第235話~降臨祭~

 王様との謁見が済んだ翌日。

 いよいよエルフたちのお祭りが始まった。


 本当ならホルスターも連れてきたいところだが、生憎今日俺たちは上座の席に招待されている。

 ここでホルスターを連れて行ったら、どうやって連れてきたんだという話になってしまうので、それはやめておくことにした。


 そう言えば最近ドタバタと忙しかったので、ホルスターに会えていない。

 エリカのお父さんたちとも連絡できていない。

 ホルスターは寂しがっているだろうし、エリカの両親もさぞや心配していると思うので、この祭りが終わったら連絡しようと思う。


 それはともかく、今は祭りだ。

 今日行われる祭りは降臨祭というらしい。

 何でも年一回、この日だけは月の女神ルーナと魔法を司る女神ソルセルリが地上に降りてくるという。


 本当なのかと思い、ヴィクトリアに聞いてみると。


「さあ、よく知りませんね。大体ワタクシ、両親が仕事で忙しかったのであまり構ってもらえなかったんです。ですから、家族がどういう仕事しているのかよく知りません。たまにおばあ様やおじい様の所に兄ともども遊びに行ったりしていましたが、基本兄と二人でしたね。その兄もワタクシが少し大きくなったころには、お父様の跡継ぎとしてふさわしい教育をとか言って、あまり会えなくなりましたしね」

「そ、そうか」


 それを聞いて、こいつも割と寂しい人生を送って来たんだなと思った。

 俺も似たような幼少期を過ごしてきたから、ヴィクトリアの気持ちはよくわかった。

 俺はヴィクトリアの肩に手を置き、こう言った。


「変なこと聞いて悪かったな。許してくれ」

「いいえ、ホルストさんが謝ることではないです。それよりも、ワタクシは自分がそんな思いを味わって来たので、自分の子供にはそういう思いを味あわせたくないと思っています。ですから、ホルストさんも協力してください」

「ああ、そうだな。俺も自分の子供にはあまり寂しい思いをさせたくない。だから、お前のばあちゃんの依頼を片付けたら、エリカとリネットも合わせて、俺たち4人で楽しい家庭を築いて行こうな」

「はい」


 俺の意見に賛同したヴィクトリアは、最後はそうやって抱き着いてきた。

 本当、一時は話が変な方向に行きかけてどうなるかと思ったが、何とかうまい方にまとまって良かったと思う。


★★★


 さて、俺たちは降臨祭に出掛けるわけだが、何か嫁たちの気合いが入りまくっていた。


「ヴィクトリアさん、もうちょっと首を右に曲げてください。そうしないと、うまく編み込めません」

「はーい」

「銀ちゃんの髪は、アタシが編み込んであげるからね。ジッとしててね」

「リネット様、お願いします」


 そうやって朝からおめかしにいそしんでいた。

 まあ、うちの嫁たちは何かイベントがあるたびにおめかしして気合いを入れて臨むからな。

 今回は年一回のお祭りで、しかも王様の間近の席に座ることになっている。

 嫁たちが張り切らないわけがなかった。


「旦那様、出かける準備ができましたよ」


 おっと、嫁たちの方の支度が終わったようだ。

 控室からぞろぞろと連れ立って出てくる。

 そして、俺の前に整列すると、今日の衣装を見せてくる。


「お、いいんじゃないか」


 嫁たちと銀の服装はとても良かった。

 派手ではないが、初夏のお祭りに出掛けるのにふさわしい華やかな装いだった。

 髪もちゃんと編み込まれて、すっきりと整えられていた。


 これなら、お祭りで王様の横に座っても十分に通用するはずだった。


「さて、それでは出かけるとするか」

「「「「はい」」」」」


 嫁たちの準備もできたので、俺たちはお祭りに出掛けた。


★★★


「ようこそ、お越しくださいました」


 お祭りのメイン会場である2つの女神の神殿へ向かうと、神官長のネイアさんが俺たちを出迎えてくれた。


 今日は特別なお祭りの日ということもあり、ネイアさんも普段着ている地味な神官服ではなく、儀式用のあでやかな装束を着ていた。


「ネイアさん、今日は華やかな服装ですね。とてもお似合いですよ」


 当然、というか社交辞令で褒めておいた。


「そうですか?今日は大事な儀式があるのでそのための服なんですよ」

「そうなんですね」

「でも、褒めていただけてうれしいです。私、服装とかあまり褒められたことがないものですから」


 俺に褒められたネイアさんは、はにかみながらとてもうれしそうに笑った。

 多分、ネイアさんは神官だから服装とか褒めてもらった経験があまりないのだろう。

 だから、心から喜んでいるように見えた。


 と、同時に俺は背中に強烈な視線を感じる。

 視線の主は完全に嫁たちだろう。


 いや、お前たち、そんな目で見なくても。ちょっと社交辞令で褒めただけだぞ?

 だから、そんな目で見ないでくれ。というか、許してください。


 蛇に睨まれたカエル状態の俺は、ひたすらそう願うのだった。


★★★


 降臨祭の儀式が始まった。


 儀式は2つの女神の神殿の前の広場で行われた。

 広場の中央には神殿から持ち出されたルーナとソルセルリの像が置かれ、その前でネイアさんを中心とした神官団が像に祈りを捧げている。


「偉大なる月の女神ルーナと魔法を司る女神ソルセルリよ。あなた方の忠実な信徒のエルフとして願います。我らに豊饒と繁栄をお与えください」


 そうやってネイアさんが祈りをささげるのをみんなが見ている。


 そして、30分後。

 ネイアさんたちの祈りが終わった。


 ということで、メインイベントの開始である。


「さあ、『月下の踊り子団』の皆さん、始めてください」


 ネイアさんの言葉で、広場に『月下の踊り子団』の人たちが入ってくる。


 『月下の踊り子団』とは、神殿直属の神に祈りをささげるための踊り子の集団だ。

 エルフの中でも飛び切りの美男美女を集めた集団で、日々神に捧げる踊りの練習に励んでいるらしい。


 ちなみに、『月下の踊り子団』の中にも踊りのうまさによってランクというものがあるらしく、ここに来ているのは最上位のランクのエルフたちだった。

 他の人たちは、ここ以外の王都各所の踊りの会場でこの後踊りを披露するということになっているらしかった。


 『月下の踊り子団』の人たちの踊りは優雅だった。


「ここの踊りはダークエルフのと違って、動きの鋭さは控えめですが、動きが大きくて優雅ですね」

「そうですね。ここの踊り子さんたちの衣装はゆったりとしてて、ダークエルフさんたちとは別の趣きがありますね」

「うん。ダークエルフの踊りは動きが速くて、動きを追うだけで楽しかったけど、こっちのは優雅でゆっくり見てられる点がいいね」


 嫁たちの評判も中々良いようで、3人とも真剣に踊りを眺めていた。

 銀に至っては子供らしく、お菓子を食べながら手をたたいて喜んでいた。


 ちなみに、『月下の踊り子団』の人たちが今踊っているこの踊りの名称は、『月の踊り』というらしかった。

 ダークエルフたちが踊っていたのは、確か『太陽の踊り』という踊りだったはずだ。


 太陽と月。それぞれ昼と夜の象徴で対になるものである。

 だから『太陽の踊り』と『月の踊り』、この二つには何か関係がるのかな、そうも思ったが、詳しいことはわからない。

 ただ2つとも、『先祖から絶やすことのないように受け継いで行けと言われている』とのことで、大切に受け継がれていることだけは確かなようだ。


 さて、そうこうしているうちに踊りが終了したようだ。


 ネイアさんが再び神像の前に立ち、最後のお祈りを捧げる。

 例年、この最後のお祈りが終わると、神殿の上に2人の女神が現れ、しばらく神殿の上にとどまった後、また帰って行くのだそうだ。


 お、ネイアさんの最後のお祈りが終わったようだ。

 すると。


★★★


 光り輝く2つの光が天から降りてきて、神殿の上に浮いている。

 それを見てエルフたちが騒ぎ出す。


「ルーナ様とソルセルリ様だ」

「今年も我らエルフのため地上に降りてきてくださったぞ」


 口々にそう言いながら、二つの光に向かって頭を下げている。


 それに倣って俺たちも頭を下げるが、その時に俺は気が付いた。

 ヴィクトリアのやつが俺の後ろにこそこそ隠れていることに。


 セイレーンの時といいアリスタの時といい、俺はまたかと思ったが、一応事情を聞いてやる。


「おい、お前のおばあさんとお母さんだろ。久しぶりに会えてうれしくないのか」

「そんなことはないのですが、あの二人ニヤニヤと笑いながら地上を見ているので、ワタクシのことを探しているのかと。見つかったら絶対何か言われそうで。だから、こうやって隠れているのです」


 ニヤニヤ笑いながら見ている?

 光っていて俺にはよくわからないな。


 そう言えば、リンドブルの時は……。


「『神強化』」


 俺は魔法を起動し、『神眼』を使う。

 すると、二人のことがよく見えた。


 一人はゆったりとした服を着た美しい女性で、多分こっちがルーナだと思う。

 もう一人は魔法使い用のローブを着た女性でルーナより若い感じがするから、こっちがソルセルリだと思う。

 二人ともヴィクトリアそっくりだった。


 そして、ヴィクトリアの言う通り地上をじろじろ眺めていた。

 多分、ヴィクトリアを探しているんじゃないかと思う。


 と、その時変化が起こった。


 例年ならすぐに天に帰ってしまうらしい神殿の上にいた二人が、こっちへ向かってきたのだった。

 それを見て、俺はこれからどうなるのだろうとハラハラするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る