第96話~武術大会予選①~

 ヴァレンシュタイン王国武術大会の日がやって来た。


 家の窓から町の様子を見るだけでも、町が人であふれているのが分かる。

 何せ王国中からこの武術大会目当てに、選手や見物客が集まってくるのだ。


 さらにそれらの選手や見物客を当て込んだ屋台がたくさん立ち並んでいる。

 町が人であふれるのも当然と言える。


 町の宿屋も宿泊客で数日前から満室状態のようだ。

 近所の知り合いの宿屋兼酒場の主人など。


「とにかく人が来て、手が足りないんですよ。猫の手も借りたいとはまさにこのことですな。本当、笑いが止まりませんよ」


 そうやってうれしい悲鳴を上げていた。

 まあ、商売繁盛で結構なことだと思う。


 それはともかく。


「それじゃあ、出かけるとするか」


 朝食を食べ終えると俺たちは家を出る。

 もちろん一家全員でお出かけだ。


 出場する俺とリネットは皮鎧と皮の盾を身に着け、俺は刃引きの剣、リネットは刃引きの斧を持っている。

 これは大会の規定によるものだ。

 大会で身に着けられる防具は皮鎧と皮の盾だけ、武器は刃引きの物を1人1個となっている。


 もちろん、これは選手間の武器による格差をなくすためだ。

 武を競う大会なのに、武器の性能差で決着がついては面白くもなんともないからだ。

 ということで、出場する俺とリネットはこんな武骨な恰好なわけだが、残りの女性陣は華やかな恰好をしている。


 エリカ、ヴィクトリア、銀の3人ともこの日のために新調したお揃いの白色のワンピースを着用し、麦わら帽子をかぶっている。

 白色のワンピースは夏の日差しによく映え、とても良いと思う。

 麦わら帽子も夏らしいし、日差し対策になるのでとても良い。


 そして、エリカはホルスターをベビーカーに乗せている。

 最近、ホルスターもようやく首が座ってきたので、このように外へ連れ出しても平気になったのだった。

 こうして準備万端整えた俺たちは出かけるのだった。


★★★


「フランクフルト2つください」

「イチゴクレープ2つください」

「りんご飴2つください」


 会場に行く途中、ヴィクトリアが相変わらず買い食いしている。

 こいつは屋台を見ると必ず買い食いしたくなるやつなのだ。


 本当に食に対する執念だけはすごい奴だ。

 ここまで来ると、呆れるよりもむしろ称賛に値するくらいだと思う。


 ただ、今回、今までと異なるのは。


「銀ちゃん、お食べ」

「ヴィクトリア様、ありがとうございます」


 ちゃんと自分が預かっている銀にも買ってやっていることだ。

 ヴィクトリアは銀のことを非常にかわいがっていて、一緒に出掛けた時にはお菓子などを買ってやっているようだ。

 こういうのを見ていると、最初のころの身勝手なヴィクトリアと比べて大分成長したなと思う。


 うん、よいことだ。


 そうこうしているうちに武術大会の会場である闘技場に着いた。


★★★


「それでは、頑張ってきてくださいね」


 闘技場の入り口で俺とリネットはエリカたちと別れた。

 エリカたちのために、闘技場の特等席を取ってある。

 特等席は王族席や貴族席を除けば、一番見晴らしがよい席である。

 もちろん、大会期間全日分予約してある。


 何せエリカやホルスターたちに俺のカッコいいところを見てもらいたいからな。

 全部で金貨5枚もかかったが、家族のためと思えば安いものだ。


 さて、エリカたちと別れた俺たちは予選の抽選会場へと向かった。

 予選は16のブロックに分かれており、それぞれ1位の者だけが本選に参加できるという仕組みになっている。

 それで今からそのブロック分けの抽選が行われるというわけだ。


「うわああ、たくさん並んでいるね」


 すでに俺たちの前には長蛇の列ができていた。

 屈強そうな戦士や目つきの鋭い剣士。そういった腕に自信のある連中が集まってきていた。


 俺たちはそんな列の最後尾に並び、自分たちの順番が来るのを待つ。

 正直、待つのは退屈だったが、しょうがないので待つことにする。


 待ちながら周囲を見る。

 隣の芝は青いという言葉があるが、集まっている戦士たちは誰も彼も強そうに見えた。

 みんな自信に満ちた顔をして、活き活きとしているからそう見えるのだと思う。


 普通の人間ならこういう状況だと委縮してしまうのかもしれないが、今日の俺は違う。

 逆に闘志に火がついた。

 何せ俺は家族にカッコいいところを見せなければならないのだ。

 この程度のやつらにビビッている暇などないのだ。


「よし、やるぞ」


 ビシッと頬をはたいて自分を鼓舞する。

 気合を入れているのは俺だけではない。


「アタシならやれる。アタシならやれる。アタシならやれるんだあ!」


 リネットもそうやって自分に暗示をかけ、気合を入れている。

 心なしかリネットの屈強だが小柄な体が震えている。

 もちろんこれは恐怖によるものではない。

 武者震いによるものだ。


 彼女は戦いの前、戦意を抑えきれないくらい興奮すると、よく武者震いするのだ。

 それだけの話だ。


 そうこうしているうちに、俺たちの抽選の番になった。


「俺から先に引くぞ」


 抽選は俺から先に引いた。

 白地の四角い箱に空いた穴に手を入れ、紙を1枚取り出す。


「755番か」


 ということは、俺の予選会場は第7ブロックということだ。

 紙に書かれた数字の下2桁を除いた数字が予選のブロック会場の数字になっているのだ。


「そっちはどうだった?」


 俺は同じく抽選を終えたリネットに聞く。


「1055番だった」

「1055番?それだと第10ブロックか」

「そういうことだね」


 リネットが頷く。そして、意外なことを言う。


「それよりも、同じ数字だね」

「同じ数字?」


 何が?だろうかと思った。


「ほら、下2桁が55で一緒じゃないか」

「ああ、そういえばそうですね」

「これって、すごく運命を感じないか?」

「運命?ですか」

「だって、そうじゃない?55番でゴーゴーじゃないか。しかも二人そろって。これはもう運命といってもいいのではないだろうか。神様が、行け、行けって言ってくれているんだと思うよ」


 神様ねえ。今まで出会った神様といえば、セイレーンとアリスタだが、これは彼女たちが行けと言っているのだろうか。

 あ、一応ヴィクトリアも神様だったな。

 神様らしいこと何もできないけどな。


 だから、あいつは除外するとして、まあ、これは神の啓示ととらえるべきなのか。

 俺にはよくわからなかったが、一つだけわかったことがある。


「リネットって、意外とロマンチストなんだな」

「そ、そうかな」

「ええ、女の子らしくて、とてもかわいらしいと思いますよ」

「か、かわいい!?」

「ええ、とても」


 そこまで言うと、リネットは顔を赤くしてうつむいてしまった。

 あれ、俺そんなに変なこと言っちゃたかな、と思い、言い直そうかなと思ったが、抽選係の人に、


「まだ抽選中の人がいますので、終わった方はご退出ください」


そう言われてしまったので、退出することになり、結局有耶無耶になってしまった。


★★★


「よう、ドラゴンの」


 抽選会場の外へ出ると、知り合いのBランク冒険者チーム『漆黒の戦士』のリーダーであるフォックスと会った。


「これは、フォックスさん、おひさです」

「ああ、久しぶりだな」

「ここにいるってことは、お前も大会に参加するのか」

「ええ、出ますよ。第7ブロックでの予選すね」

「そうか、俺は第3ブロックだ」

「そうですか。まあ、お互いに頑張りましょうね」

「ああ、そうだな」


 そこまで言うと、フォックスが手を出してきたので俺も手を出し、お互いの健闘を願いあう。


「ところで、ドラゴンのよお。今年の武術大会の景品について聞いたか」

「いえ、知りませんが」

「今年の優勝者には『輝きの宝珠』という宝石がもらえるそうだ」

「『輝きの宝珠』ですか」

「ああ、何でも王室が所有する宝石の中でもかなり高価な宝石らしいぜ」

「へえ、すごい物が景品になっているんですね」

「ほら、去年北部砦で王国軍が半壊状態になっただろ?だから、国威を発揚し、武を奨励し、王国軍を強化するためにも景品を豪華にしたという話だぜ」

「そうなんですね」


 ゴーン、ゴーン。

 その時、鐘が鳴った。

 予選開始の合図の鐘だった。


「それではまた」


 俺たちはフォックスと別れ予選会場へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る