第23話

 






 朝食を終え、そのまま執事さんの案内で執務室へと行く。

 ぼんやりと、これが日課になるんだろうな、なんて思いながら、足を進めた。

 この廊下の窓から見える景色は、どうやらこの屋敷の中庭であるらしい。

 綺麗に整えられている薔薇園も見える。


 他にも花が見えるけど、赤い花ばかりなのはやっぱりジュリアさんの為だったんだろう。


 ……でも、基本が赤ばっかで見栄え悪くなってるから指し色で別の色の花を混ぜた方が良いと思う。

 後で執事さんに言ってみるか。


 ちなみに、赤に合うのは同系色か、暖色系か、白か、黒。

 花の種類が少ないから増やしても良いね。


 あ、ちなみに本日の朝食は、バターロールみたいなパンと、コーンスープっぽい味のスープ、それからカリカリに焼かれたベーコンがアスパラっぽい野菜に巻かれた物でした。

 塩とか胡椒での味付けは無かったけど、ベーコンが濃い目の良い味出してたので問題無く食べたよ。

 大変美味しゅうございました。


 朝はあんまり多く食べられない方だったけど、オーギュストさんの身体になってからはそんなに苦じゃないのはありがたい。

 美味しいもの食べるとストレスが軽減されるからね。


 ……もしかしなくてもオーギュストさんって、ストレス軽減の為の過食で豚化してたのかな……。


 そんな風に思案しながら、三日目にしてようやく座り慣れて来たような気がする椅子に腰掛ける。

 それから、手近な書類を手に取りながら執事さんに呼び掛けた。


「アルフレード」

「は、本日は針子のシェリエより、新しいお召し物のデザインが出来たので見て欲しいと、知らせがありました。どう致しましょう」


 まだ用件言ってないけど通じてるのは流石執事さんだと思う。


 ていうか今更だけど、私のスケジュール管理って執事さんの仕事なんだね。

 昨日もこんな感じだった気がするから、今までずっと仕事以外の管理は丸投げだったのかな。

 ……となると、私がスケジュール管理したら怪しまれるか……。

 じゃあこういう事したい、って横から口出しするくらいにしておこう。

 流石に確認が必要な事とかは言ってくれるだろうし。


 でもやっぱり察しが良過ぎて怖いです。


 うん、気にしないよ! 慣れろ私!


「ふむ、早いな。では後ほどにでも此処へ来るよう、伝えたまえ」


 鷹揚にそう言いながら、手に取った書類をそのまま確認する。


 段々とこの演技にも慣れて来たけど、気は抜かない。

 何が起きてどうなるか、現代人な私が予測出来る筈が無いからね。

 分かる訳ねぇですよ。


 そんな事を考えながらも、視線は書類に固定されている。


 えーと、確か昨日はここまで計算したから、うん、大丈夫、覚えてるね。


 よし、とりあえず計算だ。

 羽ペンを手にしながら、頭の中で採算を合わせて行く。


 ……しかしあの面会からまだ2日も経ってないような気がするんだけど気のせいかな。

 めっちゃ仕事早いね針子さん。

 まあ、デザインの段階だし、それなら早い時は早いか。


 ちなみに思考も計算も行動も、全てが同時進行なので、この間二秒も経っていなかったりする。


 賢人って凄いね。


「畏まりました。それと、書簡が幾つか、届いております」


 私の返答に恭しい礼をしてからそう言った執事さんは、懐から幾つかの書簡を取り出して、机の上の空いたスペースに並べた。

 

「ふむ」


 ……これはちょっと、計算を後に回さないと駄目か。

 書簡を蔑ろにしても、碌な事にならないだろう。


 現代でも、メールや手紙、ダイレクトメールを放置して、気付かない内に支払いが滞っていたり、その他色々と面倒臭い事にしかならなかった。

 一番ヤバかったのは、家賃を口座引き落としにしてなくて、滞納金が物凄い額になってた事だろうか。


 アレはちょっと死ぬかと思った。


 持っていた羽ペンを戻し、書類を横に置いて、そして書簡を軽く一瞥してから、適当にひとつ手に取る。


 これは、えーと、あぁ、昨日の朝出したシルヴェスト卿からの返信か。

 早いな……、一日で返事が来たよ。

 この世界の交通手段、基本的に馬じゃなかったっけ?

 その他にもなんか郵便の手段があるんだろうか。


 分からんから後で調べるか。

 ……確認する事多すぎて忘れそうで怖い。

 あ、でもオーギュストさんのスペックなら大丈夫なのか?


 まあ良いや、えーと、内容は………………うん、うん? うん。


 ……なんか、めっちゃフレンドリー?


 いや、気のせいかもしれないし、もう一度読み直してみよう。


 ………………やっぱめっちゃフレンドリーだコレ。


 とりあえず、日本語に訳すと、こうだ。


 “ヴェルシュタイン公爵様へ


 お手紙ありがとう! 一昨日くらいから仲間が増えた気がしてたから全然オッケーだよ!

 日取りとか決めるの面倒臭いから、この手紙が届いたらそっち行く事にするね!

 その時は宜しく!


 なお、この手紙は自動的に転移先召喚陣に変化します。


   ジーニアス・シルヴェスト”


 …………うん。


「……アルフレード」

「なんでございましょう」

「今からシルヴェスト卿が来るらしい」

「……今から、でございますか」

「それと、門からではなく、直接此処へ転移して来るつもりのようだ」

「………………は?」


 執事さんにも予想外過ぎたのか、珍しくそんな声が溢れてしまったらしい。

 仕方ないね、私もそんなん言われたら絶対同じ事言うと思うもん。


 その時ふと、身体の中にあった魔力的なモノが勝手に少しだけ動いたかと思えば、書簡に吸い込まれて行った。


 別に全く減らないから良いんだけど心臓に悪い。

 いや、だって、ズル……、って感じに地味な動きするんだよコレ、気持ち悪いよ。

 アメーバか何かが動いた時っぽいんだもん。


 そんな事を考えた次の瞬間、書簡が私の手を離れ、宙に浮いた。


 浮いた?


 え、ちょっと待って、何これ。


 思わず内心ポカーンとしてしまいながら、浮いた書簡を凝視。

 外面は、静かにじっと見詰めているだけだけど、内心大騒ぎである。

 仕方ないね。


 いや、もうマジ意味不明。


 ふわりふわりと浮いていた書簡が、風に舞うように執務室の中央へと移動したかに見えたその時、キュン、という空気を裂くような音と共に光の玉が出現した。


 そして次の瞬間、その光の玉は、目も眩むような光を発する。


 音にするなら、カッ! が一番近いだろうか。


 一体何が起きたのか真面目に分からないけど、感覚で何処かと此処が繋がり、何かが来た、という事は理解出来てしまっていた。

 原理とかサッパリ分からないけど、何となく魔力と引き換えに発動した事は分かる。

 なんで分かるのかも分からない。


 そんでこれが一体どの位の凄さなのかも分からないので、なんのリアクションも取れない私。


 なんて言うかホントにもう、訳が分からない。


 そして、ゆっくりと収束するようにその光が消えた時、そこには一人の人物が佇んでいた。


 真っ白くて緩くウェーブした長い髭、真っ白い髪、小さめの丸眼鏡、年月が刻み込まれたような沢山の皺。


 例えるなら細身のサンタクロース、だろうか。

 絵本に出て来る典型的な魔法使い、と言っても良い。

 腰は曲がって居ないから、初老期に入った頃、といった所か。

 いや、分からんけど。


 カーキ色のローブみたいな服を着ているせいか、特にそう感じる。

 好々爺といった風情を感じさせながら、ニコニコと笑うおじいちゃんは楽しそうに口を開いた。


「ほうほう、どうやら本物のようじゃの!」


 ……ちょっと待って今なんて言った?


 色々と気になる事は沢山あるけど、とりあえず気になってしまった私は、様子見も兼ねてそっちを消化する事にした。


「……老師殿、大変申し訳無いのだが、それは一体どういう意味だろうか」


 だって、何、その、偽者が居るみたいな発言。


 そう考えながらの質問だったのだが、当のおじいちゃんはニコニコと変わらぬ笑顔で告げる。


「もし賢人を騙るような輩なら、召喚が発動する前に魔力不足で生命力込みで魔力を吸い取られ、死んどるからの!」


 あ、マジで居るんだ賢人の偽者。


 告げられた内容から察するに、詐欺師とか、そういった類のソレなんだろう。

 オレオレ詐欺的なやつとか、またはタカリとか、されたのかもしれない。


 それなら仕方ないのかな、って、そんな訳あるか!

 何サラッと殺人してんのこのおじいちゃん! ヤダ怖い!


「……それはまた、物騒な罠だな」


 ドン引きしてしまったけど、それはなんとか表には一切出さず、冷静な態度での演技を心掛けながら、淡々と告げる。


 詐欺師対策にしては過激過ぎるよね!


「だって鬱陶しいんじゃもん。碌に生きとらん癖にワシを謀ろうとするような輩、生きてても仕方なかろ?」


 さも当然とばかりに、っていうかちょっと拗ねたように唇を尖らせながら、首を傾げるおじいちゃん。


 いや、だってじゃないよ、もうちょっとあるでしょ。


「逆に自分の方へ召喚し、使い魔の契約でも勝手に掛け、良いように使えば良いだろうに」


 ん? ……言ってから気付いたけどコレもどうなんだろう。

 あれ、死んだ方がマシなんじゃないかなコレ。


 だって人権皆無っぽくない?

 いや、使い魔の契約がどんなもんか分からんけどさ!

 いかん、やっぱ後でちゃんと調べなきゃだわ。


 ちなみにオーギュストさんの知識は、よっぽど興味無かったのか、攻撃とかそういう攻めの姿勢の知識しか無かった。


 防御とか、隠蔽とか、補助とか、そんなん全く無い一点突破型。

 そういうのもあるらしいけど、自分は要らない、っていう感じで放置されてたっぽい。


 魔法も体術も剣術も、何もかもだから、めっちゃ偏ってるよね。

 最低限の手当の知識しか無いとか何この脳筋戦国武将みたいなの。

 あ、でも外交的な知識はちゃんとしてたよ。


 そんな事を考えていたら、おじいちゃんは面白い物を見付けた、とでも言いそうな雰囲気で長い顎髭を撫でた。


「ほうほう、なるほど、おヌシ結構イケるクチじゃの。しかしそうか、その手もあったか」


 あっ、ヤバイこのおじいちゃんノリノリだ。

 物騒な爺様に余計な知恵を与えてしまったパターンじゃねコレ。

 だけど、言った手前、今更後に引けない。


 アドリブってこういうのが大変なんだよね。

 いや、ホントなら楽しい筈なんだけど、人生掛かってるからコレ。

 ......とりあえず、それっぽい事言って誤魔化そうと思います。


「便利な捨て駒を得られる機会をふいにするとは、勿体無いな」

「ふうむ、一個師団が作れるくらいは居ったからのう。惜しい事をしたわい。ワシのバカ!」


 同じテンポで何度も顎鬚を撫でながら、残念そうな声で嘆くおじいちゃん。

 もっと普通の話題だったら可愛いおじいちゃんだなぁ、で済むんだけど、如何せん、殺伐たる会話故に、なんかどうして良いか分からない。

 だってつまりこのおじいちゃんはその位、人を殺してるって事で。


 めっちゃ怖い。


 …………うん、よし! 話を変えよう。


「それで、老師殿、貴殿がシルヴェスト卿で宜しいだろうか」

「うむ、ワシがジーニアス・シルヴェスト辺境伯じゃ」


 効果音を付けるなら、でん! だろうか。

 グッと胸を張りながら、なんとも偉そうに名乗るおじいちゃんである。


 うん? 待って、辺境伯、……っていうと、どの辺の地位の人だ?


 そんな疑問から、頭の中の知識で検索を掛けてみる。


 該当、1件。


 ・辺境伯

 公爵と並ぶ程の地位の爵位。

 この国では一代限りの名誉爵位として王が任命する。

 主な仕事は、いざという時の戦力な為、基本的に賢人が選ばれる事が多い。


 あ、めっちゃ偉い人だった!

 しかも私と同じ位の偉さだ!


 ああ、いかん、そんな事考えてる場合じゃないよ、挨拶挨拶。


「申し遅れた、私がオーギュスト・ヴェルシュタイン公爵家当主だ、若輩者だが宜しくご指導賜りたい」


 挨拶は大事だ。

 先人っていうのは基本的に礼儀を重んじる傾向があるからね。

 って言っても、ちょっと口調が訳分からなくなった、ごめんなさいおじいちゃん。


「畏まっとるんじゃか偉そうなんじゃか分からん口調じゃの」


 ですよね。


「コレに関しては申し訳無い。どういった態度と口調が正解なのかサッパリでしてね」


 困ったものだ、とでも言いそうな雰囲気を出すように演じながら、軽く頭を振る。


 地位は同じ位、でも年齢は遥か上、そして、賢人。


 まあ、演技とかしなくても真面目に判断に困ってる訳だから、自然な演技になっているだろう。


「そんなモン気にせんでええぞい。どーせ無駄に長い付き合いになるんじゃ」


 畏まり戸惑う演技の私を見てか、おじいちゃんは孫を見詰める好々爺のような雰囲気でニコニコと笑いながら、明るく言い放った。


 なんか知らんけど本人からお許し出たよ、やったねオーギュストさん!

 あ、でも、一応確認はしとこう。

 後で文句言われても困るし。


「ふむ、では友人と思って接しても?」

「構わん構わん! 爵位だの年齢だの、途中でどーでも良くなってくるわい!」


 ほっほっほ、とサンタクロースみたいな笑い方をしながら、全く気にした様子も見せず、おじいちゃんが答える。


 はい、言質取りました。

 じゃあもう適当で良いよね!


「なるほど、ではそのようにさせて貰う事にしよう」

「一気に偉そうになったの、おヌシ」


 堂々と、いつもしている演技と同じように振る舞えば、なんか呆れた様子でじっと見詰められてしまった。


 いや、でも言質取ってるからね。


 大体さ、これから仕事なんだよ私。

 それを此方の都合を無視していきなり邪魔しに来てる訳だから、良いよね、むしろ扱いがもっと適当でも構わないくらいだと思う。

 という訳で、そのまま行きます。


「癖でね、余り深く気にしないでくれると有難い」

「癖か、そりゃ仕方ないの。ワシもこの髭を撫でる癖は何百年経っても抜けんもん」


 サラッと適当に誤魔化したら、なんか真顔で納得されてしまった。

 なるほど、経験談ってヤツですか。


 まあ、分からなくも無い。

 癖なんてものは意識したって抜けるものじゃないのだ。

 だって無意識だし。


 私? 私は演技中は全て意識しながら行動してるから、オーギュストさんの癖とかじゃない限り私本来の癖は出てない、筈だ。


 ちなみに私の癖は、髪を耳に掛けたあと、何故かそのまま耳朶を触ってしまう事である。


 この癖のせいでピアス穴を開ける事が出来なかったのは悔しい思い出だ。

 化膿して耳朶無くなったら嫌だったから仕方ない。

 女優として、それはちょっと有り得ないし。


 まあ、良いや、話を変えよう。

 このまま癖について話しててもオーギュストさんの癖とか知らんし。

 いくら記憶が有っても無意識なんて分からん。


「ところで、書簡に“一昨日くらいから仲間が増えた気がしていた”とあったが……」

「まあそうじゃの。おヌシを試したようになってすまんかった!」


 そう言って両手を合わせ、ペコッと頭を下げるおじいちゃん。


 ……まあ、普通の人だったら死んでたからね。

 殺人未遂だよね。怖いね。


 口答で謝るだけとか、割に合わない気もするけど、まあ、良いや、怖いし。


「では、それは偽りという事か?」


 改めて確認してみると、おじいちゃんは居住まいを正し、ニコニコしながら答えてくれた。


「いんや、賢人は自分以外の賢人の存在を感じる事が出来るぞい。

 ただ大体この辺に居るかなー、ってくらいしか分からんがの!

 だからこういう手段を取らせて貰ったんじゃ」

「なるほど」


 納得して、ひとつ頷く。


 そんな漠然とした感覚なら仕方ないかもしれない。

 ……だけど、一歩間違ったら誰かが死んでただろう。


 もし、誰かがつい出来心であの手紙を読んだとしたら、

 もし、私が面倒臭がって、執事さんに朗読させてたら、


 そう考えただけで、胃の辺りがキュッとなった。


 うわー嫌だわー、貴族怖い。


 つか命が軽過ぎてヤダ。

 戦国時代かよ。


 だけど、そういうモノなんだから仕方ないんだろう。

 納得出来なくても、するしかない。



 とりあえず、私も後で賢人が分かるかどうか試してみようと思う。


 なんか、後でやる事リストがどんどん増えてる気がする。

 …………まあ、良いや、なんとかなるさ! きっと!


「あー、あとついでに、公式な面会しちゃうと、色々と面倒臭いんじゃよなー……」


 ふと、心底面倒臭そうに呟くおじいちゃんのそんな言葉に、なんか凄く納得してしまった。


「あぁ、なるほど、確かに面倒事に巻き込まれるのは勘弁願いたいな」


 なんせ今此処で、公爵と辺境伯という王家に次ぐ権力の持ち主二人が面会してるんだもんね。

 転移して来たのはそういう理由もあるのか。


「すわ謀反か! なんて言われちゃったらホントに面倒臭いもんのう」

「はは、確かに」


 ほっほっほ! と笑うおじいちゃんに釣られるように此方も軽く笑っておくけど、笑い事じゃないです。


 そんな疑い掛けられて打首獄門とか、めっちゃヤダわ。

 有難うおじいちゃん、方法はともかく今だけ感謝しとく事にする。


 

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