第19話
「旦那ー、持って来たよー」
執務室のオーギュストさんの机で、眠くなるまでというリミットつきで書類と格闘していた時、ホントにその日の内に戻って来たオッサンにマジビビリした。
待って、そんなに時間経ってたの?
確認の為に机の上を見たら、計算し直された書類と、確認の為に置いてあった様々な書類がタワーを作っていた。
綺麗にピシッと立っている所を見ると、多分コレ、執事さんがそっと来て、そっと整頓していたんだと思う。
いやあ、しかし、ひたすら計算するのって物凄く現実逃避になるんだね、知らんかった。
……まあ、それは置いといて。
始める前はこんなん無かったから、大分時間が経過してると見た。
ていうか今気付いたんだけど、時計無いのかなこの部屋。
お陰で時間が分からんのですが、…………あれ、そういや困ってなかったな。
あ、そうか、執事さんが定期的に時間を知らせてくれるから必要を感じなかったのか。
執事さんマジパネェっす。
「……本当に持って来たのか。逃げたのかと思ったが」
頭の中ではそんな風に全く別の事を考えながら、確認の為にとそんな言葉を口にする。
オーギュストさんのスペックが高すぎるからか、一度に色んな事を考えられるんだけど、凄いよね。
今、それに気付いたけど。
「えっ、俺ってそんなに信用無い?」
「ほぼ初対面だろう」
何言ってんだこの人。
さっきと今朝しか会った事無いじゃん。
しかも今朝に至っては会うとか依然にオッサン白目向いてたし。
「ああ、そういえばそうだっけ。ま、良いや、はい、これ」
あっけらかんとした態度でサラッと渡された書類を反射的に手に取ってしまい、えっ、どうしよう、とか一瞬焦ってしまったけど、とりあえず中身の確認の為にパラパラと見ていく事にする。
すると目に飛び込んで来たのは、オーギュストさんの記憶にもある、印だった。
印鑑にするのさえ難しそうな何かの鳥が描かれたそれと、その横には何かの華の印。
……あー、この国の宰相特有の印と、ラインバッハ候爵家の印だ、コレ。
知識からきちんと確認したら、宰相の印は偽造が難しい鳳凰モチーフの魔法印なんだとあった。
微量の魔力が籠められたソレは、確かに偽造が難しそうだ。
「…………確かに本物のようだな」
うん、どうしよう、これ。
エライもの頼んでしまったよ。
ちなみに内容は、……賄賂かな、多分。
あとでちゃんと確認しようと思います。
だって結構あるよコレ。
おかしいな、私、幾つか、って言ったと思うんだけどどんだけ盗んで来たの。
つーかラインバッハおじいちゃんマジでクロなんだ?
えー、じゃあ頑張って気を付けなきゃじゃん。
どう気を付けたら良いか全く分からんけど。
「これで信用して貰えるかい?」
なんか、犬だったら尻尾振ってそうな雰囲気でじっと見詰められて居た堪れない気分になった。
いや……何言ってんですかこのオッサン。
あと、なんか腹立つからそんなキラキラした尊敬の眼差し向けないで下さい。
なんだろう、全く嬉しくない。
やっぱ好みじゃないからかな。
もっかい言いたい。
全く嬉しくない。
「信用など一朝一夕で得られるものである訳が無いだろう、貴様は馬鹿か」
「わー、ひっどいなあ、でもまあ、そりゃそうか」
キッパリと言い放つと、オッサンは軽く肩を竦め、ヤレヤレ、みたいな表情をしやがりました腹立つなコイツ。
……ていうかさ。
「何故逃げなかった? これでもう、貴様はラインバッハの元には戻れなくなったぞ?」
折角の逃げられる良い機会だったのに、なんでわざわざ棒に振ったかな。
馬鹿? 馬鹿なの?
しかもわざわざ雇い主側から恨みを買うような仕事しちゃってるけど。
疑わしげな視線を向けながらの私の問いに、彼は少し沈黙して、それから若干の、困ったような表情を浮かべた。
「……旦那はさ、俺達諜報の人間が見る夢って、分かる?」
「知らん」
「ですよねー。」
「何が言いたい」
瞬時に否定したらガックリと項垂れられてしまった。
知る訳無いじゃん、そんなに万能じゃないからね、オーギュストさんの知識。
知らん事は知らんよ。
暫くは沈黙していたが、不意に気を取り直したのか、彼が静かに語り始めた。
「まあ、俺みたいな奴が言っても信用無いと思うけどさ、裏稼業の奴なんて大体孤児とか、そんなんなワケよ」
あー、よくあるパターンか。
孤児拾って暗殺者として育てる、みたいな。
ドラマでもたまにあるよね。
時代劇の方だけど。
「俺も漏れなくそのクチでね、でもそういう奴ほど、プライドがあんのさ」
そう言って、彼は何処か達観したような、大人な表情を浮かべた。
「基本的に、俺みたいな諜報系の奴は、傭兵として働くけど主は持たない。
けど、だからこそ、なのかな。
……理想の主に仕える事、なんだよね。俺達の夢って」
苦笑い、そして、期待の篭った眼差し。
何となく、彼が何を言いたいのか分かって来たけど、ちょっとツッコミたい。
忍者か。
よし、すっきりした。
「ふむ、つまりどういう事だ」
「早い話、旦那は俺個人の理想にドンピシャなんだ!」
グッと拳を握り締めながら、彼は爽やかに言い放った。
……なんだろう、シバきたい。
「それだけか?」
「ちょ、酷いなあ、俺、真剣なんですけど」
冷徹に尋ねると、彼はそう言って苦笑しながら、ガシガシと乱暴に頭を掻いた。
彼の理想がどんな物かとかは、なんか嫌な予感がするから聞かない事にする。
私は自分の心労が増える事はしたくないです。
疲れるもん。精神的に。
そんな事を考えながらも、私の表情は、だんだん慣れて来た冷徹なソレを浮かべたままだ。
「……本気で言っているのか」
「うん、珍しく本気。
アンタになら、……大分、いや結構惜しいけど、でも、命、賭けられる」
私の問いに対し、真剣な顔で、キリッと言い放たれた言葉。
じっと彼の目を見れば、逸らされる事無く見つめ返される。
「嘘、では無さそうだな」
「こんな時に嘘なんて吐かないよ。俺の人生一世一代の
うん、ちょっと待とうか。
「その言い方には語弊があるぞ」
「うん、自分で言ってて気持ち悪かった」
真面目な顔で私のツッコミに同意するように頷きながら、自分の身体を抱き締めつつ、さすさすと擦るオッサン。
自分で自分の言葉にダメージ受けてたら世話ないわ。
つか私も気持ち悪いんでやめてください、そういうの。
「……貴様は馬鹿か」
「馬鹿で良いよ、アンタに忠誠誓えるならさ」
半分だけ笑ったような微妙な表情で、彼が私の足元に跪いた。
但し、私は椅子に座ったままなので物凄く悪者っぽい。
折角の悪役っぽい立ち位置なので、どうせなら、と悪役っぽいセリフを言ってみる事にした。
「使えなければ切り捨てるぞ?」
「全然良いよ」
「……裏切りは」
「大丈夫、絶対無いから」
そう言って、彼は真剣な顔で私を見上げた。
うん、でもね。
「……貴様が軽いせいで全く信用出来んのだが」
言葉に重さが全く無いんだよなあ。
お陰で台無しです。残念。
「んー、そうは言ってもなあ、コレ性分なんだよねー。
あ、そうだ、じゃあアレどうかな」
「なんだ」
「ホラ、使い魔の契約」
えぇえ。
なにそれ、そんなんあるの?
具体的に何をどうするのか分かんないけど、人権が皆無なんじゃないかってのは何となく予想がつく。
てゆーか、ダメだよそんなの。
「……貴様は人間だろう」
「えー、人間も広い意味じゃ動物でしょ?」
いや確かにそうですけども。
「だが、貴様はそれで良いのか」
「うん、アンタに仕えられるなら」
何でもない事のように、サラッと肯定されてしまった。
えぇえー……。
「……一つ、聞こう」
「なに?」
「ラインバッハを裏切ってまで、私の元へ来ようとする、その理由はなんだ。
ただの好みというだけでそこまで出来んだろう」
自分の身を危険に晒して、ついでに人権まで棒に振って、……そこまでする意味が分からない。
一体何が彼をそこまでさせるのか、私にそこまでの価値があるのか、全く分からない。
不明な点は、不安な点になる。
なら、明らかにしておくべきだろう。
じっと彼の目を見ると、彼は何処か観念したように、はあ、と溜息を吐いた。
「……引かない?」
「返答次第だな」
「じゃあさ、まず前提として、魔族って知ってる?」
「…………人間とは少し違う性質の、闇に属する高い魔力を持つ者達の総称、としか書物には無かったな」
聞かれてちょっと思案してみたけど、オーギュストさんの過去読んだ本からの知識でも、それ以上の事は出て来なかった。
あんまり興味無いから読まなかったのかもしれないけど、まあ良いや。
「ありゃ、そっか、やっぱ詳しくは伝わってないかー」
「何が言いたい」
残念そうな様子を見せる彼に、さっさと言え、とばかりに先を促せば、彼は跪いたまま軽く居住まいを正して、それからようやく口を開いた。
「魔族ってさ、人間と違って肉体に溜め込める魔力に限界が無い上に、どんどん溜め込む性質があるんだよね。
だから無駄に強くて、長生き」
「ふむ」
そんな特性があるのか、魔族。
人間と殆ど変わらないらしいって知識にあったけど、そういう所が人間と違うんだね、知らんかった。
「あと、魔力量で強さが決まるから、長生きしてる魔族ほどめっちゃ強い」
「つまり?」
「だから強い奴は偉い、めっちゃ凄い、尊敬出来る、崇拝対象。
そんな無意識が本能や血、魂に刷り込まれてんの」
「ふむ」
なんか面倒臭そうな種族だなぁ、それ。
しかし、それが一体どう関係してくるのか、と思った時、結構な爆弾が投下された。
「……俺、半分魔族なんだよね。
だからアンタに、……一目惚れ、しちゃったっぽい」
ええぇえぇえ。
いや、うん、ちょっと待て、まずはこっちからツッコミもう。
「……気味の悪い表現をするな」
半分魔族ってのよりも、一目惚れって言葉で今、めっちゃ鳥肌立ったんですけど……!
当の本人であるオッサンはというと、その場で勢い良く頭を抱え、蹲りながら、嘆いた。
「でも他に無いんだよ! この気持ちを表現出来る言葉! 俺だってヤダよ! 気持ち悪いもん!」
もはや言った本人が泣きそうである。
なら言うなよ、と言いたい。
いや、言わせたの私かもしれんけどさ。
「……一体、どういったモノなんだ」
「この人に一生付いて行きたい、めっちゃカッコいい、この人に害を為す奴なんて絶対許せない、役に立ちたい、守りたい、側に居たい、……まだあるけど、聞く?」
「………………いや、良い」
蹲った状態から、ちら、と私を見ながらの半泣きの説明に、またしても鳥肌が立つ。
聞くんじゃなかった。
なんかもう寒気がヤバイ。
あっれー!? おかしいなあ!? 私個人はそういう事に対してそこまで強い偏見なんて全く無かったのになあ!?
「あーもー、やだ、自分で自分が気持ち悪い、でもこの気持ちには逆らえないとか……、何コレ、新手の拷問?」
「知らん」
「ですよね。」
愚痴のような言葉に淡々と返せば、死んだような目で遠くを見ながらの淡々とした同意が返って来た。
仕方ないね。
多分今、私の目も死んでるんだろうな。
もー、マジ無いわー、あー、気持ち悪いー、鳥肌凄いー、何コレー。
いやもう、ホントになんなんだろうコレ、やっぱオーギュストさんの身体だからかなあ。
大人の男の人だもんねー。仕方ないかなー。知らんけどー。
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