第53話
一番王家に遠く、そして、一番近い、スペアという存在。
ゆえに、お家断絶なんて絶対にさせてはならないし、だからこそヴェルシュタイン家の血は重い。
正統な血筋というのは、それだけで抑止力にもなるし、とてつもない影響力を持つ。
つまり、それだけ他の貴族家よりも責任があり、比べ物にならない程に重い地位なのだ。
そんな家の当主に毒を盛った挙げ句に、上から目線で話すとか、どう考えてもダメだろう。
記憶から察する事が出来たオーギュストさんの地位は、国を動かしてしまうかもしれない責任を負う。
そしてそれは義務だ。
だからこその、王家に次ぐ程の地位。
だからこそ、王家だけしか、公爵家に介入する事が出来ない。
なにせ、唯一の身内なのだから。
……これは、誇りとか、プライドとか、意地とか、そんなものが傷付けられたとか、そんなナマっちょろいものじゃない。
国の歴史や沢山の人の生き方、そういった根本的な部分が軽んじられている。
それに対する苛立ちだ。
頭おかしくなってたオーギュストさんは人の事言えないけど、完全な他人である私としては、それまで頑張ってたオーギュストさんや王様、王妃様の事も何となく記憶で知ってる訳で、腹立つ以外のなんでもなかった。
……公爵家を馬鹿にするってのは、王家を、そして、この国を馬鹿にしてる、って事になるんだよ。
それをこいつは理解してるんだろうか。
してねぇだろうなぁ。
してたら普通は気付くもんなぁ。
あぁ、馬鹿には難しいか。
かわいそーにねー。
なんでこんなんが国の重鎮やってんだよ、誰だ決めたの、あ、先代の王様か、見る目無ぇな。
なんで今の王様このジジイを辞めさせなかったんだ。あ、マトモな人も派閥に取り込まれてたせいで国の運営が出来なくなるかもしれんからか。
マジでタチ悪いなこのジジイ。
「ふむ、そう言って頂けると有難い限りだ」
一瞬の間につらつらと頭の中で並べ立てた思案と、悪態や罵詈雑言をおくびにも出さず、全く堪えた様子も無い演技を継続しながら、淡々と告げる。
めちゃくちゃ腹立つけど、ここは全く動じずに上から目線を返すべきだろう。
「病に倒れたと聞いておりましたが、随分とお元気になられたようで、本当にようございました」
ホッと、安心した、とばかりの表情で穏やかな笑顔を顔面に貼り付けたジジイは、うんうんと頷きながらそんな返答をしやがった。
うわなにこいつめっちゃ皮肉凄い。
自分が毒盛っといて何言ってんの。
良かったとか欠片も思ってないだろ絶対。
いやもうホント何言ってんのこいつ。
シバキ倒すぞ。
考えながらも、表向きは全く動じず、むしろ薄く、笑みの表情を顔に作る。
「心配を掛けたようですまないな、この通り、体重も元に戻ったくらいだ」
皮肉に皮肉を返しながら、サラリと言ってやった。
ざまみろ、お前が殺そうとしてたオーギュストさんは賢人という世にも尊い存在になりましたよー?
むしろ有難いくらいだよねー? 良かったねー?
ねえねえ、今どんな気持ち? ねえ今どんな気持ち?
……こういうのお父さんがよく言ってただけだから、私は元ネタ知らんのよな。まぁいいや。
しかし、そりゃもう悔しいよねー? 完全に裏目に出ちゃったもんねー?
内心で目の前のジジイをめちゃくちゃ馬鹿にしつつ、だけど頭の冷静な部分が嘆いた。
お前が毒を盛らなきゃオーギュストさんは死ななかったんだよ。
お陰様で私が賢人だよ。
何してくれてんだよクソジジイ。
「いえいえ、しかし懐かしいですね、まるであの頃に戻ったようです」
私の言葉や態度に対して、にこにこと変わらぬ笑顔を見せながら、穏やかな声で懐かしむような態度を見せるソイツは、一瞬忌々しそうな感情を視線に乗せていた。
えっ、なに? 悔しい? 悔しいの?
ざまあみろ。
ジジイのソレに、多少溜飲が下がった気がした。
「12年前の事かね?」
「ええ、そうです、私は随分と老いてしまいましたが……」
「老いたのは私も同じだ。当時と比べれば同じだけ老いている」
一瞬、内心でめちゃくちゃ馬鹿にしてやろうかとも思ったけど、完全なるブーメラン発言になりそうなので止めておく事にして、無難な会話を心がける。
そんな会話の最中でも、スペックの高過ぎる頭が思考する事は止まらなかった。
12年前の戦時中、大公家が病で断絶、ヴェルシュタイン公爵家もその病気で大打撃。
更に最近になって当主まで毒殺しようとしていた。
共通点は王家の血筋と高い地位。
ついでに、この国の今の王様には妾というか、側室というか、そういった存在が居ないので、現時点で王族の人数はたった5人と少ない。
国王として、次代の為の保険に、スペアという名の兄弟や腹違いの子供でも沢山必要なのにも関わらず、王妃様に長く子供が出来なかった時でさえ、側室の話は却下されていた記憶があった。
もちろん、却下したのはこのジジイと、その派閥の人間だ。
王と王妃の仲を裂くような存在など城に置けない、そう言って。
そして、オーギュストさんの毒殺依頼者はこのジジイ。
そう思い付いて、必然的に浮かんだ推測に、ゾッとした。
「おやおや、公爵様はまだお若いでしょうに」
「そうかね?」
「そうですそうです」
物凄く頑張って、変わらぬ演技を続けながら、ジジイを見る。
……もしかして、このジジイ、隣国と繋がってるんじゃないだろうな。
まさかとは思ったけど、そう考えると色々と腑に落ちる。
だけど、それが真実だとしたら、オーギュストさんがまだ学生とか、そんな頃からずっとっていう事にならないか?
ずっとずっと前から、少しずつ侵蝕していくみたいに、こうなるように画策していたんじゃ?
根拠は無いけど、そんな気がした。
なら、このジジイをオーギュストさんがずっと警戒していたのも理解出来る。
一体何が目的なのか、分かりたくもなかった。
怯えながら、それでもなんとか対策を練らなくちゃと考えたその時、ふと、誰かがこちらに近寄って来る気配がして、意識が現実に戻った。
内心ではやっぱりジジイが恐ろしくて怯えてしまっていたのだけど、そんなの表に出す訳にいかないから、必死に、着ぐるみをかぶるみたいに、態度と表情は変えずに、どこか軽い足音を立てながらやって来るその誰かへ向けて視線を送る。
すると、それに気付いたジジイもそちらへ視線を向けて、朗らかに笑った。
「おや、ジュリエッタさんではないですか、どうされました?」
「お爺様をお見掛けしましたので、ご挨拶に参りましたの」
そう言って姿を現したのは、18才とかそこらくらいの、優しそうな笑顔を浮かべる、とても綺麗な少女だった。
王妃様の金髪よりも薄桃色っぽい金髪の、サイドを編み込んだフワフワロング。
銀色の装飾が目立つ、大粒の真珠があしらわれた髪飾り。
形としては、なんだろう、カチューシャとチェーンで、こう、チェーンを菱形の格子状に交差させながら後頭部を覆うみたいに垂らし、接着してパールで飾ったみたいな、ちょっと説明の難しいめんどくさいデザインだ。
ドレスはローズピンク色の、お姫様みたいなデザイン。
若くて細い子しか似合わないやつだ。
「ふむ、そうですか、あぁ、そうだヴェルシュタイン公爵様、紹介しましょう、孫娘のジュリエッタでございます」
「お初にお目にかかりますヴェルシュタイン公爵様。
ラグズ・デュー・ラインバッハの孫に当たります、ジュリエッタ・ラインバッハと申します。どうかお見知り置き下さいませ」
ジジイに促され、鈴が鳴るような声、という表現がぴったりの、可愛らしい声でのご挨拶と、淑女の礼をする少女。
ただし、さすがは孫。
めちゃくちゃ上から目線である。
人が話してる最中に登場しておいて、すみませんとか、失礼しますとか、そんな一言も無い。
ジジイ譲りの胡散臭いニコニコ笑顔である。
嫌な予感しかしない。
とりあえずジジイの事は恐いから後で考えるとして、今はこの少女を分析するべきだろう。
「ふむ、これはこれは、美しいお嬢さんだ。宰相殿もさぞ鼻が高い事だろう」
「まあ……! 公爵様にそう言って頂けるなんて……」
試しに煽ててみたら、恥ずかしそうに俯きながらも頬に手を当てて、困ったように、はにかむ少女。
しかし、一瞬だけ合った視線に乗せられた感情は、何というか、仄暗かった。
それは、年若い少女が持っていて良い感情じゃない。
怨みとかそういうのじゃなくて、澱んだ欲とか、そういった普通とは明らかに掛け離れた、理解不能な何か。
正直に言って、気持ちが悪かった。
とても可愛らしい少女の皮を被ったケダモノが眼前に立っているような、そんな不快感だ。
どうしよう、こいつもヤバそうだ。
「公爵様、宜しければジュリエッタと一曲踊って頂けませんか? そろそろ良い年齢ですのに、孫娘と来たらまだ決まった相手が居ないのですよ」
「もう! お爺様ったら、やめて下さいませ、わたくしみたいな小娘がお相手なんて、公爵様に迷惑ですわ」
ふふふ、と笑いながらのジジイの言葉に、内心だけだけど鳥肌が立つ。
しかもこの少女、なんで満更でもなさそうな態度取るんだ、やめろ。
とりあえず嫌な予感しかしないので、無難な言葉で断わっておこうと思います仕方ないよね!
「ふむ、私のような男が彼女のような美人と踊ってしまえば、彼女の今後の結婚に響いてしまうかもしれん。
自慢ではないが、私の評判は地の底だからね。彼女の為に辞退させて頂こう」
冷静な態度で淡々と言い放つ。
そのせいで冷たく聞こえてるかもしれんが、それならそれで好都合だ。
いくらイケオジでもこんな態度取られたら嫌でしょ、きっと。
つーかこんな若い子と踊ったら、若い子を手篭めにしようとしてるみたいな誤解されるの確実じゃん、やだわ。
「まあ……なんてお優しい……! でも、お気になさらなくて宜しいのですよ? わたくし、そんな事全く気に致しませんわ」
うふふ、とか可憐に笑いながら小鳥みたいに首を傾げ、そう断言する少女は、とてもキラキラしていた。
何でだよ、こっちが気にするわ。
私の言葉をどう聞いたらそんな発言になるの。
マジで何考えてんだこの娘っ子。
アンタが気にしなくてもこちとらめちゃくちゃ評判悪いオジサマだぞ、世間体ちょう大事だっつーの、空気読め。
いや、もしかしなくても空気読んでてこれなのか?
なんせジジイの孫だもんな、絶対裏があるだろコレ。
その可能性は、とても高い。
現に今、少女は私の元へ、しずしず近寄って来ている。
ジジイから紹介された以上、断られるなんて思ってもいないのか、私を使って会場までエスコートさせようと差し出される白く細い手に、嫌悪感しか感じなかった。
これでこの少女の手を取ってしまえば、ジジイの思う壷だろう。
しかし、だからといって強引に拒否してしまえば、それはそれで問題だ。
ならば、どうするか。
簡単だ。
私は年長者なのだから、スマートに窘めれば良い。
思い浮かべるのは、尊敬する、素敵なあのイケおじ俳優さん。
時に優しく、ダンディーで、そして、色気も、迫力もある演技。
差し出された手を掴まず、一歩前に出て、少女の左肩に私の左手を乗せる。
そのまま、少女の耳元へ顔を寄せ、軽く囁いた。
「駄目だよ?」
「えっ……?」
一瞬何を言われたのか、少女は理解出来なかったのだろう。
戸惑ったように、そんな声を零した。
そこに畳み掛けるように、低く、そして、艶と、威圧を声音に混ぜながら、囁く。
「君のような美しいお嬢さんが、身を守る事を放棄しては駄目だ。
男という生き物はいつまでも男であるがゆえに、獣なのだから」
「……っ!」
ビクリと身体を震わせ、顔を真っ赤にさせた少女は、この時だけ年相応に見えた。
こうかは ばつぐんの ようだ!
いや、これも元ネタ知らんけどな。
「それでは、失礼」
私はそのまま少女とすれ違い、ジジイには簡単に挨拶をすませて、立ち去ったのだった。
あー、めんどくさかった!!
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