第183話~王都を離れ、ノースフォートレスの町へ帰る~

 ホルストがヴィクトリアやリネットとの仲を深めていた頃。

 某国の某建物の中にある神聖同盟の建物の中では盟主が部下をしかりつけていた。


「ブラッドソードの作成に失敗しました、だと?一体どうなっているのだ!あれが無いと計画が大分遅延するではないか!」

「申し訳ありません。復活させた王都に封印されていたヴァンパイアが討伐されてしまい、ブラッドソードの作成に必要な血を集められなくなりました」


 盟主の怒りの罵声に対して、部下は平身低頭して詫びを入れるが、もちろんその程度で盟主の怒りが収まるはずがない。

 部下の言い訳など許さず、辺り構わず怒鳴り散らす。


「ヴァンパイアが倒されたからどうだというのだ!ヴァンパイアなどこの世界にいくらでもいるだろうが!他のを探し出してきて使えばよいだけだろうが!」


 それに対して、部下は首を横に振る。


「いえ、それが他のヴァンパイアでは駄目なのです。ブラッドソードの作成には使用する血の純度が大事なのですが、ブラッドソードを作れるほどの純度の血を集められるヴァンパイアは少ないのです。普通のヴァンパイアが集める場合、血を抜くときにどうしても余計なものが混ざって、血の純度が落ちるのです」

「ふん!」


 部下にそう説明されてようやく納得したのか、盟主は怒鳴るのをやめた。

 ただ、不機嫌な感情までは止められなかったようで、机やら壁やらを蹴って、怒りを紛らわせていた。


 そのうちに、怒りも少しは収まったのか、自分の席に座る。


 それを見た部下は、ササっとお茶を淹れ、盟主に差し出す。

 盟主はそれを飲むと、お茶の効用で精神が安定したのか、部下に他の案件について聞いてきた。


「ブラッドソードの件はひとまず置いておくとして、北のエルフの方はどうなっておる」


 盟主に聞かれた部下は、直立不動の姿勢になり、恭しく盟主の質問に答えた。


「は、そちらの方は準備万端整っております。ただ、今は冬ですので、雪に閉ざされたエルフの国での行動は難しいので、春になって雪解けを待ってからの行動になります」

「そうか。それでは励むがよい」

「はは。必ずや目的を遂げてみます」


 それだけ言うと、部下は盟主の部屋から出て行った。


「エルフの国か……さて、うまく魔獣を復活できるとよいが……」


 盟主は腕を組み、目を閉じると、そう言いながら嘆息するのであった。


★★★


「おばあちゃん、寂しいわ」


 エリカのお母さんがホルスターを抱きしめながら、そんな風に嘆いていた。

 というのも、今日は俺たちが王都のヒッグス家屋敷を離れる日だからだ。


 先日、俺たちは今後の方針を決める会議を開いた。

 前の時と同じように、ヴィクトリアが地図に円を描き、次の行き先を決めた。


「次は北にあるというエルフの国がいいと思います」


 地図を見て、ヴィクトリアがそう提案してきたので、そういう方針で行くことに決めた。


 ただ、今は冬だ。

 北のエルフの国は冬の間は雪に閉ざされて、行くのは非常に困難だという話だ。

 だから、春になり雪が溶けてから行くことになり、それまではギルドの依頼を受けるなどして資金を稼いだり、準備をしようということになった。


 ということで、ノースフォートレスへ帰ることになった。

 エルフの国へ行くのなら王国の北にあるノースフォートレスが便利だという話になり、今回ノースフォートレスに帰ることになったのだ。


 数日かけて荷物をまとめ、パトリックを出発させる準備をした。

 ちなみに、王都からノースフォートレスまでは馬車で行くつもりだ。

 『空間操作』で一気に帰ってもいいのだが、別に急ぐ旅ではないし、数日で行くことができるので、馬車で行くことにしたのだった。


 そして、今から出発するところなのであるが……。


「おばあちゃん、ホルスター君と離れるのは嫌!」


 エリカのお母さんがホルスターを中々放してくれず困っていた。


「お母様、ノースフォートレスに着いたら、また連れてきますから。ほら、私たちには旦那様の魔法があるのですから、すぐに行きますから」


 そうエリカが説得しても中々お母さんは首を縦に振らなかった。


 気持ちはわかる。

 お母さんはホルスターのことを非常にかわいがっていて、暇なときはずっと一緒にいたからな。


 さて、どうしようかと思っていると、


「レベッカ、ホルスト君たちを困らせたらダメだよ」


エリカのお父さんがやって来た。


「でも、トーマス様。本当につらいんですもの」

「そうだけれども、少しの間の辛抱じゃないか。それに僕たちもそろそろヒッグスタウンに帰らなければならない。ヒッグスタウンに帰ったころには、ホルスト君たちもノースフォートレスにとっくに帰っているだろうから、すぐに毎日でもホルスターをうちに連れて来てくれるようになるよ。そうだろう?ホルスト君?」

「はい、向こうに着いたら、毎日でもホルスターを遊びに行かせますよ」

「ホルスト君、本当?」

「お義母さん、本当です」

「そう……それじゃあ、今は我慢する」


 そうやって俺との約束を取り付けたお母さんは、ようやくホルスターを放してくれたのだった。

 こうして、俺たちはノースフォートレスへ行く準備を整えたのだった。


★★★


「ヴィクトリア、荷物の準備は整ったか?」

「はい、大丈夫です。大きい荷物はワタクシの収納リングへ。手荷物は分けて馬車に積みました」

「リネット、馬車の様子はどうだ」

「屋敷の人に点検してもらった結果、問題なかったよ。パトリックも元気いっぱいみたいだし。なあ、パトリック」

「ブヒヒヒン」


 ヴィクトリアとリネットに尋ねると、準備万端みたいだったので、早速出発することにする。


「ホルスターちゃん、元気にやるのよ」

「うん、おばあ様こそ元気でね」


 馬車の横では、エリカのお母さんがホルスターとの別れを名残惜しんでいた。

 さっきから何度もホルスターの頭をなでなでしていた。


 しかし、ずっとそうしているわけにもいかず、最後は涙ながらに手を離すのであった。


「それでは行ってきます」


 全員が馬車に乗ったのを確認すると、俺は最後にそう言いながら馬車を出発させた。


「気を付けて行ってきなさい」

「気を付けるのよ」

「行ってらっしゃいませ」


 そして、エリカのお父さんにお母さん、屋敷の人たちに見送られながら、俺たちはヒッグス家の王都屋敷を後にするのだった。


★★★


「王都、大分小さくなっちゃいましたね」


 王都の城門を出て小一時間ほど経った頃。

 馬車の後ろの窓から王都を見て、ヴィクトリアがそんなことを言った。

 それを聞いて皆が切ない顔になる。


 まあ、王都では色々と思い出を作ったからな。

 社交界デビューを果たしたし、いろいろなところに遊びに行った。

 ジャスティスとの修行の思い出も鮮明だし、剣聖たちとも試合をした。

 ヴァンパイア退治なんてこともあったし。

 それに、俺的にはヴィクトリアとリネットと……・


 いかん、いかん。皆の前であの晩のことを思い出してニヤニヤしてたりしたら気味悪がられてしまう所だった。


 とにかく、俺たちはここでたくさん思い出を作ることができた。

 ずっとそれを思ってグダグダするのはどうかと思うが、今は。今だけは思い出を振り返ってセンチメンタルな気分に浸るのも悪くないだろう。

 人間にとって素晴らしい思い出は明日を生きるための糧になるのだから。


 さて、そろそろリネットと御者を交代する時間だ。


「リネット、御者を代わるから馬車を止めてくれ」

「わかったよ」


 馬車を止めてもらうと、俺は馬車から一旦降りた。

 空を見上げると、冬にしては珍しく、雲一つない青空が広がっていた。

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