閑話休題27~その頃の妹 更なる窮地編~

「最近、急に生活の質が良くなったね」


 修道院の廊下の片隅でここのシスターの子たちがそう噂していた。

 確かに彼女たちの言う通りだった。


 ここでの生活でよくなった点は色々あるが、まず修道院のボロかった建物がきれいになった。

 長年雨風にさらされて薄汚れていた壁は、創建時の白さを取り戻した。


 雨漏りがひどかった屋内も、きっちりと屋根が直されて、雨どいなども新しいのに変えられて屋内に雨水が侵入する余地がなくなってからは、一切雨漏りなどしなくなった。


 隙間風がひどくて、夜になると寒くて堪らなかった屋内の各部屋も、きっちり窓枠が直され、壁の破損個所も修復され、隙間風が入らなくなり、窓ガラスも新しくて分厚いものになってからは、随分と暖かく過ごせるようになった。


 井戸なども水の出が悪くなっていたのを掘り直してくれて水の出が良くなったし、井戸の滑車も新品に変えてもらったので、水汲みも楽になった。


 おまけに修道院の礼拝堂も新調されたといっても過言でないほど直され、クリント様の神像はピカピカに磨かれ、椅子も新しくなり、壁にはめられたステンドグラスもより高級品が使用されている。


 それを見て、私レイラ・エレクトロンは思う。

 兄貴の奴。いったいこの修道院を直すためにいくらお金をかけたのだろうかと。


 修道院長たちが派遣されてきた大工さんたちに聞いても、


「心配しないでくだせえ。ホルストの旦那から徹底的に直してくれと言われておりますし、そのための費用も十分にいただいておりますので。修道院長様たちはドンと構えて見ていてくださるだけで大丈夫です」


と言って、決して教えてくれなかったそうだ。


 それに良くなったのは建物だけではなく、食事事情もだ。

 兄貴がくれた野菜の種の中には冬でも収穫できる野菜のものもあった。

 おかげでスープに入れる野菜の量が増え、多少腹が膨れるようになった。


 後、これは一時的なものだと思うが、パンの量が増え、スープに多少肉や魚が入るようになった。

 これは兄貴が大量の小麦や干し肉や干し魚をくれたからだ。

 だから、それが残っているうちは当分この状況は続くと思われる。


 それと、私たちが着るシスター服も質の良いものになった。

 生地が分厚くなり、寒さをしのぎやすくなった。

 これは兄貴が派遣してくれた大工さんたちが、兄貴に託されたと言って持ってきてくれた布で作ったものだ。

 おかげで、少しは修行の辛さも和らいだとみんな大喜びだ。


 それに、外では英雄とまで謳われる兄貴がここへ多額の寄付をしたとの噂が広がって、兄貴に助けられた人たちが寄付してくれるようになったらしく、修道院の運営も以前より楽になったそうだ。


 兄貴のおかげで、この修道院は大いに助かったわけで、修道院長はじめ、修道院の偉い人はもちろん、ここに来たばかりの見習いのシスターの子たちまで大喜びだ。


 ということで、うちの兄貴はここの修道院では完全に聖人扱いだ。


「さあ、皆さん。ホルスト様のためにお祈りしますよ」


と、うちの兄貴のために毎朝お祈りするようになったし、


「よくできましたね」


と、うちの兄貴の石像をみんなで協力して作って飾っておく始末だ。


 まあ、それはよい。

 兄貴のおかげでここの人たちが助かったのは事実なのだから。

 問題なのは、そのせいで私に実害が及んでしまったことだ。


★★★


「シスターレイラ。あなたのお兄様はとてもご立派な方だというのに、あなたときたら。あなたもお兄様に負けないくらい立派にならなければなりませんよ」


 朝の滝行が終わり、さらに神様へのお祈りと朝食が終わった後、私とフレデリカの二人は修道院長による特別授業を受けていた。


 ちなみに私たち二人以外の子たちは休憩時間でのんびりしている。

 実に羨ましい限りだ。


 兄貴に多額の寄付をしてもらった修道院長は、兄貴の頼みである私の更生に物凄く使命感を持ったようで、物凄く熱を上げている。


 え?なんで私の更生のはずなのにフレデリカまで一緒なのかって?

 そんなの、私とフレデリカが一蓮托生だと思われているからに決まっていますわ。

 フレデリカは、


「何で私まで」


と、愚痴っていたけど、あんた、私と組んで今までいろいろやって来たじゃない。


 今更逃がさないからね!


 まあ、フレデリカはこう見えても友達思いな所があるので、愚痴を言いつつも私に付き合ってくれるみたいだけど。


 それはともかく、問題は修道院長の特別授業の方だ。


「さあ、あなたたち。ちゃんと神様と向き合うのですよ」


 特別授業は瞑想から始まる。

 修道院長室に敷かれた薄いカーペットの上で1時間ほどひたすら瞑想するのだ。


 しかも正座で。


 正直1時間も正座したら足がしびれて堪らない。

 その上、瞑想中ちょっとでも動くと修道院長の叱責が飛んでくる。


「瞑想中に余計なことを考えてはいけませんよ!」


 そう言うと、『精神注入棒』と呼ばれる棒でピシッと軽く肩をたたかれる。


 これがたまらなく辛い。

 別に棒でたたかれること自体は、まあ棒で肩を触られる程度のことなので、まったく痛くもかゆくもないのだが、棒で肩を触られると、しびれた足に滅茶苦茶響くのだ。

 これが辛くてたまらないのだ。


 なので、瞑想中は私もフレデリカもこれをされないよう必死だ。

 一心不乱に神様のことを考え、心の中で神様のありがたい言葉を唱え続けた。

 こうしておけば、多少気がまぎれるし、他の余計なことを考えると気が緩んで『精神注入棒』の餌食になるのでそうしている。


 完全に修道院長の思惑に乗せられているが、背に腹は代えられないので仕方なかった。


「さあ、瞑想の時間は終わりですよ。授業に行きますよ」


 瞑想が終わった後は他の子たちと一緒に授業の時間だ。

 普通なら一息つけそうな時間だが。


「授業に手を抜くなど許しませんよ」


 私たち二人の後ろには修道院長がピタリと座って、私たち二人を監視していた。

 これが息苦しくてたまらない。

 少しでも手を抜いていたのがばれると、後でお説教タイムが待っている。

 おまけに、私たち二人だけ毎日その日習ったことについて小テストが行われる。

 これで合格点を取れなければ、やはりお説教タイムが待っている。


 ということで、私もフレデリカも必死で勉強した。

 人生でこんなに勉強したのは初めてだというくらいした。

 おかげで、神様について知らなくてもいい知識までついてしまった。


「本当、こんな神様の家系図とか覚えて何になるのかしら」


 修道院長に聞こえない程度の小声でそんなことを言いながら、神様の家系図を覚えていく。


「えーと。これがクリント様で、こっちがその奥様のアリスタ様。で、こっちが息子のマールス様で、その奥様のソルセルリ様。で、お孫様のジャスティス様。……あれ、このジャスティス様と同じ顔の人、最近どこかで見た気がする。どこでだったんだろう。……まあ、思い出せないし。どうでもいいか」


 と、こんな感じで授業は進んでいき、午前の授業が終わると昼食の時間だ。

 だが、ここでも私たちに安らぎの時間はない。


「さあ、二人ともお行儀よく食べなさい」


 修道院長が私たちについて、礼儀作法を細かくチェックされるからだ。

 食事くらいゆっくり食べさせてほしいものだが、修道院長が許してくれないのでどうしようもなかった。


 昼食の後は再び授業があって、それが終わると掃除の時間だ。


「さあ、廊下がピカピカになるまで磨くのですよ」


 ここでも、当然のように私たち二人は監視され、少しも手を抜くことは許されなかった。

 毎日毎日、床が鏡のようにピカピカになるまで磨かされた。

 掃除が終わると、皆と一緒に神様にお祈りし、その後遅い夕食となる。


 そして、その後は。


「さて、瞑想のお時間ですよ」


 と、再び、正座をしての瞑想が始まり、それが終わると。


「聖書の写経のお時間ですよ」


 聖書の写経をさせられた。

 しかもこれには修道院長の審査があり、それに通らないと何度でもやり青しだ。


「まあ、今日はこれでいいでしょう」


 幸いなことに今日はすんなりと審査に通ったみたいだった。本当に良かった。

 そして、一日の最後に行われるのは件の小テストだ。

 これは筆記ではなく、口頭で行われる。

 まあ、修道院長もそこまで暇ではないので、毎日テストを作る暇はないみたいなのでこうなっている。


「クリント様の奥様のお名前は?」

「アリスタ様です」

「マールス様には何人ご子息がいますか」

「ジャスティス様お1人です」


 と、そんな感じでテストは進んでいく。

 今日は昼間頑張った甲斐があって、何とかこなしているが、前に失敗したときはひどい目にあった。


「これを全部ですか」

「そうですよ」


 そんな感じで休日に莫大な課題を出されたのだ。しかも一日で終わるような量でなく、何日も休日がつぶれる羽目になったのだった。それでなくても、休日にも特別講義を受けさせられて、時間が倍というのにだ。


「さあ、今日は終わりです。早く寝なさい」


 テストが終わると私たちはようやく修道院長から解放される。

 遅いお風呂に入った後、寝室に直行し、後は眠るのみだった。


★★★


 その日の夜中。

 私は布団の中で悔し涙を流していた。


「何で私がこんな目に!」


 刑務所のように一日中きっちりと管理される生活は私には辛く、気が滅入りそうになっていた。


「それもこれも、兄貴のせいだ!」


 私は私をこんな生活に追い込んだ兄貴を恨んだ。

 兄貴が修道院長にあんなことを頼んでさえいなければ、ここまで厳格に管理されることはなかったはずなのだ。


「くそ兄貴!今に見てなさいよ!ここから出られたら、絶対に復讐してやるんだから!」


 こうして私は、性懲りもなく、再び兄貴への復讐を誓うのだった。

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