第21話~指輪~

モンスター討伐が終わって1か月ほど経った頃。


 ノースフォートレスの中央広場でこのたびのモンスター討伐作戦の戦勝記念祝賀会が行われた。


 それが終わった後、俺たち『竜を越える者』の3人はノースフォートレスの町を歩いていた。


「とうとうSランクにされてしまった」


 祝賀会では俺のSランク授与式も行われ、俺はSランク冒険者となった。

 ついでに言っておくと、エリカもAランク、ヴィクトリアもCランクに昇進した。ともに討伐戦での活躍を認められてのことだった。


「旦那様、よいではありませんか。旦那様はそれにふさわしい活躍をされたのですから」

「そうです。ホルストさん、かっこよかったです。だから、Sランクにふさわしいです」


 まあ、10万の魔物を一瞬で葬り去る奴がSランクじゃなくて誰がSランクなんだという話ではある。


 そこは俺も納得がいくが、俺にそれだけの力を与えてくれた『神意召喚』の効果は今は消えている。

 『天爆』の魔法はかろうじてリストに残ったが、+1の文字はすべての魔法から消えていた。


「未熟者が使えないように制限をかけているだけなので、熟練度が上がれば、そのうち使えるようになります」


 そうヴィクトリアは言っていたが、さて、いつになることやら。まあ、気長に頑張ろうと思う。


「それにしても祝賀会の料理は豪華でしたね。見たことがない料理ばかりで、とってもおいしかったです」

「相当の犠牲が出た後の勝利ですからね。王宮も式を華やかにして、少しでもその事実を隠したかったのでしょう」

「だろうな。褒美もやたら豪華だったし」


 今回の件で俺たちにはかなりの褒美が出た。金貨や宝石などかなりの物がもらえた。


「爵位とかいう話も出たけど、始祖様の話を出してうまく断れてよかったな。爵位なんて面倒くさいだけだしな」


 俺たちの先祖である始祖ヒッグス様は、「魔術師は俗世と離れてこそ一流足りえるのです」と言って決して爵位をもらわなかった。以来一族の誰も貰っていない。

 今回、俺もその故事を利用して爵位を辞退した。持つべきは偉大な先祖である。


「おかげで、俺たちがヒッグス一族出身だと知れ渡ってしまったがな」

「別によろしいかと。王宮にまで名が伝わっているとなれば、おじい様たちも私どもにもう手出しできないでしょう。それに」

「それに?」

「今頃おじい様たちは責められているはずですよ。それほどの魔術師をイジメ抜いて追い出すとは、なにをしていたんだと」

「あ、確かに」


 まあ、普通に考えればそうなる。魔法一発で魔物の軍団を吹き飛ばす魔法使いなど他にいるはずがないのだから。

 それをイジメて追い出したとなれば、責任を追及されても仕方がないだろう。


「今頃慌てふためいているはずです。私のお母様に怒られている光景が目に浮かぶようです。これで反省してくれるとよいのですが」

「まったくだ」


 まったくだ。反省してくれることを願うばかりである。


「それはそうと、祝賀会といえば、あいつらもいましたね」


 ヴィクトリアが話題を変える。


 あいつら。デリックとルッツのことである。

 てっきり魔物の餌にでもなったのだとばかりに思っていたのに。本当にしぶとい奴らだ。


「あいつら、酒盛りしかしてなかったくせに図々しくも祝賀会に出ていましたね」

「それは本当図々しいな」

「だから、ワタクシちょっと呟いてやりました。『あっ、人さらい』って」

「人さらいって。まあ、その通りだけどな」

「そしたら、それを聞いた兵士の人たちが怒っちゃいまして」

「ほう、それは」


 補足しておくと、ヴィクトリアは北部砦の兵士たちの間でかなり人気があった。

 まあ、外見は美人だし、兵士たちの中にはヴィクトリアの治癒魔法で命を助けられた人も多いからだ。


「みなさん『許せねえ』、『袋だ』とか口々に叫んでらして、『許して~』とか言う二人をどこかに連れて行きましたね。その後二人がどうなったかは、……知りません。ちゃん、ちゃん……くくく」

「ははは」

「ふふふ」


 俺たちは大笑いした。本当いい気味だ。

 そうこうしているうちに目的地に着いた。


★★★


 着いた先は宝飾店だった。


 商業ギルドの支配人のマットさんに紹介してもらった超の付く高級店である。

 約束通りエリカに結婚指輪を買ってあげるために来たのだった。


「いらっしゃいませ。本日は何をお求めでしょうか」


 店に入ると、早速店員が出迎えてくれた。

 白髪頭の品のよさそうな初老の男性で、ものすごく丁寧な対応で出迎えてくれた。


「ええと、結婚指輪を買いに来ました」

「お客様。失礼ですが、何かご身分を証明するものをお持ちですか」


 さすが超高級店。身分不確かな人とは取引しないというわけか。

 俺はマットさんに言われていた通りギルドカードを出した。


「ほう、Sランクですか。もしかして、マット様の」

「はい、マットさんの紹介できました」

「これは失礼しました。マット様からお話はお伺いしております。こちらへどうぞ」


 店員さんが指輪のコーナーに案内してくれた。


「うわ、たくさんにありますね」


 コーナーではガラスのケースにたくさんの指輪が陳列されてきた。


「どういった物をお求めですか」

「えーと。エリカ、どういうのがいい?」


 正直指輪の良し悪しなどわからなかったので、エリカに丸投げすることにした。


「ええと。ずっと身につけておくものなので、あまり見た目が派手でない物を。それでいて、作りのしっかりした物をお願いします」

「畏まりました。少々お待ちください」


 店員さんはガラスケースからいくつかの商品を出してきた。


「こちらの商品はいかがでしょうか」

「うーん」


 エリカがそれらの指輪を見比べる。ものすごく真剣だ。まあ、一生物だしな。

 しばらく見た後、そのうちの一つを指さす。


 銀色に光輝く指輪だった。


「これなんかいいですね」

「おお、お目が高い。こちらはミスリル製の指輪となっております。この指輪には魔法陣が刻まれておりまして、魔力を蓄えておくことができます。お客様のような魔法使い様にはぴったりの商品となっております」

「ちょっとはめてみてもよろしいかしら」

「どうぞ」


 エリカは指輪を左手の薬指にはめてみた。


 エリカがくるくると手を回すと、光が指輪に反射し銀色に輝く。

 それを見てエリカがうっとりとした。

 どうやら気に入ったようだ。


「これが気に入りました。これをいただきます」

「ありがとうございます」

「それで、この指輪はいくらですか」

「一つ金貨15枚となります」


 俺が聞くと店員さんはそう答えた。

 ということは2つで金貨30枚か。ちょっとお高いけど、今回の件で褒美はたんまりもらったし、何より一生に一度のことだ。けちけちせず、ドカンと使ってしまおう。


 俺は革袋を取り出し、お金を出そうとした。


「ワタクシも指輪が欲しいです」


 その時、突然ヴィクトリアがそんなことを言い出した。


「えっ、今お前なんて」

「指輪が欲しいと言いました」


 俺は、はあとため息をついた。一体こいつは何を言っているんだ。


「あのなあ。今日は俺とエリカの結婚指輪を買いに来たんだ。だから……」

「それは知っています。でも欲しいんです」


 今日のヴィクトリアはどこかおかしかった。いつになくしつこく、まるで子供みたいだ。

 仕方なく、俺は妥協案を出すことにした。


「指輪以外のものなら買ってやるからさ。それでいいだろう?」

「それでも、指輪がいいです」


 今日のこいつは本当にどうしたんだろうか。


 俺はさらにヴィクトリアを説得しようとした。そこにエリカが割り込んできた。


「旦那様、そこまで欲しいというのなら、ヴィクトリアさんにも買ってあげてはどうですか」

「えっ、だって今日は」

「私は気にしませんよ。だから買ってあげてください」


 なんか今日はエリカも変だ。

 いつもならこんなことを言わない気がする。


「旦那様、いいですか」


 俺が中々返事をしなかったからか、エリカが焦れて俺に説明してきた。


「旦那様は、最近ヴィクトリアさんを狙っている男が多いのをご存じですか」

「ああ、なんとなくは」


 そういえば今日だって、デリックたちを懲らしめるのに兵士たちが動いていた。


 あいつらもヴィクトリアに気があるのだろうか?

 多分あるんだろう。さもなければ、今日だって動いてくれなかっただろうし。

 だから、エリカの認識は正しいのだろう。


「このままだと血迷った男がヴィクトリアさんを襲う可能性もあります。ですから、そうならないための予防策として、”男除け用”ということで指輪を買ってあげてください」

「男除け?」

「そうです。左手薬指に指輪をはめておけば、それを見た殿方は相手がいると勝手に勘違いするでしょう。そうすればヴィクトリアさんを狙う不埒な輩も減るでしょう」

「まあ、確かに」


 ちょっと強引な理屈ではあるだが、確かに減るだろう。


「そんなわけで、買ってあげてください。ヴィクトリアさん、あなたからももっとお願いしなさい」

「ホルストさん、お願いします」


 ヴィクトリアが、犬がおねだりしてくる時のようなつぶらな瞳で俺をじっと見つめてくる。


 やめてくれ。まるで俺が非道な人間みたいじゃないか。


 俺は降参することにした。

 そこまで欲しいと言うのなら、買ってやるのはやぶさかではないし、エリカもいいと言っている。

 これ以上拒否する理由はない。


「それでは、この指輪を3つください」

「はい、畏まりました」

「わあ、ホルストさん、ありがとうございます」


 ヴィクトリアが俺に抱きついてきた。

 ヴィクトリアの柔らかいものが腕に当たる感触にドキッとする。

 ヴィクトリアのいい匂いが俺の鼻腔をくすぐり、頭がくらくらする。


 いかん。俺よ正気に戻れ。


 俺は何とかこらえると返事をする。


「おう。いいってことよ。気にするな」

「旦那様もこう言ってくれていますし、よかったですね。ヴィクトリアさん」

「はい」


 こうして俺はなぜかヴィクトリアの分の指輪まで買うことになった。


★★★


「それでは、お気をつけて」


 俺たちは宝飾店を出た。

 今日はこのまま家に帰る予定だ。


 帰り道、俺の後ろをついてくる女性陣が、余程うれしいのだろう、指輪を眺めながらキャッキャと騒いでいる。


「エリカさんの言った通り、本当に買ってくれましたね」

「しっ。そのことは秘密だと言ったでしょ」


 なんか気になる会話が聞こえてきたが、俺はスルーすることにする。

 終わった後であれこれ言うのは、俺の流儀に反するからだ。


 それよりも俺は前を見る。


「十分休憩を取ったことだし、明日からまたがんばるか」


 町から見える空は遮るものもなく、どこまでも青かった。

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