第236話~祖母と母、来る~

 神殿の上空にいた月の女神ルーナと魔法を司る女神ソルセルリがこっちへ向かってきた。


 二人は親子で、それぞれヴィクトリアのおばあさんとお母さんである。

 多分、ヴィクトリアを探すため、あるいはすでに見つけたのでこっちの方へ来るのだと思う。


 ルーナとソルセルリは、神像の上の所まで来ると、そこで何周かグルグルと旋回する。

 それを見てエルフたちが歓喜の声を上げる。


「おお、女神様が、こんな間近に」

「今年は、すごいな。これはご利益いっぱいだな」


 などなど、言いあっている。


 それを見て俺は思う。

 喜んでいるところ悪いんだけど、その二人、多分うちの嫁を探すために降りてきただけだぞ。

 だから、特にご利益とかはないと思うぞ。


 俺がそんなことを考えていると、二人の女神が動き出した。

 二人の女神は神像から離れると、今度は観客席の上をグルグルと回り始める。


 それを見て、見つからないためだろう、ヴィクトリアは俺の背中にピタリと引っ付いてくる。


 しかし、今回の場合、逆にそれは目立つ行動だった。

 だってそうだろう。

 会場中の人が二人の女神を、まあ会場の大半の人にはただの光にしか見えていないが、必死になって見ようとしていている中で、一人だけ俺の背中に隠れるような真似をしていては、そりゃあ目立つよ。


 案の定、二人の女神は2、3周会場を回った後、その不自然さに気が付いたらしく、俺たちの方へ近づいてくる。


「ひっ」


 俺の背中に、ヴィクトリアの短い悲鳴が伝わってくる。


 何か面倒くさいことになりそうだ。

 俺の第六感がそう訴えてくるのだった。


★★★


 二人の女神が俺たちに近づいてくる。


 周囲の人には二つの光が俺たちに近づいてくるようにだけ見えているのだろうが、『神眼』を使っている俺にはわかる。

 近づいてくる二人がニヤニヤと笑っていることを。


 二人の女神は、俺たちの前まで来るとピタリと止まる。

 これにはさすがの俺もまずいと思った。

 何せ周囲にはたくさんの人がいるのだ。

 ここで何か話しかけられたら騒ぎになる!


 そう思いながら周囲を見ると、様子がおかしいことに気が付く。


「あれ、人が動いていない?」


 俺は周囲の人がピタリと眉一つ動かずピタリと止まっていることに気が付いた。

 後ろを見るとエリカたちも同じような状態だった。

 まともに動けているのは俺とヴィクトリアの二人だけだった。


 その時、女神ルーナが声をかけてきた。


「そんなに不安げな顔をしなくても大丈夫ですよ。このあたりの時間をちょっとだけ止めただけですからね」


 時間を止める?

 そんなことができるのか。

 さすが神様だ。

 俺はそう思った。


「ヴィクトリア、久しぶりね」

「ヴィクトリアちゃん、元気にしてた?おばあちゃん、ずっと会いたかったわ」


 そうこうしていると、二人の女神がヴィクトリアに声をかけてきた。

 ここまで来ると、さすがのヴィクトリアも観念したのだろう。

 俺の背中からひょこっと顔を出す。


「お久しぶりです。おばあ様に、お母様。お元気そうで何よりです」


 渋々そうやって挨拶する。


「あなたも元気そうで何よりね。それで、セイレーンとジャスティスに聞いたんだけど、その男の子があんたの彼氏?」

「へ?」


 ヴィクトリアの挨拶の後、ソルセルリが話題を急に変えてきた。

 俺は突然俺に矛先が向いてきたので、驚いて思わず変な声を上げてしまった。


 それを見て、ルーナとソルセルリがクスクスと笑う。


「別に君のことを責めているんじゃないのよ。私はね、恋愛って自由でいいって思っているから娘が誰と恋におちようとどうこう言う気はないわ」

「そうですか、それはありがとうございます」


 ありがとうございますって何だよ。

 返事をした後で、この人と話すと調子が狂うなと思った。


 ただ、お母さんもすごかったがおばあさんも負けていなかった。


「それで、ヴィクトリアちゃん。あなた、この子とどこまで行ったの?もうキスくらいはしたの?こっそりおばあちゃんに言ってごらんなさい」


 ズバリそう聞いてきた。


「えー、おばあ様。そんなことを聞かないでください。ちょっと恥ずかしいです」


 祖母に自分の恋愛事情を聞かれたヴィクトリアはモジモジし始める。

 それを見て、二人の女神がキャッキャとはしゃぎだす。


「お母様、この子もしかして」

「そうね、行くところまで行ったみたいね。あんなに幼かったヴィクトリアちゃんがすっかり大人の女性になっちゃったわね。でも、おばあちゃん、うれしいわ」


 なんかすごいことを言い合っている。

 それを聞いて、俺とヴィクトリアの顔が真っ赤になる。

 その後もしばらくの間、二人はキャッキャと騒いでいたが、やがて。


「それじゃあ、ヴィクトリアの近況も知れたことだし、お母さんたちはそろそろこの場を離れるわね」

「え、お母様たち、もう行かれるのですか?」

「そうね。おばあちゃんたちには次の予定があるからそろそろ行くわ」

「そうですか」


 それを聞いてヴィクトリアがホッとした顔になる。

 ようやく口うるさいお母さんとおばあさんがいなくなると知ってホッとしているのだと思う。


「「それじゃあね」」


 最後にそう言い残すと、二人は去って行った。

 同時に時間凍結が溶け、周囲の時間が流れ始める。


 それを見て、やっと終わったかと、俺もホッとするのだった。


★★★


「本当にお母様とおばあ様ったら。人のプライベートを探って嬉しそうにするとか、信じられないです!」


 お祭りからの帰りの馬車の中。


 ヴィクトリアがブースカ怒っていた。

 怒りのあまり、帰り道に路上の屋台で買った食い物をドカ食いしている。

 特にオーク肉の串焼きがおいしかったようで、一人で5本も平らげていた。


 まあ、怒ってはいてもおやつを食うのだけは怠らないのはヴィクトリアらしかった。

 そんな怒れるヴィクトリアをエリカとリネットがなだめている。


「まあまあ、ヴィクトリアさん。そんなに怒らなくても。お母様とおばあ様はあなたのことを心配して様子を見に来てくださったのでしょ?そんなに邪険に扱わなくてもよいのではありませんか」

「そうだよ。ヴィクトリアちゃんはからかわれたって言うけど、ヴィクトリアちゃんがちゃんと成長しているのを見て、本当はうれしいんだと思うよ」


 そうやって二人になだめられているうちにヴィクトリアもクールダウンしてきたのか。


「うーん。確かにお二人の言うことにも一理あるかもしれませんね」


 と落ち着いてきたようだ。


 多分、二人が必死でなだめたのと、何よりなだめている最中もおやつを食わせ続けたのでお腹がいっぱいになって、気持ちが静まったのだと思う。

 何にせよ、ヴィクトリアが大人しくなって良かったと思う。


 と、そうやっているうちにヒッグス家の商館に帰り着いた。


「ただいま」

「お帰りなさいませ」


 受付のマロンさんに声をかけて奥へ行こうとすると、マロンさんが呼び止めてきた。


「ホルスト様。お客様がお見えですよ」

「客?誰?」

「それが、女性の方がお二人ですね。ヴィクトリア様のご家族様だと名乗られていますよ」


 ヴィクトリアの家族?

 嫌な予感がした俺たちは急いで商館の奥へと駆けて行く。


 すると、そこにいたのは……。


「「あら、お帰りなさい」」


 ルーナとソルセルリの二人だった。


★★★


「お母様におばあ様。天界に戻られたのではなかったのですか」


 二人の姿を見て驚いたヴィクトリアは目をパチクリさせながら二人に尋ねる。

 慌てふためくヴィクトリアに対して、二人はのほほんとした様子で答える。


「え?誰も天界に帰るなんて言っていないわよ」

「そうですよ。おばあちゃんたちは、この場から離れるとしか言っていませんよ」


 二人の返答を聞いて、ヴィクトリアが愕然とする。


 俺は二人の言葉を思い出す。

 そういえば、一言も天界に帰るとは言っていなかったな。


 それを思い出し、俺もヴィクトリア同様愕然とした。


 ただ、ヴィクトリアはそれでも抵抗を続けた。


「でも、お二人とも次の予定があるとか言っていませんでしたか」

「ええ、言ったわよ。確かにお母様たちには予定があるわ。下界でヴァカンスを楽しむという予定がね」

「ヴァカンス……ですか」

「そうよ、ヴィクトリアちゃん。おばあちゃんも、あなたのお母さんももう何百年も碌に休暇もとらずに働き詰めなの。だから、たまには……ね」

「それにジャスティスから聞いたわよ。あんた、ジャスティスが来た時には色々遊びに行ったんでしょう?だったら、お母さんたちにもたまには親孝行しなさい」

「そうよ。ということで、しばらくヴィクトリアちゃんの所で厄介になるからよろしくね」


 だが、抵抗むなしく、最後はそう言われてしまうのだった。


 というか、ヴィクトリアの所ってうちだよね。

 え?ヴィクトリアのお母さんとおばあさんしばらくうちにいるの?

 それに気が付いてしまった俺は、これでしばらく平穏が訪れることが無いと悟ってしまうのだった。


 ああ、これからどうなってしまうのだろうか。


 新しく居候が増えて、俺は困惑するしかないのであった。

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