第72話~希望の遺跡、裏7階層②~
柔らかくて暖かい。
最初に感じたのはそんな感触だった。
何か知らないが柔らかくて暖かいものが俺の頬に触れている感覚がある。
この柔らかさと暖かさをもっと感じたい。
そう思った俺は、その何かに、頬をこすりつけるように頬ずりをした。
すりすり。うん、気持ちいい。このままずっと頬ずりしていたい。
俺はさらに頬ずりした。
「ひっ」
誰かの短い悲鳴が聞こえた。
ハッとした俺は目を開ける。
目の前には顔を真っ赤にして目から涙を流しているリネットさんがいた。
俺はそのリネットさんに膝枕をしてもらっていた。しかも、俺の顔はリネットさんの股にかなり近い場所にあった。
何と言うことだ。
俺は慌てて体を起こし、土下座し、平身低頭する。
「失礼いたしましたあああ」
俺はリネットさんにとんでもないことをしてしまったと全力で謝る。
しかしリネットさんはそんな俺の頭を優しく撫でながら、許してくれる。
「謝る必要はないよ。別に怒っていないから。ちょっと驚いただけだから」
「そうは言っても」
「それにこうなってしまったのも、ホルスト君がこんなことになっているのもアタシを庇ってくれたからだし」
「庇った?」
「覚えていないのかい?大穴に落ちるときアタシを庇ってくれたじゃないか」
あっ。そういえばそうだった。
俺はすべてを思い出した。
そして、慌てだす。
「それで、リネットさん。ケガとかはなかったんですか」
「心配してくれてありがとう。君が庇ってくれたおかげでちょっとした打ち身くらいで済んだよ。ポーションを飲んだらすっかり良くなったから、もう大丈夫さ」
「それはよかった」
俺はほっと胸を撫でおろした。
そこで、もう一つ俺は気付く。
「デススコーピオンはどうなりましたか」
俺は若干焦ったような声でリネットさんに聞いた。
それを確かめなければおちおち休んでなどいられないからだ。
だが、それに対するリネットさんの答えはあっさりしたものだった。
「死んだよ。向こうでぺしゃんこになって潰れているよ」
「死んだ?」
「ああ。多分上で君の攻撃を受けた時に瀕死の状態だったんだろう。落下の衝撃に耐えきれずにくたばったようだ」
「そうですか」
俺は今度こそ本当に安堵した。
「それより、ホルスト君こそ大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫ですが、何か?」
「いや、ホルスト君、最初、顔真っ青だったからさ」
「そうだったんですか」
「ああ、その顔を見ていたら死んだイトコのことを思い出してね」
「イトコ?」
「ああ、話したことがなかったかな?アタシは昔年下のイトコと一緒に暮らしていたことがあったんだ」
「そうなんですね」
「よかったら、詳しく話そうか?」
「そうですね、お願いします」
「それじゃあ」
リネットさんが過去について話し始めた。
★★★
「アタシの母には妹がいたんだ。でも旦那さんと一緒に流行り病で亡くなってね。
それで、一人息子だけが残って、うちで引き取ったのさ」
「へえ、そんなことがあったんですね」
「うん、それで、そのイトコなんだけど、結構アタシはかわいがっていたんだ。何せ、アタシには兄弟がいなかったからね。それは実の弟みたいにかわいがったよ。一緒に木登りしたり、釣りしたり、鬼ごっこしたりして遊んだよ」
そうやって思い出を話すリネットさんはとても楽しそうだ。
というか、リネットさんて子供の頃、男の子っぽい遊びをしていたんだなと思った。
「でもね、ある日、アタシが外へ出かけている間に転んでけがをしてしまったんだ」
それまで、楽しそうな声だったリネットさんの声が急に暗くなる。
「それで、そのケガがもとで破傷風になってしまってね。手当ての甲斐もなく死んでしまったんだ」
「そうだったんですね。それはなんというか、お気持ちを察します」
「いや、もう20年近い昔のことだからね。もう悲しんだりはしてないよ。
それもよりも、さっきのホルスト君の顔が病気で苦しんでいたイトコの顔にそっくりだったんでね。とても、心配したんだよ」
「へえ、そうだったんですね。それは心配させてすみませんでした。それと、心配してくれてありがとうございます」
リネットさんは手をひらひらと振る。
「いや、アタシものせいでこうなったんだから、心配するのは当り前さ。それよりも、どこか痛い所とか、異常とかはないかい?一応、エクストラポーションで回復させたはずだけど」
「ええ、なんともないですよ」
「そうかい?でも、自分では気が付かない異常とかあるかもしれないから、お姉さんが確認してあげるよ」
そう言うと、リネットさんは俺の体を触ってきた。
何だろう。近い。
まずリネットさんは俺の頭を触ってきた。丹念に触り、傷などがないか確認する。
次に、リネットさんは俺の全身を調べ始める。やはり丹念に触り、傷の有無を確認してくる。
リネットさんにそうやって触られるのはとても気持ちがよかった。
何というか、本当の姉さんに触られている感じだ。
「リネットさん」
俺は思わず、リネットさんの名前を口走ってしまった。
「リネットさんじゃない!リネットだ!」
そんな俺のつぶやきに対してリネットさんがそう返してきた。
「リネットさん?」
「ごめんよ。急に叫んだりして。でも、前から思っていたんだ。エリカちゃんやヴィクトリアちゃんことは呼び捨てにしているのに、アタシだけリネットさんと、さん付けしているのは、同じパーティーなのによそよそしいんじゃないかって。だから、アタシのこともリネットと呼び捨てにして構わないよ」
「でも、リネットさん年上だし」
「ダ~メ。これからはリネットと呼ぶこと。わかったね?」
「はい」
結局半ば強引に押し切られてしまった。
ちょうど、その時。
「旦那様」
胸の連絡用のペンダントから声がした。
「エリカか?」
「はい、どうやら意識が戻られたようですね。リネットさんから旦那様が意識を失っていると連絡があり、私、とても心配でした。でも、声を聞く限り大丈夫そうなので、よかった」
「ああ、お前とヴィクトリアにも心配かけてすまなかったな。すぐ合流するから、そうだな。『永続光』の魔法を使って、そっちの位置を知らせてくれないか」
「はい、旦那様。では、お待ちしています」
エリカとの通信はそれで終わった。
「それでは、リネットさん、いや、リネット、行くか」
「ああ」
こうして俺たちは再び行動を再開するのだった。
★★★
その後、エリカたちと合流すると泣かれた。
「旦那様、リネットさん、また会えてよかった」
「ホルストさん、リネットさん、会いたかったです」
二人はそう言うと俺たちにしがみついてきてわんわん泣き始めた。
俺はそんな二人の頭を優しく撫でてやった。
「俺たちは大丈夫だからさ、もう泣くな」
「「うわあああああん」」
それでも二人は中々泣き止まなかったが、しばらく撫で続けてやると、よっやく泣き止んだ。
それにしても、こいつらがこんなに俺たちのために泣いてくれるなんて。
苦しい時に一緒に泣いてくれる仲間がいるというのは、よいものだと思った。
さて、感動の再会も終わったことだし、現実に戻ろうと思う。
「それより、お前たち喜べ。転移魔方陣が見つかったぞ」
「本当ですか」
「この島の中腹ぐらいにあった。穴の底から『重力操作』を使って登ってくる時に偶然見つけたんだ」
本当に偶然だった。
ここを登ってくる時、何か発光している個所を見つけたので、近寄ってみると転移魔方陣があったのだ。
穴に落ちていなかったら永遠に見つけることができなかったかもしれないから、これは不幸中の幸いと言ってもよいのではなかろうかと思う。
「それじゃあ、お前ら、次行くぞ」
「「「はい」」」
こうして俺たちは次の階層へと向かうのであった。
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