第30話

 




「大丈夫じゃ、転移魔法の事について書かれた書物は山のようにある。

 オヌシなら一回読むだけで行使出来るようになるわい」

「そうか」


 ならいいや。

 いや、良くは無いけど考えない。


 うん、と一人内心だけで納得していると、いつの間にか居なくなっていたらしい執事さんが、布の掛かったバスケットを持ってやって来た。


「お待たせ致しました、シルヴェスト伯爵様、どうぞ此方を」


 そう言ってジジイの前にそのバスケットを置く執事さん。


 はい手土産ですね、分かります。


「ご苦労。ではシルヴェスト老、それをやるから帰れ」

「ちょ、随分な物言いじゃの! 別に良いけどさ! 邪魔した自覚はあったから!」


 キッパリと言い放ったら、直ぐ様ブーイングみたいなツッコミをするジジイ。

 やっぱり地味に鬱陶しいなこのジイさん。


 とりあえず無視して畳み掛ける事にした。


「そうか、帰れ」

「か弱い年寄りになんて仕打ちじゃ!」


 そう言って頭を抱えるジジイは怒っているという訳では無く、どちらかといえば嘆くような雰囲気である。

 というか、まあ、本気でやってる訳では無いのが良く分かるボケである。

 そこはかとなく楽しそうなので、ボケで間違い無いだろう。


 なので、私も便乗しておく事にする。


「賢人である時点で、貴殿は一欠片もか弱くないが」

「うん! 知ってる!」

「そうか」


 私のツッコミに対して、当のジジイからなんだかとても元気な返事が返って来た結果、意表を突かれてしまった私が返せた言葉は、それだけだった。


 リアクションに困った、とも言う。


「なんじゃいノリが悪いのう。良いもん良いもん、帰りますよーだ」


 ぷうっと頬を膨らませ、拗ねたみたいに唇を尖らせるジジイ。


「まるで子供のようだな」

「永遠の69歳掴まえて子供とな!」

「知らん」

「だよねー。」


 いや、なんで突然タメ口。

 別に良いけどやっぱりリアクションに困る。

 と言う訳で、そろそろ話を終わらせるとしよう。


「……私も暇では無いのだよ」


 ふう、と小さく息を吐きながら言ってやれば、当のジジイはまた拗ねたみたいに唇を尖らせた。


「ちぇっ、仕方ないのう。

 まあ、この次はキチンと先触れを出す故、安心せい。ほんじゃ、またの!」


 なんか、そんな感じで若干拗ねながらも、来た時同様光に包まれながら、ジジイは颯爽と帰って行った。


 その姿が何となく、天に召されて逝ってしまったみたいに見えてしまったんだが、まあ、仕方ないよね!



「……行ったか」

「嵐のようでしたね」


 ポツリと呟いた私の言葉に、執事さんのしみじみした返答が返ってくる。


「……そうだな、……ふむ、アルフレード」

「は、休憩に御座いますね。

 畏まりました、紅茶と茶菓子をお持ち致します、暫しお待ちを」

「頼んだ」


 さて、指示する前に察してしまって地味に怖い執事さんの事は毎度の事なので置いておこう。


 席を立ち、ジジイが座っていた休憩用のソファに腰掛け、机の上の冊子を手に取る。


 問題はこの冊子なのだ。


 パラリと捲り、内容に目を通す。



 えーと、…………うん。


 賢人すげぇ。



 とりあえず、内容を簡単に説明しながらツッコミを入れていこうと思います。



 ・魔力、寿命、身体能力全般、思考力、記憶力、精神力、考えうる限りの能力全てが、最低でも五倍以上となる。



 これは書斎に有った本にも似たような事が書かれていたから、周知の事実、といった所か。

 問題だらけだけど、知識的にはあんまり問題無いのでスルーかな。


 次だ。



 ・魔法は、全ての魔法、及び全属性使用可能。

 再誕前の属性が一番得意、という形になる。

 なお、再誕前の魔術と、賢人となってからの魔術は形式が違う為、注意する必要がある。(以下細かい説明)



 うん、ごめん、凄いのか凄くないのか比較対象が無いから良く分からん。

 後で普通の魔法とやらを調べてからちゃんと考えようと思います。


 はい次。



 ・再誕後、一週間程で排泄の必要が無くなり、食事等で摂取した物は全て身体を維持する魔力として変換されるようになる。



 ……それってつまり、あと三日くらいでトイレ行かなくて良くなるって事?

 ヤッター!! あの地獄から開放されるよ! やったね私!


 お風呂からは逃れられない事はこの際考えない。

 今は良かった探しをしておきます。


 次。



 ・爪、髪、髭などの毛髪は、魔力で形成されるようになる為、自由自在。

 但し、外見年齢を変化させる事は不可能。



 ……つまり、勝手には伸びないし、好きに変えられるって事? 美容サロン要らずか。

 うん、便利だけど面倒くさいから今は現状維持かな。


 とりあえず、これだけはツッコミたい。


 意味あんのかソレ。


 はい次。



 ・賢人は何物にも干渉を受けない為、ありとあらゆる状態異常が無効となる。

 だが、これも完全に全てが無効となるまで一週間程掛かる。

 それ以降は精神的な疲労や苦痛も殆ど感じなくなる為、睡眠すら不必要となる。



 ……いや、睡眠はしたいです。

 だって食事以外の唯一の癒しだよ?

 やだよ。


 まあ、必要無いってだけで、寝る事は出来るっぽいから絶対寝るね私。


 次!



 ・生殖機能に関しては未知数。

 過去の賢人でも、妊娠出産したという記録は今の所無いが、伝聞では伝わっている模様。



 うん、相手居ないからどうでもいい。


 次!



 ・確認されている賢人は現在、


 アビス

 グレモス

 グランツ・ラズーリト

 ティリア

 ジーニアス・シルヴェスト


 である。



 ……見事にジジイしか分からん。


 でも、どれもこれも手書きの名前だったので、ちょっとした名簿のような物なんだろう。


 ジジイの名前の下に空白が有ったので、とりあえずオジサマの名前も書き足しておいた。

 次の賢人さんに手渡すって事を考えるとこれで間違ってないと思う。


 はい! 次!



 ・今の世の中に伝わる神は、一柱を除いて全て過去の賢人である。

 その一柱がこの世界を創り、賢人を生み出したと考えられる。


 ・神が何故賢人を生み出し、何を目的としているかは全くもって不明である。



 ……この二つってアレだよね。

 この世界のヒミツ的な。


 ファンタジーがさっぱりなので真面目にどうでも良いんだけど、それでも、あの腹立つ神がこの世界の創造神ってヤツだろうって事だけは、何となく理解した。


 ……でも、多分だけどあのカミサマ、完全な愉快犯だと思う。

 だって、夢枕に立ったあの野郎、半笑いだったからね。

 腹立つわマジで。


 いや、うん、まあ、今は良いや。

 とりあえず、だ。


 だからなんで私が賢人とかになってんだよ何なのこれ私が何したっていうのさ何なのこの化物具合!!


 今改めて考えても使いこなせる気が全くしないぞこんちくしょう!!!



 …………とりあえず一旦落ち着こう。



 そんで書斎から本を取ってこよう。

 魔法に関するヤツと転移魔法とか載ってるヤツ。


「旦那様、紅茶と茶菓子をお持ち致しました。それから、此方を」


 そう言って紅茶と茶菓子を休憩用の机に置いて、そのすぐに隣に本を数冊置く執事さん。


 転移魔法について書かれた本と、転移魔法についての項目がある魔術書のようです。

 なんで分かるかって言うと、背表紙と表紙に“転移魔法について”と“第一級魔術書”とかそんなんが書いてあるから。


 うん、考えた途端に執事さんが持って来てくれたよ! 察し良過ぎだよね!


 最早恐怖しか感じないよ、怖いよ。


 でも、そんな事は気にせず、他にも持って来て貰いたい本があるので、ちょっと頼んでみようと思います。


「……アルフレード、どうやら私は全ての魔法が使えるらしい」

「なんと! それは素晴らしい……!」

「そうだな、……だが、基礎が疎かでは不安定となろう」


 使い方さっぱり分からんもん私。

 再計算も大事だけどこれからは執事さんが手伝ってくれるらしいから少し余裕も出来たし、何よりずっと同じ事してると訳が分からなくなってくるからね。

 あと、原理はともかく使い方くらいはいい加減ちゃんと理解するべきだと思うのよ。

 テレビだってDVDプレーヤーだって原理はよく分からんけど、使い方は分かる。

 まあ、そういう事ですね。

 使い方を理解出来るかは分からんけど、今は考えないよ!


「なるほど、畏まりました。

 様々な魔術の、基礎となる物が書かれた本を探して参ります。今暫くお待ち下さいませ」

「うむ、頼んだ」


 よし、その間、出来る所まで計算しておこう。

 そう判断した私は休憩用のソファから立ち上がり、執務机に戻った。




 それから暫くして、執事さんが分厚い本を10冊程持って来てくれたので、丁度良い所で切り上げ、休憩用のソファへ座ると、目の前の本を片っ端から読んでいった。

 流石は賢人と言うべきなのか、割と急いで読んだら一冊読むのに1分掛かったか分からないくらいに速読出来ました。

 しかもちゃんと知識として頭に入ってるっていう。


 うん。


 気にしないよ!


 とりあえず、得た知識を整理する為に簡単にまとめてみよう。


 まず、この世界の普通の人が普段使っている魔法と呼ばれてるソレらは、精霊に対価として自分の魔力を差し出して、属性を付けてもらって、魔法として出しているらしい。

 魔法として出した魔力が10なら、半分の5が精霊に持って行かれて、残りの5が属性の付いた魔法として出てくる仕組みだ。


 その時に、精霊の好みによって好きな魔力の質が分かれるから、属性、つまり適正が個人によって変わる。

 つまり、オジサマの家系は水の精霊に好かれる魔力の質を持っている、という事のようだ。

 そんな訳なので、他の属性の魔法が使えない、という訳では無いけど、その分魔力の消費が激しくなって、弱い魔法しか使えない、という風になってるらしい。


 さて、そんな中、賢人はというと、精霊に属性を付けてもらわなくても、自分の想像力だけで自分の魔力を使って考え得る全ての魔法を行使出来るとの事。

 ちなみにこれは、さっきの賢人取扱説明書に詳しく書いてあったから多分確実だろう。

 それにプラスして、賢人になる前の精霊に好かれていた属性の魔法も同じように使えるので、一番得意、という形になるんだとか。


 何か良く分かんないけど想像力だけで魔法が使えるっていうのは、オジサマの知識とか常識と照らし合わせると、物凄~く、凄い事のようだ。

 現代で例えるなら、一般の人が携帯電話とか、スマホとか、何処かで買って使ってるのに対して、オジサマ達賢人は、そんなモン自分で作れる、ってくらいの。

 何が凄いって、スマホを部品から組み立てられるし、ダウンロードしなきゃいけないアプリすら全部自分で作れるっていう、程度のオカシイ凄さだ。


 現代でも沢山の人が頑張って作った叡智の結晶が、軽くほいっと作れるとか、まあそのくらいに凄い事らしい。


 …………うん。


 そんなこんなで今回、魔法に対する知識を得たら、ひとつだけ、分かった事がある。



 私、ファンタジー、アカンわ。



 知識として頭に入ってるし、どうやったら魔法が使えるのかも何となく分かった気はするんだけど、ダメだ。


 訳が分からない。


 まず、精霊って、なに?

 ただでさえ魔素が何なのかも分からないのに更に訳分かんない存在が出てきちゃったんですけど?

 しかもさも当たり前のように書いてあって精霊に関する情報なんて、各属性を司る、としか書いてないよ馬鹿なの?


 オジサマの知識でも身近過ぎてかそういうモノだ、って認識しかないし、私にはハードルが高過ぎる。


 いかん、魔法の歴史書とか、辞書とか有った方が良かったかもしれない。


 ……よし、まあ、良いや。

 スマホで考えよう。

 精霊ってのはスマホ作ってる会社みたいなモノで、アプリの種類が属性、って感じで、そんな理解しなくても良いモノと見た。

 理解しなくても使えるもんね。うん。


 なんか細かい所が違う気がするし、若干矛盾あるけど、そういう事にしとこう! 分かんないし!

 はい! 諦めた!

 使い方は分かったからそれで良いよもう!


 賢人取扱説明書に詳しく書いてあったから大丈夫! 多分!


 大体、賢人の魔法の使い方なんて全部、魔力込めながらイメージするだけでオッケーらしいし! 超簡単だよね!


 ちなみに今回読んだ本は基礎とかそんなんばっかりだったので呪文は無かったです。

 それはちょっと残念かもしれないけど、まあ、良いや。


 あ、転移魔法? 某精密地図アプリみたいに頭の中で衛星写真みたいな地図が展開して、魔力と引き換えに移動が出来そうだったので多分大丈夫だと思う。

 なんで頭の中で見た事も無い筈の衛星写真みたいな地図が出たのか全く分からんけどスルーだよ!


 はい! よし! 計算に戻ろう!


 そうやって理解を諦めた私は、本を纏めてから、執事さんの用意した茶菓子を口に入れ、紅茶で流し込んだ。

 分かんないモノは分かんないんだから仕方ないと思う。


 茶菓子は、美味しいマドレーヌでした。

 ただちょっとだけ甘さがキツイ気がしたけど、紅茶があるので問題なかったです。

 多分、糖分補給の為にこの甘さなんだろうな、と思いました。


 そして私は、執務机の上に置かれていた計算途中の書類を手に取って、ソファみたいな椅子のその席に腰掛けたのだった。




 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る