2-7 ふいの訪問客
オリジナル曲を作りたい――
口にしたのは響だったが、全員が同じ考えでいた。
意気込んだものの、曲作りは進まなかった。立華の花畑のガレージ兼作業場で聞こえる音はセミの鳴き声と髪を切るハサミのリズミカルな音だけだ。
ハサミを手にしているのは響、おとなしく髪を切られているのは静佳だ。夏休みの間、曲作りに励もうと毎日花畑のガレージあらため「バーンハウス」に集まっているが、曲どころかワンフレーズも思い浮かばない。退屈した響が静佳の髪を切ると言いだした。入学式前に父親に切ってもらって以来だという静佳の髪は夏の雑草なみに伸び放題だ。
「切ってもらえるだけ、ありがたいと思え」
静佳のスマホをのぞき込みなり、響がぴしゃりと言い放った。静佳は茶目っ気たっぷりに舌を出してみせた。スマホ画面にはアイドルの写真が映し出されていた。同じ髪型にして欲しいという静佳の「言葉」だ。
梓は、ギターの弦をそっとつまびいた。音は出る。音が紡ぐ物語は語られない。
「あのさ、思ったんだけど、いきなり音を考えるんじゃなくて、歌詞――言葉から作れないかなあ?」
「どういうこと、梓?」
ハサミを動かす手は止めずに響が問う。
「曲だからといって、音から作ろうとするから、なかなか出来ないんじゃないかなって。曲を作るぞって肩に力が入ってる感じ? かっこよくするぞ、とか、コード進行が、とかいろいろ考えすぎているんじゃないのかな、僕ら。でも、言葉なら簡単に出てくるよね? 今もこうして言葉を使っている。言葉もさ、口にすれば『音』なんだよ」
「なるほどね。あ、静佳!」
感心した響が手を止めた瞬間、静佳がガレージを飛び出していった。
「髪、まだ切り終わっていないのに」
十分後、後ろ髪の右半分だけが切りそろえられた静佳がガレージに戻ってきた。その手にコンビニの袋を提げている。静佳は袋から数冊のスケッチブックとマジックを取り出した。
「スケッチブック? 何に使うの?」
鈴が不思議そうに尋ねた。
《思いついた言葉を書いていこうかなって。音に出すだけだと空中に消えちゃうけど、紙に書いておけば目にみえる形で残るから》
「面白い! よぉし、やろう!」
静佳のヘアカットそっちのけで、響がスケッチブックを手に取った。
「夏休み」「夏の空」「白い雲」「流れて」……
書きつけてはページをやぶり、周囲に放り投げる。連想ゲームのように、はじめの言葉が次の言葉を生み、言葉がつながっていく。たちまちのうちにコンクリートの床には言葉を書きつけたスケッチブックの紙がしきつめられていった。
響、鈴が口にし、静佳がスケッチブックに書きつけるたび、言霊が生まれていった。
宙を舞うシャボン玉――梓の目には言霊がそう見える。言霊は、虹色の光を放ちながら、ふわり、ふわりと漂っている。
シャボン玉を音符にみたて、それらの位置を五線譜に置くと音になる。梓は、言霊を見ることができ、音としてとらえる。
五線譜を考え出した人間は言霊を空舞う不思議な玉として見る能力を持っていたのだろう。空中を舞う言霊の位置を五本の線の上に書き記す方法をあみだした。梓は勝手にそう思っている。五線譜の上の玉――音符をたどれば美しい音色が奏でられる。それこそが言霊の音色だ。
宙を舞う言霊を目で追い、頭の中の五線譜の上に置く。その音をギターでかき鳴らす。
「いいんじゃない?」
音が刺激になり、言葉が生まれる。響をはじめ、鈴も静佳も無心でスケッチブックに言葉を書きつけている。言霊はひっきりなしに生まれ続けた。言霊を音として聞きながら、梓はギターを鳴らす。
ギュイイン
突然鳴った不愉快な音に、全員が同時に耳を塞いだ。
「梓!」
響が梓を睨みつけた。
「ごめん」
何も考えずに言霊を拾い続けていたら、妙な音を拾ってしまっていた。音というより叫び声――いや、悲鳴に近い。誰の発した言霊だったのだろう……。
「ずい分賑やかだと思ったら」
ふいに聞こえてきた男の声で、悲鳴の言霊がシャボン玉のようにパチンと弾けて消えてしまった。
声のした方を振り返ると、ガレージの入り口に四人の男が立っていた。右からきれいにクレッシェンドを描く背の高さだ。声をかけてきたのは革ジャンを着た一番背の高い細身の男だった。
「君たちは立華の知り合い?」
男の髪は白髪まじりだった。立華と年が近いのだろう。男の方こそ、立華の知り合いだろうと思いながら梓は「はい」とこたえた。
「立華さんのお知り合いの方ですか?」
「うん、そうだね。農家つながりの知り合いだよ」
男たちは互いに顔を見合わせながら、含み笑いを浮かべて頷いていた。
「ここで何しているの?」
「立華さんの厚意でこの場所でバンドの練習をさせてもらっているんです」
「なるほど、それでギターの音が聞こえてきたってわけだ」
「学生さん? 高校生?」
二番目の男が尋ねた。髪は黒々とし、口元にたくわえた髭も黒々としている。見覚えのある顔だ。
「高校生です。僕ら、高校の軽音学部のバンドです」
「立華とはどうやって知り合ったの?」
紫いろのベレー帽をかぶった三番目の男が尋ねた。
「立華さんは、僕の兄がやっている花屋に花を卸していて、そこで知り合ったんです。練習場所に困っていた時に、それなら自分のガレージで練習すればいいって。スタジオ借りなくて済むから助かってます」
「僕らも練習場所の確保には苦労したもんだ。なあ、糸井」
ベレー帽の男に「糸井」と呼びかけられた一番背の高い男が「そうだな」と言いながら、梓のもとに近寄ってきた。
「ここにある楽器は……君たちの物ではないね?」
「違います。立華さんの物です。好きに使っていいって言われてますけど、楽器は僕ら自分の物があるので。鈴は……えっと、ドラム担当のメンバーだけ、ドラムを借りてますけど」
「なるほどね……」
糸井という一番背の高い男は、ギターを手に取った。「フィールド・オブ・サウンド」で使われていたギターで、恐れ多くて梓が触れもしないでいるギターだ。
「きちんと手入れされている」
糸井がギターの弦をつま弾いた。とたんに全身が総毛だった。梓が鳴らすギターの音とはまるで違う。
「じゃ、俺も。土橋も来いよ」
「別所が鳴らすなら」
ベレー帽の土橋、黒ひげの別所がそれぞれベースとドラムを借り、土橋のスティックでの合図とともに演奏を始めた。曲は「フィールド・オブ・サウンド」の「風の街」。
立華に弾くなと言われているため、バーンハウスでは絶対に練習しない曲だ。またしても全身の毛が逆立つほどの興奮が梓を襲った。同じ曲だというのに、梓たちとはまるで違う音が出ている。立華に聞かれたら怒られると危ぶみつつも、彼らの音に魅入られた梓たちは聞き入らずにはいられない。
「うまくなったと思ったら」
ガレージの入り口に立華が立っていた。
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