閑話休題31~オヤジ、苦悩する ああ、神よ!どうか私をお救いください!~

 ある日、ホルストの父親であるオットーはヒッグス家のご隠居様ことエリカの祖父のセオドアに呼ばれた。


 従者に馬の口を引っ張ってもらいながら騎乗してヒッグス家の屋敷に向かう。


「ご隠居様に呼ばれたので来たのだが」

「これは魔法騎士団長様。お話はお伺いしております。さあ、どうぞ中へ」


 門番に来訪を告げ、屋敷の中へ入れてもらう。

 入り口横の馬小屋に馬と従者を待たせた後、一人歩いて屋敷の離れに向かう。


 屋敷の離れはセオドアとその妻のメアリーの隠居所として使われており、二人はここで寝起きし食事をとっている。

 もっとも、メアリーの方はひ孫のホルスターが遊びに来るたびに、セオドアを放っておいて自分だけ本宅の方へ遊びに行っているので、特に昼間は離れの方にいないことが多い。


 ちなみに今日もホルスターが来ているらしく、メアリーは本宅の方へ行っていて離れにはセオドアしかいないという話だ。


 離れに向かう道すがら、オットーは本宅を見てぼやく。


「ああ、私もたまには心行くまで孫の相手をしたいものだ」


 だが、それはできない相談だった。

 セオドアとオットー、オットーの妻のカイラはホルスターに対して面会制限を食らっているからだ。


 だから孫のホルスターにはたまにしか会うことが許されていない。

 確か、もうすぐ面会日だったはずだ。それまでの我慢だ。

 そう思いながら、オットーは寂しい気持ちで離れに向かうのであった。


★★★


「よく来たな。オットー」


 離れの応接室に行くと、セオドアがオットーを出迎えた。

 オットーが席に着くと、


「お茶をお持ちしました」


離れ担当のメイドがすぐにお茶を持ってきてくれる。

 二人でそれを飲みながら、話を始める。


「聞いたか?オットー」

「何をですか?」

「うちの娘のところが、いや娘だけではない。ユリウスのところもメアリーも、このわしを放っといてこの前旅行に行ったんだ」

「そうなのですか?」

「そうなのですかと、お前が言うということは、お前も誘いは受けてないんだな」

「誘いどころか、旅行に行ったという話も今聞いたところです。詳しく話してもらえますか」

「うむ」


 そこまで言うと、気分を落ち着かせるためだろう、セオドアは一口お茶を飲んで

唇を濡らしてから話を再開する。


「実はな。この前娘たちが家族旅行に行ったのだ。エルフガーデンの別荘へ、な。お前のところの息子たちと一緒にな。ホルスターと釣りをしたりバーベキューをしたりしてとても楽しかったそうだよ」

「それはまことですか」

「ああ、本当だ。しかも完全にこのわしを無視してだ。一言くらい誘ってくれてもいいと思うのに、それもなかったのだ」


 そういうセオドアの目は怒りに染まっていた。

 自分もホルスターと遊びたかったのに、という感情が瞳に満ち溢れていた。


 それを見てオットーは思う。


 いや、そんな目で見られても困るんですけど。そもそもうちへは旅行の連絡すらなかったんですけど。

 それどころか、私たち夫婦、完全に息子たちにハブられていて、まともに口も聞いてもらえないんですよ!


 ご隠居様の方がレベッカやトーマスが話してくれるだけましですよ!

 だから私にこれ以上苦情を言わないでください!


 自分の方がよりひどい目に遭っていると感じながらも、そこは自分の方がはるかに立場が弱いことを理解しているオットー。


 ああ、宮仕えとはかくもつらきことか!本当、世の中とは理不尽なものよ!


 そんな言葉とともに心の中が涙であふれて行くのを感じながらも、オットーは仕方がなしにセオドアと話を合わせに行くのだった。


「まあ、確かにひどいですよね。でも我々はご隠居様のお嬢様の怒りを買っていますからね。中々、扱いを改善するのは難しいと思いますよ」

「そう、それだ!これは全部レベッカを怒らせてしまったせいだ。だから、お前レベッカの怒りを鎮める方法を何か考えろ!」

「え?!」


 この人、何無茶なことを言っているの?と、私は思った。

 そんなの無理に決まっている。


 というか、怒っているのはレベッカだけではない。

 ご隠居様の奥様のメアリー様やトーマスにうちの息子、息子の嫁のエリカも私たちの仕打ちに対して怒っている。

 口にこそ出さないが、エリカの兄夫婦も怒っていると思う。


 それらの人たちが許してくれなければ、レベッカが自分たちを許すことなどありえないのだ。


 ただ、権勢を失ったからといってご隠居様に逆らえるものではない。

 何とかごまかすことにする。


「お嬢様の怒りを鎮める方法ですか。それはもうひたすら謝るしかないのですか?」

「何を言う。すでにかなり謝っているではないか」


 確かに謝っているだろうが、全然許してもらえていないんだろう?

 ということは謝ったぐらいでは許してもらえないってことなんだよ。

 私だって死ぬほど謝ったけどダメだったんだ!


 ちっとは理解しろよ!このボケ!


 ご隠居様の言い訳を聞いて私はそんな悪口をご隠居様に言ってやりたくなったが、もちろん小心者の私にそんなことができるわけがなく、その悪口は心の中でだけにしておいて、ご隠居様の説得を続ける。


「その通りです。しかし、こういうことは焦ってはいけません。ひたすら謝って十分に誠意を示し続ける必要があります。それしか道はありません」

「謝って誠意を見せるか。具体的に何をすればいいのだ」

「そうですね。何かあればご機嫌取りに贈り物を贈るとか、気遣いの言葉を贈るとか、そういう細かいことで誠意を見せるしかないと思いますよ」

「ふむ、確かにオットーの言う通りだな」


 私の言葉を聞いてご隠居様は納得してくれたようだった。


 まあ、そんなことくらいでホルストたちが許してくれるわけはないと思うが、何とかお隠居様をなだめることには成功したようなので、ご隠居様もこれ以上は何も言わないだろう。


 そう考えた私はホッとした。


 しかし、それも束の間。すぐにご隠居様が別の話をし始めた。


「だが、わしは他にもいろいろ思うことがあるのだ。この前のホルスターの誕生日の時も……」


 今度は一転、ご隠居様は愚痴を言い始めた。

 しかもその愚痴はねちねちくどくどしていて、聞いているだけで鬱になりそうなものばかりだった。


 仕方ない、もう少し我慢するとするか。

 こうなった以上、私にはご隠居様の愚痴を黙って聞くしか選択肢は残っていなかった。


★★★


 結局ご隠居様の愚痴を2時間ほど聞かされた。

 その帰り道。


「はー」


 私は馬上でため息をついていた。


「何だよ。これから月1回レベッカにどうすれば許してもらえるかという作戦会議をするって。そんなのしても無駄なのは決まっているし、うまく行かなかったら今日のような愚痴を毎回聞かされるに決まっている。もう、いやだ。どこかへ逃げ出したい」


 というのも、これから毎月レベッカにどうしたら許してもらえるかという作戦会議をするから屋敷へ来いとご隠居様に言われてしまったからである。

 そんなの無理だし、そうなるとただご隠居様の愚痴を聞かされるだけの会議になってしまう。


 私はこれから始まる月一の会議のことを考えると、ただ絶望するしかないのであった。

 ああ、神!どうか私をお救いください!


 私は心の中で必死にそうお願いするが、もちろん神からの返事はない。


「どうして私がこんな目に遭わなければならないんだろう」


 そして、神にさえ見捨てられた私には、心を真っ黒にしたままトボトボと家に帰るしか道はないのであった。

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