保険
「は? 亡命?」
牽制とは違う別の理由。
それがあっさり話されたことに、アレンは思わず呆けてしまう。
「別に命を狙われてるってわけじゃねぇですよ? 単に保険作りの一環です」
しかし、シャルロットは髪の毛を拭きながら言葉を続ける。
「私は探求に研究に発明ができりゃそれでいいんです。ぶっちゃけ、嘘だらけの統括理事局の席になんて興味もないですし、固執もないです。そのために何かあった時の逃げ出す宛てだけは今の内に揃えたいんですよ」
自身の研究ができればそれでいい。場所など関係ない。
もし何かあったとしても、他に受け入れてくれる場所があれば自分を守ってくれる。
そのために、自分の有能性をパーティーという名目で知らしめ、守るほどの価値があると認識させる。
シャルロットという天才が足を運んだ理由は、牽制でもなんでもなく―――保険。
「……そんなお前、狙われるような人間だったのか? やめてくれよ、やっぱり側だけ可愛い疫病神だったのかよ!?」
「いやいや、これといって目立って狙われてるわけではないですよ? まぁ、そういうこともいずれはあるだろうって話です」
タオルを置くと、シャルロットは持ってきたカバンに手を突っ込む。
すると、筒状の何かを取り出してそのまま自身の髪に向け始めた。
聞こえてくるのは、少し強い風が吹く音。それが気になって、アリスはシャルロットの横に座って興味深そうに眺め始めた。
「ねぇねぇ、それなぁに?」
「これですか? ドライヤーっていう私が作ったもので、温かい風を出して髪を乾かせるもんです」
「え、嘘っ!?」
アリスの目が輝く。
貸して、と。キラキラした瞳を浮かべたまま、両手を差し出す。
シャルロットはアリスに貸すことはしなかったが、そのまま艶やかな金髪に向けて当て始めた。
「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!! これすっごいっ! ずっこい!!!」
「ふふんっ! 乙女的にはほしいものでしょう? 需要に応えた画期的なもんですよ!」
「髪がすぐ乾けば、痛むこともない……ッ!?」
なんて凄いんだと、アリスはドライヤーを見て震え始める。
それが嬉しかったのか、シャルロットは口元を緩めるとそのままアリスに渡した。
「お近づきの印にあげますよ」
「え、いいの!?」
「うちにいっぱいありますし、別にいいです。そこで目を輝かせている二人と一緒に使ってください」
視線を横に向ける。
膝枕されていたはずのセリア、加えて自分のベッドで寝ていたジュナ。
二人共、今のアリスのように目を光らせている。上品であり、それでいて美しい彼女達にしては珍しく子供らしい。
「……そんなキャラブレするほどいいもんなのか? 髪なんて、ほっときゃ乾く―――」
「ご主人様殴りますよ?」
「……焼くよ?」
「おにいさま、乙女がどれだけ髪に苦労してるのか分かってないでしょ?」
「……いや、なんとなく今の発言で分かったよ」
失礼な発言に容赦なく暴力を振おうとしてくるぐらいには重要なことなのだろう。
アレンは乙女の苦労を乙女の発言で学んだ。
「ふふっ」
ジト目が終わり、アリスの下でドライヤーを興味深そうに観察し始めた二人。
その光景を、シャルロットは嬉しそうに眺めて笑みを浮かべていた。
「餌に群がる猛獣見て面白いか?」
「猛獣に見えるのは、あなたにデリカシーがないからだと思いますけどね」
そうじゃなくて、と。
「そりゃ、嬉しいでしょうに……自分の発明で誰かが笑ってくれてんですよ? 発明冥利に尽きるってやつです」
シャルロットの浮かべている表情は、子供が自分の玩具に興味を持ってもらった時とは違う。
誰かの役に立っている―――そんな、大人びた崇高なものから来ているような気がした。
それがどこかアレンの胸を温かくしてしまう……そうだな、と。同じように笑みを浮かべるぐらいには。
「ちなみにですけど」
「ん?」
「私がいれば、すっごいお得ですよ?」
今度は悪戯っぽい笑顔。
本気とも冗談とも取れる発言に、アレンは肩を竦めた。
「これ以上美少女を増やしたら、アリスが誰を「お姉ちゃん」って呼べばいいか分からず混乱しちゃうよ。お嬢さんの瞳にはそんなに魅力的な男に見えますかね?」
「三十九点じゃないです?」
「どのに対する評価でも落ち込むんだが……ッ!」
せめてあと一点はほしかったと思うアレンであった。
「まぁ、それは冗談として。少なくとも私には魅力的でしたよ」
シャルロットは指を折って数え始める。
「魔法国家のナンバーツーに加えて、元セレスティン伯爵家の神童……小国だとしても国民からの不満は少ない。旅行先のリストに名前があったら、真っ先に選びますとも」
「……そうか?」
「あなたは、もっと周囲の評価に目を向けるべきです、王国の英雄さん―――あなたが思っている以上に大国では有名キャラですよ」
アレンはその話を聞いて頬を引き攣らせる。
のんびり平和に。戦争なんてまっぴらごめんな男の子は、恐る恐るシャルロットへ尋ねた。
「そ、それって俺が目もくらむほどイケメンって話だよな……?」
「悲しい方のご想像にお任せしますっ♪」
「……ですよねー」
なんか泣きたくなってきた。
まだまだからかうような笑みを浮かべるシャルロットに対し、アレンは瞳に涙を浮かべるのであった。
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