第24話
「おヌシ意外と話が合うのう、悪そうな顔しとるのに」
「これは生まれつきでね。あぁ、アルフレード、何か飲み物を」
廃嫡となった王族、つまりひいひいおじいちゃん辺りの肖像画の記憶があるんだけど、めっちゃ悪そうな顔してたから代々悪そうな顔が遺伝してるんだと思う。
という訳で、あんまり突っ込まないであげて下さい。
そんな事を考えながら執務机の上にあった書類や書簡を脇に寄せ、執事さんに指示を出す。
と、既に用意していたのか瞬時に机の上にティーカップが置かれた。
「紅茶ですが、ご用意致しました。シルヴェスト辺境伯様も、どうぞこちらへお掛けになって下さい」
執事さんがそう言って、休憩用に置かれていた机の側のソファーへ座るようにとおじいちゃんを促す。
おじいちゃんはというと、なんか嬉しそうにニコニコしながら、いそいそとソファーに腰を掛けた。
「こりゃすまんの。でもワシ、コーヒーが良い」
早速机に置かれた紅茶のティーカップに口を付け、ズズーッ、と啜りながらも、そんな事を宣うおじいちゃん。
「突然来ておいてワガママを言わないで頂きたいな」
じゃあ飲むなよジジイ。
とか思いながらのツッコミである。
「ほっほっほ! それもそうじゃの! すまんすまん!」
全く気にした様子も見せず、呑気に笑うジジイ。
視線だけで執事さんを見れば、一瞬だけ口元を引くつかせていた。
脳内で、なんだこのジジイ……、とか考えたのかもしれない。
仕方ないね。
しかし流石は執事さん、いつもの柔和な笑みを浮かべ、いつものように綺麗な所作で一礼して、いつも私に答えるように答えた。
「申し訳ありません、今度お出でになった時にはご用意しておきます」
「うむ、あ、ワシ、ヨーグモス領の豆が好きじゃ」
執事さんの返答に満足そうに頷いたおじいちゃんは、ついでとばかりにそう宣った。
うん、……今、なんか執事さんと私の心の声がシンクロした気がする。
勿論今考えた事は、図々しいなこのジジイ……、である。
「畏まりました、次回迄には必ずや」
「楽しみにしとるわい。しっかしおヌシ、途轍もない魔力量じゃの」
早速手配するつもりなのか、懐から伝票っぽい何かを挟んだバインダーみたいな物と、木炭のような物を取り出してメモを取る執事さんに、のんびりと軽い調子で答えていたおじいちゃんが、何故か突然私の魔力の事に話題を変えて来やがりました。
うん、やめて。
「ふむ、余り自覚したくないので放置して頂きたいな」
考えたくないです真面目に。
内心そんな事を考えながら、ティーカップの紅茶を飲む。
種類とか分からんけど、美味しい紅茶だ。
個人的にはミルク入れたい。
砂糖は、……良いや、眠くなりそう。
「ほっほっほ! 面白い事を。まあ、そんだけ無駄にあれば禁術の三つくらい同時発動しても平気そうじゃの」
「それは流石に考えたくないな」
キンジュツってのが何なのか分からないけど、わざわざ知識から引っ張るのも嫌なので、放置しようと思います。
だって嫌な予感しかしない。
「まあ、確かにそんな状況、世界が滅亡でもせん限り無いか! ほっほっほ!」
「冗談でも、縁起の悪い事を言わないでくれたまえ」
世界滅亡とか、やめてよ死にたくないんだから私。
「すまんすまん!」
全く悪びれず、ほっほっほ! なんて呑気に笑いながら、適当に謝罪するおじいちゃん。
地味に腹立つわー、このジジイ。
……これでも一応、自分が規格外だって事は理解しているのだ。
賢人相手に、まるで同等の存在であるかのように接されたら、いくら認めたくなくても、自分は賢人なんだろうな、とも思ったし。
でも改めて誰かに正確に言われるのはキツい。
いつかはちゃんと把握しなきゃなんだろうけど、今は心の余裕なんて皆無です! はい無理! 終了!
という訳で、話題を変えよう。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。
貴殿にとって、私はどのように見えたのか、聞いても?」
新たに賢人となった者がどういう人物かの確認。
どうせ、わざわざ転移までして来た理由なんてそんなモノだろう。
そんな風に考えながら、ティーカップを軽く傾ける。
ティーカップの底に沈んでいた細かい茶葉がゆらりと揺れた。
「……そうじゃの。噂では、公爵家当主は妻を失ってから暗愚となった、と聞いておったが、今はそんなモン欠片も無さそうじゃな」
ズズーッ、と音を立てながら紅茶を嗜んでいたおじいちゃんが、視線だけを私へと向け、呟くようにそう答える。
案の定その視線は、何かを確かめるような、見定めているような、そんなものだ。
そんなおじいちゃんの視線を受け止めながら、私は小さく息を吐く。
「……いや、今でも失う事は怖いと思っているよ。
故に、いつか同じ事を繰り返してしまわないか、とても不安だ」
オーギュストさんと、同じ事を、私がしないという保証は無い。
だからこそ私は、なるべく早くに、自分の立場、状況、死、離別、何もかもすべてを理解しなければならない。
覚悟なんて出来てない。
理解さえもしていない。
そんな状態で生き続けるなんて愚策以外の何でもないのだ。
「……それに関しては、運命と思って諦めなされ。
賢人として生きるなら、受け入れなくてはならん事じゃ」
今、正に考えていた事を言われてしまって、つい笑みがこぼれた
といっても、嘲笑に似た何かだったけど。
「助言にすらならないな」
「仕方なかろ、そうとしか言えんもん」
ふう、と小さく溜息を吐きながら、何処か諦めたような口調で、おじいちゃんはそう呟いた。
なるほど、中途半端な事を言っても意味が無い事くらい、長年の経験から理解している、という事か。
「......傷の舐め合いをするつもりは無いな」
ポツリと、そんな言葉が口からこぼれる。
辛かったから慰めて欲しい、なんて、そんな自分を想像しただけで吐き気がした。
女だから女々しくて良い? そんな訳ない。
辛くたって歯を食いしばって進む、後ろは振り返らない、やれば出来る、そんな綺麗事を言うつもりも、出来るつもりも無い。
だけど、自分の中にある曖昧な信念みたいな何か、それが私の生き方の指針となっていた。
自分が納得出来ない生き方だけは、しない。
ただそれだけ。
「ならば、己で乗り越えて行くしか無いのう」
おじいちゃんはそう言って、困ったように笑う。
私は、じっとカップの底でかすかに揺れる紅茶の茶葉を見詰めていた。
……泣きたくてしょうがない時は泣くだろう。
怒りに支配される事だってきっと来る。
誰かに嘘を吐く事だって、今後沢山あるだろう。
だけどそれは全て、自分で消化しなければならない事だ。
誰かを当てにしながら、曖昧に生きる事は、もう出来ない。
「実に面倒だ」
溜息と共に口からポロッとこぼれたのは、紛う事なく私の本心だった。
いやもうめんどい。マジで。
両親も居ない、友人も居ない、昔からの知り合いすら居ない。
重要な事は何もかもすべて、一人で考え、行動し、決定しなければならない。
改めて考えてもなにこれ? ってヤツである。
何せ、身一つで外国に放り出された挙句、重要な立場に立たされたようなものだ。
これ、一般人だったら自殺してそうだな。
私? 私は自殺とかそんなん考えた事も無いよ。
芸能界に入ろうとしてた私が繊細な訳無いでしょ。
どんだけ辛かろうが生きてやる。
イジメ? 悪口? 陰口? イヤミ? 無視? ひとりぼっち?
どうでも良いよそんな小さい事。
だって私は、死ぬ方が、嫌だ。
「言うに事欠いて面倒っておヌシ! 自分の事じゃろに!」
何が面白かったのか、唐突に口に手を当てながらプッフー! とか吹き出すおじいちゃん。
しかもアッヒャッヒャ! なんて笑い転げ始めた。
人が一生懸命色々と真剣に考えてる時になんなの、鬱陶しいなこのジジイちくしょう。
だけど、そんなのを態度に出す訳にもいかないので、おくびにも出さず、淡々と、そして、全く気にもしていない、といった態度を演じながら、尋ねた。
「まあ良い、それで?」
「そうじゃの。おヌシとは良き隣人になれそうじゃ」
予想外のおじいちゃんの言葉に驚いて、一瞬演技が崩れそうになった。
だけど、そこは無理矢理持ち直させる。
「おや、そんなにすぐに信用しても構わないのかね?」
「ワシ、これでもめっちゃ長生きしとるんじゃぞ? 人を見る目くらい五百余年生きとれば天元突破しとるわい」
尋ねれば、ほっほっほ! と笑いながら、何処か自信満々に胸を張るおじいちゃん。
「なるほど、私を敵に回したくない、という事か」
「おヌシなんでそんなネガティブなの? まあ、間違ってないけど。なんせワシより強いもんおヌシ」
………………はい?
「……それは想定外だったな」
「魔力量比べたらすぐ分かるじゃん」
……うん、えっと。
「…………理解したくないので止めておこう」
「まあ、理解したら心臓に悪そうな量じゃからの。賢明な判断じゃと思うぞい」
「想像したくないな」
そんな風に適当に答え、そして私は、何も聞かなかった事にした。
知らん知らん! 聞いてない! 私は何も聞かなかった! よし!
そうやって必死に自分に言い聞かせて居たら、おじいちゃんが孫を見詰めるみたいな微笑ましそうな目を私へと向ける。
「まあ、魔力量とかそういうの抜きで、ワシにとっても、おヌシと良い関係になれれば良い刺激になると思っとるんじゃよ」
突然おじいちゃんがなんか良い事言い始めたけど、それまでの態度がアレだったので違和感しか感じなかった。
「つまり、私を利用してストレスの解消をしたいと」
「だからなんでおヌシそんなネガティブなの?」
「冗談だ」
「そんな真顔で言われたら分からんわい」
拗ねたみたいに口を尖らせるおじいちゃん。
全ては自分の態度が原因なので自業自得だと思います。
という訳で、スルー。
「ふむ、それで、帰りはどうするつもりだね?」
「無視なの? まあええわい。
転移で帰るから問題無い。それより茶菓子は無いのかの」
ホントに図々しいなこのクソジジイ。
「……アルフレード」
「は、お気に召さないかも知れませんが、こちらをどうぞ」
私の呼び掛けに、執事さんがいつの間にか持って来ていた台車から何かが入った籠を、おじいちゃんの前のテーブルの上へ置く。
それを見たおじいちゃんが、驚いたように目を見開いた。
「ほう! これは最近話題の新種じゃな?」
「はい、ラジレーン領から取り寄せました。
この種類にはタンジャーという名が付いたそうです」
そう言って、執事さんは私の前にもそれの入った別の籠を置く。
オレンジ色の小さい果実である。
なんて言うか、うん。
……蜜柑にしか見えないんだけど。
「噂通りオランジュによく似とる」
「オランジュの新種ですから、似ているのは仕方ないかと。
ですが味は此方の方が甘くて風味深いそうです」
ちなみにそのオランジュですが、オーギュストさんの記憶を探ったら完全に私の知ってるオレンジと同一でした。
まあ、こっちのオレンジは皮が固くてグレープフルーツっぽいけど。
「小さい分凝縮されとるのかのう」
「そうかもしれませんね。
それと、皮が柔らかいので、ナイフを使わずに皮と身を分けられるそうです」
いや、蜜柑だよね、それ。
とりあえず、目の前の籠からひとつ手に取った。
どっからどう見ても蜜柑です有難う御座いました。
皮を剥き、ひと房を口に放り込むと、とても覚えのある、あの味がした。
現代日本で、冬に炬燵のお供として欠かせない、あの味が。
「ほう! こんなに簡単に皮が取れるのか! うむうむ、味も、なんとも言えん風味も、上質じゃの」
「お気に召して頂けたようで、よう御座いました」
楽しそうにはしゃぐおじいちゃんの声を聞きながら、じっと蜜柑にしか見えない果物を見詰める。
多分、別の名前の同じ物、って解釈で良いんだろう。
もしかして、こういうの結構あるのかな。
あるんなら、把握しておきたい。
理由としては、公爵という立場を考えると、知らないという事は弱みになる恐れがあるからだ。
新商品は今後の流通の要となる場合が多い。
王家に次ぐ権力を持つ家、というか私が、たとえ小さな綻びであっても付け入る隙を与えるような真似をする訳に行かないのだ。
……建前はそんな所か。
「……アルフレード、これは今後も取り寄せられるか?」
視線は手の中の蜜柑、……タンジャーへ向けたまま、執事さんに尋ねた。
個人的には、余りこういった物は見付けたくない。
理由はホームシックになりそうだから。
だけどそれでもやっぱり、同じ物があるなら気になってしまうのは仕方ないと思う。
あと、やっぱり食べたいです。
飽食の現代日本から来た身としてはいつか和食だって食べたいです。
米とか、味噌とか、醤油とか、どうしたって恋しくなると思うの。
「はい、余り多い数は難しいかと思われますが、個人で愉しむ程度でしたら可能かと」
柔和な笑みを浮かべたまま、いつものように答えてくれる執事さん。
「ふむ、しかし、オランジュの旬は秋か冬、ではなかったか」
「どうやら、珍しく魔導を用いての栽培をしているようで、少量ずつですが年中取れるそうです。
ただ、その分腐りやすいのが欠点だそうで……」
へー。
それがどれだけ凄いのか分からないので何とも言えない私。
まあ良いや。
しかし腐りやすいのか。
「ふむ、そうか、ならば当家で余った物は凍らせて保存するとしよう」
「なるほど! 流石は旦那様」
「ほう、良いのう、ワシも次取り寄せられそうならそうやって保存しようかの!」
冷凍ミカンって美味しいよね、的な発想だったのだが、私の案は思いの外好評だったようだ。
「……さて、シルヴェスト老、そろそろ帰ってくれないか?」
「めっちゃ直球じゃの!」
暫く歓談した後、ついでとばかりにそう言ってやれば、おじいちゃんが驚いたように見事なツッコミを入れてくれた。
「私は余り暇では無いのでね」
「もーちょっと老人を労らんかい!」
プンプン! とか聞こえそうなくらいの拗ね具合である。
鬱陶しいなこのジジイ。
「此方とて予定があるのだよ」
私にはお仕事が待ってるんです。
ちょっと逃避したくなるくらいの猛烈な量のお仕事が、そりゃもう目一杯。
「うん? 何やっとるんじゃ?」
「暗愚となっていた期間、碌に当主の義務を果たしていなかったらしくてね。あの日から全ての見直しと再計算だ」
もはや考えたくない量ですが何か。
「な……、誰かに任せたりせんのか」
絶句したように何度も口を開閉させたおじいちゃんが、心配そうに眉根を寄せた。
「機密情報もあるのでそれは出来かねるな。
それに、これは義務を放棄していたツケだからね」
「そうか……、しかし、そんなんずっとやってたらストレス溜まるじゃろ」
「そうだな、だがこれは仕方のない事だよ」
とりあえず、なるべく早くストレス発散法を見付けたいとは思ってます。
そんな風に考えながらの返答だったのだが、おじいちゃんはと言えば、何処かやり切れないような表情を浮かべ、懐から一冊の本を取り出した。
「……そうか、これは餞別じゃ、受け取れ」
そう言って、机の上にその本を置く。
「……なんの本だね?」
「召還魔法じゃよ。それで好きな幻獣を呼び出せばモフモフもナデナデもし放題、ストレスも少しは軽減されるじゃろ」
なるほど、アニマルセラピーってヤツですね!
私、実家で猫と犬を飼ってたからめっちゃ嬉しいかもしれない。
「ほう……、有り難く頂こう」
執事さんに視線をやると、早速その本を回収してくれた。
時間に余裕が出来たらやってみようと思う。
まあ、私に使えるか分からんけど、多分大丈夫だろう。
「うむ、そいじゃ、仕方なく帰るとするかの」
そう言って、おじいちゃんはよっこいせ、等と呟きながら腰を上げた。
「次は、来る前に分かるようにして欲しいな」
淡々と告げてやれば、当のおじいちゃんは全く気にした様子も無く、ほっほっほ! と笑った。
「案ずるでないわ。次来る時は使い魔のジェシーちゃんに手紙を持たせてやり取りして、そっから決めた時間きっちりに転移するわい」
ジェシーちゃんが何なのか気になるけど、気にしないようにしとこうと思う。
「それは有難い、此方も貴殿を持て成す準備が出来る」
「ほっほっほ! あんまり過度な持て成しは困るんで、些細な感じが良いのう」
「気にしなくて良い、どうせ非公式だろう? 過度にしてしまえば何処からどう漏れるか分からん」
「それもそうか。ほいじゃ、また来るわい」
「あぁ、また会おう」
そんなやり取りの後、私が別れの言葉を口にすると、おじいちゃんは掌の上に小さな光を灯した。
それは段々と光量を増して、気が付けば目が眩みそうな程となる。
「さらばじゃ! あ、言っとくけど、賢人ってワシより濃い奴多いからね!」
眩い光が辺りに放射される中、おじいちゃんはそう言って笑ったように見えた。
そして、その光が収まった時には既におじいちゃんの姿は無く、残ったのは、机の上で無残に食い散らかされたタンジャーの皮の残骸だけ。
ていうかさ、……いま、すっごい気になる台詞を去り際にサラッと言われたんだけど、気のせいにして良いですか。
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