第218話~『黒き双頭の蛇』を探し出せ!~

ネイアさんの依頼でエルフの王都を出発してから数日後。


 俺たちはコーカサス山脈の山中をさまよっていた。

 コーカサス山脈はエルフの王都『ファウンテン オブ エルフ』から西にある山脈で高く険しい山がそびえたっていることで知られている。


 俺たちはパトリックを駆って近くの町までやってきて、そこのギルドにパトリックを預けてここまで歩いてきたわけだ。


「しかし、ここは岩と背の高い草だらけですね」


 歩きながらヴィクトリアがそんなことを言う。

 確かに、山に入るまではエルフの森が続いていて、木々が生い茂っている光景が垣間見えていたが、山に入った途端一転して岩と草だらけの殺風景な景色に遭遇することになった。


 とはいっても、草の影からは小動物の反応があるので、生命の息吹は感じることはできる。

 多分、それらの小動物を狙う肉食獣なんかもいるものと思われる。


 俺はかがんで地面に落ちている石を一個拾って分析してみる。


「ふーん、結構硬い石だな。間違って岩にたたきつけられたりしたら痛そうだ。魔物とかにあったら、そういう状況にならないように注意しなきゃな。と、敵だな」


 そんなことを考えていると敵が出たので、全員が武器を構える。


「ふーん、ソウルイーターか」


 敵は人の魂を食うという魔物ソウルイーターだった。

 ソウルイーターは志半ばで倒れた人の魂がアンデッド化したとされる存在だ。

 多分、こいつも山中で倒れた旅人か冒険者の魂がアンデッドになったのだろうと思う。

 結構強力な魔物で、こいつに殺されたら魂を食われるという話だ。


 普通なら強敵なのだろうが、うちにはこういうのの相手が得意なやつがいる。


「ヴィクトリア、出番だぞ」

「待ってました!『聖光』」


 ヴィクトリアが聖属性の攻撃魔法を唱える。


「ぎゃあああ」


 すると、『聖光』の魔法をもろに食らったソウルイーターが急激に薄れていきあっという間に消え去ってしまった。


「すごいじゃないか、ヴィクトリア。ソウルイーターを一瞬で消し去るとか。大分腕を上げたな」

「そうですか?まあ、毎日エリカさんと訓練していますからね。その成果が出たんだと思います」

「そうか、そうか。偉いぞ。ご褒美に頭を撫でてやろう」


 そう言いつつ、頭を撫でてやると、ヴィクトリアは体をくねくねさせながら俺にくっついてきた。


 しばらくはそのまま撫でてやっていたのだが、そのうちにある視線を感じて俺の手がピタッと止まる。

 もちろん、視線の主はエリカとリネットだ。

 見ると二人とも羨ましそうに俺たちのことを見ている。


 仕方ないので、二人を手招きする。


「お前たちも頑張って訓練しているもんな。そのご褒美に頭を撫でてあげるから、こっちへ来いよ」

「「喜んで」」


 俺がそう言ってやると、ヴィクトリア同様、俺にくっついてくるのだった。

 もう本当にしょうのない嫁たちだが、そこがかわいいポイントでもあるので、俺は満足した。


★★★


「さて、問題はこの広い山の中からどうやって『黒き双頭の蛇』を探し出すか、だな」


 嫁たちをひとしきりかわいがった後、正気に戻った俺は、これからどうしようかと悩んだ。

 一応ネイアさんに聞いてきた話によると、『黒き双頭の蛇』は山の中でも奥まった場所である『黒き渓谷』という場所にいるらしかった。


「しかし、それだけの情報だと、実質ノーヒントですね」

「エリカの言う通りだな。何せ『黒き渓谷』という所はかなり広いらしいからな」


 そうなのだ。『黒き渓谷』という場所は結構広いらしく、普通に全部を捜索しようと思えば半月やそこらはかかるという話だ。


「あれを使うしかないんじゃないですか?」


 悩んでいる俺にヴィクトリアがそう声をかけてきた。


「あれ?」

「そう、あれです。ということで、銀ちゃん、お願い!」

「畏まりました、ヴィクトリア様。……この周囲に住まう我が眷属よ。白狐の娘たる銀が命じます。我が下に集まれ」


 どうやら、あれとは銀の眷属である狐を使うことであったようだ。


 ヴィクトリアの指示で銀が眷属たちに声をかける。

 すると。


★★★


 30分後。


 俺たちの目の前には200匹ほどの狐たちが集まって来て、平伏していた。

 というか、狐ってどいつもこいつも本当に礼儀正しいな。

 やはり銀、いや銀のお母さんの白狐の威厳はそれほど大きいのだと思う。


 それはともかく、これで全員揃ったみたいだし、早速話を開始する。


「私は狐族の長白狐の娘の銀と申します。この中で代表となる者は誰ですか?」


 銀が問うと、一匹の狐が前へ進み出る。


「手前でございます」

「そうですか。名は?」

「エダマメと申します」


 このあたりの狐たちの長はエダマメというらしかった。


「それで銀様、今日はどのようなご用件でしょうか」

「実は私のお仕えする女神ヴィクトリア様が、『黒き双頭の蛇』の抜け殻をご所望です。何か知っている者はいますか」

「『黒き双頭の蛇』ですか」


 『黒き双頭の蛇』と聞いて狐たちがざわつく。

 それを見て、俺はこいつら何か知っているな、と思った。


「何かご存じなのですか?例えば、どこにいるかとか」

「はい。存じております。『黒き双頭の蛇』は黒き渓谷の東の尾根の中腹にある洞窟におります」

「そうですか。では、誰かそこに案内していただけますか」

「案内ですか。それは手前がしても構わないのですが、あそこへ行くのは危険ですぞ」

「そうなのですか?『黒き双頭の蛇』とはそんなに危険な存在なのですか?」

「いえ、そうではありません。確かに『黒き双頭の蛇』もそれなりに強いと聞きます。ですが、奴はとても臆病なので強いものが近づくとすぐに逃げ出します。銀様や女神様が来るとなれば一目散に姿を隠すでしょう」

「それでは何が問題なのですか」


 その銀の問いかけに、エダマメが改まった口調で答える。


「実は、そのあたりは黒龍の縄張りなのです」


★★★


「実は、そのあたりは黒龍の縄張りなのです」


 銀の問いにエダマメはそう答えた。


「黒龍?ですか」

「はい。奴はドラゴンの上位種族で黒き渓谷の東半分くらいを縄張りにしています。奴は非常に凶暴で、自分の縄張りに侵入してきたものを情け容赦なく襲って食うのです。我らの仲間にも襲われた者は数多く、みな奴のおやつとして食われてしまっています」


 そうやって黒龍のことを語るエダマメの顔は恐怖で歪んできた。

 まあ、上位種の龍に襲われれば狐などひとたまりもないから気持ちはわかる。


 しかし、俺たちもこの程度のことで諦めるわけにはいかない。


「お前たちの事情は分かった。だが、俺たちもそのくらいで諦めるわけにはいかない。黒龍は何とかしてやるから、案内してくれないか」


 俺の言葉を聞いてエダマメは一瞬正気かという顔をして銀の顔を見る。

 それに対して銀は優しく微笑み返す。


「大丈夫ですよ。ホルスト様は女神ヴィクトリア様の旦那様です。黒龍なんかよりもずっと強力な魔物を何体も討伐された方ですよ。ホルスト様が請け負ってくださるのなら心配しなくても大丈夫ですよ」

「そうなのですか。そういうことでしたら」


 銀の話を聞いてエダマメはようやく俺たちに協力してくれる気になったようで、『黒き双頭の蛇』について色々話してくれるようになったのだった。


★★★


 翌日、俺たちのパーティーとエダマメは黒き渓谷の東の尾根に来ていた。


「お、あいつだな」


 空を見上げると、噂の黒龍が悠々と空を飛んでいた。

 この周辺で俺の敵はいないという余裕が感じられる飛び方で、正直気に食わなかった。


 まあ、それはいい。

 あいつは探索の邪魔だから、さっさと倒す。

 今やるべきことはそれだけだ。


「みんな、準備はいいか?」

「「「「はい」」」」


 俺たちは武器を構えて、黒龍を討伐する準備に入るのだった。

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