第100話

 




 エルフの国。

 それは本来のゲームストーリーが始まる時間軸では存在していない。

 この種族が見目麗しく、鑑賞、愛玩に適している事から聖フェルディナンド法国に終始狙われており、その結果戦争にまで発展、しかし奮戦虚しく滅亡するからである。


 エルフ達は多数が捕えられ、残った者達も樹海中のあちこちへと散り散りとなったあとは、それぞれが大なり小なり集落を作って暮らす事になる。


 そして、美しき女王は森の彼らの安全と引き換えに法国にて囚われの身となった。

 その盟約が口約束と知りながら、彼女は人々の為に己を犠牲にしたのである。

 子細を知った賢人達が彼女を救助に来ても、それでも彼女は法国から出ようとはしなかった。

 己がそこに居る事で助かる命が少しでも増えるなら、それでいいと。


 ゲーム内では主人公が隣国である法国と対立した上で、魔国と王国を味方に付けた状態でなければ発生しない女王奪還イベントまで、彼女はそのまま、銀色の檻の中で涙を流し続ける。


 なお、救助の際に起きる様々なイベントの結果次第で、彼女がどうなるか分からないのはゲームの仕様である。


 檻の所有者と無理心中、人質になり助けられず死亡、檻から解放しても他のエルフを庇って致命傷を負い死亡、助けられたとしても時間がかかり過ぎていれば目の前で衰弱死、もしくは既に冷たくなった状態で発見してしまう。


 賢人は不老ではあるが、不死ではない。

 心身虚弱状態、しかも呪いに満ちた土地で絶えず自分以外のエルフを呪いから護る魔法を行使しながら、毎日魔力の枯渇した状態になるまでその場に留まったのは彼女の選択である。


 賢人には変人も多いが、本質は皆共通して善人だ。

 誰かの為に己を犠牲に出来る程の献身と、それを貫ける強い心を持っている。

 だからこそ、彼等は己が助けられる存在なら救おうとしてしまうのだろう。


 中でも彼女、ティリアは特に心優しく、美しい賢人だった。

 そんな優し過ぎる彼女が女王となってしまったのはエルフ達にとって幸運でもあり、不運でもあったのかもしれない。












 腹の中で澱むような怒りの感情を無理矢理落ち着ける為に、いつものように息を吸って、吐く。

 それから情報を整理する為に思考を巡らせながら、問い掛けた。


「………………あの国の神が、邪神?」

「はい、ご存知の方は少なく、今はもう賢人くらいしかいらっしゃらないと思いますが、フェルディナンドというのは邪神を祀っていた神官の名前です」


 淡々と、しかししっかりとした答えが返ってきた事で、情報を整理する為に思考を緩く回転させる。


 つまり、何がどうなったのかは外国の事なので詳しくは分からないが、あの国はエルフ達にとって邪神と呼ばれる存在を唯一神と崇めている、という事になる。

 それがこの世界の定義的に完全に邪神と分類される存在なのか、それともエルフ達の敵だから彼等が邪神と勝手に呼んでいるだけなのか。

 ……どちらにせよ、確認しなければならないか。


「……どういう神なのかは、ご存知か?」

「呪いを振り撒き、それを媒介に人々のありとあらゆる力を吸い取って己の糧としている、というのがワタクシの知っている邪神の力ですが、……実際にどういう神なのかは、……申し訳ありません……」


 用意された茶菓子やら紅茶のような何かに手を付けることも無いまま、彼女は唇を震わせた。

 今にも泣いてしまいそうな悲しげな顔で、目を伏せる。


 ほぼ彼女の主観の情報とはいえ、その能力が本当ならヤバさしかない。

 いや、呪い撒くとかどう考えても邪神じゃん。邪悪じゃん。そら邪神って呼ばれるわ。仕方ないね。


「謝る必要は無いはず、気にする必要も無い」

「ありがとうございます……」


 説明を望んだのはこっちの方なのに何故か謝罪してしまった女王様には、フォローの言葉を掛けておく事にする。

 しかしどう頑張っても冷たい口調で冷たい言葉しか出て来ないんですけど、さすがはオーギュストさんである。ごめんね女王様。


「ではその邪神、今は?」

「今は、……そういえば、不気味な程に静かです」


 私に問い掛けられた事で気付いたとばかりに瞼を上げた彼女が、苦しそうに呟いた。


 いやそれどう考えても嵐の前の静けさってやつじゃんやだー。


「嫌な予感がするな……」

「……そう、ですね。しかし、ワタクシにそれをどうこうする力はありません……」


 正直、私の仮説が正しければそんな事は無い筈なのだが、長年の経験やら何やらが邪魔しているだろうから、多分彼女はその壁を越える事が出来るとは気付いていないのだろう。


 何せシルヴェスト老から渡された賢人取り扱い説明書には“賢人の魔法はイメージ”と書いてあったのだから。

 つまり、イメージ出来なければ魔法が使えないという事なのである。


 だとしても私がそれを出来るのかは全然分からないし、出来たとしても彼女の問題を勝手に解決する訳にもいかないような気がする。

 なんかこう、もっと色々な情報が欲しい。

 具体的に言うと邪神について知ってる人からの情報が。


 それよりなにより一人で行動すんの寂し過ぎるんで協力者が欲しいですマジで切実に。


「……他の賢人達に助力を願えないのだろうか?」

「戦う事に特化した賢人は、グレモスとグランツ、それからあなたも知っているかもしれませんが、人間の賢人、ジーニアスの三人です、でも……」


 三人も戦える人居るとかめっちゃ良いじゃん、と若干嬉しく思う私の内心と反して、彼女は言いにくそうに口ごもった。


「何か問題が?」

「グレモスは貴方のように万能型で賢人の中では一番強い方……ですが、私と同じように国の王です。……しかも、とても大変な性質の国の」


 あー……、国王様なら確かに好き勝手には行動出来ないか……。

 オーギュストさんの住んでる国の王様でさえ自由に外には出られてないみたいだったし、どこの国も王っていうのは大変なのかもしれない。知らんけど。


 ところで、よくオーギュストさんが万能型だって分かったな女王様。

 なんだろ、観察眼?


「グランツは確かに戦えますが身体強化のみで魔法が使えません。

 ジーニアスは、人間の賢人ですから、賢人の中では一番脆い……」


 うん、なんか偏ってるな……。

 国と戦うってなったら、確実に死にそう。

 っていうかそれだと、頑張らなきゃいけないの私じゃないか。めちゃくちゃ頑張らないと駄目じゃないか。やだ。


「三人ともに来て貰えたなら、打開する事も出来るでしょうけれど、難しいと思います」

「なるほど……、打診してみたことは?」


 確認の為の質問をした所、物凄くキョトンとした顔をされてしまった。

 考えた事があるのか、若干怪しいくらいのキョトン顔である。


 それでも少しの逡巡と、それから小さな納得を表情を浮かべた彼女は、ふるふると頭を振った。


「……ありません……」

「では彼等は、貴方の現状に対して何を?」

「……それが、皆さん困った事があればいつでも呼べと言ってくださって……お忙しいのに本当に優しい方々です」


 嬉しそうに、誇らしげに微笑む彼女の表情と雰囲気から、私は全てを察した。


 これは誰かに頼るという選択肢が一切無いタイプの人の、無意識による遠慮だ。


 よく居るよねこういう人……そんで誰にも助けられないような状態になって周りが大慌てするんだよね、なんでもっと早く言ってくれなかったんだってさ。

 マジかぁー……えぇー……いや、ちょっと……これは駄目でしょ、駄目だわ。

 なんか、なんか無いのか。


「……連絡手段は?」

「え? あぁ、実は私室に魔道具があるのです。グレモスさんが、森の外に出られないワタクシに少しでも外が見られるようにと作ってくださった物なのですが、通信にも使えるようにもしてくださっていて」


 ほんのり頬をピンクに染めながら、彼女は微笑んだ。


 グレモスさんというと、どこかで王様をやってるという人だろうか。

 万能型というのは本当に万能らしい。


 オーギュストさんもやろうと思えば出来てしまいそうなのがなんとも言えない。

 知識が微妙だからどんな物が出来るのか不安しかない、ゆえに、やらないでおこうと思います。


 それよりなにより、誰かに連絡する手段があるのは良い事だ。やったぜ。


「……持って来て貰っても構わないだろうか」

「……どうなさるおつもりなのです?」


 やらない後悔よりやる後悔、やらない偽善よりやる偽善。

 誰が言ってたのかさっぱり思い出せないけど、そういう事である。多分言ってたのお父さんだけど。


 何もしないままで放置して帰るなんて寝覚めも悪いし、なにより後から来るという不定形賢人さんから何を言われるか分からない。

 私個人は、嘆かれたり幻滅されたりするのは嫌いだ。

 極力そんな事態にはなって欲しくないし、なりたくない。そんな人間はドMだけで充分だ。つーか私はMじゃないので、そういうのに幸せなんて感じない。


 誰だって嫌われるのは怖い。

 かくいう私も誰かから嫌われるのは嫌だ。


 だからこれは、ただの保身だ。


 不思議そうに首を傾げる美女をしっかりと見据えながら、私は緩く口の端を上げて笑う。


「まずは出来ることから。嘆くのはそれからでも遅くはない筈だ」


 ドヤ顔で言ってしまった気がするが、オーギュストさんの顔ならめちゃくちゃカッコイイだけなので良しとしよう。


 意気込んだものの、どうしようかなと思ったその時だった。

 入口のドアが勢い良く開く。


「待たせたね! 小生だよ!」


 どばーんと効果音が付きそうな登場をした不定形賢人さんに、ちょっとホッとする。

 噂をすればなんとやらというか、主役は遅れて登場するみたいな登場である。

 今思ったんだけど登場何回言うんだろう自分。まあいいや。


「……本当に遅かったな?」


 確かに後から来るとは聞いてたけど、大分遅くない?


「仕方ないだろう? 小生は徒歩なんだよ?」

「賢人は転移魔法が使えると聞いていたのだが」


 私が胡乱気に眺めた次の瞬間、不定形賢人さんはドヤ顔で胸を張った。


「だから今飛んできたのさ!」

「つまりさっき思い出したのか」

「その通りだよ!」


 どおりで遅いと思ったよ。

 この人の事だからどっかで道草食ってるんじゃないかとか思ってたけど、それ以前の問題で若干悔しい。


 そんな私を置いて、女王様がはんなりと笑った。


「アビスさんいらっしゃいませ、この間振りですね」

「やあティリア! 息災なようで何よりだ!」

「本日はどうされたのです?」

「我が弟子、新しい賢人オーギュスト・ヴェルシュタインの付き添いだよ! 何か粗相はしていないかね?」


 効果音を付けるなら、ここはやっぱり“ぎくっ”とかだろうか。

 “どきっ”にしてしまうと恋に落ちるイメージがあるっぽいから仕方ないかもしれない。

 ところでどうして“ぎくっ”なんだろう。何から来てるんだろう。知らんけど。


 現実逃避でそんなどうでもいい事を考えながら、目を逸らす。


「おや? もう既に何かやってしまったのかね?」


 物凄くニヤニヤした顔を向けられて若干イラッとした。


 なんでちょっとワクワクしてんだこの人。腹立つな。


「実は、エインフィリスを殺してしまいそうになっていました……」

「ふむ? 誰だったかな」

「この国の英雄です、ほら、人間嫌いの」

「あぁ、あの肉の塊! なるほどなるほど、よくやった弟子よ! 小生も一回殴りたかったんだ! だっはっはっはっはっは!」


 爆笑である。

 やったー、何か知らんがウケたぞー。なんも嬉しくねぇ。


「笑い事ではないのですよアビスさん、本当に殺してしまうかと思ったのですから……」

「そのくらいは良いだろうさ、あ奴のせいで何人の人間が死んだ事か!」

「その節は、ご迷惑をおかけして申し訳ございません……」


 わざと女性らしく、プンプンと怒った風に可愛子ぶってる姿にまた若干イラッとするけど、それよりもどん底まで落ち込んでしまった女王様の方が問題だった。

 空気の読めない不定形賢人さんでもさすがに慌ててフォローへ回る。


「何故ティリアが謝る? 妙な矜恃と意地と差別意識に囚われた者が一番の害悪だと言うのに」

「あの子は悪くありません、この国に縛り付けてしまったワタクシが駄目なのです……」


 あ、これあかんやつや。


「ティリアよ、そのネガティブ思考なんとかならんかね」

「そんな事言われましても……」


 呆れたように肩を竦める不定形賢人さんに、女王様が困ったように首を傾げる。


 自覚無いネガティブはなかなかタチが悪いぞ……?


「それで? 卿らは何をしているのかね?」

「…………ヴェルシュタインさんが、通信魔道具を使いたいと仰るので……」


 話題を変えるついでに空いていた席へ勝手に座るのは、さすがと言うべきなのかもしれない。


「ふむ、弟子よ、何をするつもりなのだね?」

「この国の事情を知る他の賢人に連絡を取ってみようかと」

「あぁ、なるほどなるほど、そういう事かね」

「はい」


 ついでに、たったこれだけの説明で全てを理解してしまうのも、さすがなのかもしれない。


「よぉーし! こういう時こそ小生に任せたまえ! どうせ卿らは上手く話せないだろうしな!」


 ドヤ顔がとても腹立つけど、それが心強く思えてしまったのも、地味に腹が立つのであった。











「どうして、どうして私が謹慎なんだ!!」


 贅肉に包まれた腕が木製のテーブルを叩き割った。

 乾いた音と共に木片が辺りに散らばり、埃が宙を舞う。

 目撃してしまった使用人は余りの恐怖に怯え、そそくさと室内から逃げ出して行く。


「私はこの国を護る存在だ……! 謹慎などしたら一体誰がこの国を護るというのだ……!!」


 焦り、悲しみ、動揺、それらが混ざった感情が、その人物の安定していた魔力を乱した。

 じりじり、じわじわと揺れる魔力が、散らばった木片を更に細かい破片へ変えて行く。

 

「私は英雄だぞ……! この国の為に生きている、英雄だ!」


 怒鳴るたびに漏れ出る魔力と振動でぶるぶると贅肉が震えているが、それは怒りによる震えなのか、単純に振動だけで震えているのか判別が付けづらい。


「どうして、下等な存在を気にかけるのですか、どうして……!」

「ご主人様、お身体に障ります、どうかお鎮まりを」


 嘆く主へ、従者が声をかける。

 しかし傍に駆け寄るようなことはしない。

 それが危険だと理解しているからだ。


「うるさい! 貴様も私をどうでもいいと思っているんだろう!?」


 怒りによって外へ向けられた魔力が、圧力となって周囲に拡がる。

 ともすれば内臓が潰れてしまいそうなそれを受けながら、従者はなお口を開いた。


「……ご主人様、お鎮まりください、先程ご自分でも仰っておられましたように、貴方様は英雄なのです」

「そうだ! 私は英雄なんだ、敬われるべき存在なんだ……!」


 それは己に言い聞かせているのか、それとも本心なのか。

 どちらとも取りづらい、感情の分かりにくい声音で叫びながら、顔を伏せたのだった。




 

───────​───────

ここからは自転車操業になるので不定期更新となります。

書けたら載せていくスタンスなので、全然更新されない場合は他の作品を頑張ってるんだなと思っていただければ幸いです。

まったり参ります。

(なお、書籍一巻は発売中だったりします。良かったら探してみてね( ᐛ ))

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヴェルシュタイン公爵の再誕~オジサマとか聞いてない。~【カクヨム版】 藤 都斗(旧藤原都斗) @mokyuttmokyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ