閑話休題9~これは必要なことだから~

「はっ」


 目が覚めた。ここはどこだろうと周囲を見渡すと、岩だらけの場所だった。

 結構体の節々が痛い。アタシはマジックバッグからポーションを取り出して飲む。

 ポーションを飲むと痛みが引き少し落ち着く。


 なんでこんなところに?


 アタシ、リネット・クラフトマンはしばし考える。

 そして、思い出す。

 そうだ。アタシはデススコーピオンと戦って。それで、谷に落ちて。あっ、ホルスト君は。


 慌ててホルスト君を探し始める。


「うっ」


 だが、見つけたのはデススコーピオンの死骸だった。

 潰れて見る影もなくなっていた。


 もしかして、ホルスト君も。

 デススコーピオンのぐちゃぐちゃの死骸を見て、いてもたってもいられなくなったアタシは再びホルスト君を探す。


「いた」


 ホルスト君はデススコーピオンの死骸からそう離れていないところにいた。

 すぐに体を調べてみる。


「うん、大きな外傷はないようだ。ただ」


 ただ、顔色が非常に悪い。

 多分、地面に落ちた時背中を強打したのだと思う。


 アタシはそれを見て背筋が寒くなった。

 ホルスト君の顔色を見て昔死んだ年下のイトコを思い出したからだ。

 あのイトコを死ぬ前このくらい顔色が悪かった。


 どうしよう。

 アタシは焦った。


 その時胸のペンダントから声がした。


「リネットさん、リネットさん、聞こえますか」


 エリカちゃんの声だった。


「エリカちゃん、大丈夫でよ。聞こえるよ」

「その声は……リネットさんですね。声を聞く限りは大丈夫そうですけど、ご無事でしたか」

「ああ、アタシは大丈夫だよ。ちょっと体に打ち身があったけど、ポーション飲んだらけろっとしたよ」

「そうですか。よかった。……それで、旦那様は?」

「大丈夫だ。ちゃんと生きている。ただ、気を失っている」

「気を?それは……」

「心配しなくていい。今からエクストラポーションで治療する。だから、今は静かに祈っていて欲しい。終わったらまた連絡するよ」

「わかりました。ではご連絡をお待ちしています」


 エリカちゃんとの会話はそこで終了した。

 エリカちゃんと話したことでアタシは落ち着いた。

 マジックバッグからエクストラポーションを取り出す。


「これを飲ませばホルスト君は助かる」


 さて、飲まそうかという時になってアタシは気が付く。


「どうやって飲ませればいいんだ」


 ホルスト君は気を失っていて、ホルスト君は自分ではポーションを飲めない。

 どうしようかと思案した挙句、アタシはある方法を思いつく。

 しかし、その方法は……。


「仕方がないんだ。これは必要なことなんだ」


 アタシは意を決し、その方法を実行する。

 自分の口にポーションを含むと、ホルスト君の口に近づける。


 そして、ホルスト君の口に自分の口をくっつけるとポーションを口移しする。


 ゴクリ。


 ホルスト君がポーションを飲み込むと少し顔色がよくなる。


 その後もアタシはポーションのビンが空になるまで、それを続けた。

 そのおかげで、ホルスト君の顔色はだいぶ良くなったのだが。


「ホルスト君とキスをしてしまった」


 アタシの心は背徳感でいっぱいだった。


★★★


 ホルスト君にポーションを飲ませた後は、ホルスト君を膝枕して、頭を撫で続けた。


 今、ホルスト君は子供のように安心しきった顔で寝ている。

 そんなホルスト君はとてもかわいらしく見える。

 エリカちゃんによると、ベッドの上では野獣のようになるということだが、この寝顔を見る限りでは、とてもそうは見えなかった。

 それは単にアタシが男という生き物のことをよく知らないからだろうか。

 もし、アタシとホルスト君が男女の関係になったら、やはりアタシにもエリカちゃんが言うようなことをしてくるのだろうか。

 その時のことを考えると、アタシは怖くもあり、楽しみでもある。


「ホルスト君にもう一度キスがしたい」


 そんな妄想をしていると、突然ホルスト君にキスをしたくなった。


「アタシは何を考えているんだ。気を失っている人間にキスをするなんて最低じゃないか」


 一応そう呟いているものの、先程ポーションを口移ししたせいで、アタシの中の倫理観は大分勢力を弱めていた。


「唇じゃなくて、ほっぺたくらいなら」


 アタシはホルスト君のほっぺたにそっとキスをする。

 とても、気持ちがよかった。


「折角だから口にも」


 アタシは続けてホルスト君の口にもキスをしようとしたが、そこで異変が起こった。


「うーん」


 何とホルスト君が動いたのだ。

 なんか寝ぼけてアタシの膝に頬ずりしてくる。


「ひっ」


 アタシは驚いて思わず悲鳴をあげた。しまった。大声を上げてしまった。この分だと直にホルスト君が目を覚ましてしまう。


 アタシは慌てて姿勢を直した。


 アタシの予想通りそれからすぐに目覚め、寝ぼけ眼でアタシのことを見た。


「失礼しましたあああ」


 そして、土下座してアタシに謝る。

 どうやらアタシに不埒なことをしたと思っているようだ。


 しかし、これはチャンスだ。アタシはこれを使って自分の非行をごまかすことにした。


「別に謝らなくていいよ」


 そうやってうまく言いつくろってごまかした。

 ふう、危ない所だった。


★★★


 ちなみに後でヴィクトリアちゃんにこのことを話すと。


「抜け駆けはズルいです」


 そう怒られてしまった。

 本当、二度とこんなことはしないようにしようと思う。

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