第89話

 





「妹が、申し訳ありませんでした」

「気にしなくていい」


 深々と頭を下げられながらの全力の謝罪である。

 日本なら多分土下座したんじゃないだろうかと思うくらいの勢いの謝罪に慌てたのは私の方だ。

 だけどそんなの表には出せないし、でもわざわざ糾弾するもんでもないしでこの位のことしか言えなかった。


「そう言われても、失礼なものは失礼ですし、ほらベル! あなたも謝りなさい!」

「はぁい、貴族のおじさんごめんね」


 わぁ。反省してる気しねぇ。

 このくらいの子供って大体こんなモンだよなぁ。怖いもの知らずというか、礼儀も何も無い感じ。

 まぁ、尊敬出来るかどうか分からん大人に対する子供の態度にしてはまだ可愛い方なんじゃないだろうか。


「……ベルちゃん?」

「ごめんなさいでした!」


 笑顔なのに寒気がするようなお下げちゃんの呼び掛けで、ツインテちゃんの背筋がピシッと伸びた。

 本当に悪いと思ってたのかは怪しいけどまあいいや、と思ったのかは定かではないが、お下げちゃんは、ふう、と小さく溜息を吐く。


「でも謝罪だけじゃダメだわ、何か誠意を見せないと」

「えええ!? もー……なにしたらいいのよ……」


 お下げちゃんの容赦ないげんに、こころなしかツインテちゃんのツインテールがへにゃりと下がっているような錯覚を受けつつ、助け舟を出す事にする。


「…………ふむ、では許す代わりにその呼び方、変えてもらえないかね」

「呼び方?」

「貴族のおじさんは、私以外にも居るのでね」

「あ! そっかぁ!」


 私の改めての要望にツインテちゃんは怪訝な顔をした後、それなりに尤もな私の言葉で納得したのか、ぽむ、という音が立ちそうな速度で手を叩く。

 漫画とかでたまにある、『なるほど!』と掌に拳を付けるように叩く、なんかそんなアレである。

 なんて言うのこれ?


「うーん、じゃあなんて呼ぼうかなぁ」

「せめて失礼のない呼び方にしなさいね?」

「もぉーねえさまうるさいぃー、やめてよ浮かぶものも浮かばなくなるでしょお!」

「分かったわよ……」


 ぷんぷん! と聞こえてきそうなツインテちゃんの反論に、お下げちゃんは渋々ながらも納得したようだった。

 そして当のツインテちゃんはというと、うーんうーんと悩む声を大きく口に出しつつ眉間へ皺を寄せ、更に首を傾げた。


 なんかめちゃくちゃ悩むね。そんな悩まなくても良いと思うんだけど。


 私がそんな事を考えたその時、不意にツインテちゃんは顔を上げた。


「ねぇ精霊さまは貴族のおじさんの事なんて呼んでるの?」

『僕らはギィって呼ぶよ』

「ふむふむなるほど、じゃあギィおじさん?」

『なんかそれ、呼びにくくない?』

「たしかに……、じゃあもうギィさんでいっか」


 あぁ、面倒くさくなったんだなこの子。

 あと、少年精霊さんが居ると思っている方向に晴れやかな顔を向けるツインテちゃんだが、残念ながら精霊さんは君の後ろにいます。


 ほんわかした空気になりそうだったその時、お下げちゃんは厳しい声を上げた。 


「ベル! それはダメ!」

「なんで? 精霊さまは良いのにベルはダメなの?」

「精霊さまは良いのよ! だって精霊さまだもの! でもベルは平民よ!? ダメに決まってるじゃない!」


 一般的な常識人のお下げちゃんからすれば、許容出来るものではなかったのだろう。

 声を荒らげ、怒鳴っているのに近いくらいの声に、ツインテちゃんの肩が震える。

 だけど、それで静かになるほどツインテちゃんは素直な子じゃなかったらしい。

 悔しそうに顔を歪めたあと、彼女は実の姉を睨み付けた。


「なんで!? なんでヘイミンだとダメなの!? ねえさまの言ってる事わかんないよ! ぜんぜんわかんない!! それじゃ、あの神父さまと同じじゃん!」

「ベル!! いいかげんにしな!」


 そこまで言われて、ついにツインテちゃんの口は閉じてしまった。

 突然の重い空気と、拗ねて涙目になってしまったツインテちゃんと、それからどこか苦しそうに顔を歪めたお下げちゃん。


 本当はそんな事言いたくなかったんだろうけど、ここでちゃんとしてなかったら今後ツインテちゃんの身が危険になるだろうから、姉として頑張ったんだろう。


 気持ちは分かるけど、それよりちょっと言いたい事があるので言わせて欲しい。


「…………少し、良いかね?」

「あっ、はい、すみません、見苦しいですよね」


 自分が言ったのに傷付いた顔をしているお下げちゃんは、きっと本当に良い子なんだろう。

 まあ、こうやって賢人に直談判に来てるってのと、精霊に可愛がられるくらい好かれてる事からも、この子達が凄く良い子なのは決定事項のようなものなんだけど、改めて思わされた気がする。


「気にしなくていい。それよりひとつ、言っておきたい事があってね。すまないが聞いてもらえるだろうか」

「なによ? どうでもいいはなしだったら怒るからね」

「……ベル!」

「ふんだ!」


 ツインテちゃんはもう拗ねきってて、口を尖らせてるわ眉間の皺は凄いわ、なんかもう酷い顔になってるけど、どうやら私の話は聞く気はあるらしい。

 ぷいっと顔を背けながらも、席を立つことは無かった。


「……私は確かに貴族だ。それは変えられないし、変わる事も無いだろう」


 神経を逆なでないように意識して落ち着いた声音を発しながら、事実を述べる。


「だが、貴族であると同時に、賢人だ」


 断言すると、ツインテちゃんは拗ねながらもどこか不思議そうな表情をその拗ね顔に混ぜ始めた。

 めっちゃ器用だなこの子。


「賢人とは立場に左右されないもの。つまり、私にとって貴族という立場は無意味。

 ゆえに、アリエッタ、君のその意見は申し訳無いが不要なものだ」


 一息で言いたかった事を全部言い放つと、黙っていられなくなってしまったお下げちゃんが慌てたように口を開いた。


「で、でも、公爵さまって、凄く偉い貴族なんですよね?」

「貴族とは有事の際民の生活を守る者の事、それは平民である冒険者や騎士達と変わらない」

「そ、そうなんですか?」


 説明したものの、なんかめっちゃ不思議そうな顔をされてしまってふと思い出した。


「そういえば神父はその辺りの教育を周知していなかったのだったか」

「……はい」


 なんかお下げちゃんめちゃくちゃ落ち込んでしまったけど、君達が悪い訳じゃないからね。

 悪いのは教育を意図的にサボってる神父です。しんだらいいのにね。


 精霊さん達が貴族の成り立ちとか気にしてる訳ないから彼等は除外します。

 あいつらに教育など向かない。それはツインテちゃんを見れば分かる。

 この子のこういう態度やのびのびとしたその性格は、全て精霊に育てられたようなものだからだろう。


 まあ折角なので、オーギュストさんの知識にある貴族の成り立ちから、現在の貴族の在り方というか帝王学的なアレを説明しようと思います。

 長くなるので割愛しつつ、子供にも分かるようになるべく分かりやすく、かつ簡単に説明しよう。

 難しいなオイ。


「貴族という立場の者の中には、それを都合良く利用して悪い事をする者も確かに存在する。

 だがそれは周りが見えていない証拠だ。君達の街の神父が責めるのはそういった貴族の事だろう」


 頭の中でなるべく難しくない言葉を選んで、組み立てながらの説明である。

 頑張ってるけどこんなんでいいんだろうかと思いながらだったものの、それは上手く彼女達の興味を引くことが出来たらしい。

 姉妹は姿勢を正しながら、じっと私の話を聞き始めた。


「貴族とは、この国に住む者達の為に、この国を作った王が作ったもので、本当は無かったものだ」

「でも貴族ってえらいんだよね?」


 ふと、ツインテちゃんがもっともな疑問を口にした。

 子供だからこその純粋なそれに、小さく頷いて見せる。


「そうだ。だが民を守りやすくする為にそうなっただけで、民が居なければ偉くも何ともないよ。

 その偉い、偉くないの上下が存在しているのは、守る者と守られる者を分ける為だからね」

「どうしてですか?」

「分けておかないと混ざって分からなくなるだろう?」

「なるほどぉ」


 お下げちゃんの問いに答えると、何故かツインテちゃんの方が納得したような声を上げた。

 腕を組み、感心したようにうんうんと頷いている。

 そんな妹を見てか、姉であるお下げちゃんは少し考えるように下を向いて、それからパッと顔を上げた。


「でしたら、どうして国王様はその、神父さまの言う“腐った貴族”をそのままにしているんですか?」


 なかなかに核心を突いた質問である。


「本来なら罰が与えられ、その貴族は貴族ではいられなくなる。だが今はそれが出来ない」

「なんで〜?」


 子供特有の間延びした疑問の声に、物凄く何となくなんだけど、小学校の先生になったような錯覚を受けた。


 うん、これ結構真面目な話なんだけど、ツインテちゃんすげぇ呑気だな。

 いや、別に良いんだけども。


「貴族の数が少ないからだ」

「はいっ! なんで少ないとダメなんですかっ?」


 うん、小学校なのかなここ、私先生じゃないんだけど。


 手を挙げて元気よく質問してくるツインテちゃんの呑気さについそんな事を思ってしまいつつ、それでもなんとか答えを口にする。


「一人の貴族に沢山の仕事を任せる事になってしまうからだよ。

 最初はそれでも良いだろうが、いずれその人は疲れてしまう。それがあちこちで起きてしまったら、国が国ではいられなくなってしまうだろう」


 早い話が居ないよりは居た方がマシ、って事なのである。世知辛いね。


「でもそれじゃ、腐った貴族に守られる人達はどうなっちゃうんですか?」


 お下げちゃんが少し怒ったような顔で、民としての不満を疑問として出す。

 それは至極当然で、そしてこの国の一番の問題点だった。


「どうも出来ない」


 そりゃあ何かしら救済策を取るべきだろうとは思うけど、国がそんなん全部把握出来るかって言うと難しいんじゃないだろうか。

 なんせあのヘタレな王様だし。いや、前になんか晴れやかな顔で見送られたから、今どうなってるか分からんけど。


「でも、すごくつらいってみんな言ってるよ」

「国としてもなんとかしたいだろうが、今はどうしても無理な状況なのだよ」


 まあ正味な話、出来るなら既にやってると思うんだよね。

 出来てないって事は、まだ準備が出来てないんだろう。


 つーかこれ勘なんだが、腐った貴族多過ぎると思うのこの国。

 宰相が腐ってるんだからそりゃあ多いだろうと思うけど、だとするとそれ全部粛清したらマジで国が詰むんじゃないか?

 次世代が育つまで、ある程度は放置しなきゃいけないんだろうなぁこれ……。


 どうしたもんかと思ったものの、私に何が出来るのかよく分からないので放置するしかないのが悲しい。

 国よりまず自分の領地なんとかしろって言うな。

 分からんのだよこんちくしょう。まじ統治って何すんの。分からん。


「……なるほど、これが今この領地でも起きていた事なんですね」


 ふと、黙り込んでいたお下げちゃんが何かに気付いたようにハッと目を見開いた。


「鋭いな、そういう事だ」


 中々の洞察力である。

 賢い子はお姉さん好きだよ。すばらしいね。


「ねえさまあたしわかんないんですけどぉ」

「あのね、ベル、お国の偉い人は色々頑張ろうとしたけど、ちゃんとした理由があって今は出来ないの。

 でも私たち住んでる人は何とかして欲しくてしょうがないの、そういう喧嘩をしようとしてたのよ、街の人たち」


 わざわざの分かりやすい丁寧なご説明本当にありがとうございます。お疲れ様ですお下げちゃん。


「なにそれ! それじゃどっちも疲れちゃうじゃん!」

「そうなのよ、それが分からないように、あのくそ神父、私たちに勉強させなかったのよ!」

「はあ!? 分かってればそんないみわかんないケンカしないに決まってるのにあのくそ神父!!」


 別の方向に怒りが向かったからか、二人の険悪な雰囲気は霧散した。

 だがしかし、お口が悪くなってしまわれてますよお嬢さん方。

 くそ神父て。いや真実なんだろうけども。

 だがしかし私どんな人か知らんのでそこまで悪くは言えな……、いや言ってたわ悪く。しんだらいいのにとか言ってたわ私。てへ。


「ベル、ごめんね、私が間違ってたわ。危うくあのくそ神父と同じになる所だった」

「いいのよねえさま、知らなかったら誰だってまちがえるもの」


 私がひとりで適当な事を考えている間に、姉妹の絆が復活していた。

 何が起きたのかはオーギュストさんのスペック的にも把握してるけどまあいいや。

 仲直り出来て良かったね二人とも。


「……だけど、礼儀と立場を考える事は別よ。

 領主さまをギィさん、って呼ぶのは領主さまを馬鹿にしてる、って事になっちゃうの」

「えぇっ、あたしはバカにしてるつもりないのに!?」


 ん?

 なんか知らんけど大分前の話に話題が戻ったな?

 いや、私呼び方とかそんなにこだわり無いけど、とりあえず“貴族のおじさん”以外であればどうでもいいと思ってるんですが。


 ぷんすかと憤慨した様子のツインテちゃんと、真面目な顔のお下げちゃん。

 そして、置いてかれ気味の私である。なにこれ。


「そうよ、他の人から領主さまが馬鹿にされちゃうの、領主さまはなんにも悪くないのによ?」

「それでねえさまは怒ってたのね……、わかったわ! 呼び方変える! りょーしゅさまって呼べばいいのね?」


 私はどうでもいいんですけど、とは口を挟めそうにない空気である。

 スルーでいいかな。いいよね。もう面倒臭いしね。うん、良いや。


「それなら誰も文句言わないわ。

 ごめんねベル、呼び方くらい好きにさせてあげたいのに……」

「いーのよねえさま、人間はシガラミが面倒だ、って精霊さまいつも言ってるもの!」


 美しい姉妹愛である。

 そして私は放置である。


 放置してるけど放置されてもいるってどういう状態なんだろうね。分からんね。

 なんかもう、大体いつも放置されて勝手に話が進められるから慣れて来たけど、私こんなんでいいんだろうか。ちょっと心配になってきた。


 だがしかし、今日この姉妹が来てくれたお陰で今後の方向性が見えて来たのはありがたい。

 まず私の一番の目的は、死にたくないのでなるべく死なないようにする。それだけだが、その為にはこの領地をなんとかしなきゃいけなかった。

 で、諸悪の根源は神父。これは皆との話し合いでも分かってた事だ。

 つまり、この領地をなんとかするには、この神父をなんとかしなきゃいけなかったんだけど、良い感じの突破口を見付けられたように思う。


 皆の信頼する神父様がロリコンでショタコンの犯罪者だなんて物凄いスキャンダルだ。

 問題があるとすれば、街の人に信じて貰えなくて逆に糾弾されて追放とかされてしまうかもしれないって事だろう。


 そうなったとしたら、ちょっと面倒臭…………いや、待てよ?

 それ、自由になるチャンスじゃね?

 上手く行けばこの公爵っていう地位から逃げ出して、フェードアウト出来る最後の機会じゃね?


 やったねオーギュストさん! 自由へのチャンスだ! これは掴むしかねぇ!


 思い至ったが吉日、エルフの里に行く前にちょっと街の中に爆弾投下してこようと思います。

 よっしゃあやったるぜ! 頑張るぞー!




 

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