第74話~希望の遺跡、裏9階層①~

 裏9階層は裏7階層同様、単純な構造のエリアだった。

 大きな建物が1つ。以上である。

 しかも。


「これは、闘技場コロッセオかな」

「そうだと思います。旦那様」


 そう、目の前にドンと構えている建物は闘技場だった。

 ヴァレンシュタイン王国は、武術の競技大会が庶民の娯楽として人気だ。

 なので各都市に闘技場があったりする。

 王都はもちろん、ノースフォートレスやヒッグスタウンにもある。


 最も闘技場は純粋に競技大会だけに用いられているわけでなく、式典や閲兵式、軍事訓練に使われることも多い。

 ちなみに、北部砦の戦いの後の俺たちへの報償授与式やSランク冒険者授与式も、ノースフォートレスの闘技場で行われたりしたのだった。


 それはともかく。


「しかし、ここに闘技場があるということは……」

「そういうことだろうな」


 つまり、この闘技場で闘え!そういうことなんだろう。


「それでは、行くか」


 俺たちは早速闘技場に乗り込もうとした。

 しかし、そんな俺たちをヴィクトリアが引き留める。


「ちょっと、待ってください。ワタクシたち、ここまでの戦いで結構消耗しています。だから、あそこで休んでいきませんか?」

 こいつ、たまにまともなこと言うなと思いながら、ヴィクトリアの言う方を見ると、小さな小屋があった。

 休むのに手ごろそうな建物だった。


 あれ?こんな建物がここにあるということは……。


「これは、ここで休んで行けということなのかな?」

「それが製作者の意図だと私も思います。旦那様、ここはヴィクトリアさんの言うように休んだ方がよろしいと思います」


 なるほど、そういうことなら遠慮なく使わせてもらうか。

 そういうわけで、俺たちは小屋で休んでいくことにした。


★★★


「わー、広いですね」


 小屋の中は結構広かった。入口すぐのところに一部屋、奥にもう一部屋の合計二部屋あった。


「とりあえず、ご飯を用意しますね。後、寝床も」

「ヴィクトリアさん、少しお待ちなさい」


 ヴィクトリアが休憩に必要なものを取り出そうとすると、エリカが待ったをかけた。


「それよりも先にあれを使いましょう。ここなら、2部屋あって姿を隠せますから、使えると思いますよ」

「あれって、あれのことですか」

「ああ、あれのことかあ。あれ、買ったはいいけど使う機会がここまで使う機会がなかったからね。使うにはいい機会だと思うよ」


 さっきから女性たちがあれ、あれと言っているが、何のことかと言うとお風呂のことである。


 実は、この前引っ越しのために家の家具を新調したとき、携帯用のバスタブを買ったのだった。

 水さえ入れれば、備え付けの魔石を使った湯沸かし器で水を温められるという優れ物だ。


 エリカの提案を聞いたヴィクトリアが満面の笑顔になる。


「はい、は~い。ワタクシ、大賛成で~す。今まで、浄化魔法で耐えてきましたが、たまにはお風呂にゆっくりと浸かりたいで~す。なので、早速用意しま~す」


 それだけ言うと、ヴィクトリアはすぐさま奥の部屋に移動しバスタブを出す。


「『水球生成』」


 そこにエリカが水を入れる。

 そして、点火する。

 これで、あと5分もしないうちにお風呂の準備が完成するはずだった。


★★★


 お風呂に最後に入ったのは俺だった。


 女性たちは一刻も早く汗を洗い落としたかったのか、我先にと入ったからだ。

 それで、風呂から出た今は、隣で食事の準備をしてくれている。


「精を出して作りますから、楽しみにしてくださいね」


 そう言っていたから、さぞおいしい料理が出て来ると思われる。


「それにしても久しぶりの風呂は気持ちいいなあ」


 肩までゆっくり湯船に浸かり、体を温める。

 お湯の温もりが細胞の1個1個まで伝わって、疲れがお湯に溶け出していくように感じられる。

 その温もりをもっと感じたくて、口までお湯に沈める。


 うん?なにかいい匂いがする。

 何だろうと思い、もう一度匂いを嗅ぐ。


 そこで俺はハッとなり、慌てて湯船から顔を出す。


 これって、3人の残り香だ。

 それを一生懸命嗅いでいたなんて。


 俺はなんてことをしていたんだ、と急に恥ずかしくなった。


 しばらくそのまま立ち尽くしていたが、やがて立ち直ると、着替えて風呂を出た。

 このまま風呂に浸かって、3人の香りを嗅ぎ続けるなんて、変態のような真似はできないからだ。


「あら、早かったんですね」


 エリカが出迎えてくれたが、俺はまともに3人の顔を見られなかった。


 その後、食事が始まったが、3人に俺の変態行為を気付かれやしないかと、俺はどこか上の空で過ごした。


★★★


 翌朝。


 すっかり元気になった。

 まあ、俺の心に多少もやもやが残ってしまったが体は元気だ。


「久々のお風呂は気持ちがよかったですね」

「ええ、最高でした」

「満足、満足」


 女性たちも十分休憩を堪能できたようで何よりだ。


「さて、それでは行くとするか」


 俺たちは小屋を後にした。

 闘技場に近づいて行くと、大きな扉が見えた。


「開けるぞ」


 ギーという重厚な音とともに扉が開く。


「通路ですね」


 扉を開けると中は通路になっていた。

 通路の所々には松明が灯されているが、そこまで明るくはなく、むしろ薄暗い感じを受ける。

 俺たちは通路に沿って歩いて行く。


 タン、タン。

 通路は静かで、歩くたびに俺たちの足音がこだまする。


「あれ、出口じゃないですか」


 しばらく進むと、ヴィクトリアが出口らしい扉を発見する。

 その扉からは外の光がこぼれ出ていて、いかにも出口ですという感じがする。


「じゃあ、行くぞ」


 俺たちは闘技場の中へ入って行った。


★★★


「外ですね」

「ああ、外だな」


 闘技場の中へ入るとそこは外だった。

 闘技場の屋根の隙間からはまばゆい太陽が顔を出し、とても明るかった。


 というか、この闘技場への最初の扉を開けた時、外の世界は迷宮の闇が支配していたはずなのに、ここでは太陽が支配していた。


 一体どうなっているのだろうか。


 それに。


「観客がいますね」


 何と闘技場の観客席には観客までいた。

 しかも俺たちが入場してきたのを見て、ワーワー歓声を上げている。


 こんなダンジョンの奥深くに人?と思ったが、いるものは仕方ない。


 ただ、エリカは違和感を覚えたらしい。


「今、探知魔法を使ってみましたが、あの人たちなんか変です。旦那様、ちょっと石でも投げてみてください」

「わかった」


 俺はエリカの言う通りに石を投げてみた。

 スッと、石はまるでそこに誰もいないかのように観客の体を素通りし、観客席に転げ落ちた。


「幻か!」


 そう、この観客たちはすべて幻の様だった。


 するとあの太陽も。

 でも、それにしては暖かいような気がする。

 本当に変な場所だ。


 まあ、いい。

 どうせ、この迷宮は不思議だらけだ。今更一つ不思議が追加されたところで大したことではない。


 ギー。

 その時、俺たちの対面の扉が開いた。


 ズドン、ズドン。

 扉の中から重い足跡が響いてくる。


「いよいよボスのお出ましだ。みんな準備しろ」


 俺たちは戦闘の準備を始めた。

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