第20話

 



 ……とりあえず、話を変えよう。そうしよう。


 なんとか気持ちを切り換えた私は、改めて別の質問を投げ掛けてみる事にした。


「……他の賢人に仕えたいと思った事は無いのか」


 だって強い人が理想なら、この世界に居る賢人さんを主にしたいと思うんじゃないだろうか。

 そう思っての質問だったのだが、当の本人は言われた事で今気付いたのか、改めて思案し始めた。


「あー、そういえば無いなー……。

 確かに凄く強いし崇拝対象ではあるんだけど、好みじゃないんだよね。

 ……って、待って、他の?」


 ふと気付いたらしい彼が、思案の為に外していた視線を、私へと戻す。


「あぁ、私は先日の件で賢人となったからな」


 別に隠してる訳でも、隠したい訳でも無いからサラッと答えたら、なんかめっちゃビックリした顔でガン見された。


 なんなんだ、シバくぞ。


「……マジか……! えっ、どうしよう、何この気持ち、物凄くファンな有名人に逢った時ってこんな感じなのかな……!」

「知らん」

「ですよね。」


 どうでも良いよ。


 つーか今気付いたんだけどさ。

 私が賢人である事って隠すべきなんだろうか、それともドーンと公表すべきなんだろうか。


 隠してもいつかはバレるし、公表したらしたで領民に嫌われてるから大混乱に陥るかもしれんし。


 悩むよねー。

 とりあえずこれはまた後で考えるかな。


 ……しかし、いつまでこうしてたら良いんだろう。

 え、まさかこの人配下にしなきゃダメな感じ?


 さっきの鳥肌モノの発言のせいで吹き飛びそうだったけど、その前は一応そういう雰囲気だったよね?


 えー、どうしよう。


 視線だけあちこち彷徨わせていたら、壁際に一人、空気と化して佇む執事さんを発見。

 とりあえず、どうしたらいいと思う? みたいなアイコンタクトを送ってみる事にした。


 執事さんは恭しく一礼しただけだった。


 ……うん。

 どうぞご自由に、って事しか伝わって来ない。


 え、丸投げ……?


 基本的に丸投げしてたからか、今回ここぞとばかりに丸投げされた……?

 あ、なるほど日頃の行いってヤツですね。

 まだ二日目ですが。


 ちくしょう。

 もう良いや、面倒臭い。


 来る者は拒まないスタンスで行こう。

 後は自主性に任せてやる。


 どうなっても知らんよ!


 まあ、もしもの時は私がめっちゃ頑張れば良い。

 出来ない事はあるだろうけど、何となく、何とかなりそうな気が、……するような、しないような。


 まあ良いや。知らん。

 こんな悪役っぽい顔のオジサマの部下になりたいオッサンなんてそんな居ないでしょ。


 ……あぁ、なんでこんなに気持ち悪いのか理由が分かった。

 そういう本能とはいえ、無条件で向けられる尊敬や過剰な好意が理解出来ないからだ。


 だって、執事さんやその他の、この屋敷の人達は元々のオーギュストさんを知ってるから、まあ理解出来る。


 でもこの人、私の表面しか見てない。

 だから、不快に感じるんだろう。


 理解したけど、部下にしない、って選択肢は今の所浮かばなかった。


 だってこのオッサンイジり甲斐あるんだもん、仕方ないよね!

 

 まあ、これで仲間にしなかったらこのオッサンを私が殺さなきゃいけなくなるから、っていうのが一番の原因なんだけど。


 うん、色々理解したらなんかスッキリした。

 ついでに気になってた事もう一個消化しとこう。


「…………貴様、名は?」


 改めて尋ねたら、困ったように肩を竦められてしまった。


「俺達日影者に名前なんて無いよ。旦那が付けてくれたら嬉しいなー、なんて」


 あー、なるほど、そういう感じか。


「面倒だな」


 いっそナナシとか、そんなんじゃ駄目かな、……駄目だろうな。


「手厳しい! でも不快に感じない自分が気持ち悪い!」

「知らん」

「ですよね。」


 冷静に返したら、真顔で肯定が返ってきた。

 いや分かってるなら言うなよお前。


「ふむ、しかし呼び名が無いのは不便か」

「えっ、何もしかして付けてくれるの?」


 期待に満ちた眼差しを向けられて、なんかまたイラッとした。

 ので、チラ、と執事さんに視線を向けてみる。


 それだけで察してくれたらしい執事さんは、にこやかに口を開いた。


「……そうですね、では、クルィーサはどうでしょう」

「ええー、なに、アンタが付けんの……? つーか聞いた事ないけどソレ古代語かなんか? どんな意味?」


 怪訝そうな表情で執事さんを見る彼は、素朴な疑問を投げ掛けた。

 すると、執事さんはまたしてもにこやかに口を開く。


「ネズミです」

「やだよ! やっぱり旦那が付けてよ!」


 執事さん流石ー博識ー。とか考えていたけど、当のオッサンは気に入らなかったらしい。残念。

 別に良いと思うけどなあ、ネズミ。

 あ、でも私もそんな名前付けられたら嫌だわ。

 仕方ないね。


 一人で納得していたら、執事さんが思いっ切り溜息を吐いた。


「……旦那様の手を煩わせる訳にも参りません、仕方ないですね、では古い言葉で銀という意味の“シンザ”などは如何でしょうか」

「いや、なんも仕方なくないと思うんだけどな。

 むしろ旦那に付けて欲しいし、俺、っていうかさっきより大分マトモだね」

「...ふむ、ではそれで」


 マトモって思ったなら大丈夫でしょ。

 大体呼び名だし、適当で良いよね。


「えっ、ちょ、待って、勝手に決定した!? 俺の意思は!?」

「旦那様の下僕にそんなもの不必要でしょう」

「理不尽! あと旦那の下僕ってのが地味に嬉しい自分がヤダ!」


 いや、何に嬉しがってんのオッサン気持ち悪いな。


 まあ、良いや。

 多分これでこの人私の部下だよね?


「シンザ」

「あっ、はい。」

「……信頼が欲しいなら勝ち取りたまえ」


 静かに告げながら、じっと彼を見詰めると、意表を突かれたみたいな驚いたような表情を浮かべた。

 そして、ニヤリ、とニヒルな笑みを浮かべながら口を開く。


「……なるほど、了解。これから宜しく、ご主人様」



 ……いや、無いわー……。



 いくらなんでもそれは無いわー……。

 引くわー……。


 表情カッコ良かったのに台無しだわー……。



「……気味が悪い、別の呼び方にしろ」

「えっ」


 言った瞬間めっちゃキョトンとした顔で固まられてしまった。

 いや、だってご主人様は無いでしょ。

 オッサンに言われても嬉しくない。


 いや美少年でも美少女でも嬉しくないけど。


 これに関しては私がオジサマであり、うら若き乙女でもあるからだろうと思うのだが、うん、ごめん良く分からない。


「じゃあ、えーと……オーギュスト様?とか?」

「ネズミごときが旦那様の高貴なお名前を呼ぶ事など許されません」


 私が答える前に執事さんが拒否してしまった。

 あー、うん、まあ良いや。


「ねえ、さっきからなんなのこの執事、めちゃくちゃ鬱陶しいんだけど。殺していい?」

「駄目だ」


 それは駄目です。

 私が社会的に生きていけなくなる。

 いや、生きられるだろうけど、この屋敷が成り立たなくなる。


「うわっ、めっちゃドヤ顔してるよこの執事! 腹立つ!」

「ワタクシは旦那様の右腕、といっても過言ではありませんので。

 存分に羨ましがりなさい」

「……どうしよう、めっちゃ腹立つ」


 ドヤ顔の執事さんと、なんか悔しそうに歯をギリギリさせてる、えっと、隠密さんで良いや。

 うん、隠密さん。


 しかしなんか楽しそうだな、この二人。

 良いお友達になれるといいね。

 私は上司だから関係無いよ!


「アルフレード、戯れはそこまでにしろ」

「は、申し訳ありません、旦那様」


 私の呼び掛けに恭しく一礼する執事さんを目の端で捉えながら、隠密さんを見る。


「……シンザ」

「なにー?」


 いや、なにー? じゃないよ緩いなこのオッサン。

 いや、うん、まあ良いや。


「無理に呼び方を変える必要は無い。好きに呼べ」

「……んじゃあ、さっきまでみたいに旦那、……ってのはちょっとアレだから、旦那サマって呼んでいい?」


 んー、それもなんか微妙だけど、まあ仕方ないか。部下だし。


「好きに呼べ、と言った筈だが」

「ん、了解、これからよろしくね、旦那サマ!」


 そう言って、彼はとても嬉しそうな笑顔を浮かべた。


 なんか、よく分かんないけどそんな感じで、私に新しい部下が出来たみたいです。

 ……うん、なんだろうねこれ。




 それから、なんか精神的に疲れた私は部屋に帰って寝る事にした。


 肉体的疲労なんて全く無いのに眠れるかどうか不安だったんだけど、静かに目を閉じたら、いつの間にか朝になっていた。


 思わず、ぼんやりと天井を見詰めてしまった。


 精神的疲労を癒すには寝るのが一番、ってどっかで聞いたから、多分心が睡眠を必要としたんだろうとは思う。


 癒やされたかというと、まあ、昨日の朝よりはマシ、ってトコだろうか。


 昨日の朝は、マジでしんどかった。


 今? 今はね、仕事の早い執事さんが私が寝る前までに調度品を全部入れ換えてくれてたからとても爽やかだよ。


 外から聞こえる鳥の鳴き声、木々のざわめき、風の音。

 そして、視界に入るのは窓から入る太陽の光に照らされた、落ち着いた紺色に近い黒みたいな色を基調とした様々なシックな調度品。


 ええ、とても、爽やかです。


 なんで室内に居て此処まで自然の音が聞こえるかはツッコまないよ。

 だってどうせ賢人だからだし。


 これから三日目が始まる訳ですが、まだそのくらいしか経ってないのにめっちゃ濃い二日間だったんだけどなんでだ。


 そろそろ落ち着きたい。

 いや、でもまだやらなきゃいけない事があるから暫くは無理だ。


 じっと天井を見詰めながら、整理してみる。


 まずは、書類整理と見直しと計算し直しだろう。

 今は計算し直してるから、これが終わったら今、ヴェルシュタイン家が出してる政策の確認だろうか。

 直せる所はこっそり直そう。

 書類整理は見直しと計算し直しのついでにやって行こう。

 同時進行は大事だよね。


 その次は、一般常識の確認と知識の落とし込みかな。

 いや、でもこれ急いでやった方が良いのか?

 息抜きみたいな感じで書類作業の合間に書斎行ってやった方がいい気がする。

 仕方ない、頑張るか。


 その次は、挨拶周りの旅に出なきゃいけない気がする。

 多分心配させてしまっていた昔からの知人を中心に、各地に挨拶に、……行くついでに良さ気な政策があったら参考にさせてもらおう。


 後は、領地の本邸だっけ、そっちに戻るように手配しなきゃだよなあ。

 その前に王様に挨拶とかしなきゃなのかな?

 一応上司に当たるんだからそうなるよね。

 謁見の申請出さなきゃ、だよなぁ……。


 ……うん、えっと。


 めっちゃ、やらなあかん事あるやん、なにこれ、ヤダー……。

 うわーん、まったりしたいよー、のんびりでもゆったりでも、グダグダでもゴロゴロでもなんでも良いから、とにかく、ゆとりが欲しい。


 頑張るの疲れるよー。

 肉体的疲労なんて全く無いけどさー。

 まあ、嘆いた所で現状は変わらないんだけど。


 …………うん、よし、まずは書類とかその辺をなんとかしてからだよね!

 やらなきゃいけないけど、やる事多すぎて面倒臭いから終わらせたくないとか、意味分かんないけど頑張らなきゃだよちくしょう!


 ストレス発散方法マジで考えなきゃ。早急に。


 とか考えていたら、執事さんがやって来たので、昨日の朝同様、丁寧に貴族服に着替えさせられ、身支度を整えられた私は、執事さんの案内でそのまま食堂へと向かったのであった。


 さあ! 今日の朝ゴハンはなんだろうなー!


 

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