうなっているのだ!」


 怒り狂った盟主が、部下に対して手当たり次第に物を投げまくっていた。

 完全なる八つ当たりだが、盟主の怒りはもっともだった。


「ヴァレンシュタイン王国の北部を壊滅させるために送り込んだドラゴン軍団があっさりと壊滅し、あげく折角暴走させたエルフの森の魔樹までやられてしまうとは……これでエルフ王を魔樹に呪い殺させてエルフ国を混乱させるという計画がパーになったし、太陽の神殿の神官長という手駒を失ったことで、禁足地での4魔獣復活という計画が遅れそうではないか!」


 そう盟主の言葉通り、ヴぁれシュタイン王国北方にドラゴン軍団を送り込んだのも、エルフの森の魔樹を暴走させたのも神聖同盟の仕業だった。


 太陽の神殿の神官長を抱き込んで、エルフの森の魔樹を暴走させ、エルフの王を呪い殺し、エルフの国を混乱させ、さらにエルフの国との国境に近いヴァレンシュタイン王国北部を壊滅させ王国に混乱を生じさせ、いざという時、エルフの国に援助できなくさせる計画だったのだ。


 さらにダークエルフの王が死んで神官長がダークエルフの王になれば、4魔獣の復活もはかどるという、一石三鳥を狙った神聖同盟にとっての一大作戦だったのだ。

 それが、読者の皆様もご存じの通り、ホルストたちによってすべて阻止されてしまった。

 ということで、盟主は怒髪天を衝く状態というわけなのだ。


 それでも、ものを投げたり、部下を殴ったり蹴ったりというようなパワハラ行為を繰り返しているうちに多少は気が晴れたのだろう。

 ハアハアと息を切らせながらも、ようやくまともに部下に質問し始める。


「それで、今どういう状況になっているのか」

「は。まずドラゴンの方から報告しますと、ドラゴン共は北部砦の城壁を破壊した後、ノースフォートレス襲撃に向かったのですが、迎撃に出たノースフォートレスの冒険者たちにより迎撃殲滅されました」

「ふむ、ということは多少は軍を混乱させることができたのか。それなら、完全に失敗というわけではないのかもしれないな。しかし、冒険者共にやられたのか。そんなにノースフォートレスの冒険者は強いのか?」

「どういう状況でドラゴンを迎撃したのか詳しいことはわかっておりませんが、最近、ノースゴートレスの町には大規模な冒険者養成組織ができたとか。その成果が出たのかもしれません」

「そうか。そういうことなら、次からはそのあたりも考慮に入れて作戦を練らねばならぬな。それで魔樹についてはどうだ」

「はい」


 盟主にそう諮問された部下が手元の報告書を見て確認しながら質問に答える。


「はい、報告によりますと、太陽の神殿での儀式の最中に太陽神リンドブルが現れ、神官長に天罰を加えて去ったらしいとのことです」

「らしいとはどういうことだ」

「それが我らの味方だった神官たちが全員処刑されてしまい詳しいことは不明なのです」

「そうか。それにしても神自らが現れるとは、な。それで例の計画の方はどうなっておる」

「はい、神官共の協力が得られなくなったのは痛いですが、大分物資を運んだ後だったので計画自体の遂行は可能ですが、実行は遅れそうだ、とのことです」

「そうか。できるだけ急がせろ」


 そこまで言うと、盟主は手を振る。これは話は終わったから出ていけ、という意味だ。

 すると、「はい」という返事とともに部下が出ていく。


 部下がいなくなった部屋の中で、盟主は深く瞑想する。

 瞼が閉じているので外目にはわからないが、瞼の下の盟主の瞳は、怪しく光っていた。


★★★


 さて、ヴィクトリアのお母さんにヴィクトリアのことを許してもらえたことだし、折角来てくれたヴィクトリアのお母さんとおばあさんを歓待することにする。


 と、その前に。


「あのう、ヴィクトリアのお母さん。こうして、お母さんに挨拶できたのはうれしいのですが、できればお父さんにも挨拶をしたいのですが、何とかお会いする方法とかありませんかね」

「あら?うちの人に会いたいの?……うーん、今はやめといたほうがいいかも」

「そうなんですか?」

「何かジャスティスにヴィクトリアに彼氏がいるとか聞いて不機嫌そうだったからね。あの人、真面目で勤勉で優しくてめったに怒ったりしない人なんだけど、娘のことになると沸点が低いのよね。最悪、会ったら、君、意識失うくらいにボコボコにされちゃうかも」

「まあ、お父様ったら!ホルストさんにそんなことをしたら、ワタクシ一生口ききませんからね!」


 お母さんの話を聞いて、ヴィクトリアが怒っている。

 それを見て、お母さんがいいことを教えてくれる。


「そうね、お母さんも暴力は良くないと思うわ。だから、ヴィクトリア、そういう時はお父様にこう言っておやりなさい。『お父様には、ホルスト君のことをとやかく言う権利はないですよ』ってね」

「……お母様、それはどういう意味ですか?」

「簡単よ。お父様もおじい様たちに黙って、お母さんに手を出したからね。もちろん、二人の間に合意はあったから誰に何言われることもないわ。おじい様も、内心はどうか知らないけど、笑ってお父様のことを許してたわよ」


 その話を聞いて、ヴィクトリアは唖然という顔をしていた。


「まさか……天界でも堅物で通っているお父様がそんなことをしたのですか?」

「ええ、したわね。美しいお母様を見て、我慢できなくなったみたいよ。だから、ヴィクトリアもお父様に何か言われたら、そう言い返してやりなさい」

「はい!そうします!」


 お母さんにそう言われて、ヴィクトリアはそう張り切って言った。


 ただ、俺はなんか一抹の不安を感じた。

 だって、よく考えてみろ。

 この人、ヴィクトリアのお母さんなんだぜ。

 絶対に言うことに何か穴がありそうな気がする。

 そんな気がしたからだ。


 実際、この時の俺の不安はのちに的中することになるのだが、それはまた別の機会に、ということで。


★★★


 何か話が大分横道にそれてしまったが、折角来てくれたお母さんとおばあさんの歓待をしなければならないのだった。

 俺は二人に希望を聞いてみた。


「ところで、ヴィクトリアのお母さんにおばあさん。どこか行きたいところはありますか」

「そうねえ。おばあちゃん、下界は久しぶりだから、まずは何かおいしいものでも食べたいわ」

「お母さんもそういえばお腹が空いたわ。何か、脂っこくてこってりとしたものが食べたいわね」


 どうやら二人とも何かおいしいものが食べたいようだ。

 行きたいところと聞かれて、まず食い物屋を言い出すとか、さすがヴィクトリアの家族だと思った。

 そういえばジャスティスの奴も大飯食らいだったし、こいつの家族って、皆そうなのかと思う。

 まあ、いい。


 でも、それならどこへ連れて行こうか。

 俺が悩んでいると。


「それじゃあ、ホルストさん、あそこへ行きましょうよ」


 ヴィクトリアがそうやって口を出してきた。


「あそこ?」

「ほら、前にお兄様とも行ったことがあるヴァレンシュタイン王国の王都のドラゴンステーキのお店に行きましょうよ」

「ああ、あそこか。確かにあそこは良かったな。あそこへ行くか」


 ヴァレンシュタイン王国の王都にドラゴンステーキを出す店がある。

 確か、ジャスティスとの修行中、修行が次のステップに進んだお祝いに1回食べに行ったことがあった。

 ドラゴンの肉を惜しみなく使用してそれはそれはおいしい店だった。


「これはうまいではないか」


 ジャスティスもそう言いながら、ステーキをぺろりと平らげていた。


 ただ、その分値段も高かった。

 一人当たり銀貨数十枚くらいだったはずだ。

 完全に貴族や大商人が多い王都だから成り立っている店だ。


 だからこそ、ヴィクトリアのお母さんやおばあさんを連れて行くにはふさわしい店だと思った。


「お母さんとおばあさんもそこでいいですか?」

「いいじゃない。おいしそうだわ」

「おばあちゃんもそこがいいわ」


 ということで、話はまとまった。


「『空間操作』」


 俺は早速魔法を使って道を開き、件のドラゴンステーキ店へと向かうのだった。

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