第26話
全く、あんなしょうもない融資するとか、オーギュストさんにも困ったモノだ。
腐った貴族に融資したって、国が傾く訳でも無いし、なんなら自分が巻き込まれる可能性だってあるのに。
まあ、それが狙いだったんだろうけどさ。
後の事とか考えて欲しいよ全く。
いや、オーギュストさんがそんなん知る訳無いのは分かってるけどさ。
……あ、捨てたら融資しないって事だから、後で色々言ってくるかな、この伯爵。
面倒くさいな、どんな顔か全く記憶に無いけど。
まあ、検索したら出てくるんだろうけど、全く興味無いし、スルー対象って事で。
うん、なんて内心だけで納得しながら、次の書類に視線を落とした。
何だこれ、えーと、あぁ、この国の建国記念日に王家主催のパーティがあるのか。
これは参加しなきゃなんだろうなぁ。
だって公爵家当主だし。
欠席なんてしたら、国にとって都合の悪い事考えてますよ、後ろめたいですよ、って言ってるようなモノだ。
ついでに知り合いっぽい人達に挨拶出来たら後が楽だけど、そう上手く事が運ぶ訳が無いので諦め半分にしておこう。
あ、これも日付書かなきゃなんだ。
…………だから、今っていつだよ……!
今が分からんから建国記念日がどのくらい先なのかも分からんよ!
準備とかは執事さんに丸投げするけど、気付いたら当日でした、的な事になるよ絶対に。
うん、もう良いや、執事さんに聞こう。
知らぬは一生の恥、知るは一時の恥ってやつだ。
あれ、順番逆だっけ? まあ、どっちでも良いよ。
「アルフレード、今日は、いつだ」
「本日は王国歴734年7月5日に御座います」
なんか普通に答えられた。
普通に、答えられた。
……えっ、今までの私の葛藤なんだったの。
なんか、うん、えっと、………………まあ、良いや。
なんとも言えない脱力感に苛まれながら、さらさらとペン先を走らせてオーギュストさんのフルネームを署名した後、机の引き出しから小さい箱を取り出した。
記憶の通りなら、この中には公爵家の印が入っている筈だ。
婚約指輪が入ってそうな濃い赤色のベルベット製っぽい箱を開けると、白金色の印鑑があった。
印は、月と薔薇がモチーフになっている。
なんで薔薇かというと、この家の初代、つまり廃嫡された王族であるひいひいおじいちゃんが、薔薇が好きだったらしいから、なんてほっこりする理由だったりする。
だけど、月のモチーフを使って良いのは王族に連なる一族だけなので、なんかもう、地味に怖い。
だってこれがあれば、大体の事が出来てしまう。
悪用されれば、そりゃもうどエライ事になるのだ。
……何が起きるのか全く想像付かないのは、多分、私が現代人だからだと思う。
それでも漠然とした恐怖を感じるんだから相当なヤバさなんだろう。
オーギュストさんがコレを使って国を傾けるような事をしなかったのは、何故だろう。
……残っていた良心、なんだろうか。
もしそうなら、尚更コレ盗まれないようにしなきゃなあ。
そんな風に思いながら、インク壷の隣に置いてあった小さな木箱を手に取った。
何も考えずに流れで取っちゃったけど、多分朱肉的なヤツだと思う。
パカリ、と開ければ案の定、印鑑を押し付けたら色が付くよ! というのが何となく分かる気がした。
いや、なんかの布が入っているだけなんどけどね。
開けた瞬間、湿気がモワッと立ち昇った気がしたからこの布はインクによって湿っているのだろう。
青いけど。
えっ、朱肉って赤いんじゃなかったっけ、なんで青いんだろう。
考えた途端に答えが湧いた。
・ヴェルシュタイン公爵家は王家に認められた由緒正しい家なので、昔から他家と違う事を義務付けられており、故に王家の紫色の印に近い青を印色として使用するよう定められている。
…………ですってよ。
貴族面倒臭いな、もう。
そんな特別感出されてもプレッシャーでしかないわ、こんちくしょう。
頭の中でそんな風に文句を垂れながら、朱肉(青肉?)に印鑑を押し付け、署名の横辺りにポンと押した。
あ、綺麗。
だけど、なんていうか、中学生が好きそうなデザインな気が、……いや、うん、考えなかった事にしよう。
思考を放棄して、次の書類を見る。
……領地からの、今年度の収穫祭許可申請?
え? 別にやれば良いんじゃね? オッケーオッケー。
収穫祭って事は10月とかその辺にやるのかな?
今が7月だから、まあ、下準備とかも考えるとその位が妥当か。
人間楽しい事無かったらすぐに嫌になるからね。
こういう娯楽は必要でしょ。
「そういえば旦那様、昼食後にシェリエとの面会の予定をお入れしても宜しいでしょうか?」
「任せる」
捺印しながら、執事さんの問いにも応えると、執事さんが恭しく礼をしたような気配がした。
「畏まりました」
後で面会ってのは予定だったもんね。
そう考えながら、次の書類を手に取った。
さて、コレは……、今季の税の引き上げ?
……うん、これも捨てとこう。
だって、ねえ。
今までの収支を見る限り過剰に貰ってたっぽいもん。
運良く豊作続きでそんなにキツく無いみたいだったけど、今年がどうかは分からないし。
つかこの行方不明なお金マジでどこに行ってるんだろう。
まあ気にはなるけど今はとにかく、全てを計算し直してからだ。
「アルフレード、これも捨てておけ」
「はっ、畏まりました」
そんなこんなで書類仕事を頑張っていたら、またしても良いタイミングで執事さんに促され、ご飯を食べに食堂へと向かった。
ちなみに今日の昼食は、甘辛いタレが掛かったチキンソテーと、添え物にポテトサラダと、レタスみたいな野菜。
チキンソテーを良い大きさに切ってポテトサラダを乗せ、レタスっぽいので巻いて食べたらめっちゃ美味しかったです。
絶対に美味しいと思って添え付けのパンと一緒に食べました。
案の定美味しかったです。
サンドイッチにしても良いと思うんだ、これ。
どこにも出掛けないけどな!
ナイフとフォークで食事なんて未知の世界だったけど、流石はオーギュストさんの身体。
めっちゃ器用に使えるよ! 凄いよね!
スープはチキンソテーに合わせてかコンソメっぽかったです。
なんか料理長腕上がってない?
それから執務室へ戻れば、既にスタンバイ状態で先日会った美人さんがいらっしゃってました。
「お待たせ致しました!」
どこか興奮した様子でキラキラとした視線を私へ向けている。
「随分、多くないか」
片手に束が3つ、もう片手にはなんかの袋。
そんな風に両手が塞がった状態にも関わらず、全く重さを感じていないようなテンションの高さで、楽しそうな様子の美人さんである。
「ペンが乗ってつい、沢山デザインしてしまいましたわ。
どんなお召し物もお似合いになられそうで、もう楽しくて……!」
よっぽど楽しかったのか何なのか、頬を染めながら、うっとりと見詰められてちょっとどうしようかと思った。
いや、何も思わんけどさ。
どっちかって言ったら、引いた。
なんでそんなテンションなのこの人。怖い。
「そうか、……その袋はなんだね?」
「此方は、特にお似合いになりそうなデザインの物の試作品にございます!」
まるで、仔犬のようなはしゃぎ具合で書類の束と袋を差し出して来る彼女に、やっぱり引いた。
「……仕事が早いな」
「楽しくってつい!」
つい受け取ってしまったそれらを執事さんに手渡しながら呟くと、うふふふ、と楽しそうに笑いながら、彼女は断言するようにそう言った。
あれ、服ってそんな早く出来るっけ?
え? イチからだよね? 型紙? だっけ? そんなん無いよね?
あれ? まだ3日も経ってないよね?
「きちんと寝ているかね?」
「……あら、そういえば。すっかり忘れてましたわ!」
口元に手を当てながら、驚いた様子ではんなりと、そしてサラッと爆弾発言をかまされたんだけど、うん。
いや、ダメだろ。
「寝たまえ」
「いいえ! 採寸するまでは!」
キリッとした表情で、キッパリと言い放つ彼女は、決意に満ち満ちている。
…………えええええ。
いや、うん、……まあ、良いや、仕方ない。
だってこれが彼女の仕事だもんね。
「……仕方がないな、終わればすぐにでも仮眠するように」
「勿論ですわっ! さあ旦那様! 上着を脱いで下さいませ! あぁ、お手伝い致しますわ。それから、出来れば下のシャツも脱いで下さいませ」
なんか興奮した様子の彼女に促されるがままに手伝って貰いながら服を脱ぎ、上半身裸になる。
「.........これで良いか?」
「下のお召し物も脱いで下さいませ!」
「む、此方も脱ぐのか」
「勿論ですわ!」
そうか、ズボンも作るのか。
採寸って大変だなあ、と、この時は思ってました。
彼女の手が、下着に掛かっている事に気付くまでは。
「……待て、下着にも手が掛かっているが?」
「大丈夫ですわ!」
ごめん、ちょっとなにいってるかわからない。
「だが、それでは全裸となるだろう」
「服など有っては旦那様の詳しい採寸ができませんもの!」
「なんだと?」
待て待て待て、真剣に何言ってるのこの人。
「大丈夫ですわ! さあ!」
いや、さあ! じゃないよ何言ってるのマジで。
「何一つとして大丈夫ではない、アルフレード、彼女を止めろ」
「まあ! 勿体振らないでワタクシにその素晴らしい裸体をお見せ下さいませ!」
執事さんに助けを求めた途端に、ズボンを下げようとする手に更に力を入れる彼女に、なんかもう困惑しかしない。
そしてその時、気付きたくない事に気付いてしまった。
この人目がイッてる……!
普通なら振り払えば良いんだろうけど、オーギュストさんのスペックでそんなんしたら、多分この人壁に叩きつけられて死ぬ。
今は頑張ってズボンごと引っ張る事で脱げるのを防いでるけど、この細腕の何処からこんな力出てんの? ってくらいめっちゃ引っ張られてるから、このままじゃズボンごと下着も破けるのも時間の問題だ。
そしたら、結局全裸になる訳で。
詰んだ!
ちょっと待って一体どうしたのこの人!?
彼女がいくら私と同じオジサマスキーだとしても、いくらなんでも変だ。
どうしちゃったの彼女!
「シェリエ、いい加減になさい。旦那様が困っていらっしゃいます。その手を旦那様の下のお召し物から離しなさい」
「嫌ですわ! 折角の旦那様の裸体を拝める機会ですのに!! 合法的に旦那様を丸裸に出来るんですのよ! こんな機会二度とありませんわ!」
焦って彼女を私から引き剥がそうとする執事さんと、真剣に、そして物凄い剣幕で捲し立てながら、私のズボンを下着ごと下げようとする彼女。
いやはや、ドン引きである。
っていうかやめて! 引っ張らんといて! ズボンと下着から聞いた事ないミチミチミチミチって音してる!
「……そんな機会など無くて良い。アルフレード」
「はっ」
私の呼びかけで、執事さんの手刀が彼女の首元に落ちた。
「まさかシェリエがこのような事をするとは……、どうやら重なった徹夜のせいで、軽く人格が崩壊していたようですね。申し訳ございません」
執事さんがそう言って、申し訳無さそうに頭を下げる。
「……アルフレード、お前が謝罪する必要は無い」
ちなみにその彼女だが、昏倒させた後は客室に放り込んで貰った。
正気に戻るまで寝てて下さい。
「勿体無いお言葉にございます。シェリエには後で採寸結果を書面にて渡しておくように致します」
「世話を掛けるな」
そんな事を言いながら、彼女が持って来たデザインを見て行く。
あ、ちなみに採寸は、後で執事さんにやって貰う事にしました。
沢山あるから見るだけでも結構大変かもしれないけど、今度パーティ出なきゃだから早目に一着だけでも仕立てないとなんだよね。
「旦那様、それはシェリエから言って貰わなければならないお言葉にございます」
「そうか、……そうだな」
「シェリエには平身低頭謝罪させます」
別に私そんな気にしてないんだけど、まあ、仕方ないんだろうな。
いや、怖かったけど、完徹3日って考えたら、そりゃ頭おかしくなるよねっていう。
あ、これカッコいい。
ていうかどれもオーギュストさん似合いそうだな、迷うわコレ。
同時にそんな事を考えながら、小さく息を吸った。
「……起きれば全てを忘れているかもしれん。酒の席と同等と言えよう。気にするな」
「旦那様……」
納得出来ないのか、何か言いたげな執事さんの様子にちょっとフォローするべきかと判断した私は、続けるように口を開く。
「……それに、覚えていれば勝手に謝罪に来るだろう」
普通の人なら、あんな事しといて謝罪に来ない訳無いと思うんだ。
あ、この服、確かにオーギュストさんに似合いそう。
いい仕事するなあ。きっと腕は確かなんだろう。
袋の中に有った上着を広げながら見ていると、不意に執事さんが、何処か懐かしそうに呟いた。
「……女性にお優しいのは何年経ってもお変わりありませんな」
うーん、それに関しては、プライベートなので見てない部分の記憶に入ってそうだな。
とりあえず、忘れた振りしとくか。
「ふむ、そうかね?」
「ええ、昔からです。勘違いした女性が愛人にしろと押し掛けた事もございました」
「……そうだったか」
「はい」
オーギュストさんたら、過去とはいえ罪な事しとるわ。
勘違いさせるような事をするなんて、男としては最低だ。
女の敵だよ、女の敵。
だが、そんな話を聞いたからだろうか、それともそれが伏線となっていたのだろうか。
真偽は分からないが、その日の夜。
予想外過ぎる出来事が起きた。
「旦那様……っ、あの、えっと、お、お慕いしております……! どうか、っどうか私と、一晩だけ……っ!」
顔を真っ赤にし、その目を潤ませながら、そして、可愛らしくどもったりもしながら、懇願するように私を見詰める一人の少女。
金の髪で青い瞳の、眼鏡を掛けた、何処か地味そうな外見のメイドである。
そんなうら若き乙女が、ベッドで寝てた私の上に乗っかっていた。
うん、えっと、うん。
………………はい?
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