第76話~希望の遺跡、最深部その1~

 裏10階層は雲の上だった。


 いや、何を言っているんだと思うかもしれないが、本当に雲の上だったのだ。

 雲の上に光輝く神殿があり、俺たちはその雲の上を歩いているのだ。


「入ってもいいのかな?」


 警備兵などはいなかったので、入ろうと思えばいつでも入れるのだが、ここには勝手に入ってはいけないような神々しさを感じる。


 俺はヴィクトリアを見る。

 ヴィクトリアは首を縦に振る。


「入っても大丈夫だと思いますよ。ここの主人はそのくらいで怒る方ではないですよ」


 と、まるでここに誰がいるかを知っているかのように言う。いや、ヴィクトリアは実際に知っているのだろう。

 だからこその発言だと思う。


 ヴィクトリアの進言に従い俺たちは先へと進む。


「明るいですね」


 神殿の中は昼間のように明るかった。


「こっちですよ」


 ヴィクトリアが先頭に立って案内してくれる。

 やはり、ヴィクトリアはここをよく知っているようだ。すいすいと俺たちを導いてくれる。


「ここです」


 どうやら目的地に着いたようだ。

 俺たちは入り口の扉を開けた。


★★★


「誰だい?この気配は、人間かい?名乗りな」


 部屋の奥から声が聞こえた。

 とても意志が強く威厳のある神々しい声だった。

 かつてどこかで聞いたことがあるような気もしたが、どこで聞いたのかまでは思い出せなかった。


 名前を聞かれたので、とりあえず名乗っておくことにする。


「突然お邪魔して申し訳ありません。俺はホルストと申します。俺たちは『希望の遺跡』を抜けてここまで来たのですが」

「ほお、あそこを抜けてここまでやってきたというのか。人間にしてはやるじゃないか」


 そこまで言うと声の主はこちらへやってくる。


 見ると、声の主は中年を過ぎたくらいの女性だった。

 顔や体形は、どことなくヴィクトリアやセイレーンに似ている気がする。


 ということは、この人もヴィクトリアの関係者なのだろうか。

 いや、そうに違いない。


 その証拠にさっきからヴィクトリアが俺の背中に隠れてこそこそしている。

 セイレーンの時と全く一緒だ。

 どうせすぐにばれるのに、なんでこいつは無駄なことをするのだろうか。

 本当に進歩のない奴だ。


 そうこうしているうちに、声の主が俺たちの前に立つ


「ようこそ。『神属性魔法』の使い手よ。私の名はアリスタ。女神アリスタさ」


 なんと女性は女神アリスタだった。


★★★


「アリスタ様と言うと、あの豊穣の女神さまですか。主神クリント様の奥様であらせられる」


 エリカがやや興奮気味に尋ねる。すごい女神に出会えて、気持ちが高ぶっていると思われる。


「そうだよ。黒髪のお嬢ちゃん。あんた中々詳しいじゃないか。名前は?」

「申し遅れました。私はエリカ・エレクトロンと申します。以後、お見知りおきを」


 エリカが名乗ったのを見て、慌ててリネットも名乗る。


「アタシは、リネット・クラフトマンです。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げる。

 二人が名乗るのを見て、アリスタはうんうん頷く。


「礼儀正しい娘たちだね。それに引き換え、世の中には久しぶりに会ったというのに碌に挨拶もできない娘もいるみたいだね」


 アリスタが俺の後ろに視線をやる。

 視線に気が付いたのか、ヴィクトリアがブルブル震えている。


「どうしたんだい?早く出てきて挨拶しな。私はお前を挨拶も碌にできない子に育てた覚えはないよ」


 そう言われてもヴィクトリアは出てこなかった。

 ブルブル震えるのみである。


「出てこないのなら、無理矢理引きずり出して、お尻ぺんぺんするよ」


 そこまで言われて、ようやくヴィクトリアが顔を出した。

 だが、表情は暗い。明らかに会いたくなかったという顔をしている。

 それでも、嫌々ながらでも、ヴィクトリアは挨拶する。


「お久しぶりです。おばあ様。お元気でしたか」

「やれやれ、本当にしょうがない子だね。ちゃんと挨拶できるのなら、最初から挨拶しなさい」


 やっと挨拶したヴィクトリアを見てアリスタが苦笑する。

 というか、こいつ今すごいことを言わなかったか?


 おばあ様?だと?


 アリスタは主神の奥さんで、ヴィクトリアがその孫ということは。


「ヴィクトリアさん。あなたがアリスタ様の孫だというのは本当なのですか。ということは、主神様の」

「ええ、エリカさん、その通りです。ワタクシは、主神クリントと女神アリスタの息子、『神々の軍団張 軍神マールス』と『魔法の女神 ソルセルリ』の娘、ヴィクトリアです」


 それはこの遺跡に入って一番の驚きだった。


★★★


 なんとヴィクトリアは主神の孫だった。


 その事実は俺たち3人を驚愕させたが、中でも一番驚いたのはリネットだ。

 何せ、彼女にはヴィクトリアが神であることを教えていなかったのだから。


「ヴィクトリアちゃんが神様の孫って……ということはヴィクトリアちゃんも」

「ええ、神様ですよ。ワタクシが神であると下手に知られると騒ぎになるので、ホルストさんとエリカさん以外には言っていなかったのですが、パーティーメンバーであるリネットさんには言っておくべきでしたね。でも、機会が無くて話せませんでした。気を悪くしたのなら、ごめんなさい」


 ヴィクトリアがぺこりと頭を下げるが、リネットは首を横に振り、いいよという仕草をして見せる。


「いや、別にいいんだ。軽々に話せることではないのは理解できるし、今はちゃんと話してくれたわけだし」

「そう言ってもらえると、ワタクシもうれしいです」

「それにしても、ヴィクトリアちゃんが神様だったとはね。全然、見えないよ」

「そうですか?ワタクシって神様オーラ出ていなかったですか」

「「全然」」


 エリカとリネットが口をそろえて言う。


「というか、ヴィクトリアさん、あなた本当に主神様の血を引いているのですか?」

「そんな、エリカさん、ひどい」

「いえ、ひどくありません。だって、あなた、あなたうちに来た時、料理、家事、裁縫と何一つできなかったではないですか。今は多少できるようになりましたが、それでもまだまだです。本当にそんなすごい血筋なのかと、みんな疑うはずですよ。……」


 そこまで言ったところで、エリカはすぐ側にアリスタがいたのを思い出したようだ。

 慌てて謝る。


「すみません。おばあさまの前で、お孫さんの悪口を」


 だが、それに対して、アリスタは手をひらひらさせながら言う。


「別に構いやしないよ。本当のことだし。むしろ、私が言いたいこと言ってくれてすっきりしたよ」


 アリスタはヴィクトリアを見る。


「大体、この子は昔から根性が甘ったれていてね。何をやらせてもすぐ投げ出していたのさ。まあ、地上に堕ちてあんたが世話をしてくれたおかげで、だいぶ甘ったれたところは治ったようだがね。こっちこそ助かったよ。ありがとう」


 そこまで言うとアリスタはエリカに対して頭を下げた。

 頭を下げられたエリカの方はすっかり恐縮してしまい、「大したことはしていません。大したことはしていません」と独り言をつぶやくのみである。


「さて、それでは与太話はこれくらいにして、話すべきことを話そうかね」


 ここで、アリスタと突然話題を変えてきた。


★★★


「まず、この世界のことから話そうかね」


 アリスタが突然まじめな話をし始めたので、俺たちは神妙な面持ちで聞くことにした。


「私たち新しい神々が現れる前、古いにしえの神々と呼ばれる連中がいた。連中は邪悪というか、悪趣味な連中でね。文明をある程度栄えさせてはぶち壊すということを繰り返して遊ぶのが趣味だったんだ。まるで、子供が積んだ積み木を壊して喜ぶような感じで、折角繁栄した人間たちがすべてを失い阿鼻叫喚するさまを見て遊んでいたのさ。ここの6階層での出来事を覚えているだろ?」

「はい、もちろん」


 あれは忘れられるものではない。

 ただ、あれに何の意味があるのだろうとは思っていたが、まさか。


「あれも連中の仕業さ。あそこはあの後地獄の業火に包まれてね。人間たちは苦しみながら滅び、最後は世界そのものを消されたのさ。あそこであんたたちが体験したのは、その時の記憶さね」

「まあ、なんて残酷なことをするのでしょうか。それを止めようとする方はいらっしゃらなかったのですか」


 エリカの問いかけにアリスタが答える。


「そうだね。残酷だね。だから、その暴虐を止めようと立ち上がった神がいた。それが私の旦那のクリントさ」


 アリスタがうっとりした顔になる。


「あの時のクリントはそれはかっこよかったね。同志を集めて古の神々たちに戦いに挑んだ。そして、連中を倒して封印したんだ。さすがに1カ所にまとめてというわけにはいかなかったから、あちこちの世界に分けてだけどね」

「あちこちの世界?ということはもしかして」

「もちろん、あんたたちの世界にも封印されているよ。しかも、一番厄介なのが」

「一番厄介、ですか」

「そう。その名もプラトゥーン。古の神々たちの長だった神さ。とても強い神だよ。なにせ私の旦那の父親だからね」

「クリント様の父親?」


 それは確かに強そうだな。

 そこで俺はふと気が付く。


 プラトゥーンがクリントの父親ということは?


「もしかして、ヴィクトリアの」

「そうだよ。ヴィクトリアのひいおじい様だよ」

「えっ、そうなんですか」


 ヴィクトリアもあまりよく事情を知らなかったのか非常に驚いた顔をしている。


「だから、ヴィクトリア。あんたはひいおじい様の復活を全力で阻止しなければならないよ」


 驚くヴィクトリアに対してアリスタは厳かな口調でそう言った。


★★★


「ワタクシがひいおじい様の復活を阻止するのですか?」


 突然、プラトゥーンの復活を阻止しろと言われてヴィクトリアが困惑している。


 それはそうだろうと思う。

 なぜなら、俺だって同じことを言われたらヴィクトリアと同じ反応をする自信があるからだ。


 だが、アリスタはヴィクトリアの困惑などどこ吹く風でずけずけ言ってくる。


「そうだ。お前がやるんだよ。いま、この世界に、プラトゥーンを復活させようとする者たちがいる。それを阻止するのが、あんたの役目だ。なぜなら、暴走する身内を止めるのが身内の義務というものだからだ」

「だったら、おばあ様たちがやれば」

「私たちには無理なんだよ。なぜなら、私たちは力が大きすぎて、下手をすればこの世界が壊れてしまうからだ。だから、あんたがやるんだよ」

「ええ、そんなあ」


 それでもヴィクトリアは渋い顔をするが、そこにエリカが割って入る。


「アリスタ様、一つお伺いしたいのですが、ヴィクトリアさんにプラトゥーンの復活を阻止しろとおっしゃいますが、この子一人でそれができるとは思えません。ということは、私の旦那様のお力はもしかして」

「そうだよ。察しのいい子は好きだよ。あんたの旦那に与えられた力はまさにプラトゥーンの復活を阻止するためのものだよ」


 えっ。そうだったの。

 俺は突然そんなことを言われて驚いたが、心当たりがないことも無い。

 俺はヴィクトリアから力を授かる時、勇者ユキヒトが魔王と戦うさまを見た。

 あれもよく考えると俺の使命の示唆だったのかもしれなかった。


「わかりました。そういうことなら、私もプラトゥーンの復活阻止に協力しましょう。リネットさんも、それでよろしいですか」

「もちろんだ。そんなすごいことが目標だなんて…・・・・腕が鳴るよ」


 エリカもリネットも古代神復活阻止に乗り気なようだ。

 滅茶苦茶張り切っている。


 俺もそんな二人の意見に大いに賛成だ。


 世界を滅ぼして遊ぶだと?

 そんなことをされては俺とエリカの幸せな生活が台無しだ。

 折角今まで頑張ってきたのに、そんなことは許されることではない。


「二人がやる気で嬉しいよ。俺も頑張るから、二人とも頼りにしているよ」

「「はい」」

「ヴィクトリア、お前も頼むよ」


 そこまで言われて嫌そうにしていたヴィクトリアもようやく覚悟が決まったのか、笑顔になって、元気そうに返事する。


「ホルストさんにそこまで言われては仕方ありません。ワタクシも頑張ります」


 これで、パーティーの方針は決まった。

 なので、俺はアリスタに誓う。


「そういうわけで、俺たち、必ず復活を阻止して見せます。だからよろしくお願いします」


 それを聞いたアリスタがニコニコ顔になる。

 ここで、何かお話が始まるのかと思いきや、アリスタは意外なことを言い始めた。


「アンタたちの気持ちはうれしいけど、そこまで張り切って急ぐ話じゃないよ。特に黒髪のお嬢ちゃん。あんたにはお腹に子供がいるんだから、子供を産んでからでも遅くないからね」

「えっ」


 エリカの妊娠。それがこの日二つ目の驚きだった。


★★★


「アリスタ様。私のお腹に赤ちゃんがいるのですか?」


 アリスタの突然の発言に驚いたエリカが思わず聞き返した。


「その通りだよ。でも、そこまでは驚いていないみたいだね。自分でも薄々気が付いていたんじゃないのかい?」

「はい、もしかしたらなとは思っていました。ここ最近、月のものが無かったので。だから、家に帰ったら調べようと思っていました」


 エリカが照れくさそうに笑いながら言う。


「エリカ~」

「旦那様、ちょっと」


 俺はそんなエリカを見ていると、愛おしくなって、つい抱きついてしまった。

 アリスタがいるので、一応エリカはイヤイヤしているが、抵抗は弱い。


「エリカさ~ん、おめでとうございます」

「エリカちゃん、よかったな」


 そこに感極まったヴィクトリアとリネット迄もぶりついたものだから、カオスになった。

 しばらくは4人でワイワイやっていたが、やがて。


「もういいかい?」


 と、アリスタが割って入ってきたので、騒ぎはひとまず終わりとなった。


「そういうわけで、復活阻止はそこまで慌てる必要はないよ。お腹の子供がある程度大きくなってからでも構わないからね」

「わかりました。そうします」

「それと、お腹の子供が立派に育つように私が加護を授けてあげよう」

「加護ですか。そんなものをいただいてもよろしいのですか」


 お腹の子供にアリスタが加護を授けてくれると聞き、エリカが色めき立つ。


「構わないよ。あんたにはこれから重要な仕事をしてもらわないといけないし、うちの孫もあんたのおかげで随分ましになったみたいだから、そのお礼さね。受け取りな」


 そう言ってアリスタが手をかざすと、エリカの体が光に包まれる。エリカを包んだ光は、段々とエリカのお腹の付近に集まっていくと、最後にぽわっと光って消えた。


「これで、あんたの望み通り、立派に父親の跡を継げる子が生まれるはずだよ。頑張って産みな」

「はい、……私、頑張ります」


 エリカは最後には感極まって涙を流した。


「それでは、後は仕事の話でもしようかね」


 そう言うと、アリスタは俺たちの方を向き、これから俺たちがやるべきことについて話し始めた。

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