第49話
なんとも爽やかな気持ちでクソ王子の居た場所から離脱し、なんか知らんけど誇らしげな妹さん夫婦と合流した後、改めて色々と説明する為にと、四人で開け放たれていた両開きのでっかいガラス扉を通ってテラスに出る。
しかしテラスはそのまま通り過ぎ、中庭、つまりは外へ出た。
そこは様々な草木が植えられ、私の知らない青白い花達が美しく咲き誇っていた。
百合という訳でもなく、薔薇や牡丹という感じでもない。
似ている花があるとしたら、形状は鈴蘭、花の形はカーネーション、といった感じだろうか。
花弁の枚数が多いから、真正面から見る事が出来るとしたら、牡丹かカーネーションが近いんじゃないかと思う。
だけど、花とかあんまり詳しくないから私が知らないだけで、もしかしたら該当する花は地球にも存在するのかもしれない。
オーギュストさんの知識を探ると、この国の国花で“ルーナ”という花であるらしい事が分かった。
ちょうど建国記念の時期に咲く花で、今が見頃の時期なのだとか。
ついでに出て来た知識に、この花の根を煎じて飲むと自然治癒力を高めてくれるらしく、戦時中に刈り尽くされそうになり絶滅の危機を迎えた事もあったとの事。
傷等の治療薬として以外に、ちょうど同じ時期に流行った病気の治療として、気休めに服用される事も多かったとか。
途端に、胃の辺りが痛くなりそうな程、胸からきゅうっとした違和感を感じたのは、その病気に罹っていた死の間際のジュリアさんや、その際のオーギュストさんの様子がフラッシュバックしたからだろう。
ジュリアさんにも、この花が治療として使われていた。
だけど、病気そのものの治療薬という訳じゃないから治る事は無かったし、なにより、間に合わなかった。
その病は、伝染病に分類されるものだった。
何が原因で伝染るのか、法則が全く無く、まるで呪いのように家族全てが罹る家もあれば、何十人もの人間のいる屋敷の中でたった一人だけ罹る事もあった。
運悪くそのレアケースに当たってしまったのが、ジュリアさんだった。
この病の特徴は、まず、罹った事が発見されにくい事だ。
初めの内は風邪みたいな症状だからこそ発見が遅くなり、気付けば重症というケースが多い。
まあ、始めの内にこの病気だと分かったとしても、治療薬が無ければ完治する事など無いのだが。
風邪のような症状の途中、身体から魔力、体力、抵抗力、筋力、全てがだんだん減って行くのだ。
結果、最期は枯木みたいな老人のような姿で死を迎える。
だから当時、その病は『枯木病』と呼ばれていた。
魔力の量や質が原因なのか、調べるにもそういう専門家がこの国には居なかったから分からない。
けど、罹る人もランダムで、死亡時期もランダム。
唯一の救いは特効薬がある事だけ。
薬が効くから呪いじゃない、というのが世間の認識らしかったが、オーギュストさんにとってはもう呪いと大差無くて。
自分の記憶じゃないのに、まるで、自分が経験した記憶みたいな感覚が気持ち悪かった。
「ルーナの花……、もうこんな時期なのか……」
「いくら国花でも、あまり好きではありませんわ」
妹さん夫婦が呟いた言葉に、姪っ子ちゃんは不思議そうな顔をした。
当時を知る者と知らない者の差なのだろう。
知らなければ、ただの青白い色の美しい花なのだから。
「建国記念日という事は、そういう時期、という事だ」
静かにそう言って足を進めると、複雑そうな表情を見せる妹さん夫婦の姿が視界の端に見えた。
取り繕ってるようだけど、二人共、演技力はまだまだだな。
そんな事を気休めのように考えながら、私は胸に渦巻く嫌悪感やその他もろもろを振り払うように、冷静に当時を分析してみる事にした。
……そして、ふと思った。
もしかして、伝染病の発生は敵国の策だったんじゃないだろうか、なんて。
そう考えたら、たまたま流行った病の特効薬が、敵国にしかない、というのも妙だとも思う。
それから、当時は水が汚染されていたのかもしれない、という仮説が浮かんだ。
水は生活に無くてはならないものであるがゆえに、一番気付かれにくく、かつ何かを仕掛けるのに簡単で的確、そして残酷な方法だ。
戦時中に相手の国で伝染病を流行らせるとか、ドラマや映画でも、そんな感じのが良く使われてたような、そんな気がする事を思い出したからこその、この思考だ。
オーギュストさんの記憶を探って、その病の分布図を頭の中に作ってみたら、貯水場に近い場所で多発しているのが分かった。
あぁ、うん、明らかに策っぽいわ。
という事は、水の精霊に好かれるタイプの人間は罹りにくかったんじゃないだろうか。
何せ、精霊好みの魔力というのは精霊にとって美味しいご飯で、それをくれるいつもの人間が、自分が司っている属性の水が原因で死ぬ、とか、普通に考えても嫌がるだろう。
……となると、戦争相手だった隣国が物凄ーく、怪しい。
この分じゃ、伝染病、って分類されてるのすらも怪しく感じる。
まだ推測を出ない域で、詳細も何もかも不明だけど、可能性としては高いだろう。
出来るなら、当時の事を精霊王に聞いて見るのも手かもしれない。
聞いてみて、本当に確証を得る事が出来たなら、……私は一体どうするだろう。
とりあえず、戦争を起こした奴を見つけ次第、戦争で死んだ人達の分までボコボコにしてやろうとは思ってるけど、実際ソイツを目の前にしたら、オーギュストさんの記憶のせいで何をしてしまうか分からないのは不安だった。
そんな事を考えながら改めて中庭を見回す。
中庭の所々にはテーブル席が設けられているようで、そこでは他の貴族達が寛ぎながら、景観を素晴らしいと絶賛の声を発しつつ、優雅に眺めている様子が見えた。
しかし、だんだんと私が近付くにつれ、そこらじゅうに居た貴族達はそそくさと席を立ち、慌てた様子でどこかへ行ってしまった。
……いや、あの、私、ただ歩いてただけで、特に威圧とかしてないし、何の他意も無いんだよ?
なんで皆そんな真っ青な顔でどっか行くの?
待って待って、何もしてないよ?
何もしないよ? 逃げなくて良いよ?
なんでそんな必死なの?
いや、うん、気持ちは分かるけどね?
だって、悪の総帥みたいなオジサマが何人か引き連れて歩いてたら迫力あるよね。
しかもその内二人はちょっとキツい顔立ちしてるし、迫力ハンパないよね、仕方ないね。
なんだろう、泣きたい。
「あら、ちょうど良く席が空きましたわね」
「そうだねローザ、ここにしようか。
ここならあの花じゃなくて、義兄上にぴったりな紫の薔薇が良く見える」
ほほほ、ははは、そう笑い合いながら空いた席に早速着き始める妹さん夫婦は、なんか、慣れきっていた。
それってつまり、こういうのは毎度の事なんですね知りたくなかった。
さり気なくオーギュストさんを持ち上げるような事を言ってるけど、その席、まるで私達が強奪したみたいな微妙な気持ちにさせてくるよ、地味に座りたくない。
「まあ、本当にお兄様にぴったりな良い紫色だこと。
ほらクリスティア、貴女も席に着きなさい」
「は、はい、お母様」
立ちすくむ私に気付かず、妹さんに促された姪っ子ちゃんは、慌てたように空いた席に着いた。
あ、これもう他に行ける気がしない。
いや、言えば移動してくれるんだろうけど、そんな事したらまたさっきみたいに怯えられて席強奪! みたいな事になる気しかしない。
よし、もういいや、お城のお庭とか、ちょっと見学してみたかったけど今日歩き回るのは諦めよう。
今度にしよう、機会なんて多分沢山ある筈だ。
多分。
「……そこのキミ、紅茶を四つ頼むよ」
「はっ! はい! かしこまりました! 今すぐにお持ち致します!!」
遠巻きにこっちを見ていたボーイっぽい男性にそう声を掛けたら、なんかものっそいビビった反応が返って来て、しかも走って逃げたみたいな速度で離れて行った。
……めっちゃ速かったけど、お茶、ホントに持って来てくれるよね? 大丈夫だよね? 怖いから逃げたとか、そんなんじゃないよね?
ただ単にお茶の用意の為に急いで離れてったんだよね? そうだよね?
あれ、なんだろう、おかしいな、また泣きたくなって来たぞ?
いかんいかん、別の事考えよう。
思考を切り換えながら前を見ると、ものっそい高級な雰囲気の景色が飛び込んで来た。
白いテーブル、背景は紫色の薔薇、席にはきらびやかな衣装の美男美女と美少女。
なんかもう上流階級過ぎて、何だっけこういうの、ファ……、あ、ダメだ、ファブリー〇しか出て来なかった。
近い気はするんだけど、どうしてこう違うのしか出て来ないの私。
こうなったらもうそれ以外思い出せなくなるんだよねちくしょう。
つーかなんでファブ〇ーズ? 除菌消臭してどうすんのさ、自分の頭が残念過ぎて色々と台無しだよ。
自分の頭の悪さに辟易しながら、しかし顔には全く出さずに、優雅に見えるよう頑張って振る舞いながら最後に残った席へと着いた。
外見はともかく、中身の私の場違い感、ハンパないです。
こんな人達の相手なんぞした事ねーよ!! 何これどうしたらいいの!?
いや、頑張るけどさ!! 命掛かってるからね!! ちくしょう!
その時、私の左側の席に座った姪っ子ちゃんが恐る恐る、といった様子で声を掛けて来た。
「あ、あの、おじさま……」
「どうかしたかね、クリスティア」
「……さっきは本当にごめんなさい、わたくし、浅はかでした……」
悲しげな表情で声を震わせながら謝罪する彼女は、今にも泣き出しそうだった。
いや、待って、なんでそんな落ち込んでるの姪っ子ちゃん。
さっきの事はもう良いよ? 反省する事も大事だけど、あんまり引きずったらオーギュストさんの二の舞になるよ?
このままじゃいかんと何か返答しようとした次の瞬間、私と姪っ子ちゃんのやり取りに割り込むように、横と前から言葉が発せられた。
「そうよクリスティア、貴女、殿下に楯突くなんて一体何を考えているの」
「そうだよクリスティア、取り返しのつかない事になったらどうしてくれるんだい?」
口元を扇子で隠し、眉間に皺を寄せながら何処か棘のある声色で告げる私の右側の席の妹さんと、
溜息を漏らさんばかりの呆れたような表情で、どこか残念そうな声色で問いかける私の正面の席の旦那さんだった。
私の観察眼では、二人共が姪っ子ちゃんを心配して言った事が分かる。
だって、オーギュストさんの身体のスペックマジでハンパないから、妹さんの顔を隠している扇子なんぞ無いも同然な訳で。
つまり、私から見れば、妹さんの扇子の下にあった心配そうな表情が丸分かりなのである。
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