4-12 抱えきれないほどの花束を
舞台袖までステージの進行具合を確認しに行っていた静佳が息せききって戻って来た。
「あと二曲だよ。急がないと!」
静佳の一言で、全員が倍のスピードで動き始めた。
梓、響、鈴の三人は、楽屋の床を埋め尽くすほどの花一本一本にリボンを結びつけている。樹と柊は、リボンを結び終えた花を花束にあつらえる作業をしている。大人でも抱えきれないほどの大きさの花束はすでに三つまで出来上がっていた。四つ目の花束を作るべく、樹と柊、静佳も加わって花にリボンを結びつけ始めた。
ステージでは「フィールド・オブ・サウンド」の再結成ライヴが行われている。場所はかつて梓たちが練習場として利用していた例の公民館だ。
「立華さんたち、喜んでくれるかな」
「喜ぶに決まってる。静佳、口を動かさないで、手を動かして!」
作業にいそしむ響が静佳をせかした。
花は樹が摘んだファンの思いのこもった言霊で、リボンにはファンが寄せた一言メッセージが書かれてある。花束は、ライヴが終了したその時にファンの目の前でメンバー一人一人に渡す予定でいる。
「樹、お願い!」
梓は、リボンを結び終えた最後の一本を樹に手渡した。樹は素早く花束を編み始めた。さっきまで鳴り響いていたドラムが今は拍手に取ってかわられている。
「梓たちは先に行って。花束を作ったらすぐに向かうから!」
「わかった! 急いでね!」
樹にそう言い、梓たちは足元が見えないほどの大きさの花束を抱え、舞台袖へと走って向かった。
梓たちが舞台袖に到着すると、まるで押し出されるかのようにメンバーたちがステージから反対側の舞台袖へと去っていった。客席には「アンコール」の掛け声があがっている。
観客がメンバーの再登場を待っている間、梓は樹を待っていた。四つ目の花束を持ってくるはずの樹はなかなか姿を現さない。
じりじりしている間にも、メンバーがステージへと戻ってきてしまった。歓声がひときわ大きくあがる。
メンバー四人がステージに揃い、観客席にむかって手を振った。
「ねえ――」
樹はまだかと振り向きかけた瞬間、梓は背中を押され、ステージへと飛び出していた。梓の後ろに、同じく花束を抱えた響、鈴が続いた。あっと思った梓の目は、走ってきた樹から花束を渡された静佳をとらえていた。
「みなさん、こんばんは」
静佳の後に続いてマイクを握った樹がステージに姿を現した。何も知らないメンバーは、梓たちと樹を見やり、何事かと互いに顔を見合わせて困惑した表情を浮かべていた。
「立華さんが育てた花を売っている花屋の店長です。今日は立華さんがステージに立つということで、花を持ってお祝いにかけつけました」
樹がそう言いながら、目で合図を送った。合図を受けた梓たちがメンバーに花束を渡すと、観客席から拍手が沸き起こった。
「花には一本ずつ、リボンが結び付けられています。ライヴが始まる前、会場の皆さんにはメンバーにむけて一言メッセージを書いてくださいとリボンをお渡ししていたかと思います。そのリボンです」
そうだったのかとばかりに驚きと感嘆の声が観客席にあがった。メンバーたちはリボンを手に取り、メッセージに目を通していた。
「驚いたなあ。メッセージは後でゆっくりと、全員で全員の分を一つずつ読まさせてもらうとするよ」
立華の言葉にメンバーがそろって頷いた。
「うん……」
涙声でそう言ったきり、スタンドマイクのスタンドを握りしめて立華は黙ってしまった。
「ありがとう」「今日は楽しかった」――観客席から声が飛んできた。そのたびに会場を舞う美しい言霊に梓は見惚れていた。
「ありがとう」
しばらくの後、ようやくと立華が口を開いた。立華が頭を下げると、メンバーも深々と腰を折った。
「さてと。花束と今夜のお礼をしないとな」
そう言い、立華はぐるりとメンバーを見回した。メンバーは互いに顔を見合わせ、意を得たりとばかりにうなずきあい、それぞれの楽器の持ち場についた。
「今日は忙しいなか、来てくれてありがとう――って何だか結婚式のスピーチみたいだな」
立華が照れくさそうに笑うと観客席からも笑い声があがった。
「正直言って、この三日間のライヴが怖かった。『フィールド・オブ・サウンド』の再結成ライヴといっておきながら、『フィールド・オブ・サウンド』の曲は一切やらないと決めていたから、昔からのファンや最近ファンになってくれた人がどう思うかわからなかったからね」
言葉のかわりに好意的な拍手がパチパチと鳴り始めた。同時多発的にところどころで鳴った拍手はやがて一つの巨大な音になり、雷のように小さな公民館を震わせた。立華はしばらくの間、感慨深げな表情で拍手の音に耳を傾けていた。
再結成ライヴと言いつつ、この三日間のライヴで「フィールド・オブ・サウンド」が披露した曲はすべてカバー曲だった。古い曲から最近の流行りの歌まで、「フィールド・オブ・サウンド」が伝えたいメッセージを歌った曲のラインナップだった。その中には「図書室」の「ありがとう」という歌も含まれていた。
「最高のライヴだった!」
拍手の波に乗ってファンの一言がステージまで届いた。ファンに応えるように、立華が大きく頷いた。
「それじゃ、最後の曲にいこうとしようか」
立華はそう言い、バンドメンバーを振り返った。メンバーは何かを察しているかのように微笑んでいる。
「みんなには愛されているが、俺がもっとも嫌いで歌いたくない曲。なぜか。自分の言葉で作り、歌った曲ではないからだ。人に言われるがままにバンド名を変えてしまって以来、俺は他人の声が聞こえるようになった。この曲も、売れるような曲をかけと言われてつくった曲だ。売れ線を意識したから、この曲は大ヒットした。テレビの音楽番組でもコンサートでも何度もこの歌を歌った。自分の言葉でつくった歌という感覚が欠けていたから、自分で歌っていながら他人の歌を聞かされているような妙な感じだった。だから、二度と歌わないと決めた。人が歌っているところを聴くのも嫌だった。……だが、この歌を愛してくれる少年が現れた。彼は、他人の言葉を借りないと話すことが出来なかった。彼が歌うこの曲を聞いて、俺はあらためていい曲だと思い知らされた。いい歌は歌い継いでいくべきじゃないか? 俺は自分の言葉であることにこだわりすぎていた。いったん俺の体を出てしまい、多くの人に歌われたのなら、それはもう俺の言葉とはいえず、歌自体が俺とは別の魂をもっているのではないんじゃないだろうか。それを自分の言葉ではないと考えるのはおこがましいじゃないか。
それじゃ、聞いてくれ。
『フィールド・オブ・サウンド』で、『風の街』」
割れんばかりの歓声と共に大音響のギター、ベース、腹に響き渡るドラムが鳴り響いた。
「みんなも一緒に!」
立華が観客席にむかってマイクをむける。大勢の人間の声だというのにまるで一つの意思をもった声のように歌声は会場に響き渡る。
立華は、歌いながら梓たちを手招いた。
「行くよ!」
はじめに飛び出していったのは静佳だった。
「静佳、待ってたら!」
静佳のすぐ後に響、鈴が続き、梓も彼らの後を追ってステージへと踊り出た。
梓たちと肩を組みながら、立華は楽しそうに歌った。しまいにはマイクを放し、観客たちと声をあわせた。
「楽しいね」
合間合間に立華は「楽しい」という言葉を繰り返し口にした。
「楽しい」の言霊の花を樹が摘み、会場を後にする観客ひとりひとりに手渡した。花となった言霊は枯れても思い出は人々の胸に残り続けるだろう。
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