第190話~年忘れ餅つき大会~
ある日、俺はギルドマスターのダンパさんに呼び出された。
「ホルスト殿、ちょっと相談があるんだが」
ギルドについて早々ギルドマスターの執務室に通された俺はダンパさんにそう話を持ち掛けられた。
「何でしょうか」
「実はね。今度、冒険者ギルド主催で社会貢献活動をしようと思うんだ」
「社会貢献ですか?」
ダンパさんに突然そんなことを言われて、俺は何を言いだしたんだろうと思った。
社会貢献。
それをするのは結構なことである。大いにすればいい。
ただ、冒険者ギルドがそういうことをしているのはあまり聞いたことがない。
だから、どういう風の吹き回しだと思ったわけだ。
「そうなんだ。実はね。この前、ノースフォートレスの市長と会ったんだけどね。その時にね。『冒険者ギルド、最近大儲けしたらしいですね。それなら、何か社会貢献活動でもしたらどうですか』って言われたんだよ」
「なるほど」
ダンパさんの説明を聞いて俺は納得した。
そういう事情なら、冒険者ギルドも何かしないわけにはいかないだろう。
この町の市長は国から派遣されてきた役人だ。
その意向を無視したりしたら、今後冒険者ギルドが冷たくされるなんてことも考えられなくもないからな。
ここは、俺がダンパさんの立場でも、意向に従っていたと思う。
「それで、俺に相談したいこととは?」
「実は、社会貢献に何をしようか、ギルド内で検討中なんだ。でも、いい意見が出てこなくてね。それで、ホルスト殿に聞きたいんだ。結構あちこちに行っているホルスト殿なら、何かいいイベントを知っているんじゃないかと思って、聞いてみたくて呼んだんだ、今、年末だからね。色々とイベントやっているでしょう?だから、どうせなら、他でやっていないイベントをやってギルドのアピールをしたいんだ。何か、アイデアはないかい?」
「うーん。そうですね」
なるほど、折角やるなら目立つことをしたいということか。
そういうことならば、と俺はしばし考えてみる。
今は年末で、他にはやっていないようなイベントか……そうだ!あれ何かいいんじゃないか。
「一つ、いいのがありますよ」
そして、俺はダンパさんに思いついたことを話すのだった。
★★★
数日後、俺はヒッグスタウンの聖クリント孤児院の前にいた。
周囲にはうちの家族の他にヒッグスタウン上級学校のボランティア部の子たちもいた。
俺たちを代表して、部長のライラが孤児院の扉をたたく。
「はい」
すると、孤児院の責任者であるシスターマリアが出てきた。
「こんにちは。ヒッグスタウン上級学校のライラです。約束通り迎えに来ましたよ」
「まあ、この度は誘っていただきありがとうございます。子供たちの準備の方はできておりますので、早速参りましょうか」
そう言うと、マリアさんが中の子供たちに呼びかける。
それに伴い子供たちが出てきて、そのまま孤児院を出る。
しばらく歩いてエリカの実家に行くと、そこに設置してある転移魔法陣に入る。
この魔法陣は『空間操作』を使って俺が設置したものだ。
別に俺の魔法で直接移動してもいいのだが、俺が転移魔法を使えることはなるべく秘匿しておきたかったので、転移魔法陣を作ったわけだ。
ただ、この魔法陣は簡易的に作ったものなので、そんなに長持ちはしない。
せいぜい1日か2日の寿命だと思う。
でも、それでよい。今回使うだけのものだからだ。
それで、転移魔法陣を抜けた先は……。
「ここがノースフォートレスの町ですか。私初めて来ました」
ライラがそんなことを呟く。
そう。ここはノースフォートレスのヒッグス家の別荘だった。
★★★
「やあ、ホルスト殿。よく来てくれたね」
ヒッグス家の別荘を出た後、俺たちは会場へ向かった。
何の会場かって?
ギルドのイベントの会場だ。場所は冒険者ギルドが誇る大規模訓練場の野外訓練場だ。
そして、到着するとダンパさんが俺たちを出迎えてくれたというわけだ。
「どうも、こんにちは。ダンパさん。それで準備の方はどうですか?」
「うん、ばっちりだよ。それもこれもホルスト殿が臼やきねやもち米なんかを手に入れて来てくれたおかげだよ。これで、何とか餅つき大会ができそうだよ」
そう。ダンパさんの言う通り今日やるのは餅つき大会だ。
しかも、ノースフォートレスの孤児院の子や初級学校の子を集めて盛大にやるらしかった。
餅つきなんて、ノースフォートレスではうちの家族以外では誰もやっていないからな。
そのうちだって、せいぜい町内の人を誘って小規模にやって作った餅を近所に配るくらいしかしていないから、ノースフォートレスの町でお餅の存在を知っているのはごく少数だった。
だから、ダンパさんも興味を示してやってみようということになったわけだ。
なお、餅つき大会で使う器具や食材なんかは、俺がフソウ皇国のナニワの町まで行ってすべて買ってきた。
「ヴィクトリア、買った分はすべて収納リングへ入れろ」
「ラジャーです」
一人だけ一緒に連れて行ったヴィクトリアに荷物を持たせると、ノースフォートレスへ帰還し、ダンパさんに荷物を引き渡したというわけだ。
「ホルスト殿、恩に着るよ」
山積みにされた荷物を見て、ダンパさんは大いに喜んだ。
喜ぶダンパさんを見て、俺は一つ思いついたことを頼んでみることにした。
「ところで、ダンパさん一つお願いがあるのですが」
「何だい?」
「実は餅つき大会に、この町の子ではないんですが、俺の知り合いの孤児院の子たちも参加させたいのですが」
「何だ。そんなことか。別に構わないよ」
ということで、ボランティア部の後輩たちや聖クリント個人の子たちもこうやって餅つき大会に参加しているというわけだ。
さて、会場の方の準備は万端なようなので、いよいよ餅つき大会が始まる。
★★★
「よいしょー」
「ほい」
「よいしょー」
「ほい」
餅つき大会が始まると、会場のあちこちからそんな威勢のいい掛け声が聞こえてきた。
会場には7つほど臼が用意され、それぞれに大人が一人ついて、子供たちがもちをつくのを見守っている。
「ボウズ、ちゃんと腰を入れて餅をつくんだぞ。ふらふらすると危ないからな」
「うん、わかった」
大人がそうやって指導してやりながら、子供たちがそれぞれ一人数回ずつ餅をついている。
「うん、実にいい光景だな。俺も骨を折った甲斐があるというものだ」
その光景を見て俺は満足するのだった。
ちなみに、餅つき大会を催すにあたって、一度予行演習をした。
もち米を蒸す作業なんかは訓練場の食堂のおばちゃんがやってくれるのだが、彼女たちはもち米など蒸した経験がなかったので、エリカがやり方を教えた。
後、子供たちに指導している指導員、まあギルドの職員が駆り出されてやっているのだが、彼らも餅のつき方など知るはずがなかったので、俺が教えた。
予行演習のおかげで、餅つき大会は順調に進み。次々に餅ができていく。
それで、その出来上がった餅はどうしているのかというと。
「さあ、さあ。甘いお汁粉はこっちだよ」
「お雑煮を食べたい子はこっちへおいで」
「焼き餅はこっちだよ」
すぐに調理場に運ばれ、餅を使った料理へと化けるのであった。
子供たちはそれを自由に食べていいことになっているので、皆美味しそうに食べている。
もちろん、俺たちも遠慮なくいただく。
何せ、ダンパさんに預かった予算に俺のポケットマネーを足して、材料は大量に買い込んできたからな。
会場にいる千人以上の子供が食べきれないくらいの量がある。
だから、遠慮せずに食う。
「きな粉の焼き餅。おいしいですね」
「はい、ヴィクトリア様」
「アタシは甘いのもいいけど、お雑煮も好きなんだよな」
「ホルスター、お汁粉、おいしい?」
「うん。ママ、おいしいよ」
作った餅は出来立てでとてもおいしく、うちの家族にも好評なようだ。
「ライラお姉ちゃん。お餅ってこんなにおいしいんだね」
「そうだね。おいしいね」
「おいしいのはいいのですが、よく噛んで食べないとのどに詰まらせますから、よく噛みなさいよ」
「は~い」
当然、俺たちが連れてきた孤児院の子たちにも好評なようだし、マリアさんに至っては子供たちによく嚙めと注意するほどだ。
さすが、シスター。よくわかっていると思った。
ちなみに、俺はもち料理の中ではアンコをのっけた餅が好きだ。
さっきから、もう2,3個食っている。
焼かれて少し固くなった餅と、アンコの粒の触感がたまらなく好きなのだ。
そうこうしているうちに、餅つき大会が終了した。
集まっていた子たちが一斉に帰宅しだす。
さて、俺たちも帰るか。
と行きたいところだが、一つ用事があった。
「えーと、こっちの分は南区初級学校で、あっちは南東区初級学校か」
余った餅を分ける作業を俺たちは手伝うことになっていたのだ。
というのも、この会場だけでノースフォートレス中の子供たちが餅つきができるはずがないわけで、そうなると参加できない子供も当然いるわけで、そういう子供たちには余った餅を配る手筈になっているのであった。
「さあ、これで終わりだな」
一時間ほどで作業は終了した。
学校へ届けるのはギルドの職員がやってくれるので、これで俺たちはお役御免だ。
「それではダンパさん。俺たちはこれで失礼します」
「ああ、気を付けて帰りなよ」
こうして餅つき大会は無事終了したのだった。
★★★
「今日は大変ありがとうございました。子供たちにも大変楽しい思い出ができました」
「ばいばい、お兄ちゃんたち」
「先輩方、また誘ってくださいね」
餅つき大会が終わった後は孤児の子とボランティア部の後輩たちを送り届けてから帰宅した。
それで、飯を食って風呂へ入って寝た。
……のだが、寝る時にリネットが、今日はリネットと寝る日だった、いつになく甘えてきた。
「今日、餅つき大会に来ていた子供たち、元気な子が多かったね。アタシもあんな元気な子が欲しいな」
そうやって、妙にアピールしてくる。
そんなリネットを見ていると、興奮が止まらない。
優しく抱きしめて、囁くように言う。
「うん、そうだね。俺もリネットの子が欲しいよ。でも、今は……」
「うん。わかっている。邪神の復活を阻止する方が先だね。だから、それまでは我慢する」
「ああ、だからそれまでは二人きりの時間を楽しもう」
「うん」
こうして、年末の忙しい一日は終了したのだった。
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